第19話 乳母の誤算
ブルーノのいうことも、一理あった。ここでクヨクヨしていても、時間だけが流れていく。時は有限だ。さらにいうと、パティは短気だから、待ってなどくれないだろう。
ボクは善は急げ、とばかりに姿を消す隠蔽魔法を使った。
本当なら、ミルドレッドを助けに行きたいところだけど、パティの機嫌を損ねて、工房から追い出されるわけにはいかないのだ。今のボクたちの立場はカーマイン公爵家の縁者。つまり、お客と同じ。そこから厄介者に格下げされたらおしまいだ。
二度とこの工房どころか、店。いや、ヴァルクという街を容易に歩けなくされる可能性だってある。
だからミルドレッド。もう少しだけ、待ってて。絶対に助けに行くから。ボクが、絶対に……!
断腸の思いで、工房とは別の方向へと歩き出した。表からだと店と隣にある工房しか見えないが、中庭からだと建物がもう一つ別にある。けれど倉庫には見えないことから、勝手に住まいなのだろうと推測した。なぜなら、工房や店ほど人の出入りが見られないからだ。
他の用途も思い浮かばないし、宛もない。ならばさっさと探りを入れることにしたのだ。
まず隠蔽魔法を使いながら箒に乗り、窓から中を覗く。すると、ゆっくりとだが、部屋の中を移動している人影が見えた。
ボクは近くの木に飛び移り、隠蔽魔法を解くと、すかさず小鳥に変身する。そして再度、窓へと近づき、コンコンと嘴で叩いた。
「ん? なんの音だい?」
現れたのは初老の女性だった。ここが二階だから、というのもあるのだろう。警戒心もなく、窓を開けてくれた。お陰でボクは、彼女の脇をすり抜けて中に入ることができた。
振り向く彼女の前で変身魔法を解く。なぜなら、彼女が探していた人物だったからだ。
「直接会うのは初めてかな、ダーラ・セジベンス」
パティと同じ茶髪の女性は、ボクを見るなり「どうして……」と言いながら震え出し、扉の方へと駆け出そうとした。けれど足腰が弱っていたのか、その動きは鈍く、扉に辿り着く前にへたり込んでしまった。
そんな彼女の前に、ボクは目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
「なぜ逃げる?」
「そ、それは……」
「やましいことがあるからだよね」
「あっ、あぁぁぁ」
ボクの指摘に、ダーラは顔を両手で覆った。体は動かなくとも、さらに現実から逃げようとする姿に、ボクは苛立ちを覚えた。だから躊躇うことなく、トドメの一発を放つ。
「ミルドレッドを虐げるなんて……いい度胸をしているね」
「ち、違うんです」
「何が違う。ボクはさっき、この目で見てきたんだ」
「あれはパティが、娘がしたことで、私は違うんです」
ダーラはボクに手を伸ばし、縋りつこうとした。けれどしゃがみ込んでいるボクの体勢では、彼女を受け止め切れずはずもなく、押し倒されてしまった。
「……違うものか。娘を止めずに目を瞑り、見過ごした時点で同罪だ」
「っ!」
ボクはショックを受けたダーラを押しのけ、起き上がった。
「だけど君を責める資格は……ボクにはない。ずっと様子を見に行こうともしなかったのだから」
「……魔女様」
「ボクも同罪なんだよ。君が仕向けたわけじゃないなら教えてほしい。どうしてあぁなってしまったんだい? 最初からではないんだろう?」
そうであってほしい、と語りかけると、ダーラは視線を下に向けた。
「最初からなんて、とんでもありません。お嬢様が生まれる前から奥様に仕え、手放す苦悩をお傍で見ていたのです。乳母という立場よりも、奥様に代わってお嬢様を立派にお育てしなくては、と思っていました」
「それほどの忠誠心があったのは理解した。転機はなんだい?」
「お嬢様の才能が開花した時でしょうか」
才能? 開花? そんな話、いや設定はなかったはずだ。だけどここはゲームの世界ではあるけれど、すでに別の物語になってしまった世界だ。元々あった設定など、ないに等しいのだろう。
ボクはダーラの次の言葉を待った。
