魔導列車駅
『ダンジョン』とは古代文明が作ったとされる遺跡である。複数の階層になっており、階層を進むほど魔物や罠の危険度が上がる。最奥には古代の宝、また、魔法陣で囲われた魔導力結晶体があり、魔法陣を破壊すると遺跡内の罠は動作を停止、魔物は力を失い弱体化する。(図書館で借りた本の要約)
ロッカーに入っていたクエスト依頼書(通知)のタイトルは
『エリム湾近郊で発見されたSランクダンジョンの攻略』
と書かれていた。
異世界に来て2つ目のクエストはダンジョン攻略のようだ。
資料を見ると例によって4人パーティであること。また、発見されたダンジョンの立地が遠いのだろう。なんと計3日のスケジュールが立てられているのが分かった。
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昨日、アイラに3日間遠征に行くことを伝えると、笑顔で、頑張ってくださいと送り出されたが瞳の奥からは途轍もない寂しさを感じられた。それを見て僕もとてもとても寂しくなった。
ミツェルさんに関しては事前にその情報を仕入れていたらしく、遠征に必要なものの準備をしてくれていた。
現在はその翌日。魔導列車の駅で僕はパーティメンバーを待っていた。
「……しまったな。少し早く来すぎたかな」
駅の改札前(に相当する場所だろうか)の天井に掛かっている時計を見ると時刻は14:00を指している。集合時刻は14:30だが、授業が終了し、軽い食事を済ませた後すぐにこの集合場所に来たため、結構余裕がある。
魔導列車の駅の様相は元世界で喩えるなら東京駅だ。西洋風で教会チックな内装に、複数の白い柱。空気の通りが良く、お洒落なガラスの窓から光が差している。
ただ、大きさとしては東京駅よりも断然小さいため、メンバーが来ればすぐにわかり、落ち合えるであろう。
暇だし、中の売店でも見て回ろうかと地面に置いていた荷物に手をかけたところで声がかかる。
「よおクリス。相変わらず早ぃーな」
気怠そうにあくびをしながら声をかけてくれたのは今回のメンバーの1人、レオンだった。
例によって、鼻筋の通った西洋風の超絶イケメン。癖毛で短い明るい金髪。身長もそこそこ高く178cmくらい。クリスよりも明るい感じの陽キャ感ある見た目である。
「やあレオン君。君こそ随分早いじゃあないか」
彼の雰囲気から、早めに集合場所に来ているのは意外だった。当然ほとんど会話した事は無く、遠巻きで見たのみの感想だが、結構遅刻ギリギリで来そうなイメージだった。
「おうよ! 俺もこのクエストは嫌いじゃねぇからな。うきうきで早めに来ちまったぜ。だってよ、クエストって名目でタダで旅行できるんだぜ!? しかも今回の行き先はエリム港だしな!」
エリム港――つまり、今回の遠征の目的地だ。名の通り海に面した港町で、キリシア帝国の中でそこそこ有名な観光地的な場所らしい。
そしてレオンは、完全に旅行感覚である。
「ってことで、エリム港で万全に夜遊びできるよう、昨日はたっぷり夜更かししてきた。列車じゃあずっと寝てると思うが、着いたら起こすのよろしくな!」
そう言って彼は爽やかな笑顔で僕の肩を軽く叩くと、隣に体育座りで座り込み、下を向いて寝てしまった。
そういえば彼は今日の授業中もずっと寝ていたな。
今回のクエストの空気感が分からなかったが彼がこんな調子であればそこまで心配する必要は無いかもしれない。昨日僕も、今日のために必死にクリスの魔術の研究をして若干寝不足気味なのだが、杞憂に終わりそうだ。
レオンも寝てしまい、することも無いので僕は彼に荷物を任せ(寝ているが)、売店を見て回った。主に売られていたのは携帯食、飲料、薬、葉巻など。ジャンルとしては現実世界と大差ない。
