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ディザスタードラゴン

 


「ご、ごめん。セレナ」


 取り敢えず、ぶつかった事に対して反射的に謝る。


 それより……なんだ、これは?

 今までの人生で、これだけの巨大生物は見たことが無い。管に取り憑かれて、施設の一部になっているというのも異様だ。動き出しそうな気配は全く無いが、鼓動があるってことは生きているのか?


「はい、正にメアリー様のおっしゃる通りで御座います。帝国最新の魔導技術を以てすれば安全に再生を抑え、制御しつつ、豊富なエネルギーを帝国へ供給できるのです。今の魔導文明を支える、なくてはならぬ存在なのです」


「安全……か。どうだかな」


 ノアがぼそりと呟く。


「吸い上げ装置を破壊されたら、すぐにでもこいつは動き出すんだろ? それに帝国軍は、エリアCまでモンスターの侵入を許す始末だ。ここまで到達されたら、簡単に世界は滅ぶぞ」


「そ、それは……」


 ビルさんは目に見えてたじろいだ。


 世界が滅ぶ……?


 ()()が世界を滅ぼす力を持っている事に関しては、ああそうなんだと、すっと飲み込める。それだけのスケールで、それほどの雰囲気がある。

 そんなものを国の中に置いてるのはどうかと思うが、話から察するに()()からエネルギーを得ているのだろう。


 しかし、今まで只のゲーム的なクエスト感覚だったものが、世界云々レベルまで引き上がっていて、流石に飲み込めない。ディザスタードラゴンを駆除出来ないと、世界が危ないってことか?


 いやいや。いくら優秀だとしても普通、学生にこんな事させるか?


 こんな仕事、国最上級の騎士だか魔術師だかに任せるべきだろう!


「そろそろプラントの出口になります。ここから先は、エリアC担当の騎士が案内いたしますので」


 ♦︎


 ディザスタードラゴンの第一印象として、まず目に着くのは爪。腕が短いからか、長く鋭い爪がやけに強調されている。胴体は赤、金色の鋭い鱗を纏い、その表面には木々から差し込む夕日の光で照らされ美しく輝く体毛がある。

 立派な翼もあり、僕たち4人くらいだったら全員で乗って、空でも飛んでいけそうだ。


「寝ているな」


「流石に近づいたら起きるだろうけどね。どうする? 設置魔法とか一応張っとく?」


「戦い中に暴発し兼ねんし、スマートじゃあないな。先の通りにやればいいだろう」


 そう言ってノアは、腰に据えてあった杖を取り出して呟く。


「『武器生成(クリエイト)』」


 20cm程の棒切れだったその杖は、多層の魔法陣に囲まれながら姿を変えていく。

 彼の握っていた部分はいつの間にか柄となり、その先端に、刃渡り90cm程の細い刀身が構築された。


 え……? 刀……?


 君って魔術師じゃ無かったの?

