第11話 甘党王子様、暁一輝(3)
甘党なんだ。そうなんだ。だから何……?
「だが、みんなにバレるわけにはいかない。それが悩みだ」
「はあ。そっすか……」
暁先輩は眉をひそめた。その仕草だけで敏腕女探偵みたいに見える。
「む。あまり真面目に聞いていないな? これは大変なことなのだぞ。場合によっては、高額訴訟にすらなり得る問題だ」
「……甘党なのが?」
「甘党なのが、だ。……私が海外のファッションブランドの日本国内展開における公認モデルをやっていることは、先ほど言ったな? そのブランドから、ブランドイメージを毀損しないように、と厳命されているのだ。制服以外の服は全部そのブランドのもので固めている」
スマホでカメラロールを見せてくれた。
黒いコートとブーツのパンツルックでビシッと決めた暁先輩、柄入りのスーツにハットを被った暁先輩、かわいい野良猫の画像、アーティスティックな形状のドレスを身に纏った先輩などが次々に映し出される。猫好きなんですね。
「こういうイメージだから、甘いものを食べられないのだ」
「いや……別に甘い物が好きなくらい、良いんじゃないですか? 訴訟になんてならないでしょ」
「私も最初はそう思っていたのだがな……。シャーリーズ・セロンとレイモンド・ウエイルの訴訟、あるいはロナウジーニョとコカ・コーラのように、なるときは、なるものなのだそうだ」
そ――そうなの? 嘘でしょ?
と思ったけれど、実際にある訴訟らしい。世界って怖いな。
暁先輩は溜息を吐いた。
「事務所に迷惑をかけたくないので、なるべくイメージ通りに行動している。あまり喋らず、クールに振る舞い、飲み物は海外の謎に高い水かブラックコーヒーだ。当然、甘味は摂らない。甘党なのに。甘いの大好きなのに……!」
暁先輩は前髪をくしゃりと掻き上げて、首をふるふると振った。
そこでようやく、僕はこの人が本当に悩んでいるんだなぁ、と理解した。馬鹿みたいな悩みだけれど、本人からすれば、とても大きな悩みなのだろう。
「そこで、姫ちゃんに甘味を作ってもらい、君の家でこっそり食べればいい、という話になったのだ」
「いやそうはならんでしょ」
先輩は「?」と首を傾げた。
「姫ちゃんは料理が上手だと、なのかさんが言っていたぞ。世界各国の甘味を味わわせてくれるはずだ、と」
「いや、そんなことは出来ないですよ。盛り過ぎ盛り過ぎ」
「あと『あの子は私の言うことに逆らえないから何言っても大丈夫』とも」
「……それは……まあ……事実なんですが……」
住まわせてもらっているからね。古民家に。
しかも調理器具から何から勝手に使いまくっているし。
……しかし、これってつまり、叔母さんからの命令だよな。
暁先輩に秘密で甘いものを食わせろ、という。
「……わかりました。やりますよ」
「本当か!?」
「わ、わ!」
ぱあ、と表情を明るくして、暁先輩が僕に詰め寄った。
僕は本と文房具が散乱する机と暁先輩に挟まれて、上半身を大きく仰け反らせる。……なんだか捕食される前みたいだ、と、焦りながら思う。
「あの、暁先輩っ、近いです――」
「姫ちゃん、私のことは一輝と呼んでくれ。私達の仲じゃないか」
「今日初めて喋りましたよね!?」
その時、図書準備室の扉が勢いよく開いた。
「大丈夫かいっ!? 姫宮君っ! ――何をしているんだっ!」
そして、次の瞬間、金色の疾風が僕と暁先輩の間に割って入り、引き剥がした。
「暁先輩。姫宮君に無体を働こうとするなら、僕が黙っていないよ」
ちょっと遅れて、その金色が、柔らかなショートカットだと気づく。
二年生の“王子様”、白鷺玲音だった。
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