ギルドと所属
"ルドルフ"が"ルドフル"になってたので修正。
モンスターに追われた五人を助ける為にブリ雄を引き連れて戻って来た蒼一は何故か剣を向けられるという状況に困惑していた。
「あーえっと、助けに来たんですけど……必要なかったみたいですね」
「助けだと?」
蒼一の口から出た言葉に男は剣は向けたままで探るような視線を蒼一に向けてくる。
その時、蒼一に少し遅れてブリ雄もその現場に現れると男は剣先を蒼一からブリ雄へと向け、警戒を数段階引き上げた。
「蒼一様、この状況は?」
「どうやら俺達の手助けは要らなかったらしい。多分目の前の人がモンスターの方を片付けてくれたみたいだ」
「お前もコイツが言ったように俺達を助けに来たってのか?」
「え?」
そう問われたブリ雄は驚いたような顔をした後、蒼一へと視線を向ける。
そんな視線を向けられた蒼一もどうしてブリ雄がそんなに驚いているのか疑問に思い、ブリ雄に視線を返す。
無言のまま二人が視線を交差させ、ふとブリ雄が口を開いた。
「蒼一様、私の聞き間違えじゃなければ、彼は日本語を喋りませんでしたか?」
「…………え?」
ブリ雄のその言葉に蒼一は再び無言で数秒視線を交差させた後、今度は二人して剣を向けている男の方へと視線を向け、二人の視線を受けた男は一歩後退りながらも警戒を続ける。
「あの、俺らの言葉分かります?」
「あ?こうして会話してるんだから分かるに決まってるだろうが」
「ですよね、そうですよね……えぇ?」
「蒼一様、混乱する気持ちは分かりますが、今はこの状況を治めるのが先決かと。私達の事を説明しないとあちらも矛を収める事が出来ないでしょうし」
という訳で蒼一とブリ雄はようやく出会えた人間とコミュニケーションを図るべく、まず自分達の事を相手に説明する事にした。
勿論、馬鹿正直に話す訳にはいかないのでブリ雄が用意したカバーストーリーに則った説明になるのだが、そのカバーストーリーというのは嘘を言うのではなく、どちらかと言えば本当の事を暈したような形だ。
孤島の事は人里離れた場所と暈しつつ、自分達の目的が食料調達である事は素直に伝えその為に人里に降りて来たと説明する。
「人里離れた、ね。それは具体的に何処にあるんだ?」
「ミーノファルスの向こう側です」
ブリ雄が告げたミーノファルスとはこの大陸に存在する魔境の名前であり、凶悪で恐ろしいモンスターが数多く生息し、誰も近寄る者が居ない事で有名な場所だ。
普通ならそこに集落があるなんて説明したところで誰しもが疑うだろうが、逆に言えば出来るのは疑うまででその真偽を確かめる為にはその魔境を越えねばならない以上、誰も嘘だと断言する事は出来ないだろうという考えからなのだが、しかしここである問題が発生する。
「ミーノファルス?聞いた事ねぇな」
その問題とは彼らの言語が日本語に訳されているせいで一部の単語がブリ雄の知識とは違う物に変わっている事だった。
(困りましたね。ファルスは森という意味で、ミーノの方は確か……異常?気狂い?それに近しいニュアンスの言葉だった筈ですが)
ブリ雄はどうにか単語を日本語に訳し、相手に伝わるよう改めて説明する。
その際、伝わらない言葉は自分達の独自の呼び名であると言い、人里から離れてやって来たという印象を刷り込む事も忘れない。
「ミーノファルスというのは私達の集落での呼び方でして、貴方に合わせて言うならそうですね。異常な森、もしくは気狂いの森とでも言いましょうか」
「気狂い?お前、まさかそれって狂気の森じゃねぇだろうな?」
「狂気の森ですか?。そう呼ばれるような場所が複数もあるとは思えませんし、恐らくその狂気の森が私の言うミーノファルスなのでしょうね」
ブリ雄がそう告げると、男は視線を鋭くしブリ雄に対する警戒心を引き上げた。
「嘘を言うな。あそこは人が住めるような土地じゃない」
「何か勘違いしているようですが、私達はその狂気の森に住んで居る訳ではありません。そこを超えた先にある場所に住んで居るだけです」
「じゃあ何か、お前達はあの森を超えてやって来たってのか?」