しかし、この異世界の「薬」には興味がある。負った傷を急速に回復できる、よくいうポーションみたいなものはあるのだろうか。
薬屋に入るとやはりイメージ通り、液体が入ったガラス小瓶がずらりと並んでいる。店内を散策していると、ブツブツと呟いている声が聞こえた。
「これはこの前試したけどダメだった……。こっちは……成分は良さそうだけど、フレーバーがミントだから論外……。総合的に良さそうなのはこれだけど製造元が聞いたことない……」
今回のメンバーの1人ミスティア(超絶美少女。ウェーブのかかったミディアムストレートの青い髪。目は大きく若干のつり目。紫色の瞳。身長140cmほどで見た目はとても幼い印象)が眉間にしわを寄せ、顎に手を当てながら薬と睨めっこしていた。
「あ、クリス。もう来てたんですね。ちょっと聞きたいんですけど、『シャドウ・エリクサーズ』って会社、聞いたことありますか?」
彼女は僕が居ることに気づくと、特に驚きもせず問いかける。
「聞いたことあるよ。確か大手薬屋の子会社だった気がするよ。ちゃんとした所だから多分安全だよ」
「本当です!? じゃあこれにしようと思います」
彼女はすっきりした表情で薬を手に取って、カウンターに向かった。
もちろんこの世界の会社の名前なんて全く知らないので分からなかったが、あのままだと長く悩みそうな気配がしたので適当こいた。優しい嘘ってやつだ。
特に疑われなかったのでクリスは彼女に信頼されているのだろう。
ところで彼女は何の薬を選んでいたんだろう。
……彼女が見ていた棚をざっと見ると、どうやら酔い止めに相当する薬の集まりだということが分かった。あまり異世界感はない。
しばらくすると彼女は店の入り口付近に立っていた僕の元に軽く駆けて寄ってくる。
「お待たせしました。もしかしてもう集まっていますか?」
「レオン君はもう来ているよ。寝てるけどね。僕は暇だったから、散歩していたんだ」
会計を終えたミスティアと共に店を出る。
「……寝てる? この駅に寝れる場所なんてありましたっけ」
僕は少し離れた場所にいるレオンの方を指差す。
「……なんというか、逆に羨ましくなりますね、彼の粗雑さには。私は乗り物に乗るだけで気持ち悪くなるくらい、とてもとても繊細な人間なので。うう、今から想像するだけで気分が悪くなってきました……」
彼女は口を押さえ軽く嗚咽する。
「大体、毎度の事ながらどうして私がダンジョン攻略に行かされるですかね。いやどうせ魔術の適正しか考慮してないからなんでしょうけど。もっと、その人の体質とか総合的に考えて選ぶべきじゃないですか!?」
「あ、あはは。確かにそうだね」
ダンジョンに出現するモンスターは基本的に入ってみないと分からない。今回向かうダンジョンも、内部の情報は資料に一切記載されていなかった。つまり、モンスターを事前に対策し有利な属性で揃える等はできないという事だ。
そうなると未知であるダンジョンに対して選定されるメンバーは、あらゆるモンスターに対応できる汎用的な魔術、あるいは罠が対策できる魔術など、ダンジョン攻略自体に適正のある魔術を持っていると考えられる。彼女が言っている「毎度」や、ローラが言っていた「クリス君もいつも通り」の文言から、ダンジョン攻略の最適解のメンバーは大体決まっていて、クリス、ローラ、レオン、ミスティアのパーティでダンジョン攻略のクエストに行くことが多いと推察される。
「じゃあミスティアさんはこのクエストが嫌なのかい?」
僕が問いかけると彼女は目をわずかに大きくし一瞬僕の方を見たのち、薬で悩んでいた時と同様の表情になる。
「……う〜ん。そう言われると、無かったら無かったで何か、物足りないような……」
ミスティアはこのクエスト自体が嫌というわけではなさそうだ。