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鬼追師の姫緒   謡言の澱  作者: カンキリ


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5/12

姫緒

 駅から路線バスに乗り、郊外の住宅街を眠気の差す程の時間をかけて抜け、周りに畑がちらほらと現れる大通りのバス停に着いて、北條はバスを降りた。

 そのバス停はいつも北條くらいしか降りないし、朝に乗り込むときもそんな感じだった。

 そこから、人通りのない方へない方へと10分ほど歩くと、ついにわずかながら残っていた町並みも消えて行き、辺りは農地と雑木だけに囲まれた道となる。

 まわりはすっかり暗くなっていた。

 北條はカラカラと落ち葉の舞う家路を急ぎ歩いていた。

 約束の時間はとっくに過ぎていたが、まぁ仕方が無いだろう。

 そのことについては弁解する気もなかったし、実際仕事の残務に追われてのことだったと、北條の心は自分の正当性を主張していた。

 何より、もし件(くだん)の『鬼追い師』達が、痺れを切らして居なくなっていてくれていれば、それはそれでむしろ好都合かもしれないと思った。

 もとよりイマイチ気乗りのしない話だったのだ。

 『あの』一件にしてみても、いまさら無責任な話ではあるが、夢だったのかもしれないという気持ちになって来ていた。

 何か非常に面倒ごとを押しつけられて自分の時間が束縛されている――。

 歩きながら、そんな被害妄想的な考えまで浮かんできて、腹が立ってきていた。

 『早まったことをした』北條は一人呟いた。

 途端に足取りが重くなる。

 いよいよ近づいて来た自宅の付近で、ふと、行く手に目をやると、切れかけて点滅を繰返す外灯の下にたたずむ人影があった。

 段々と近づいていくと、その場に似合わぬその人影の、出立(いでたち)の細部が確認できるようになって来た。

 小柄な娘だった。

 両手をショートコートのポケットに突っ込み、うつむき加減でたたずんでいたため、顔ははっきりと見て取れなかったが――。

 幼さが残る顔つきに見えた。

 タータンチェックのミニスカート。

 お尻の半分隠れる丈の、黒のコートには大きな三角ボタンが付いていた。

 首にはオレンジ色のロングマフラーがグルグルと捲かれていて、これも彼女の顔を確認しづらくしている。

 コートの下からは片方サスペンダーが垂れて覗いていたがわざとそうしているようだった。

 北條の住んでいるこの町は、都心から近いために最近ベットタウンとして振興住宅が建ち始めたところで、住宅街から少し外れればすぐに畑や田圃が広がるような町だ。

 北條が住居にしている建物は、この『住宅街から少し外れた』場所の、周りの振興に便乗して広大な農地の隅の隅に建てられた、安い家賃と新しい建物だけが売りの賃貸マンションだった。