「はい」
一切の淀みなく、そう答えたブリ雄に男は驚いたような顔をするも、直ぐに取り繕いじっとブリ雄を観察した後、蒼一の方にも視線を向ける。
「お仲間はこう言ってる訳だが、お前の方はどうなんだ?」
「どうって、ブリ雄が言ってる通りだよ。何故そんな聞き方を?」
「言っちゃ悪いがそっちの男は兎も角、お前さんはそんな実力があるようには見えないからな」
明け透けなくお前は弱そうだと告げられた蒼一は頬をヒクつかせながらも、武具の類を一切身に着けていないのだからそう判断されても仕方ないと自分を窘めつつ、であればブリ雄の事は実力者であると判断したのかと疑問を抱く。
「どうしてブリ雄が強いって判断出来たんだ?」
「どうしてって、そりゃお前そこまで魔力を漲らせておいて弱い筈ないだろうがよ。遠くからでも背筋が震えたってのに、この距離まで近づかれると正直言って逃げ出したくなるくらいさ」
男の言葉に背後で様子を見守っていた四人も首をブンブンと縦に振って肯定する。
ブリ雄の対し明らかに怯えた様子の四人の姿に、蒼一は怪訝な顔で口を開く。
「魔力ねぇ……そんなにか?」
「むしろ俺としては隣に立ってるお前がどうしてそこまで平然としてられるのかの方が疑問だぜ。何とも感じないのか?」
「特にこれと言って何も」
量に限った話で言えば確かにブリ雄の持つ魔力は蒼一を凌いでいたが、質に関しては圧倒的に蒼一に軍配が上がり、それが全身を満たしている蒼一にとってはブリ雄が放つ魔力など大気を漂う魔力とそう大差はない。
「蒼一様は私よりもお強いですから」
「アンタよりも、ね」
そんな事実を知らない者達からすればブリ雄のそれは蒼一を立てる為の世辞としか映らないのだが、ブリ雄もそれを承知の上で事実を告げる。
「まぁいいさ。兎に角俺達に危害を加えるつもりはないって事で良いんだよな?」
「あぁ、最初に言ったようにただ助けに来ただけだ。まぁ要らない世話だったみたいだけど」
「そう不貞腐れるなよ……それと、剣を向けて悪かったな。コイツらが何者かの魔術で捕獲された直後だったもんだから、その犯人かと思ったんだよ」
「あっ」
そこで蒼一はどうしてこの男があそこまで警戒していたのかを理解し、それと同時に失敗したと後悔した。
「"あっ"?――あってなんだよ」
「あー、いやその」
言葉を詰まらせた蒼一に男の瞳が剣呑な色を滲ませていく最中、ブリ雄が口を挟む。
「すみません、それは私達の仕業です」
「ブリ雄!?」
折角警戒が解けて来たというのに馬鹿正直に答えたブリ雄に蒼一は思わず名前を叫んでしまう。
とはいえそうなった原因は自分にあると蒼一はそれ以上何を言うでもなく口を閉じ、余計な事を言う前にブリ雄に任せる。
「私達が駆けつけるよりも前にモンスターに追いつかれそうでしたので、守るために魔術で隔離させて貰いました」
「それの魔術でモンスターの方を閉じ込めちまえば良かったんじゃねぇか?」
「最初はモンスターの方をどうにかしようとしたのですがね。何分距離が離れていたので迂闊に攻撃すれば巻き込みかねませんし、かといって範囲を絞っても素早く動き回るモンスターを捉える事も出来ず、苦肉の策で閉じ込めさせて貰いました」
「向こうの方を見て貰えばモンスターを足止めしようとしたのを理解して貰える筈だ」
ブリ雄の言葉に援護射撃するように蒼一はそう説明を付け加え、ある方向を指差す。
その方向には蒼一がモンスターを足止めしようと努力した跡が地面に残されていた。
「……一応、筋は通ってるか」
「信じて頂けましたか?」
「まぁ、な。実際この壁が無ければコイツらも無事じゃ済まなかったろうし、俺の方もそうなる前に駆けつけられたか怪しいところだからな。一先ずは信じといてやるよ」
「それは良かったです。ところで怪我人がいらっしゃいますよね?。宜しければ治療致しますが」
「アンタ、治療魔術が使えるのか。それは有りがたいが……見返りは何だ?まさかタダって訳じゃないだろう?」
