第56話 王子様系女子達が僕の家に入り浸って楽しんでいる秘密のこと(4)
レンジでチンしたトウモロコシを生クリームと合わせてミキサーで砕き、裏ごしてから、クリームチーズ、グラニュー糖などと練ってゼラチンで固めたスイーツである。
「韓国は昔からトウモロコシの栽培が盛んだと聞く。水気の少ない品種が主流だったが、日本から甘いトウモロコシが輸入されて、それもそれで大変人気があり、様々な活用法が見いだされているとか。ふふ、逆輸入だな」
いただきます、と再び手を合わせて、デザートに挑みかかる。
甘い物は別腹、なんて嘘みたいな言葉があるけれど、あれは真実だと感じる。だって、あんなに満腹だったのに、まだ食べられるんだから。
「見た目が可愛いだけじゃなくて、美味しいっす! コーンの自然な甘みが嬉しいですね。でも、しょっぱさも感じます。なんでだろ」
「生地にパルメザンチーズを混ぜ込んであるようだな。韓国ではコーンとチーズの組み合わせが鉄板だから、クリームチーズ以外にも塩味のあるチーズを使ったのだと思うが。うむ、凄く美味しい……」
おお。一輝先輩があっさりと塩味の正体を見破った。
「あと、トッピングのコーンから、ちょっと醤油の香りがするね。焦げ目を付けるために塗ってから焼いたんじゃないかな。お祭り屋台の料理っぽい雰囲気でいいね。美味しいよ、ことか君」
玲音も、僕の工夫をさらりと見抜く。料理できないくせに、舌は冴えている。
まあいい。工夫を楽しんで、美味しいと思ってもらえるならば、僕としては何も文句はない……、いや、大満足です。
ゆっくり、じっくりと甘みを楽しみながら、コーヒーを相棒に食べ進める。
今日のコーヒーはキリマンジャロ。爽やかな香りとフルーティーな酸味が、このスイーツによく合う。
「それで……、ことか君は、どこへ旅行に行きたいのかな? 草津かな、有馬かな。いや、これからの季節を考えると温泉より海かな?」
食べながら、玲音が言った。
う。その話、ネタじゃなかったの……?
「いやぁ、外で会うのはさ……」
「学校から遠く離れた地であれば問題あるまい。行きと帰りを別行動にすれば、リスクはほとんどないと言っていい。……海なら静かなところがいいな、プライベートビーチなんかを借りられるとなお良いのだが」
スプーンを口に運びながら、一輝先輩が言う。
モデルだから、その辺の海に雑に遊びに行く、みたいなのは難しいのかも。
「なんか、ママの好きな、昔の昼ドラの不倫旅行みたいっすね。現地のホテルで落ち合うんですよ、中年の部長と若い女性社員が」
薫はコーヒーのマグに口をつけて、ちょっとだけ飲んだ。最近、ブラックで飲むようになったのである。……僕の真似らしい。そういう行動を、かわいいな、と思ってしまうのも、彼女の小悪魔じみた計算のうちなのかもね。
「そのあと鍵のかかったホテルの一室で女性社員が死んで、警視庁捜査一課の刑事がやってくるんですよ」
「じゃあそれミステリーじゃん。昼ドラじゃないじゃん」
「で、結局、こと先輩はどこなら一緒に行ってくれるんです?」
む。
じいっと、三方向から視線が突き刺さってくる。
「……家が一番かなぁ」
「逃げたね。じゃ、これも聞いておこうか。ことか君が、自分からなのかさんを誘って旅行に行くなら、どこがいい?」
「なのちゃんと? それなら……」
ちょっと考えてみる。
海で水着のなのちゃん。……鮫が出てくるな、たぶん。
山でキャンプのなのちゃん。……熊か因習村か、どっちかだ。
旅館で浴衣のなのちゃん。……まずい! 本当に事件が起こってしまう!
