第23話 極厚カツ丼と体育祭(2)
玲音は苦笑を濃くした。
「そう言われると、そうかもしれないね。僕は運動ができない人の気持ちが全然分からないし。だから、姫宮君がクラスで最後まで出場競技を決めかねているのも、よくわからない。とりあえず、何でもいいから出てみればいいのに」
「うわ、嫌味……」
運動で足を引っ張ったことがない人はこれだから……。
玲音はきゅっと顔を引き締めた。
「ともあれ、姫宮君の参加競技を決めちゃわないとね。玉入れは確定でいいとして、もう一つをどうしようか。各学年のバランスも考えないといけないし……」
全校生徒が、必ず二つ以上の競技に参加しなければならない、という制約があるのだ。
なお、体育祭の組み分けは、学年のクラスを縦に分割する形である。
僕と玲音が属する二年A組は、一年A組、三年A組と組んでA組連合になる。
なので、必然的に、他学年の生徒と組むことにもなる。競技によって参加生徒の学年が偏らないよう、玲音はバランス調整に苦心しているのである。
ちなみに一輝先輩はB組連合、薫はC組連合だから、今回は敵だ。
「やりたい競技、本当にないのかい?」
「全部やりたくない」
「あはは、僕と真逆だね」
そう、玲音は全競技に参加予定なのである。どうかしている。
全校生徒が必ず二競技は出なければならない、という制約があるのだけれど、
実は出場したい競技には好きなだけ出場できるのである。
玲音は一年生のときに全競技に出場して、そのほぼ全てで一等賞を取った――“王子様”の代表的なエピソードのひとつである。
「玲音がいるから、僕が足を引っ張っても優勝するだろう……っていうのは、安心要素ではあるね」
笑って言うと、しかし、玲音は首を横に振った。
「今年は難しいと思うよ。僕のことを最初から徹底的にマークして、競技ごとに選抜した各部活の強豪をぶつけてくるだろうし。それに――」
玲音は珍しいことに、好戦的な笑みを浮かべた。
「――今年は薫がいる。あの子は侮れない。楽しみだよ」
陸上部のエースだっけ。
オールマイティな玲音と比べると、一芸っぽく思えてしまうけれど……。
「ちなみに、一輝先輩は?」
「一輝の筋肉は魅せる用だからね。競技用じゃない。運動はそこそこだ」
筋肉に種類があるなんて知らなかった。
「あと姫宮君の筋肉は料理用」
「どうせ僕はもやしだよ……」
「褒めているんだよ? 僕にはない筋肉だ。心底うらやましいよ」
適当ばっかり言って。……ちょっと嬉しく思ってしまう僕も僕だ。王子様達の魅力にやられて、すっかり甘くなってしまっている。
最終的に、僕の参加競技は玉入れと綱引きになった。どちらも、足を引っ張ってもバレにくそうだ。助かる。
●
そして、あっという間に体育祭の前日になった。
明日に備えて、しっかり寝ましょう――、という日ではあるけれど、リノベ古民家には玲音、一輝先輩、薫が揃って、それぞれだらだらと本を読んでいる。
「……ええと、今日はカツを揚げようと思う」
そう告げると、玲音が『人間標本』から視線を上げて僕を見た。
「明日が体育祭だからカツってこと? 安直すぎない……?」
「わかった、玲音。今日は量を少なめにしてあげるね」
「ごめん! ごめんなさい! 許して姫宮君!」
物凄い速度で僕の膝に縋りついてきた。持ち前の俊敏さをそんなところに活かさないでほしい。……冗談だよ。許してあげます。いっぱい作るよ。
「甘味ではないのか。残念だ。だが、仕方あるまい。明日へ気合いという意味では、カツの方が似つかわしいからな」
一輝先輩が『魔法科高校の劣等生』を読みながら嘆息した。意外とラノベが好きで、叔母の本棚にあるラノベを片っ端から読んでいる。
「手伝います!」
と、薫が『レタスクラブ』を閉じて立ち上がった。
薫はだいたい料理雑誌だ。向上心の塊みたいな一年生である。
「カツ丼の下準備も学んだっすよ! お肉を叩いたり伸ばしたり砕いたりするんですよね!」
「伸ばしたり砕いたりはしないかな」
「あと巻いたり焚いたり吸ったり吐いたりするんですよね!」
「……それCreepy Nuts?」
「酔っ払ったり抱いたり寄せたりもします!」
「Creepy Nutsだ、よかった。ツッコミあってた」
ともあれ。
「今日は下準備はいらないんだ。やってあるから」
前日から準備しておいたそれを冷蔵庫から取り出す。
玲音が瞳を輝かせて「わお!」と喝采を上げた。
真空パックに包まれた肉塊。3センチほどの厚さの豚の肩ロース肉。生ではない。61℃で五時間ちょっと、低温調理してある。
「これで、極厚カツ丼を作ろうと思うんだよね」
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