「話が早くて助かります。先程も説明した通り、私達の目的は食料調達の為に人里に向かう事なのですが、今まで集落を離れた事が無かったので街への入り方など分からない事も多いのです」
「つまり街に入る手助けをして欲しいって事か」
ブリ雄の要求を理解した男は少しだけ考える素振りを見せた後、後ろに振り返りずっと黙って見守っていた人間達の方へと視線を向ける。
「だそうだが、お前らはどうする?」
「へ?」
「へ?――じゃねぇ。ソーリャを治療して貰うって話なんだから俺じゃなくて仲間であるお前らが決めるべきだろうが、どうすんだ?」
「どうするって……どうするよ?」
「ガルフが隊長なんだからガルフが決めなさいよ」
「それもそうだな。ガルフ、どうするんだ?」
「お前ら責任が発生しそうな時に限って俺を矢面に出しやがって……クソ」
ガルフと呼ばれた男はそう悪態をついた後、意識を失った女性――ソーリャを背負ったまま一歩前に出て、頭を下げた。
「頼む、ソーリャを治してくれ」
「頭を上げてください。私達としては街に入るのに協力して頂ければ十分ですので、対価を貰う以上、必要以上に畏まられても困ります」
「うっ……でも仲間を助けてくれる訳だし、気持ちは大切だろ?」
口は悪いが生真面目なのか、ガルフはそう言いつつ背負っていたソーリャを地面に降ろし、ブリ雄が直ぐに治療魔術を施すと意識を失っていたソーリャの眉がピクリと動く。
「ん……んん」
「ソーリャ!」
「あれ、私……」
「ドザードの尻尾の直撃を受けて気を失ったんだ。覚えてないか?」
「そういえば、突然横から強い衝撃を受けた気が」
「身体の方は大丈夫?」
「平気、痛みも無い。皆の方は無事?」
「あぁ、お前を背負って逃げる途中で助けられてな。モンスターの方はルドルフさんが、お前の治療は……あー」
そこで言葉を詰まらせたガルフに蒼一とブリ雄が首を傾げるも、直ぐにそう言えば名前をまだ名乗っていなかった事を思い出し、二人は改めて自己紹介をする。
「私はブリ雄です」
「俺は蒼一だ」
二人の自己紹介を受け、ガルフ達も自己紹介をしていく。
「それじゃあ自己紹介と行くか。俺はルドルフ、ニーヴァの重騎士だ。コイツら新兵の子守りをやっている」
「俺はガルフ、ルドルフさんと同じニーヴァの新兵だ」
「あたしはカリル、ニーヴァの新兵よ」
「僕はイリョーシュ、同じくニーヴァの新兵だ」
「私はソーリャ、ニーヴァの新兵」
「最後は俺だな。俺はドリント!ニーヴァの未来の剣聖だ!」
「はいはい、誰もアンタの妄言なんか聞いてないから、素直に新兵って言いなさいよ」
「妄言じゃねぇ!俺は何時か剣聖になるんだよ!」
「だったらまずはドザードの二十匹や三十匹、一人で狩れるようにならねぇとなぁ?」
「ぐっ」
仲間と協力しても逃げる事しか出来なかった事をルドルフに指摘され、ドリントは言い返す事も出来ず黙り込む。
そんな中、蒼一がそれぞれの自己紹介の中で出てきた単語についての質問を飛ばす。
「あの、その"ニーヴァ"ってのは何なんだ?」
「ん?そういやそうか、それも知らなくて当然か。ニーヴァってのは俺らが中してる会社だよ」
「……はい?チュウ?カイシャ?」
ルドルフの口から飛び出た言葉に余計に混乱し首を傾げる蒼一に対し、ブリ雄が耳打ちをする。
「恐らくギルドの事を会社と訳したのかと、中の方は……文脈的に所属とかそういう意味合いかと思われます」
「会社じゃなくてせめて組合とかにして欲しかったなぁ」
義理も義務も無いだとか何だかんだと言いながらも日本語訳してくれたであろう世話焼きな神に対し、日本語で意思疎通が出来るようになっただけ有難いと思いつつも、ちょっとそんな不満を口にしてから蒼一は意識を切り替えていく。
「俺もブリ雄の考えている通りだと思う。しかし一体何処をどう訳したら所属が中になるんだろうな」
「それは分かりませんが、管理神様と会話してた限りは違和感なく訳されていましたし、そこまで気にする必要はないと思われます」
「だと良いんだけどなぁ」
ギルドと所属という言葉がそんな風に訳されて不安を隠せない蒼一だったが、その不安は見事的中する事になるのであった。