 と言うか、魔法で剣作るの格好いい。


「? どうした、クリス」


「え、あ、いやぁ。剣格好いいなぁって」


「そうか。ありがとう」


 ノアはそう言って、一切の躊躇なく、ドラゴンの方へと歩き出した。

 草葉や木枝を踏む音が鳴る。

 目覚めていないうちにこっそり近づく、といった考えはまるで無いらしい。

 僕は怖かったので一歩後ろに下がる。


 ノアが十五メートルほどまで近づいた瞬間、ドラゴンの目が開いた。続けざま頭を持ち上げ、咆哮と共に大きく口を開く。


「グオオオオオオ!」


 地面が震えるほどの音圧が響く。

 ドラゴンは翼を広げ、首をノアの方に向けて、口内に赤い輝きを集める。そしてすぐに、ファイアブレスが吐き出された。


「ふん」


 それに怯まず、ノアは前へと駆ける。

 火炎の奔流が背後の木々を焼き払う中、ノアは炎のきわをすり抜けるように突進し――


「はあっ!」


 低く抉り込むような一太刀を、ドラゴンの喉元に浴びせた。


「ガアアアッ!?」


 呻き声を上げ、ドラゴンが後退する。翼を大きく羽ばたかせ、空へと飛び上がった。

 切り裂かれた鱗の隙間から、赤黒い血が噴き出す。


「一撃で仕留めきれないか。やはり魔導出力が足りないな」


 ノアが眉をしかめ、刀を握り直す。


 ドラゴンは喉から火の残滓を漏らしながら、傷口に爪を当てるようにして距離を取る。

 高度七メートルまで上昇し、ノアを見下ろす形になった。


 そしてその高度から一方的にブレスを放つ。


「グオオオオオ!」


「ちっ……!」


 ノアが身構えた瞬間、火炎が一直線に放たれる。

 炎の帯が地面を焼き払い、雑草が一瞬で炭に変わる。


 ノアはそれを横に跳んで回避するも、二発、三発、四発と次々ブレスは放たれる。

 やがてノアの周囲を炎の壁が囲い込み逃げ場が無くなっていく。


「まだなのか、セレナ!」


「もう大丈夫よ! ごめんね。待たせちゃって」


 いつの間にかセレナは、飛翔するドラゴンの真下、弱点である腹部に魔術を当てられる位置に到達していた。

 彼女は杖を掲げ、詠唱する。


「『竜巻生成魔術(ウインド・ブラスト)』!」


 杖の上に生成された魔法陣から、強烈な渦が立ち上がる。

 空気の層が幾重にも重なり、竜巻が発生。

 回転する風が明確な軌道を持って上昇していく。

 そして真上にいるドラゴンの腹部に直撃した。


「ガアアア!?」


 風が腹部の鱗を砕き、翼をも切り裂く。

 ドラゴンは羽ばたきのバランスを崩し、空から落ちた。


 地響きを立てて、巨体が地面に叩きつけられる。

 痙攣し、呻きながらも、動かない。


「終わりだな」


 ノアは気絶したドラゴンの頭部へと飛び乗る。

 刀身を逆手に持ち替え狙いを定め、ぐっと力を込めて、喉元の急所へと刀を突き刺した。


 奥深くまでそれが到達するとドラゴンの全身が一瞬、びくりと跳ねる。

 そして静かに、息絶えた。




 す、すごい。あんな強そうなドラゴンを1分も掛からず2人で倒してしまった。そして僕は何もしていない。


「あ、消火活動終わりました〜」


 メアリーの方を見ると、いつの間にかドラゴンがブレスを吐いた箇所が水浸しになっていた。

 事後対応まで完璧だ。


「み、みんなお疲れ。ごめんね、僕何にも出来なくて」


「ん? 何を言っている。お前はドラゴンが施設側に来た時に備えて、後ろに居たんだろう? この類のクエストなら絶対に必要な役割だ」


 何故か何もしていないのに、肯定された。

 状況的には嫌味としても受け取れるが、そんな感じはしないし、本当にそう思っているんだろう。


「おつー。早い所帰ろ。死骸(これ)はこのままで良いんだっけ?」


「はい。後でここの兵士さんが回収するそうです」


 ♢


 帰りの異世界車。

 走る車輪の音が規則正しく響く中、ノアは、並んで座っていた僕とセレナに向かって言った。


「そういえばお前たち、何かあったのか?」


「「え?」」


 僕とセレナ、二人同時に声を上げる


「なんのことだい?」


「いや、お前たち、いつもより明らかに距離がないか?」


 確かに朝の件以来、僕はセレナに対して少し苦手意識を持ってしまっていた。セレナも朝のことが原因なのかは分からないが、最初の方は結構機嫌が悪かった気がする。普段の2人はもっと仲が良いのだろうか。


「そ、そうですね……。いつもならもっと、その……ラブラブですもんね」


「ラ……ラブラブじゃないし! 変なこと言わないでよ! メアリーちゃん!」


 セレナが顔を真っ赤にして怒る。


「ご、ごめんなさい!」


 メアリーは縮こまりながら、慌てて頭を押さえた。


 そしてセレナはふいに、思い出したように僕を指差した。


「そ、それより聞いてよ! クリスったら今朝、一般生徒(オーディナリー)の娘にちょっかいかけてたのよ! 権力を傘に着て、あり得ないと思わない!? 相手の娘とっても困ってたんだから!」


