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白き大蛇は闇を纏う  作者: 真藤智亜
1章 大蛇の姫
2/2

大蛇の姫2

読んでくださりありがとうございます。

気まぐれに投稿しているので、次話の更新は不定期です。


 客間に移動して、掛け軸を背に座る玲茅(れいち)と低い長座卓を挟むように珠奈(しゅな)希葉(きは)は座った。

 長座卓の上には淹れたての緑茶が入った湯呑みが三人分、湯気を立てている。


「して、話とは」


 珠奈から促された玲茅は一重て切れ長の目を促してきた妹に向け、少しためらってから抑揚もなく言った。


「…嫁ぎに行ってもらいたい」


 えっ、と小さく声を漏らしたのは珠奈ではなく希葉である。すぐさま申し訳ありませんと謝った。

 珠奈は声こそ漏らさなかったものの、目は大きく見開いていた。


「…私はどこに、嫁ぐのですか」


夕朱(ゆうしゅ)だ」


「…夕、朱」


 玲茅が放った言葉を人知れず反復する。

 玲茅は二人の様子を眺めつつ、湯呑みに手を伸ばし茶を(すす)った。


 その場の空気が沈黙に包まれた。


 しばらくして、初めにその沈黙を破ったのは希葉だった。


「…恐れながら、つい最近、数年前まで戦っていた国に何故、姫様が嫁がねばらんのです?今まで姫様はあの国の者達に苦しめられ」


「希葉」


「ですが、姫様」


「御屋形様の前ですよ。口を慎みなさい」


 凛と静かな珠奈の声が、勢い良くまくし立てる希葉をたしなめる。


「…はい。申し訳ありません」


 希葉は渋面を表しつつも、渋々引き下がった。


  いずれは何処かに嫁ぐのだろうと漠然と考えていたが、いざ話が舞い込むと急に不安になった。

 ましてや希葉が話していたように、夕朱国を治める琉条は数年前まで戦っていた強大な武力を持つ相手である。

幼き昔に、その琉条との戦で、両親を喪い、毎日駆け回っていた村を焼かれているのである。

 禍を招くとされる大蛇を忌み嫌っているが故に、先の戦を仕掛けてきた。

 このときの戦はのちに稲成乱(いなせのらん)と呼ばれ、勾瑠国(こうるのくに)にとって多くの民を失った大戦となった。

 世間一般にいう政略結婚とは人質としての意味で捉えられるが、大蛇と呼ばれる珠奈の場合、それ以下の扱い、人として扱われることもないということも容易に考えられる。


 やっと和睦を持ちかけて終わらせた戦をこんなことで再び起こすようなことはしたくないと心に誓う珠奈である。


「苦しめられ、か。確かに。俺らは先の琉条との戦で、両親と多くの民を喪った。取り敢えず、まぁ、聞いてくれ」


 玲茅の声に珠奈、希葉の双眸(そうぼう)が向く。


琉条(むこう)がな、この婚儀に応じなければこの勾瑠(こうる)に侵攻すると脅しをかけてきた。俺とて、大事で、可愛い妹を夕朱の鷲なんぞにみすみすやりたくはない。だがな」


 そう言って、玲茅は視線を逸らしつつ、口を一旦閉ざした。


 夕朱の(わし)とは夕朱国(ゆうしゅのくに)現国守(げんくにもり)琉条楸(るじょう しゅう)の渾名。わずか(よわい)十四にして一国の主に立たされたが、信頼の厚い家臣団とともに現在の夕朱国に領土を広げた。強大な武力を持ち策略にも長けると噂に名高い。


「ただ、周りの諸国が黙っちゃいないだろう。この国と夕朱の戦が終わり、夕朱に諸国の霊力(ちりょく)を持つ娘を嫁がせる慣習は再び復活しなければならないほど、天災はひどい状況だそうだ。諸国はすでに順番に娘たちを嫁がせた。残る最後は、我らが勾瑠のみだ。この慣例を行わなければ、諸国の怒りを買い、琉条とともにこちらに攻め込まれることになる」


 兄の言ったことに珠奈は自分なりの憶測をつけていう。


「ということは、各地の地脈の流れが(かんば)しくないのですね。近年、ここらの地脈が乱れず、強まっているように感じます」


 地穴(ちけつ)は勾瑠の豊御(とよみ)城と夕朱の鴇瀬(ときせ)城にあり、夕朱の鴇瀬城の地穴を中心に八方に流れており、他の場所に流れる地脈が弱くなるごとに、残りの場所に流れる地脈が強くなる。