僕は顔を上げて、真剣に訴えた。
「家が一番だよ。間違いない」
「もっと冒険しなきゃ。来年の三月まで、もう夏と秋と冬が一回ずつしかないんだ。機会は少ないんだよ?」
「そうだぞ、ことちゃん。なのかさんを落とすなら、ぐいぐい自分からぶつかっていかないと」
「そして砕けてもらわないと。俺らの番が後回しになってるっすからね」
「三人ともまた適当なこと言ってるでしょ……」
とはいえ、行動しなければいけないのは、仰るとおりです。
うーん、どうしよう。どうしたものか。
鮫、因習村、ミステリーの中で一番マシなのは……。全部いやだな。冷静に全部いやだわ。
「……全部行く、っていうのは、ありかな」
「全部?」
「夏は海、秋は山、冬は温泉に誘うんだ。どうかな」
三人は「おお……」と驚きの声を漏らした。
何だよその反応。みんなが聞いたんじゃないか。
「びっくりした。急に攻め攻めなこと言い出すじゃないか。だったらひとまず、僕らは水着を用意しておく必要がありそうだね」
「私はもう今年の新作を与えられているからな。キャンプグッズの方を考えておくとしよう」
「俺は部活との兼ね合い考えないと。ああでも、短距離は冬がオフシーズンなんで、温泉は気軽に参加できそうっす!」
口々にそんなことを言う。
「ちょ、ちょっと待って? なんで三人もついてくる想定なの?」
「いや、ついていくわけではないよ?」
「そうだぞ。行き先が偶然同じで、旅先で出会うだけだ」
「っす。不倫旅行と同じカラクリです」
「それつまり一緒に行ってるってことじゃん。――じゃなくて、なんでっ!?」
三人が顔を見合わせてから、こっちに向き直った。
「好きだから」
「同じく」
「っすね」
そんなことを照れた顔で言われると、両手で顔を覆うしかない。
この王子様系女子たちときたら……。
でも、それは僕がなるべき姿でもある。
これから先の一年弱の間、僕はなのちゃんに好意を伝え続けなければならないのだから。
努力を惜しまず、己を磨き、手練手管を用いて、あの破天荒な――けれど、僕には良き叔母として、可愛い甥っ子に対するように、極めてまともに接してくるあの人を、振り向かせたいのだ。
だから――、そう。
だから僕は、極めて恥ずかしい物言いだけれども、なのちゃんの“王子様”になりたいのだ。
そのための教科書は……、目の前にいる三人。
素直な心や、踏み込む勇気を教えてくれる、かけがえのない“王子様”たち。
もちろん、彼女たちもそれがわかっている。
好意を利用されている、なんて、わかっていないわけがない。
それでも、この古民家に来て、僕に好意を向けてくれる。
……つまり、これは利害関係なのだ。
僕は彼女たちから学び得て、先に進もうとしている。
彼女たちは、僕の幼い恋心に正しい形で決着を付けさせないと、先に進めない。
加えて言えば、そもそも、この古民家にはそれぞれ三人が求める物もある。
視線を落としたまま、ローテーブルを眺める。
もうみんな、レアチーズケーキは食べ終わって、空のお皿とコーヒーのカップだけが並んでいる状態。
わずかに残っていたコーヒーを、一息に飲む。
苦い。そこに溜まっていた、ざらりとした豆の滓が、ひときわ濃い味を舌に残して、けれど、爽やかな香りとフルーティーな酸味も強く感じる。
どういう形で、僕の高校第二学年が終わるのか、まだわからない。
でも、濃い年になることは確実だな。
だって、僕が、僕の高校二年生という時間を、初恋に捧げるのだから。
「……僕も、さ。好きな人いるよ」
今更なことを、改めて口にする。
「頑張るよ。僕も」
ありきたりな、言葉。
玲音がうなずき、一輝先輩が微笑み、薫が苦笑した。
これが、これからの僕らの在り方だ。
でも、学校の誰にも言えるわけがない。
だってそうでしょ?
美人の叔母に懸想しながら、三人の女子からの好意を保留しつつ、自宅で料理を振る舞っているなんて。どんなラブコメの主人公だ。
爛れたことは何もしてないけれど、でも、嫉妬の嵐に身も心も削られて、ずたぼろになってしまうのは目に見えているから。
●
だから、この古民家の中にある、僕らの関係は――
――来年の春までの、期間限定の、秘密のことなのだ。
以上で完結となります。
よろしければ、
・感想
・下の☆☆☆☆☆で評価
・著者フォロー
・レビュー
・Xで読了ツイート
等々をしていただけると励みになります!
お読みいただきありがとうございました!