「私たち夫婦は、いつでも奥様や旦那様が、お嬢様を迎えに来てもいいようにと、淑女教育を習わせていました。お金はお嬢様の養育費として、旦那様から有り余るほど毎月いただいておりましたので。その一環として習っていた刺繍が、とても素晴らしく。評判にもなったため、私たち夫婦は、店を開くことにしたんです」
「まさか、ミルドレッドをこき使うために?」
「違います! お嬢様の将来のためです! 迎えに来られなかった場合、お嬢様はこのまま平民として過ごさなくてはなりません。私たちができるのは、そこで生きていく道を作ること。店はそのためのものだったんです」
ダーラのいうことも一理ある。ミルドレッドとダーラの時間は違う。ずっと見守っていくことができない以上、その先を考えてあげていたのだ。それこそ、本当の親のように。
すると、実の娘であるパティはどうだろうか。
「……もしかして、パティはミルドレッドを妬ましいと思っていた、とか?」
そんなボクの呟きに、ダーラは表情を強張らせた。
「申し訳ありません。大切なお嬢様を立派に育てなくては、と神経を注いでいたあまり、娘を疎かにしてしまった私たちが悪いのです。それなのに、お嬢様の役に立つようにと、常々言ってしまった結果……」
「役に立つどころか、恨みだけが募っていった、というわけか」
さらにその恨みを晴らす機会を、両親が作ってしまった。いや、くれたと言うべきか。
「お嬢様の店を切り盛りするように言った当初は、娘も素直に従っていました。けれど次第に、店を大きくすると言い出し、夫は経営を、娘は工房に専念し出したのです。工房には数名の針子を雇うため、私は住まいであるここを任されたのはいいのですが、店や工房に顔を出すことを禁じられてしまいました」
「ダーラがいたら、ミルドレッドを表立って虐められないからか」
「……おそらく。さらにお嬢様の刺繍で店は成り立っているのだからと、終始仕事漬けにしているようで、ここでお休みにもなられていないのです。だから、きちんと休まれているのか、食事を召し上がっているのか分からず……」
申し訳ありません、とダーラは泣き崩れてしまった。
雇ったという針子たちは、ミルドレッドの事情を知らないし、教えるわけにもいかない。さらにパティがここを牛耳っている以上、逆らってまでミルドレッドを助けることなどしないだろう。たとえダーラが、針子たちにミルドレッドのことを気にかけてほしい、と頼んでも、パティの目を盗んでまでするとは思えなかった。
ダーラを責めることはできない。この家族の関係を変えてしまったのも、ボクなんだから。お灸を添えるのも、またボクしかいない、よね。
「一つ聞くけど、この店のことは、公爵も知っている?」
「はい。お嬢様の店となるように、資金援助をしていただきましたので」
「でも内情までは報告していない。というか、それさえもパティがしていたのかな」
店や工房に顔を出すことを禁じられていたのなら、この建物から出してもらえていない可能性だってある。
あぁ、だからカーマイン公爵家の縁者だと知ったボクたちを蔑ろにできなかったのか。下手に隠せば怪しまれると思ったから。
だけど毎日欠かさずにやっていることを、やめることはできなかったのだろう。特に積年の恨みは、ボクたちの存在を忘れるくらい、強烈なのだ。
だったら思い出させてあげるよ。ボクたちの大事な子にしてきた仕打ちの恨みを。
「ダーラ。これまであった出来事を、包み隠さず公爵に伝えるんだ」
「それは構いませんが、どうやって。私はここから出られないんですよ」
「忘れたのかい? ボクが誰なのか。魔女ユニティだよ。君を公爵邸に送ることなど、簡単さ」
そうしてボクは、ダーラの下に転移魔法陣を展開させた。
「君のやるべきことは二つ。ミルドレッドの情報を正しく伝えることと、公爵をここに連れて来ることだ。いいね?」
ダーラは立ち上がり、何度も頷いて見せた。それこそ、姿が消えるまで。