 地脈の流れが弱まると、天災と言って土地が次第に痩せて枯れていき、作物が育たず、領民が飢饉に瀕する土地の現象が起こる。

 特に勾瑠の豊御城(とよみじょう)から北東の方角に位置する国がひどい天災に見舞われているという。

 日々、地脈の監視・管理を行っている珠奈は日に日に地脈の力が強まることに気づいていた。


「ああ、恐らくな。琉条方も周りの諸国との無用な戦をしたくは無いのだろう。まぁ、元はと言えば大蛇が管理していたものを、無理矢理奪って己らで管理して、益を得ようとするところに無理があるんだ。大蛇以外の者が簡単に収められるわけがない」


 大蛇は世を混沌に陥れる化け物とする一方で、豊穣をもたらす神として崇められていることもある。特に農民からは雨をもたらす水神ということから田や畑に豊穣をもたらすと考えられるようになった。


「…要は、人質ですか。兄上」


 その言葉を聞いた玲茅(れいち)は柳眉を寄せて苦い表情を見せた。


 珠奈は頭の片隅にあった疑問を、ふと尋ねてみた。それは珠奈が琉条家に嫁ぐとして、それからの立ち位置を決める重要なことである。


「兄上は、これを好機と捉えて周りの諸国と共に琉条を討とうとはお考えになられなかったのですか」


 勾瑠の国守である兄の命ならば、一国を傾けることもなんであろうと遂行するという忠臣のような決意を珠奈は胸に秘めていた。

 玲茅は一息ついて、珠奈に真剣な眼差しで目線を向けた。


「一瞬はな。お前が言ったような考えがよぎったさ。だが、そんなこと民が許すと思うか。恐らく今、戦を起こして勝てる相手ではないだろうし、多くの民の命と信頼を損なうだけだ。最近になって、やっと落ち着いてきたこの国だぞ。商売や田畑、村の整備などにも力入れねば。ただ、琉条(むこう)の対応次第では手を下すことも考えてはおくが。それは最終手段だ。まぁ、そんなわけで、地脈の流れを落ち着かせるとともに」


 兄の口角が上がる。


「地脈の流れをお前の裁量で、もとに戻せ。そして、無事に戻ってこい」


 ようは、地脈の流れを夕朱から奪い返せと、兄は言っているのだ。


「…そう、ですよね。良かった」


 ほっとしたように珠奈は笑みを浮かべて、それから目を閉じ一呼吸置いて瞼を開いた。


「わかりました、参ります。それが、兄上と勾瑠の役に立つならば。必ずや両国を和平へと導いてご覧に入れます」


「ああ、頼もしいな。何のことでもいい、必ず毎日文は寄越すように。いいな」


「はい」


 一区切り話がつくと、閉ざされた障子の向こうの廊下から衣擦れの音が近づいて、しゃがんだ人影が障子に映った。


「姫様、只今戻りました詞野しのでございます」


詞野しの、お帰りなさい。中へお入り」


「はっ」


 すっと障子が開くと、詞野が一礼してから膝行しっこうして部屋に入り、障子の正面に回り閉めた。

 改めて珠奈、希葉に向き直ると奥に玲茅がいたことに驚いて平伏した。


「これは、御屋形様。いらしておいでだったのですね。お話の最中に邪魔をして申し訳ありません」


 詞野は頭を下げた。


「構わん。今、珠奈の婚礼について話をしていたところだ」


「婚礼…、婚礼ですか、姫様の!?」


 珠奈は答えた。


「ええ、そうなの。夕朱の琉条家に嫁ぎに行くのよ」


「また急な事で。しかも、夕朱ですか。何故です?」


 詞野が驚いて絶句しているところに、希葉が補足する。


「姫様は地脈の流れを正すために、夕朱へと嫁がれることを決意なされたのですよ」


 そう言う希葉は呆れた表情だが、瞳はおもしろいものを見るかのように瞬いていた。


「・・・そうですか。ならばこの詞野、姫様の手となり、足となり、働きます。姫様にお供致したく、夕朱なりとも何処へでもお供させて頂きます」


「私も詞野様と同様にお供致します」


 二人は珠奈の後ろで深く一礼をした。

 珠奈は背後を振り向いて諭す。


「いいえ、二人はこちらに残します。気持ちはとてもありがたいわ。

 ですが、向こうには何が起こるか分からないのよ。

 私一人であればなんとでもなるし、二人にはこれ以上迷惑はかけたくありません」


 顔を兄に向けて、続けた。


「兄上、この二人をどうか兄上のもとにおいて下さい。お願い致します」


「「姫様!」」


 詞野、希葉は同時に非難の声をあげた。


「それこそ、お一人では危のうございます。それに迷惑だなんて!決して姫様の足手纏いにならぬように致します。御屋形様、必ずや姫様をお守り致します。致しますからどうか、姫様と共に同行させて下さい」


