"いん"食店
今話は少し性的な表現が多めに出て来るので、苦手な方はご注意下さい。
店の奥へと通された蒼一達は五階にある一室へと通され、そこは四人が食事をするにしては広い大部屋で五階にはどうやらそんな大部屋が四つあるだけのようだ。
「凄く広いですね。トラウドさんがお得意様だからですか?」
「いんや、俺も普段は三階や四階の小さい個室だよ。今回はちょっと頼んだ量が多かったからな」
「あぁ、全員合わせて九人前ですもんね」
九人前の料理ともなると確かにこれだけ大きな部屋のテーブルで無ければ収まりきらないだろうと納得する蒼一。
取り合えず何時までも突っ立ってるのもなんだからと四人無駄にデカいテーブルを中心にコの字に配置されたソファに腰掛けるのだが、まずトラウドが座りその対面にアイゼン、アイゼンの右隣に蒼一が座り、更にその右隣にブリ雄が腰を下ろす。
「……なんか、俺だけ疎外感が半端ないのは気のせいか?」
それぞれの関係性を考えれば妥当な配置だが、テーブルが無駄に大きい所為で三人とトラウドの位置はちょっとだけ声を張り上げないと聞き取り辛い程度には離れてしまっていた。
その事に不満を口にするトラウドにアイゼンが言葉を投げる。
「ではこっちで男四人で仲良く一緒に座りますか?。貴方としてはそっちの方が嫌でしょう」
「ったりめぇだ!誰が好き好んで野郎同士で密集しなきゃらならんのだ!」
「じゃあ黙って現状を受け入れてください。それにどうせもう少ししたら立場が逆転する訳ですし」
「アイゼンさん、それは一体どういう――」
蒼一が疑問を口にするよりも早く、蒼一の知覚が自分達の居る大部屋の前で立ち止まる六つの情報を察知し、そちらに視線を向けると同時に扉が開き全員がその姿を視覚で捉えた。
そこに居たのはかなり際どい衣装を身に纏った六人の女性であり、恰好的にどう見ても料理屋の店員はおろか客にすら見えない。
では一体何者なのかと聞かれれば、この店に初めて訪れた蒼一とブリ雄には答えられないが、薄々とその正体を察する事は出来た。
「あのトラウドさん、この六人ってもしかして」
「あぁ、俺が食前に頼んだデザートさ。いやぁお任せで頼んだのに俺のオキニの娘達ばっかじゃないか!」
「やはりそういうお店だったのですね。デザートを食前にと仰っていた時点でもしやとは思っていましたが」
両手を大袈裟に開いて娘達を迎え入れるトラウドを半目で睨みながらブリ雄が呆れたように呟く。
デザートというのはどうやら隠語だったらしく、六人前というのも料理の数ではなく六人のキャストという意味だったのだろう。
「アイゼンさん」
「大丈夫ですよ、蒼一さん。私は"普通に食事を一人前で"と注文したので、ちゃんと食事が運ばれてきますよ」
「"普通に"って量の話じゃなくて料理の話だったんですね……。というか、ここ何屋ですか?」
しっかり食事も出て来るという時点で表に堂々と掲げてあった通り飲食店と言っても良いのかも知れないが、だとしても飲食とは関係の無い要素がデカすぎて純粋な飲食店とは言えない有り様であった。
そんな蒼一の疑問に女に埋もれていたトラウドが顔だけを蒼一の方へ向けて答える。
「何って飲食店に決まってるじゃねぇか」
「飲食店というか、淫食店の間違いじゃないですかね……この店に純粋に飯を食べに来る人間なんて居るんですか?」
「結構いますよ。というかそういう客層に向けて料理を提供しているんですからね」
「そういう客層とは?」
「殆どの店は大抵日が暮れると同時に店を畳んでしまいます。それは食事処も例に漏れず、夜遅くまで仕事をしている人間は家に食材が無ければ買いに行く事も食事にありつく事も出来ません」
「かと言って夜に周囲も薄暗く人通りも減った状態で店を開き続けても昼間よりは客入りは悪いし、何なら不逞の輩がやって来る始末だ。普通の店じゃ暴力に出られると対応出来ねぇし、そういう輩が出没する前に店を畳むのが当たり前になってんだよ。その点、こういう店はそういう輩の対処には慣れてるし、何より普通の店には無い後ろ盾があったりするからな。ちょっと料理を提供するだけで客入りが良くなるからな。飯だけが目的だった客でもここで食事してる間に気が変わってデザートまでしっかり堪能してくなんて良くある話だしな」
「上手い事やってるんですね……」