 マンションの後にも先にも繁華な場所はない。

 そんな場所のこんな時間に若い娘が今時の装いでたたずむなどというシュチエーションはかなり異様であった。

 あるとすれば――。

 自分の今知る限りで――、あるとすれば――。

「きおいし――」

 北條が無意識のうちにそう呟いた時、娘も北條に気づいたように顔をあげたのが見えた。

 きれいな卵形をした輪郭に、亜麻色のシャギー気味なショートカットがよく似合っている。

 くりくりとした緑色の大きな瞳だが、切れ長の涼しげな目元が印象的だった。

 娘が、ポケットから手を出しながらゆっくりと歩いて来るのが見える。

 何かにすがるようにヨロヨロとした足取りで北條に近づきながら、小さく「あ――」と口を開いた。

 言葉にならない言葉を何とか北條に伝えようとしている――、様にも、見える。

 娘はたたずむ北條のすぐ近くまで来ると今度はハッキリとした口調で話し出す。

「あの――、『北條さん』でございますデスか?」

「あ、ああ――」

 思わず北條が返事を返す。

 すると、みるみる娘の目から大粒の涙がボロボロとこぼれ出した。

 何事かと狼狽える北條をお構いなしに、娘が泣きながら堰(せき)を切った様に話だす。

「よ、よかったデスよ――、北條さん。ほんとによかっ――、わっわ、わたし――手遅れになったんじゃないかって――。手遅れに――」

 クシクシとコートの袖で涙を拭う。

 ついで、ハっとしたように顔を上げたかと思うと、一生懸命に笑顔を作ながら、右手を差し出した。

「こんにちは北條さん。はじめましてデスよ!お呼びいただいた『姫緒霊査所』の風小デスよ」

 北條は、差し出されたすっかり冷え切った手と握手しながら『ああ、やっぱり』と思っていた。

 それはともかく。

 電話の際に感じた心地よい声質に加えて、今、こうして目の当たりにしてみると、髪や目の色に漂う異国な感情を誘い起す雰囲気と、どこか天然かかった雰囲気がかなり好みだ。

 少し見とれる。

「あっ!」

 風小が何かを思いだしたように小さく声を上げると、北條はその声で我に返り、自分が彼女の手を握り続けていた事に気づいて、慌てて手を離す。

「ちょっと待っててほしいデスよ」

 風小はそう言うと、もといた場所に小走りに駆けて行く。

 風小のたたずんでいた切れかけた外灯の少し先――。

 ちょうど北條のマンションの前を横切る道の向こう側に、見慣れぬスポーツカーが止まっているのが見て取れた。

 メタリックブルーのスポーツカー。

 マツダのRX7。

 風小は車に近づくと、運転席側のガラスを両手のひらで思いっきり叩きだし、中の人物に何事かを伝えているようだった。

 やがて――。

 運転席のドアが開き、中から女性がゆっくりとした身のこなしで降りて来た。

 黒のロングコートに身を包んだその姿が、点滅する外灯の暗い光の中に浮かび上がる。

 その姿はまさに、悪魔払いに訪れたエクソシストと言った装いだった。

 闇が彼女のコートを揺らし、なびくコートは己に闇を纏い付ける。

 女性が風小の前に立つと、彼女は風小より頭半分だけ背が高かった。

 女性は、目の前でニコニコと自分を見つめている風小の両コメカミに、いきなりコブシをあてると――。

 ぎりぎりと絞り出した。

「ぎぃゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――」

 この世のものとは思えない、低く鈍い悲鳴が、人気のない一帯に長く鳴り響いた。

「ひ、姫さまぁ――い、いたいデスぅ――もうしませんんんんんんンンン」

 必死に懇願する風小にお構いなしのように、『姫さま』は必要にコブシをコメカミに絞り込む。

 やがて、少し離れた北條にもハッキリと聞こえる――。

 しかし、地の底から響いてくる様なドスの利いた『姫さま』の声がした。

「ふうこぉ、車を叩いたり、ひっかいたりするなと何度いったらわかるんだぁ?」

「ひぃいぃぃぃいいいいぃぃぃぃ!」

 必死に姫さまの拷問から逃れようとしていた風小が、断末魔の叫びとともに、一度だけ、大きく筋肉の発作的な収縮を繰り返えしたかと思うと、そのまま動かなくなった。

 『姫さま』がコメカミから両手を離すと、風小はその場に崩れ、ビクビクと痙攣を繰返していた。

 そんな瀕死の様相の風小をまたぎ、『姫さま』がゆっくりと北條に近づいて来る。

 北條には自分よりも背の低いはずの『姫さま』のその姿が、次の獲物を求めるエイリアンのように写っており、大きな身の危険を感じて逃げ出しそうにりながらも身構える。

「こんにちは、北條さん。姫緒霊査所の所長をしています姫緒(きお)と申します」

 あっけないほどの事務的な、極々普通の言い回しで『姫さま』はそう言って黒いロングコートの内ポケットから名刺を取り出し、差し出されると、北條は機械的にそれを受け取っていた。

