閑話・騎士さまの憂鬱
ばたん、と背後で扉の閉まる音がする。周りの目がなくなったことをいいことに背中の剣は饒舌に口を開いた。
「しっかしなぁ、おまえも、ちっとはまともな言い方できんかねぇ。なぁーにが、いなくても変わらん、だ」
ざく、と心が抉られる音がした。そんなことよく分かってる。悪い癖だ。つい思っていることと逆のことを言ってしまう。わざわざそう言ってやるのも癪なのでわざと聞こえない振りをした。しかし、傍らの相棒は抉るだけでは飽き足りないのか、今度は傷口にべったりと塩を塗り始めた。
「いなくてもいいって言われたようなもんだろ。んなこと言われたら、流石の俺でも傷つくぜ?背中押すつもりが崖から突き落としやがってさ。ほんと、救いようのねぇ馬鹿野郎だな」
「・・・ああ、そうだな」
嫌味を含んだ軽口には慣れたものだが、どうやら今日は辛子のおまけつきらしい。 馬鹿。今の自分にはぴったりの言葉だ。できることなら、先ほどの自分を殴り飛ばしに行きたいくらいだ。
(・・・言い過ぎたか?)
憎まれ口を叩いても珍しく反論してこないどころか、同意している。久しく彼が落ち込んでいるのを見て言い過ぎたと反省し、助け舟を出すことにした。
「・・・本当はさ、無理しなくてもいいって言いたかっただけなんだろ?」
「・・・・・・・・・」
図星を突かれ、黙り込む。
そうだ。
ずっと目を覚まさなくて、心配で。触れた手は思ったよりも冷たくて。ずっと握っていないとこのまま熱を失って死んでしまうのではないかと錯覚するほど。
『今度はあんな想いはさせないから。だから、どうか---』
心の中で呟いた祈りは気がつけば言葉になっていた。そして、自分が彼女をあの人に重ねていたことに驚いた。
同じでも違う。否。同じものだったからこそ、そうでなくてはならない。誰もあの人の代わりにはなり得ないし、彼女の代わりだってどこにもいないのだから。
---ああ。きっと、「代わりはいない」そう言い聞かせたかったのは、彼女ではなく自分自身の方なのだ。
小さくため息をついた。自分らしくもない。そう思ったのは、自分だけではなかったようだ。
「おいおい。本気で落ち込んでんじゃねぇだろうな?大丈夫か?・・・黒髪堅物大馬鹿や・・」
「黙れ。溶かすぞ」
いつも通りの返答をすると、背後からため息が聞こえてきた。心配して損した、とでも言いたいらしい。
そう言いつつも、少しばかり軽くなった気持ちは紛れもなく彼のお陰であることを知っている。彼に心の中だけで感謝の言葉を伝えた。