飽く迄もメインは娼家であり、料理は片手間にやっているだけなのでメニューは無く、出て来る料理も決まっており値段も少々高いが、一夜を空腹に耐えながら床に就くよりはマシだという人間はそれなりに居るのだろう。
店側としては食事をしてくれるだけでも利益は得られるし、何より最初はそのつもりが無くともその内の何割かは娼家の客としても流れてくる為、単純に娼家を経営するよりも多くの利益を得られるというのだから良く考えられている。
「ところでトラウドさん、貴方は何時までソレを被っておられるのですか?」
アイゼンが言うソレとはトラウドが被っているという時点でブラとパンツ以外に無く、元々周囲の男臭さに堪えかねて被っていたものであり、ここは個室で男はトラウド自身を除けば対面の離れた位置に三人、自身の傍には六人の女が侍っている状態なのだから男臭さなど微塵も気にならない状態であった。
「あぁ、そういやそうだったな。なんかもうすっかり馴染んでて身に着けている事さえ忘れちまってたぜ」
「もう、そんなに気に入ってくれたの?」
「そりゃあもう!ここに来るまでの道すがらも周囲にむさ苦しい男共が居ると思いながらも我慢出来たのはフィーネちゃんの匂いに包まれてたお陰だぜ」
「え……?」
トラウドとフィーネと呼ばれた女性の会話を耳にした蒼一が驚愕の表情を浮かべる。
「あの、トラウドさん。その今被っていらっしゃるブラとパンツって、もしかしてその女性の……?」
「そりゃそうだろう。誰の物でもない下着じゃ頭巾を被るのと変わりねぇじゃねぇか」
頭巾とパンツを一緒くたにするなと思わずツッコミがでかかった蒼一だが、それをどうにか喉元で抑え肝心な部分について触れようとしていた。
「そ、そうですか。ところでその下着類ですけど、当然洗ってはある――」
「やっぱ女のモノが染みついたもんじゃねぇと匂いが物足りねぇよなぁ!」
「やだトラウドさんったら、そんなに気に入ってくれるなんて。何ならちょっと色を付けてくれるなら今身に着けてるのもサービスするわよ?」
「へへへ、じゃあ今夜もたっぷりと濡らして匂いを付けてやらないとな」
ドン引きである。
蒼一もブリ雄も露骨に顔を引き攣らせては全身に鳥肌を立て、トラウドの性癖を既に知っていたアイゼンですら改めてこうも見せつけられると顔を歪めずにはいられない。
「アイゼンさん、何がトラウドさんをあそこまで拗らせたんですか?」
トラウドがただの使用済みの女性下着が好きなだけの変態では無い事は蒼一も理解していた。
少し前に蒼一がブリ雄に語って見せたように単純にそれだけの人間なら時や場所を選ばずとも下着を被るだろうが、トラウドが下着を被るのは周囲が男臭いと本人が判断した時だけだ。
事実、女性に囲まれている今のトラウドは被っていた下着を取り払い、女性達と楽しそうに談笑している。
その点から考えてもトラウドが単純な女好きでは無く、男臭いのが嫌で女を囲っているというのが窺えたが、問題は何故そうまでして男臭いのを嫌うのかが分からない事だった。
「トラウドさんもまた私と同じニーヴァの支部長、つまり社長の被害者です」
「それって、まさか」
「えぇ、今の彼を形成しているのは社長の教育が原因です」
「何をどう教育したらあんなものが生まれると言うのですが」
「ブリ雄、気持ちは分かるけどあんなもの呼ばわりは止めような?。アレでも一応アイゼンさんと同じニーヴの支部長なんだから」
「蒼一さんもアレ呼ばわりしてるじゃないですか……」
呆れて溜息を吐くアイゼンだったが、蒼一とブリ雄がそういう態度になってしまうのも無理からぬというのは理解しているので口煩くは言わない。
むしろ一応ニーヴァの支部長として扱おうという気概見えているだけ、他の者達よりもトラウドに対する忌避感は少ないのが分かる。
それは蒼一とブリ雄が同性愛者であるデミスと行動を共にし、その考えに感化された事で趣味嗜好と人格は深く関係があるようで関りが無いというのを理解したからだろう。
トラウドの性癖には同調出来ないが、だからといってトラウドの全てを否定しようとは思っていない。
(デミスさんと一緒に行動させたのは正解でしたかね)
流石のアイゼンもここまでの状況を読んでいた訳ではないが、あの時デミスに同行を依頼した過去の自分を人知れず褒め称える。
「まぁ何があったかと言えば、ウチの社長の性教育の賜物ですかねぇ……」
「えっと、性教育というと?」
