第八話
「・・・・・ぶ、ぶはははははは」
しばらくの沈黙の後、目の前の剣は声をあげて笑い出した。
何がそんなに可笑しいのだろうか。
無言の視線を送ると、彼はその意図に気づいてか、悪ぃ、と一言呟くと笑うのをやめた。
「おまえって、面白いのな」
彼は、唐突にそんなことを言う。
何が?と問うとお喋りな剣は、さぁな、と曖昧なことを言って言葉を濁した。
彼女が目を覚ます、ずっと前からここにいた。
生きてはいるものの、ピクリとも動かない彼女を、自分を含め周りの者---特に『彼』は意識を取り戻さない彼女の側を片時も離れようとしなくて。そのくらい、心配していた。
そして。当の『彼女』は急に飛び起きたかと思えば鏡の前でぼーっとしていて。そして、今度はいきなり、ここはどこだと言い始める。
滅多なことでは変わることのない仏頂面が、僅かに綻んだのを見逃さなかった。
今頃どんな顔をしているのか。
あいつのことを考えると、笑いが止まらない。
「まぁ、いいか。・・・それより、ここがどこか知りたいんだろ?」
こくり、と一つ頷く。
それを見届けると、彼はゆっくり話し始めた。
* * * *
---エトワール国。
神に愛された地、と人々は呼ぶ。
北を険しい山脈で囲まれ、南は広大な海に面するその国は呼び名通り、神ですら愛さずにはいられないほど美しい。
北の大地には年中雪を被った山々が連なり、麓には魔力を秘めた森が広がる。要塞の役目を果たすそれのおかげで、他国から攻め入られたことは一度たりともないらしい。
かつて魔王が城を構えたとも言われるこの地は今もなお、古から変わらぬ自然の掟が支配する。
南は温暖で、中心部には王都エルシリアがある。美しい、煉瓦造りの街並み。エトワール国で最大の都市で、街はいつも活気に満ち溢れている。
この国は、異世界から人が来ることが珍しくない。エルシリアは異世界との交易で栄え、定期市には様々な世界の品々が並ぶ。
住んでいるのは、賢者の血を引く人間と魔法に長けた種族である魔族。
かつては争った両者も、今は手を取り合って暮らしている。そのため、混血も珍しくないという。
今は、平和な国だ。
そう引き結んだ彼の声色は、優しくてどこか遠い。懐かしんでいるのか、ただ遠くを見ているのか。
もし彼が人の姿をしていたならば。
その瞳に映る色を見ることができたのだろうか。