第9話 甘党王子様、暁一輝(1)
何の変哲もない金曜日の昼休みだった。
僕がトイレから教室に戻ると、何やら騒がしかった。他のクラスの奴らまで集まってきて、廊下側の窓から教室内を覗き込んでいる。
そのうちの何人かが、僕に気づいた。
「おい、来たぞ」
「姫宮、お前、何したんだ?」
とか言ってくる。
「え、な、何?」
「いいから早く入れって、あんまりお待たせするな」
怪訝に思いながら教室に入ると、僕の席に誰かが座っていることに気づく。
――第一印象は、日本刀だった。
黒髪のウルフカット。切れ長の黒い瞳。座っていても分かる、高校生離れした長身とスタイルの良さ。武器が結果的に美しさを伴ってしまった――そういう類いの、危険な美貌だ。
けれど、その美しさに見惚れずにいられない。
頬杖をついていた彼女は僕の姿を認めて、鋭い視線で貫いた。
「姫宮ことかだな?」
少しハスキーな美声で、彼女は言った。
僕は知っている。というか、この学校で彼女を知らない人はいない。
三年生の“王子様”、暁一輝だ。
僕が何も言えないでいると、暁先輩は首を傾げた。
「姫宮ことかじゃないのか?」
「あ、ごめんなさい。はい、姫宮ですけど」
「そうか。やはりか。なのかさんにそっくりだから、すぐに分かった」
「……叔母さんと? え、知り合いなんですか?」
暁先輩は教室の時計をちらりと見て、椅子から立ち上がった。
「話があったんだが、時間がないな。放課後……そうだな、図書準備室に来てくれ。あそこなら邪魔も入らんだろう」
そう言って、暁先輩は教室から出て行く――それと同時に、玲音が入ってきた。
二人は顔を見合わせて、軽く会釈して、すれ違う。
クラスの女子達が嬉しそうな黄色い歓声を上げた。
レアだもんな、違う学年の王子様系女子達が同じ場所に揃うなんて。
玲音が、周囲の女子達に「何で三年生が」と聞く。女子達が僕を指さしながら説明を始めて、玲音が眉をひそめた。
僕の方に歩み寄って来ようとしたけれど、ちょうどチャイムが鳴って、古文の先生が入ってきた。
玲音は逡巡した後、自分の席に着いた。
……古文の授業にはまったく集中できなかった。
だって、三年生の暁先輩が、わざわざ僕に用事なんて。叔母の名前が出てきたのも謎だ。どういう関係だ?
「……お前、何したの?」
と、隣の席の同級生が、小声で聞いてきた。心配そうに、しかし、興味津々といった顔である。
「僕が知りたいよ」
僕も小声でそう返した。本当に何なんだ。
●
信じられない話だけれど、うちの高校には王子様系女子が三人いて、女子からの熱い眼差しを綺麗に三分割しているわけだけれど。
暁一輝先輩は、三年生の“王子様”だ。
金髪碧眼な玲音も目立つけれど、この人はある意味、玲音より目立つ。
とにかく――とにかく、デカいのだ。
身長一七〇センチメートルある玲音よりも、さらにデカい。
おそらく一八〇センチメートルは越えている。
そして、こう、あまり言及すると紳士らしくないけれど、身体のいろいろなところも……その、デカい。
海外のファッションブランドの公認モデルをやっているとかで、よく分からない英語の雑誌の表紙とかにもなっている……らしい。
そんな人に呼び出されたら、男子としてはドキドキするのが当然――なのだけれど、彼女の口から叔母の名前が出たのが、なんとも不穏である。
叔母には大変世話になっているけれど、しかし、かなり独特な人なので、彼女の知り合いから「話がある」なんて言われると……シンプルに怖い。怖いなぁ……。
とか悶々としていると、あっという間に放課後を迎えた。
あまり気乗りはしないけれど、図書準備室に向かわなければならない。無視したら、もっと大変なことになりそうだ。……図書準備室って、図書室の隣のちっちゃい部屋だよね? 司書さんがいるところ。
鞄を持って立ち上がると、玲音が「姫宮君っ」と近寄ってきた。
「きみ、暁先輩とどういう――」
「あっ、白鷺さん! ちょっと良いかな、月末アンケートの集計なんだけど」
そして、速攻で担任の先生に呼び止められた。
玲音はこっちと先生を交互に見て、うぐぐという顔をしてから、先生の方へ向かった。委員長は大変だ。
クラスメイトからの好奇の視線を受けつつ、僕は図書準備室へと向かった。
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