 そこには、あのインターネットの広告のように、味気なく『姫緒霊査所 所長 姫緒』とだけ書かれている。

 名刺から顔を上げた北條は、今まで怪物のように見えていた姫緒の姿をしみじみ眺め直す。

 鴉の濡れ羽色というのだろうか、あまり重く感じられないが真っ黒なロングヘア。

 前髪は眉毛の上まで覆った長さで、少しの顔の動きにさらさらと流れている。

 切れ長の瞳を潤ませて真っ直ぐな視線で北條を見つめ、怪しく艶やかな唇は知的に赤く――。

 愛嬌がある口元をしていた。

 黒いニット製のロングコートに、白のロングマフラーを一度首に巻いて前後に垂す装い。

 ブーツにはファーのブーツカバーがついていて膝までを隠していたが、コートの隙間から太股が見え隠れしていたので、下はスカートを履いているのだろうと思った。

「名字はありません。『姫緒(なまえ)』は『きお』と読みますが、それも便宜上の名前です」

「便宜上?」

 北條が聞き返すと姫緒は小さくうなずいた。

「ええ、そうです。我々、呪詛を使うものは本名は名乗らないのです。本名に呪いをかけられる事を避けるためです」

 そう言った後、ちらりと北條の表情を伺い、話の内容を把握出来ないでいるのを見て取ると、やさしく微笑んで続けた。

「特に必要な事ではありません。解らなければ忘れてください。まったく問題ありませんから」

「はぁ……」

 北條は放心していた。

 それはもちろん、姫緒の言う事柄を把握できない事も一つの要因だったが、彼女の妖艶ともいえる容姿と、隙のない――、それていて優美さの漂う身のこなし。

 まさに極上とも言える姫緒の『女性』に対しての感情だった。

「それでは参りましょうか」

 姫緒はそう言うと、さっさとマンションの方へ歩き始める。

 気を取り戻した北條は、武者震いを一つして彼女の後ろを追いかけた。

 すぐに姫緒が足を止めた。

「風小!」

 凄みの効いたよく通る声で姫緒が叫ぶと、うつぶせに倒れていた風小の身体が一際大きくビクンと震え、そのまま上体を跳ね上げるようにして起きると、周りをきょろきょろと見回し、状況を把握しようとしているようだった。

 気絶していたらしい。

「風小!支度をして。仕事を始めますよ」

 毅然とした姫緒の声が飛ぶと、風小は飛び起き、すぐ近くに止まっているRX7へと駆け寄り、運転席側の扉を開けて、後ろのトランクを開けるように操作した。

 それが済むと足早に車の後ろに回り、開いたトランクから大きな革張りの黒い鞄を取り出す。

 身体に不釣り合いなぐらいに大きなその鞄をふらふらと抱えて、風小は姫緒の来るのをまっているようだった。

「おい。まて」

 北條が姫緒を追い越し、風小に駆け寄り質問した。

「おい、風小さん、アンタ、今その自分の背丈ほどある鞄をどこから出した?」

「?」

 風小は北條が何を言っているのか解らないと言うように、黙って微笑みながら、困ったように首を傾げた。

「入らないだろう!この車のトランクは。俺もほかで見たこと有るが、何にも入らないってくらい狭いはずだ!」

 そう言うと、風小を押しのけRX7のトランクをのぞき込む。

 絶対無理だ。

 トランクというよりクボミに近い。

 そういう車なのだ。スポーツカーなのだから。

 数秒後、姫緒が車の前を通り過ぎると、風小は黙ってにこにことしながら、姫緒の後ろについて歩き出したが、それでも北條はボンネットを眺め、一生懸命『事実を理解』しようとしていた。

「手品ですよ北條さん。気にしないでください」

 姫緒が立ち止まって、いつまでも車から離れようとしない北條に向かって言った。

「手品?う……ん。ああ――、まぁ、手品?ね――」

 釈然としない面もちで、それでも一応の決着を心に着けることが出来たのか、北條はトランクを締めてゆっくりと車を離れると、姫緒の後ろをそれでもまだ釈然としない顔をしてゆっくりとついて行く――。

 辺りはすっかり日が落ちていた。

 秋の深まる畑道での出来事だった。


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