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シーン3


 村で一泊した三人は翌朝出発する、ルートは予定通りで問題ないようなので特に変更する事なく進む。 

 「そういえば、クリムのロッドは何のために持っているんだ? いや……今更だけどさ……」

 三人が並んでもまだ余裕がある道の両脇は鬱蒼とした森だ、ずっとそんな景色の中を進むうちに話題もなくなりは無言で歩みを進めていたが、不意にリシアがそんな事を言った。

 「これですか? 護身用ですよ?」

 魔法を使うのに使うわけではないが、いざという時に身を守るために持たされていたのだと説明された。 言われてみればそれもそうかとは思うリシア、クリムはそもそも攻撃のための魔法は使えないらしいが、使えたとしても魔法だけに頼っていては使えない時や使う暇のない状況で困るだろう。

 ロッドは武器としては心許ないが、あくまで保険的な意味合いなのかも知れないと考えた。

 「ま、クリムが戦う必要はないさ。 戦うなら、それは俺の役目だよ」

 それはクリムが女の子だからではない、男の子だろうが女の子だろうが戦うべき時は戦うのとは、師匠の教えである。 しかし、誰もが武力を持って戦う力やその覚悟が持てるわけでもない、そんな人達に戦いを強要する事はしてはいけない。

 「はぁ~~……だからって無茶し過ぎないでよね……」

 そんなシグナを頼もしくも感じながらも、わざとらしく溜息を吐いてみせたのは、やはり彼に怪我をしてほしくないからである。

 「もちろんリシアさんもですよ?」

 出会いの時に無茶をしてクリムの魔法の世話になっていたので「わ、分かってるって……」と言った声は少し上ずっていた。

 その直後に、「昼間から両手に花とは、いい身分じゃねーか人間よ!」という声が聞こえて、三人の視線がいつの間にか前方に立っていた人影に集中した。 そこには粗末な袖のない服を着た一人の男が立っていた。 

 彼は明らかに人間ではないのは、その頭部は実際イノシシかブタのようであり、露出する腕や足は毛むくじゃらだったからだ。

 「オークか!? てか、何だよ両手に花ってのはっ!?」

 シグナの抗議に「言ったままだ!」と叫び持っていた斧を構えるオーク。

 「こんなところにオークが一体でいるとは……」

 リシアが剣を抜くと前に出てシグナと並んだ時には、シグナも剣を構えていた。

 「ふん! 女の子をを二人もはべらせて違うとは言わさんぞ!」

 一人で勝手にいきり立っている様子に、「……本当に違うんですけどねぇ……」と呆れと困惑の混じった顔になるクリム。

 「とにかく! このヒリアノ・オーク様の目の黒いうちは貴様の好きにはさせんからなっ!!」

 叫びながらヒリアノ・オークが斬り掛かって来たのに、「訳の分からない事を!」とシグナもまた大地を蹴った。 互いの距離はすぐに縮まり、シグナが剣を振るうのが僅かに早かったが、横薙ぎの斬撃は斧で受け止められた。

 「訳が分からなくない! リア充は滅べと言っている!」

 「それが分からないって言ってる!」

 後ろへ跳んだシグナ目掛けて振り下ろされた斧は、更に後ろに跳んだ彼の身体を捉えられなかった。

 「リア充って何だ?」

 「わたしにも分かりません……魔物独自の言葉なのかも……」

 何度か武器をぶつけ合うのを見守りながらリシアはクリムとそんな事を言い合う、場の妙な雰囲気に何となく自分も攻撃に参加し辛く感じているのだ。

 「少しはやるようだが……所詮は人間!」

 斧の刃が鼻先を掠めたのにヒヤリとしながらも、「俺だって冒険者!」と言い返し突きを繰り出すが回避された。 訳の分からない魔物ヤツだが、腕は確かなのだと認めるしかない。

 「……というか、リシアさんは行かないんですか?」

 「むぅ……何と言うか、手を出しづらい雰囲気と言うか……」

 「はぁ……?」

 魔物の言ってる事もだが、リシアの言う雰囲気というのもさっぱり分からない。 

 だが、今はシグナが少し押され気味だというのは分かるので、何とか援護に入った方がいいとは分かるが、その手段がないのがクリムだった。

 「大人しく死ね! あの子達は貴様の代わりに俺様が可愛がってやるわっ!」

 一旦間合いを取ったヒリアノ・オークがそんな事を言ってきたの、シグナも呼吸を整えた後に言い返す。

 「クリムもリシアもそんなんじゃないって言ってるだろ!」

 「ほう? ならば俺が貰っても問題あるまい?」

 「人間は物じゃないっ!!」

 いやらしく笑うブタ男に怒りを感じながら突撃する、言い方が家族クリム仲間リシアを侮辱しているように感じられたからだ。 こんな奴に負けるのはカッコ悪すぎる。

 しかし、勢いはあっても攻撃をすべて斧で防がれ、あるいは回避されてしまう。 

 このまま一人で相手にするのは厳しいと判断するしかなかったが、男の意地なのかこいつは自分一人で倒さねばならないような気がしていた。

 「……っ!!?」

 一瞬の隙を突かれ振られた斧を寸前で回避したシグナは、直後に鋼鉄の刃が大木に打ち付けらた音と、「むっ!?」というヒリアノ・オークの唸り声を聞いた。

 この時にシグナが攻撃ではなく跳んで距離を開き態勢を立て直そうとしたのは、そこまで思い切る事が出来なかったからだ。 そのシグナは幹に食い込んだ斧を力任せに引き抜いたオークの頭部に、茶色い楕円形の物体が落ちてきて砕けたのを見た。

