第36話 優先するべきことは
「贄って、あれはただの演出だろう? 本当に選ばれるわけ……」
ない、と思うのが自然の流れだ。
「だけどユニティは、ギルバート殿に聞いていたよな。建国祭と似たような儀式が、豊穣祭にもあるのか、と。つまり、カシルが選ばれていたことを知っていた、ということなのか?」
「知っていた、というより、可能性が高かったから確認したんだよ。元々、カシルの運命はそうなっていたから」
「運命……確かに、運命かもね」
乙女ゲームのシステムは、ヒロインであるカシルにとっては、運命そのもの。そのシステムに翻弄されていたのは、何もカシルだけじゃない。ボクもだ。
予め分かっている未来を変えるために、ミルドレッドを遠くに避難させ、ブルーノとカシルは巻き込まれたような立場だった。
だからか、ブルーノは何も言わず、カシルは苦笑していた。けれど一人だけ、まったく違う反応した人物がいた。
「何がおかしいんだよ」
ギルバートだ。彼の運命、騎士となる道を変えたのは、カシルだ。唯一、ボクの被害者ではない存在。部外者ともいえるため、この反応はある意味、正しかった。
「贄になる運命って、なんだよ、それ……そんなの、あっていいのかよ」
「ありがとう、ギルバート。私のために怒ってくれて。私もね、期待していたんだ。ユニティが私の運命を変えてくれたから、贄に選ばれることはないって。そもそも建国祭に参加しなければ大丈夫だって。だから油断していたの。まさか豊穣祭で、似たようなことがあるなんて思わなくて」
「それって俺のせい? 街の行事を手伝ってほしいって俺が言ったから」
「違うよ! この街に受け入れてもらいたくて、ギルバートの頼みを引き受けたんだもの。まぎれもなく、私の意思だよ」
なるほど、そういう経緯があったのか。けれど、聞きようによっては、ギルバートが引き金になったように聞こえてしまう。いくらカシルが否定していてもだ。
「それに、私は元々貴族なの。ユニティのお陰で、最低な父親の元から最高の家に引き取ってもらったんだけど……ギルバートのことが好きで、諦めきれなかったから、全部捨ててこの街にやって来たの」
「えっ。でも俺、カシルがこの街にやって来るまで、会ったことなかったと思うけど」
「うん。大丈夫、分かってる。私の方がおかしなこと言っているってことは。だって、私がギルバートを知ったのは、前世でやったゲームだから」
カシルの言葉なのに、自分のことのようにドキッとした。ブルーノとギルバートがどんな表情をしているのか、それすら見るのが怖くて俯いてしまったのだ。本当ならカシルに寄り添ってあげるべきなのに、拒絶されたら、と思ったら、体が動かなくなった。
静まり返る部屋。そんな中、耳に入って来たのは、意外にもブルーノの声だった。
「ゲーム、というのはともかく、前世で知っていた、ということか?」
「うん、じゃなくて、はい」
「……俺がお前の事情を知っていることは、ユニティから聞いているんだろう? 普通に話してくれ。姿が違っていたとしても、俺たちは知り合いなんだから」
「っ!」
「カシル。ルーノ殿は何を言っているのか、説明してくれないか?」
「……これはカシルではなく、ボクが話した方がいいかもしれないね。すべての元凶は、魔女であるボクなんだから」
そうしてボクは、これまでの経緯を話した。あくまでも、簡潔に。カシルの身に起こった出来事のみを掻い摘んで話したのだ。
「えーっと、つまりカシルはエリアルという名前で、カーマイン公爵令嬢と入れ替わっていたってことで合っている?」
「うん。その通りだよ、ギルバート」
頭を抱えながらも整理して言うギルバートに、カシルは凄い! と褒め称える。頭がパンクしそうになっているのが分かるだけに、ちょっと申し訳ない気分になった。けれどギルバートが、懸命に受け止めているのが伝わってくる。最初の戸惑いが嘘だったかのように、理解しようとしてくれているのだ。
「それでユニティ殿は、予知で事前に知っていたから、と」
「カシル、いやエリアルと同じで、前世で知っていたから、もう予知とは言い難いけどね」
「っ! ユニティも前世で……いや、その方が腑に落ちるか。エリアルが贄に選ばれることを、運命だと言っていたのだからな。これもゲームとやらの話なのか?」
「そうだけど、君はギルバート殿と違って、呑み込みが早いな。少しは戸惑ったりしないのかい?」
「ここまで来るのに、たくさん驚かされたからな。免疫がついたんだろう」
それはそれで釈然としなかったが、次のブルーノの言葉でハッとなった。
「今はそんなことよりも、エリアルが贄に選ばれたということだ。前世で知ってたのなら、対処法も分かっているんだろう?」
「……一つだけ」
「それはなんだ?」
「建国祭で使われる、贄を奉納する祭壇を壊すことだ」
「なんだ、そんなことか」
ブルーノがあっけらかんとした口調で言い放つ。確かにブルーノなら、そう言うだろう。
なにせその祭壇があるのは、王城の中なのだ。ブルーノにとって王城は自分の家。その中の一部を壊すことなど、大したことではないのだ。
「そんなことって簡単にいうけど、国王に怒られる案件だよ。いいの?」
「すでに父上には、おしかりを受けているんだ。今更」
「えっ、ルーノ殿って……」
「あぁ、すまない。混乱しているところに、俺のことまで。実は王子なんだ。だけどまぁ、気にするな」
そんなことを言われても、すぐに「分かりました」とはならないだろう。案の定、ギルバートが頭を抱えている。すぐにエリアルが傍に寄り添っているから、たぶん大丈夫だとは思うけど。
「今、ギルバート殿が気にするのは、エリアルのことだ。早く贄から解き放ってほしい、と思わないのか?」
けれどブルーノがギルバートに追い打ちをかける。ようやく空気の読める男になったというのに、こういう点は変わらないようだった。
だけどそこは脳筋のギルバート。小難しい今までのやり取りよりも、目の前の現実を見る方が楽なことを察したのだろう。急に顔つきが変わった。
「そうでした。肝心なことを忘れるところでした」
すぐに視線を、ブルーノから横にいるエリアルに向ける。
「ごめん。また優先順位を忘れるところだったよ。今、最優先にするべきは、エリアルのことなのに」
「ギルバート……!」
「前世とか、ゲームとか……正直、まだよく分からないけど、今はエリアルが一番重要だってことは分かる。もう後悔したくないんだ。だからこれからは、なんでも言ってくれ。俺にできることなら、なんでもするから」
「ありがとう」
最初、何を言い出すのか、と思っていたけど、こんな結末になるなんてね。さすがにボクだけだったら、こうはいかなかっただろう。
同じ攻略対象者だからなのか。ブルーノとギルバートの相性が良かったからなのかもしれない。
なんにせよ、エリアルが傷つかなくて良かった。まだまだゲームシステムが、何をしてくるのかは分からないのだ。今すぐ動く必要があるだろう。今度こそ……遅れるわけにはいかないのだから。