流石に性教育の一言だけでは分からないと蒼一が首を捻って問うと、アイゼンは表情を曇らせながらも答えた。
「以前御二人には社長が教えるのは何も知識だけではないというのは説明しましたよね?」
「えぇ、座学を教えていたと思った次の日には突然街の外へと連れ出されてモンスターと戦わされたとか」
「その通り、あの人は言葉による教育だけではなく実践での教育も積極的に行います。正確に言えば座学で教えた事を実践出来るか確認するというのが正しいかも知れません。座学よりいきなり実践の方が覚えが良いと判断した場合はその限りではありませんが」
「はぁ、最終的に実践はさせられるんですね……って、え?。ちょ、ちょっと待ってください、それってまさか」
どんな事でも最終的に実践という形に落とし込まれるという事と、トラウドが性教育によって歪んだという内容が蒼一の中で結びつく。
「はい、蒼一さんの考えていらっしゃる通りです。私達支部長は全員あの人から性教育も受けています」
「わぁ……」
予想していたとは言え、アイゼンの口から飛び出た内容に蒼一もブリ雄も遠い目をして視線を天井へと泳がせる。
人によってはエルフと肉体関係を持てるなんて羨ましいとか、エルフからの特別個人授業なんてけしからんと興奮する人も居るかも知れないが、そのエルフの人格に問題が有るのを知っている蒼一とブリ雄からすれば、性欲が薄い事を加味しても羨む事など出来はしなかった。
第一この世界のエルフが必ずしも美形であるという保証はなく、実際この世界も蒼一達が思い描くファンタジーな世界とは微妙にズレている部分も多い。
少なくとも苦々しく語るアイゼンの様子から察するに睦言というような甘い雰囲気は微塵も感じられず、アイゼン達にしてみれば徹底的に教育を受けただけなのだろう。
「しかしそれでどうしてトラウドさんはあんな風に?。社長さんは女性ですよね。社長から受けた教育が原因だと言うのならむしろ女嫌いになりそうなものですが」
当然の疑問をぶつける蒼一に、アイゼンは先程よりも更に数段表情を曇らせ、もはや屍人のような顔で力なく呟く。
「……私があの人に初めて性教育を受けた時、あの人との行為を終えた後にあの人はこう言ったんですよ。"この世には男と女、ざっくりと分けて二種類の人間が居る。私が教えられるのは女だけ、だから――"と、その後に続く言葉など御二人なら語らずとも分かるでしょう?」
「……心中お察しします」
アイゼンが敢えて語らなかった内容、それはつまり男も教えらえたという事である。
教育熱心なニーヴァの社長からすれば人間には男女という二種類が存在するのだからどちらか片方だけでなく両方教えるべきというただそれだけの考えだったのだろうが、全性愛や両性愛でも無い者達からすれば堪ったものではない。
そんな教育を受けた支部長達の中でもトラウドは忌避感が特に強く出てしまった結果こうなったと考えれば蒼一とブリ雄も流石にトラウドに同情せざるを得なかった。
そしてトラウド程でないにしろ、そんな社長の滅茶苦茶な教育を受けて来た支部長達は皆少なからずトラウマを抱えているのだろうと二人は横に居るアイゼンにも同情的な視線を送る。
そんな二人の視線に気づかぬまま、過去を掘り起こし顔を曇らせていたアイゼンの心はどんどんと深みへと嵌っていく。
「ふふふ、そういえば人と済ませたら基礎は終わりだと言わんばかりに他も試させられましたね。蒼一さん、ブリ雄さん、知ってますか?。雌のゴブリンは孕み易くする為に陰道が人と比べて――」
「やべぇぞブリ雄!アイゼンさん表情がイッちゃってるよ!」
「話の内容も大分イッてますね」
「――ですからまだ成熟しきってなかった私のモノでも半分くらいしか入らなくてですね。アハハ、未だにあの時の感触が、光景が脳裏から離れないんですよ。それに対して雄の方はモノのサイズが大きくてですね。あの人曰く"穴は小さくても良いが棒が穴より小さいと入れても射精に至れないので、繁殖を第一とするゴブリンは雄は大きく、雌は小さく出来ている"らしいんですよ。後ゴブリン以外でいくと――」
「おいアイゼンさんを止めるぞ!このまま放置してたら知りたくもない豆知識が増えてく!」
「了解しました」
トラウドの拗れた性癖に関する質問が何時の間にかアイゼンの黒歴史を紐解く事になり、蒼一とブリ雄はニーヴァの支部長に対してもう二度と社長の教育に関わる質問はしないと心に誓うのであった。




