1.
「たのもー」
冒険者ギルド、ブルノース支部。昼時特有の、けだるい喧騒が満ちていた。酒杯が触れ合う音。遠くで弾ける誰かの笑い声、饐えたエールの匂い。
受付嬢モニカの日常は、そこに割り込んだ闖入者の一言で崩れた。
低く抑揚のない女の声。言葉の意味を理解していないのか緊張感は皆無。
モニカは入ってきた者を注視する。黒のトンガリ帽子は先端が少し折れ、黒いローブは体の殆どを覆いつくす。その合間から見えるチュニックは薄緑色。
髪は銀糸のように高貴さを漂わせつつ、三つ編みツインテールで後ろに垂れている。
一重で腫れぼったい目はやる気を感じさせず、薄青の瞳は無感情にこちらを見ていた。
顔の全体評価は中の下くらい。
鼻筋と口は悪くないが、口はへの字で頬は少し膨れている。どことなく不機嫌そうな様子を醸し出していた。
そして特筆すべきは身長。
標準身長のモニカが視線を明確に下げて初めて目が合う。
肌の張りや体の細さ、いや体の育ち具合を見るに子供だろうと即座に判断する。
「いらっしゃいませ。本日はいかがされましたか?」
冒険者ギルドの受付たるもの、相手を見かけで判断してはいけない。
こういった種族もいる。モニカは即座に笑顔を作った。
少女はずかずかとモニカの前に歩いてきて、受付台を挟んで対峙する。
「冒険者になりに来た」
少女は不愛想に要件を伝える。
年齢を尋ねたいところだが、もし成人していたら失礼にあたる。モニカはすっと紙を受付台に滑らせると、少女は少し背伸びをして紙を覗き込んだ。
「はい。ではこちらに記入をお願いします」
モニカは笑顔で対応しながら、少女の為に踏み台を用意した。
「ありがと」
少女は感謝の言葉を述べたが表情は動かない。
「代筆は必要ですか?」
一応確認しておこうと少女に聞く。
「不要」
またもや、顔色一つ変えずにふてぶてしく断られた。
記入された情報を確認する。
名前はメリア。
職業は魔法使い。属性は全。主属性は氷。
年齢十五歳。
備考、ソロ志望。パーティー斡旋不要。
モニカは危なかったと心の中で安堵する。成人していた。ぎりぎりだが。
字は流麗で、それなりの教育を受けているのは明確だし、手に持っている樫木の大杖の先端には高級感を漂わせる細工が彫られている。
これはどこぞの跳ねっかえりお嬢様説がある。本当に危なかった。
モニカの視線は備考欄のソロ志望という文字で止まる。
「メリアさん。一応確認なのですが、魔物の討伐歴はあったりしますか?」
「ない」
メリアは帽子を押さえながら真っすぐこちらを見つめる。
モニカは顔を笑顔で固めたまま、心の中であーまたかと呟く。
よくいるのだ、多少魔法が使えるからソロでも大丈夫、自分には才能があると夢を見る少年少女が。
モニカは即座に用意していたプランに切り替える。
「申し訳ございません。メリアさん。魔物の討伐歴が浅い方でパーティーに所属されない場合、当支部ではソロ活動はお手伝い系クエストのみになります」
メリアはその言葉を聞いて眉間に皺を寄せる。私は不機嫌です、という感じが漂ってくる。
冒険者上がりのモニカは少女に睨まれても怖くもなんともない。むしろ可愛い。
美少女の可愛さではなく……そうちょっと不細工な丸みを帯びた小動物のようなマスコット的な可愛さ。
モニカは脳内でそんな失礼なことを考えていた。
「もし、討伐クエストを受領したい場合は当ギルド所属の冒険者を一人つけることになります。調査官という形ですね。そこで無事に実力を確認できた場合に、ソロ活動を認める方針です」
メリアはその言葉を聞き、数秒考えて頷いた。
「分かった。それでいい」
モニカはEと書かれたギルドカードをメリアに渡す。
頑張って手を伸ばし受け取るメリア。
その動作すら可愛く見えてきたモニカは、メリアを奥のテーブルへ案内する。
そこには一日中まともに働かない穀潰しが、悠々とタバコを吸っていた。
※ ※ ※ ※ ※
メリアは伯爵令嬢であった。そして家庭内でいじめられていた。
理由は貴族目線で不細工だから。
自分自身でもそれはわかっていた。
父は城で仕事をしていて、不在にすることが多かったので、その隙にメリアは執務室へ侵入して、本を読み漁る幼少期を送った。