 「……うおっ?……って!? なぁぁああああっ!!!?」

 砕けた物体から飛び出した無数の羽を持った虫達がヒリアノ・オークに襲いかかかる光景に、「……スズメバチか!?」と慌てて仲間の少女達のところまで退避する。

 体長三センチ程のこのハチは毒針を持ち性格も凶暴で知られている、屈強な男であっても集団で襲われたら死の危険もあるのだ。

 「シグナ!」

 クリムが叫び、「どうしてこういう事になる!?」とリシアも驚きを隠せないでシグナを待った、二人とも彼を置いて先に逃げるというような発想はない。

 「シャレになってない!」

 自分に向かって来た数匹を剣を振って追い払うシグナは、魔物と対峙していた時とは違う恐怖を感じる。 いつだっただろうか、ドラゴンをも倒した英雄がスズメバチに刺されてあっさりと死んでしまったとエターナリアが話してくれたのは。

 実際のところ話の真偽は定かではないが師匠は意味もなく自分達を怖がらせたりはしない。 おそらくはスズメバチという生き物の危険性と、強大な生物だけが人間の脅威ではないという戒めだったと思う。

 シグナがクリム達と合流するまでには十秒となかったはずだが、彼にはとてもない時間に感じられていた。 もちろん、その間にヒリアノ・オークがどうなったかを確認する余裕もなかった。

 「とにかく逃げるぞっ!!」

 シグナの指示と同時に、少女達も揃って走り出した。

 

 

 どのくらい走ったのか、「……ここまで来れば……」とシグナが足を止めたので、クリムとリシアも止まった。 その彼らがしばらく何の会話がなかったのは、全力疾走で乱れた呼吸をそれぞれに整えていたからである。

 「……シグナ大丈夫? 刺されてない?」

 やがてクリムが心配そうに口を開く。

 「……ああ、大丈夫だ」

 身体のどこにも痛みがないのでそう答えるシグナは、戦っていたヒリアノ・オークは滅茶苦茶刺されまくっていたのを思い出し、あれは流石に魔物といえど死んでるかもなと考えた。

 「そう、良かった……」

 安堵の表情を浮かべるクリム、そこに「すまなかった、シグナ」とリシアが謝ってきた。

 「リシア?」

 「あの魔物との戦い、シグナ一人に任せてしまって助けにも入らなかったろ?」

 流石に咎められはするだろうとは覚悟していたが、「まあ、仕方ない」という答えが返ってきたので驚く。

 「リシアにはリシアの考えあっての事だろ? それに無闇に二対一ってのもどうかと思うしな」

 一人では勝てない相手に勝たねばいけない時に仲間の力を借りるのは卑怯ではないが、安易に数に頼るのはカッコ悪いと思う。

 「そうですね。 それにわたしなんて助けたくても助けられませんし……」

 クリムの表情には無念さのようなものが伺えた、自分がただいるだけで何の役にも立っていないのを気にしているのだろうとリシアには分かった。 

 リシア自身はもちろん、シグナとてこの少女を役立たずなどとは思っていないであろう。 それは治癒の魔法が使えるというのもあるが、仮に使えなくなったとしても、少なくともシグナはクリムをそんな風に言わないと思う。

 「まあ、クリムに助けられるような事なんてない方がいいんだろがな」

 シグナの、自分の言葉の意味を多少勘違いしている発言にクリムは「まぁ……そうなんだけどね」と肩をすくめた。 

 剣であれ治癒魔法であれ、使う事なく平穏無事であればそれが一番いいのである。 それが出来ないのが現実であっても、理想としてこの考えは決して捨ててはいけないとは師匠の教えだった。

 それは納得するが、それでも一緒に冒険をする以上は自分も役に立ちたいというのも本音であった。 しかし、同時にそれはシグナが怪我をし痛い思いをする事を願うのと同じだと気が付いてしまえば、そんな自分がとてもひどい女の子にも思えてしまう。 

 「それでも……まあ、そんな時には頼りにしていいかなクリム?」

 少し申し訳なさそうに言った幼馴染みの言葉にギョッとなったのは、まるで心を読まれたように感じたからだった。 しかし見返す少年の表情は,自分に迷惑を掛けるのを済まなく思う時の、こちらが少しは頼ってほしいと思っているなどと想像もしていないと分かるそれである。

 「はいはい……分かってますよ。 でも、だからって無茶しないでよ?」

 そしてクリムはクリムで、いつもの仕方ないと呆れたような調子で答えを返していた。

 


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