 詞野が必死に言い募り、額が畳につくようにひれ伏した。


「姫様、姫様のなさること迷惑だなんて一度も思ったことなどありません。むしろ頼られてこそ嬉しい上に、私たちの仕事でもあるのです。詞野様と同様に姫様とお守り致します。ですから、何卒(なにとぞ)ご同行のお許しを」


 希葉も詞野に倣い、珠奈に向かって話し、ひれ伏した。


「うむ、よかろう。珠奈を頼んだ」


「兄上!あの」


 玲茅が即座にうなづいたことに、思わず珠奈は声を上げた。

 しかし、続けようとした言葉は兄によって遮られた。


「珠奈。お前は琉条家に嫁ぐ身で、勾瑠こうるの使者として夕朱に向かうのだぞ。体裁ていさいというものもある。少なくとも、そこの詞野と希葉だけは連れていくように。頼れと言ってくれる者がいてくれるのも幸せなことだ。特にお前は一人で抱え込んで物事をやり進めようと無茶をするからな。わかったか」


「・・はい」


 渋々、うなづいた珠奈の返事を聞くと、希葉と詞野は互いに顔を見合わせて、微笑むと再び頭を下げた。


「謹んでお仕えさせて頂きます」

「謹んでお仕えさせて頂きます」


「あぁ。向こうでは、大蛇だからと、辛く当たられることもあるだろう。

 琉条家の方にはお前に当たらないように圧力をかけておくが、あまり当てにしないでくれ。奥殿まで届くとは思えないからな」


 奥殿とは、国守(くにもり)や兄弟の正室を始めとする、側室、侍女など多くの女性が住まう数棟もの館が連なる場所である。そのため、国守と身近な血縁者(きょうだい)以外の男子は立ち入ることが禁止られているのである。もちろん、兄弟ごとによって棟が割り当てられている。


「兄上、私自身が決めたことですから謝らないで下さい。例え(わたくし)の身に何があっても、それは(わたくし)の先見、対応が甘いということで私の責任ということですから」


 それに対して玲茅は苦笑いを浮かべた。


「本当に頼もしいなぁ、うちのお姫様は。ただ、お前の身一つで国が左右されるということも忘れるなよ。

 この婚儀は地脈の流動の悪さによる周辺国の不満を解消するための布石でもある。向こうが圧力をかけて進めているんだ。まあ、婚儀解消となりゃこちらとしては珠奈(おまえ)に無理を()いらなくて済むから良いのだが」


「兄上。ですが、やはり地脈が心配です。こうも偏っていてはいずれどうなるのか。地脈の影響が強いから良いというわけではないと思いますし」


 珠奈は考え込むように目の前の湯呑みに視線を落として話す。


「私は婚儀が解消したとて、琉条家に潜り込み、何としても地脈を正そうと思います」


「そういうと思ったよ。婚儀を進めといてこんなことを言うのもなんだが、お前には幸せになってほしいと、そう願っている」


「兄上。ありがとうございます。

 して、私が嫁ぐ(かた)というのは、楸殿ですか?」


「いや、その次男の朱鳥(あすか)殿だ」


「初めて名前を存じ上げるお方ですね。兄上はお会いしたことが?」


「…いや、ない。ただ噂や話によると、女子(おなご)に興味がないらしい。今までに婚礼の話は色々とあったそうだが、どうやら本人はほとんどあらゆる手を使ってすっぽかしていたようだ」


「まぁ」

「そのような方と」


 希葉と詞野が非難するような目で玲茅を見る。


「あー、ほら、分からないだろ。実際に会わないと。うちの妹を見て惚れてしまうかもしれないだろうし」


「…それは欲目ですよ、兄上。そもそも、大蛇に恋愛感情を抱く者など、そうはいないと思いますが。向こうで相手にされなくても務めを果たすまでです」


 それもそうだなと、微笑むと一転して真顔になり、声に真剣味を滲ませた。


「珠奈、夕朱(ゆうしゅ)の琉条家に嫁ぎ、地納めの儀を行い、無事に地脈を収めよ。地納めの儀が終わったら、式を飛ばせ。迎えに行く。これは命令だ」


「はい、…承りました」


「では、出立式は7日後にあげる。それまで各々準備を行うように」


「「「はっ」」」



「さて、そろそろ城に戻るとするかな。戻らないとそろそろ松方(まつかた)に説教を喰らうな」


 両膝をぱしりと叩き、胡座(あぐら)を解いて、立ち上がった。


「兄上、お身体にお気を付けて、あまり無理をなさらないで下さいな。あと、(ゆうり)義姉上(あねうえ)様によろしくお伝えください」


「ああ、ありがとな。二人に伝えておこう」


詞野と希葉に目線を送ると、二人は障子を開き、廊下の外で控えた。



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