 それを聞き、ノアが茶化すように笑う。


「クックック、なるほどな。それが原因か」


「も、もういい!」


 セレナはぷいっと顔を背け、車窓の外へと目を向けた。


 なるほど。

 セレナはクリスに好意を持っていたのか。

 可愛い妹がいて、メイドさんがいて、自分を好いてくれる美少女クラスメイトまでいて、すごいな『持っている』人間は。


「違うんだよ、セレナ。今朝のはナンパじゃなくて、その、あの子が寝不足っぽくて辛そうだったから、こっそり治癒魔法(ヒーリング)を掛けてあげてたんだ 」


 すごく言い訳を考える脳みそが回転した。こんな風に咄嗟に言い訳が言える脳があれば『僕』も少しは幸せになれたんだろうか。


「そうなの?」


 セレナがこちらに向き直る。


「そうだよ。僕が嘘を付いたことがあるかい?」


「あるよ……」


 あるのか。ちょっと適当言い過ぎたな。


「まあ、そんな所だろうな。こいつはそんな柄じゃないだろう」


「そっか……。そうだよね。それならその、ごめんなさい……」


 セレナが、語尾を弱々しく落とす。


「いやあ、別に謝らなくても。僕は気にしていないよ」


 僕がそう返した直後、異世界車はキリのいいところで停車した。

 学園の前だ。


 みんな降りて直ぐにでも帰りそうな勢いだったので、とりあえず


「じゃあまたね、みんな」


 と言うと各々返事を返してくれつつ、帰途についた。


 現実世界では別れの挨拶を交える相手がいなかったので、言うのも、返事をもらうのも、新鮮な感覚だった。



 ♦︎


 みんなと別れた後、今朝記憶していた道筋を思い出し、なんとか学園からクリスの屋敷へ帰還することができた。


 そしてアイラ、ミツェルと歓談しながら食事をした後、僕は屋敷の風呂に入った。ここのお風呂は魔導具で構成されていて、現実世界のそれと遜色ない。


「この屋敷は風呂もすごいな。銭湯みたいな広さだ」


 洗い場が5席に、10人くらいは余裕を持って入れそうな浴槽がある。


 現実世界で染みついたマナーに則って、僕は体を洗った後浴槽に浸かった。


「ふぅ」


 肩までお湯に浸かると、今日一日のことが頭を巡る。


 異世界転生、魔法学園、プラント、ドラゴン。

 まるで夢みたいな出来事だった。

 今でもこの状況は夢なのではないかと疑っているが、そう思っていても仕方ない。

 まずは状況をもっと把握する必要がある。

 明日からは積極的に情報を集めよう。


 そう思った矢先。

 銭湯の扉が、ギィと音を立てて開いた。


「お……お兄様!?」


 アイラとミツェルさんが入ってきた。

 アイラは僕に気づくと、持っていたタオルで慌てて体を隠した。


「クリス様、入浴の時間は私たちが20:00から、クリス様は21:00からと決められていましたよね?」


 隣にいたミツェルさんが冷たい瞳を僕に向ける。


 やばい……。そんなルールがあるなんて知らんがな。完全に初見殺しだ。やらかした。


「す、すみません! 今出ま――」


「あ……あまりこちらを見ないでくださいね! 」


 僕が言いかけてすぐ、アイラは体を洗い出す。ミツェルさんもそれに続く。


「き、気にしないのか……? 」


「まあ家族ですし! 少し恥ずかしいですけど、これくらい気にしません 」


「私もクリス様のことはあまり男として認識していないので 」


 まじかよ……。イケメンは何やっても許されるんだな……。まあ一緒に寝るくらいだしな。

 僕の選択肢は2つだ。この場をすぐさま離れるか、ギリギリまで居座りこの景色を楽しむか。


 僕は後者を選択した。


 僕は湯船につかり、かなり、ものすごく慎重に体を洗う2人をチラ見する。

 水とソープによりテカった2人の超絶美少女の体はとてもいい景色だった。


 景色を楽しんでいると、2人は体を洗い終え、僕から少し離れた所に浸かる。


「お兄様、まだお風呂上がらないんですね」


 アイラがジト目でこちらを見る。ミツェルさんの視線も痛い。


「そ、そろそろ上がろうかなぁ 」


 僕はそう言って更衣場に逃げた。


 ♦︎


 選択肢ミスによりアイラとミツェルの好感度を下げた後、僕は自室に戻った。


 そしてベッドに横になる。


「これで寝たら『現実』に戻っていたら笑えるな」


 現実世界に帰るか、このままの世界に居続けるか。どちらかを選べと言われたら正直微妙なところだ。もちろん、『現実』には死んでも戻りたくないが、かと言って、このままでい続けるのは違う気がする。『僕』は決してクリスではないからだ。


「……まじか」


 と、ここまで思考して僕は自分で自分を驚愕する。

 驚くべきことに僕は、自分で思っているよりもアイデンティティを持っていたようだ。


 まあ、いずれにしても僕に選択肢はない。




 僕は何も考えず目を瞑った。

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