第2話 悪役令嬢の正体
ウキウキした気分で学園を出て、街中を歩く。もう自由だ。私は、いやボクは元の自分に戻る。
髪の色も銀髪から黒に戻し、青に変えていた瞳の色も紫色に。黒いフードを被れば、誰もボクをミルドレッド・カーマイン公爵令嬢だとは思わないだろう。腰まであった髪も短くなり、肩までしかないのだから。
けれど目の前に立つピンク色の髪の少女は、平気でボクを見破った。
「やぁ、久しぶりだね、ミルドレッド。いや、エリアル」
「今はカシルと名乗っているから、そっちで呼んで」
「分かった。それならボクも――……」
「勿論、ユニティと呼ばせてもらうわ。その恰好でミルドレッドと呼びたくないもの」
「確かに」
カシルからユニティと呼ばれ、懐かしさのあまり頬が緩んだ。それほどまでに、ボクはミルドレッドを演じていたのが嫌だったのか。それとも、本来の自分に戻ったことに安堵したのか。
ボク自身がそれに驚いていた。
けれどカシルは、別の意味に捉えたようだった。
「……そろそろ王子から、婚約破棄を言い渡される時期だと思って来たんだけど、案の定、運命は変わらなかった、ということなのね」
「ここは乙女ゲーム『贄姫になっても恋はしたい』の世界だからね。ボクが介入しても、何も変わらなかったよ」
そう、魔女のボクが乙女ゲームの悪役令嬢、ミルドレッド・カーマインとヒロインであるエリアル・アルク男爵令嬢を取り換えても、変わらなかった。
ボクが前世の記憶を取り戻したのは、十八年前。カーマイン公爵家を訪れた人のことだ。ようやく生まれた娘を祝福してほしいとカーマイン公爵に頼まれて行くと、そこには、未来の悪役令嬢、ミルドレッドの愛らしい姿があった。
銀髪に、丸い大きな青い瞳で、興味津々にボクを眺めるミルドレッド。どうやらフードを被った姿が珍しかったらしい。カーマイン公爵家でそのような姿をしているものはいなかったからだ。
祝福を与えても、悪役令嬢である限り、ミルドレッドの未来は明るくない。
どうしたらいいのだろう。必死に考えた。折角、乙女ゲームの世界だと知ったんだ。この愛らしいミルドレッドを救いたい。
ボクの姿は少女となんら変わらなかったが、これでも百歳を超えている魔女。年数を重ねていても、ボクは祝福を与える赤ん坊の未来を救えないのか。
その時だった。悪役令嬢と乙女ゲームのヒロインを取り換えようと思ったのは。ここはヒロインが主人公の世界。悪役令嬢と入れ替わったとしても、彼女の未来は変わらない。幸せになれるだろう。
乱暴だとは思ったが、ミルドレッドの未来を変えるのに必死だったボクは、まずカーマイン公爵に相談した。そもそもミルドレッドが、ブルーノと婚約しなければいいだけだと思ったからだ。
けれどミルドレッドとブルーノの婚約は、彼女たちが生まれる前からの決まりで避けられないものだという。であるならば、ブルーノと結ばれるヒロインとミルドレッドを取り換えても問題ない。魔女ゆえか、ボクは平気で残酷な提案をカーマイン公爵に打診した。
だけど、カーマイン公爵はあっさりとボクの提案を受け入れた。ミルドレッドを乳母の実家に預け、ヒロインであるエリアルを探し出して引き取ったのだ。
これで大丈夫だろうと、思った矢先、予想外の出来事が起きた。様子を見にカーマイン公爵家を訪れると、成長したエリアルに脅されたのだ。
『あんたが魔女ユニティね。私をミルドレッドと入れ替えるなんて、そんな芸当ができるのは転生者しかいない。ねぇ、そうなんでしょう』
そう、エリアルも転生者だったのだ。しかも彼女はブルーノと結婚したくない、という。なぜなら彼女も乙女ゲーム『贄姫になっても恋はしたい』をプレイしていて、推しはブルーノではなかったのだ。
『悪役令嬢の未来を変えたんだから、私の未来も変えなさい』
エリアルの望みは、推しである攻略対象者の騎士と結ばれること。けれどその騎士は平民で、公爵令嬢の立場では難しい。本来のエリアルの身分である男爵令嬢だったのならば可能なのに、ボクが余計なことをした、と憤慨していたのだ。
だからボクは、再びカーマイン公爵に相談をして、エリアルを信頼できる友人に託した。そこで問題なのが、ミルドレッドだ。
乙女ゲームが始まってもいないのに、悪役令嬢が空位になってしまった。ブルーノとの婚約は継続中。
ボクは同じ転生者であるエリアルの元を訪ね、相談した。『どうしたらいい』と。すると彼女はあっけらかんとした声で言い放った。
『責任を取って、ユニティがミルドレッドになればいいのよ。魔女なんだから、自分で姿を変えられるでしょう? 私をミルドレッドの容姿にしたように』
魔女にとって、人間の人生など一瞬だ。淡々とした人生に、少しだけ刺激を与えてみてもいいか、とそんな感覚でミルドレッドとなることを引き受けた。
それが良くなかったのか。魔女としての気質なのか、学園に入学してから、何も努力をしなかったせいで、ブルーノから婚約破棄を言い渡されてしまった。
「だけど、あのまま婚約破棄のイベントが起こらなかったら、ボクはブルーノ王子と結婚させられていたってことだよ? それはそれで嫌だったから、結果オーライじゃないかな」
「確かに。替え玉だけじゃなくて、ユニティの正体もバレたら大変だからね」
大変なんてものじゃない。これが他の魔女にバレたら大目玉を食らってしまう。
「それはそうと、エリアルじゃなかった、カシルはどうなのさ。今は幸せ?」
「勿論! 貴族の時と違って、生活はそりゃ大変だけど、それは前世と同じだから」
「確かに。色々、心配しなくて済むのはいいけど、ボクも貴族の生活は窮屈で嫌だったよ」
「でも、晴れてお役御免になったのだから、私も安心したわ。いくらユニティが仕出かしたこととはいえ、私の我が儘でミルドレッドになっていたわけだから、なんというか……」
「なるほど。ボクを心配して、様子を見に来てくれたんだ」
「っ!」
図星をつかれたのか、息を呑むカシル。同じ転生者だけど、ヒロインに転生するだけはある。
「優しいんだね。ありがとう」
「ほら、バレたら大変だし、だから……お礼を言われる筋合いはないんだから」
照れながら言っても説得力ないよ、と言おうとしたけどやめた。カシルが今、幸せなら、それでいいし、愚痴を言われる立場なのも本当のことだからだ。