父はメリアを溺愛していたが、それを快く思わない姉と母はメリアへの嫌がらせをエスカレートさせていった。
当のメリアは完全無視を決め込み、知識欲の赴くままに読書に没頭した。書架に几帳面に納められた本を片っ端から読んでいると一際大きい本に出合った。
それは魔導書であった。
青く装丁された分厚い魔導書を執務室の絨毯の上で開け、必死に読み解いた。
その結果、無事に魔法を習得したのだった。
それ以降メリアの生活は魔法と本に支配された。姉と母の嫌がらせに関しても何も思わなくなった。
出した結論は「まあいつでも殺せるし」「度を越えたら殺す」という物騒なものだった。
十五歳になった頃、メリアは大きな壁にぶつかった。
成人したのだ。貴族令嬢は成人すると、お見合いさせられ、政略結婚させられる。
そこで改めて思った。
自分の容姿は貴族社会だと下の下だと。結婚させられた相手が可哀そうだと。
そして自分は愛されない自信がある。可愛くもないし、愛嬌も無い。
知識を溜め込んだ分、政務の手伝いはできるが、仕事に口を出す女は嫌われる。
本にもそう書いてあった。故にメリアは結論を出した。
市井に出て冒険者になると。
読み漁った本の中には英雄譚も沢山あった。
メリアが一番好きなものは、自分の願いを天に捧げ、≪天想核≫という力を振るう最上位冒険者の話だ。
第一段階≪捧天≫。
第二段階≪命天≫。
最終段階≪終天≫。
≪終天≫は人知を超える力を与える。その代償として使用者は結晶となり砕け散る。
自分の身を犠牲にしてまで世界を守った三人の英雄の話はメリアの心に火を灯した。
メリアは父に冒険者になると宣言した。
当然止められたが、そんなことで止まるメリアではなかった。
この家を出ないと姉と母を殺す可能性がある。
はっきりと宣言するメリアに父は頭を抱えた。
「じゃ、除籍で頼むわ親父殿」
そうふてぶてしく言うメリアに、父は泣く泣く除籍処理を行うのであった。
去り際に倉庫からローブと帽子とチュニックと靴と樫木のいい杖をかっぱらって、「じゃ。またなんかあったら」と片手をあげて去っていく娘を、父は唖然としながら見送った。
※ ※ ※ ※ ※
メリアはモニカに連れられて、ジグザグに配置されているテーブルを避けて、一番奥に陣取る男の所に到着した。
「オレクさん。こちら新米冒険者のメリアさんです。ソロ志望ですので今日付けで調査官として討伐クエストに同行していただきます」
モニカは流れるようにメリアを紹介する。
メリアは男に片手をあげて手のひらを見せる。
「おう。よろしく」
それは本で読んだ市井流の挨拶。無事それを全うしたメリアは得意げに笑う。実際の表情はピクリとしか動いてなかったが。
「おう……。よろしく」
男はメリアの挨拶に少し気圧された感じに見えたが、メリアはそれも市井流なのだろうと軽く流す。
メリアは男を観察する。
歳は四十くらいだろう。身長は座っているからわからないが、座っていてもメリアと目線が合うくらい大きい。
こげ茶色のロングコートを着て、中には黒い革の防具。
茶色いテンガロンハットがテーブルの上に置かれている。
男にしては長めの灰色の髪を頭の後ろに縛って背中へ流している。
目つきは鋭いが、やる気は感じられない。
頬はコケていて不健康そうだが、鼻筋と薄い唇は綺麗であった。
顎も細めで整って見えるが無精髭が全てを台無しにしていた。
そして、酒臭いしタバコくさい。テーブルの上には酒の空き瓶と空のタバコの包装紙が所狭しと置かれている。
総評。中の下。
髭を剃って清潔感のある服装を着て、猫背を治し、禁酒禁煙すれば上に食い込めるかもしれない。
そう勝手に評価した。
「こちらがブルノース支部唯一のSランク冒険者のオレクさんです。普段はクソの役にも立たないです」
モニカは笑顔で言い切った。辛辣だった。
「おい、モニカ」
「働け、穀潰し」
モニカは笑顔だった。おっさんはため息を付きながら諦めたようだ。
それを見ていたメリアは目を輝かせる。
「おっさん。すごいな。Sランクなのか」
オレクは「おっ、分かってるねー」と言った後、タバコの煙を吸い込む。
「まあそういうこった。よろしく頼むぜ、嬢ちゃん」
そう言って気の抜けた顔で笑うのだった。




