アヤカシ その1
北條の住まいは独り暮らしにしては広めの2LDKだった。
フローリングの部屋が二部屋あり、片方を寝室として使い、リビングにソファーセットとテレビを置いて生活の拠点としていたために、実質一部屋が納戸と化していた。
多少贅沢かと思ったが、しっかりと整備の整った団地付近や駅付近、街の中心地でワンルームのアパートを借りるより一万円から2万円も安いのだ。
おまけに形だけではあるがマンションの名がついている。
大は小を兼ねると言った殺し文句で不動産屋に紹介され、即決したのだった。
しかし、今は――。
ひょっとするとこれが世に言う『いわく付き物件』と言う物だったのかもしれないと思っていた。
部屋の中は取り立てて散らかってはいなかったが、全体的にうっすらと埃がつもっており、狭そうなバスルームの入り口前には洗濯物の衣類が山と積まれている。
リビングに通された姫緒はソファーに北條と向かい合って座っていた。
北條は背広を脱いでネクタイをだらしなく緩め、ブルーのよれたワイシャツ姿と言うラフな姿になっていたが、身に付けている物はすべて、長瀬からの借り物であり、はなはだ着心地が悪い。
出来れば着替えて部屋着にもなりたかったが来客中となればそうもいかなかった。
姫緒もまた、上着を脱ぎ明るいうす茶色のワンピースの姿になっていた。スカートかと思われたコートの下は、袖無しのハイネックタイプのチュニックで、露わになった肩が上着を着ていたときからは想像もできないほど華奢なため、先ほど外で見せた毅然とした態度や力強さは微塵も感じさせず、儚さすら漂う。
部屋の明かりの下でしみじみと見る肌の張りや、上気したような艶のある雰囲気を思うと、年齢も第一印象よりもかなり若いのかもしれないと北條は考えていた。
さすがに年齢を尋ねる事は出来なかったので、どこかに書いてないかと――。
そんな筈は無いと思いつつも名刺を眺め直す。
二人の脇では風小が床に座り込み、鞄の中身を床に広げ、『真剣』というよりは『淡々』と言った雰囲気で涼やかな瞳を瞬きもせず、何物かを組み立てていた。
彼女は、白いドクロをイラスト化したプリントが胸に描かれた、黒い七分丈のTシャツを着ている。
赤いサスペンダーをしていたが片方は肩から外れたままで、やはり、こだわってそのようにしているらしかった。
イラストのドクロはハート型をしたピンクの大きなアイパッチを右目につけた図案で、アイパッチには、後から書き足したのであろう『凌凌』と言う文字が黒のマジックで書きなぐられていたが、それがナニを意味するのかは不明だった。
彼女の抱えていた鞄の中には大小の木や金属で出来た箱が入っていて、その箱のどれもが非常に高価そうな外見をしており、達筆な筆文字で表書きがしてあった。
風小はその箱を一つ一つ丁寧に解いて中身を出しながら、それらを組み合わせて作業を進めると、やがて彼女の作り上げた物は、直径50㎝ほどの真鍮の円盤を上部に取り付けた、5㎝ほどの厚さを持つ風水盤のような物だった。
上部の円盤は幾重かに同心円で区切られており、それぞれの同心円は独立して回転するようになっていた。回転する同心円ごとに細かく放射状に区切られ、区切られたスペースごとに、壱から四拾六までの漢数字や、細かい方位、何事かの梵字のような図案などが描かれている。
特に動力となる物は見あたらなかったが、何故かカラカラと音を立てながら区切られた同心円ごとにゆっくりと回転しているのが見えた。
『風水盤』を作り終えた風小は、鞄から厳つい黒色の皮グローブを取り出し、それを左手に付け始めた。
大きく厚手のグローブには上部と下部に三カ所ずつ合計六ヶ所に皮のベルトが付いていて、彼女はクローブを着けると、下側のベルト三本を締め付け腕に固定した。
次に、『風水盤』の下にあるベルトの通し穴に、上部に付いた三本のベルトを通し固定。
これで、『風水盤』は風小の左腕にしっかり固定された格好になった。
『風水盤』が風小の腕に固定されると、今までゆっくりと可動していた真鍮盤部分は、おのおのが独立して思い思いの方向に何の法則もない様子でカラカラとひっきりなしに回転し始める。
それはまるで、レーダーが何かを探っているような雰囲気があった。
風小は満足げに風水盤を眺め、すっくと立ち上がると姫緒の方を向いて言った。
「姫さま!それでは行って参りますデスよ!」
姫緒が無言で小さく頷くのを見ると、彼女は北條に予め描いてもらっていた部屋の間取り図を机の上から取った。
「ちょっと待ってくれ、あんたの腕の『それ』はいったい何だ?何が始まるんだ?」
北條が尋ねると、風小は自分の左手に装着した『それ』を北條に向けて見えを切るように掲げた。
「『風水銃』です!」
きっぱりと答える。
「風・水……じゅうぅ?」
怪訝そうに北條が顔をしかめる。
無理もない。
それを『盤』ではなく『銃』だと言われても――。
聞き違いにしか思えない形状だ。
「見た目から理解するのは難しいと思いますが、これはそうゆう使い方をするものなのデスよ」
風小は愉快そうに答えると、浅くお辞儀をした。
「ただいまより『霊査』を始めますデス。すぐに済みますデスから」
そう言って再び微笑むと、寝室へ小走りに向かった。
北條が風小の後ろ姿を見送り、姫緒の方へ向き直すと、彼女は腕を組んだ姿勢でまっすぐに北條を見据えている。
気後れした北條が、愛想笑いを返したが、姫緒は表情を変えるでも無く、彼を見つめ続ける。
北條はその場の居心地の悪さに、ひとつ小さく咳払いをするのだった。




