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「お前など不要だ」と婚約破棄されたので、国を出ました ~私が抜けた途端に王都が壊れ始めても、もう知りません~  作者: 東雲透


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第50話:崩れる中で

 最初の一本を、通す。


 固定の、白銀の糸の、その隙間へ。


 私は、細い分散の流れを、そっと、差し込んだ。


「……セレナ。一本、通したわ。……その分だけ、緩めて」


「はい」


 セレナが、目を閉じる。


 欠落を覆う固定が、ほんの、わずかに、緩む。


 その隙間を、私の流れが、埋める。


 ――繋がった。


 固定と、分散が。


 初めて、同じ場所で、支え合った。


「……いける」


 私は、確信する。


「続けるわ」


 二本目。


 三本目。


 一本、抜いては、一本、通す。


 抜いては、通す。


 気の遠くなる、繰り返し。


 額から、汗が、滴る。


 指先が、しびれてくる。


 だが、止められない。


 止めれば、その瞬間に、支えが、崩れる。


「……っ」


 十本を、超えたあたりで。


 欠落が、震えた。


 闇が、脈打つように、うねる。


「リシェル!」


 セレナの声が、鋭くなる。


「欠落が……抵抗しています! 固定に慣れた場所に、流れを通されて……暴れようと」


「分かってる!」


 私は、歯を食いしばる。


 固定は、静止を好む。


 動かないことに、慣れきった中枢は。


 「流れる」という、その変化そのものを、拒んでいた。


 欠落の縁から、黒い亀裂が、走る。


 地下の空洞が、揺れた。


 ぱらぱらと、天井から、石の粉が、落ちてくる。


「……崩れるぞ!」


 カイルが、神殿兵と対峙したまま、叫ぶ。


「これが、あの女の狙いだ!」


 オルグレンが、勝ち誇ったように、叫んだ。


「見よ! 都が、崩れ始めた! ……この女は、我らを、道連れにするつもりだ!」


 地下だけではなかった。


 遠く、頭上で。


 王都の、あちこちで。


 固定されていた流れが、揺らぎ、悲鳴のような音を、立て始めていた。


 これが、賭けの、いちばん危うい瞬間。


 古い糸を、抜いた。


 だが、新しい糸は、まだ、半分しか、通っていない。


 その、間。


 支えが、いちばん、薄くなる瞬間。


「……リシェル」


 セレナの声が、震える。


「私の力が……もう」


 見れば。


 彼女の、白銀の髪から。


 色が、さらに、抜けていく。


 命が、尽きかけている。


「セレナ! もう、緩めなくていい! ……あなたは、そこで、支えるだけでいい!」


「でも、それでは……編めない」


「私が、通す速度を、上げる!」


 私は、叫んだ。


「あなたが、支えていられる間に……全部、通しきる!」


 無謀だ、と、頭の隅で、声がした。


 一本ずつ、慎重に、ではない。


 何十本を、一度に。


 情報量が、許容を、超える。


 視界が、白く、明滅する。


 ――かつての、あの、村での賭け。


 あのとき、私は、鼻血を出して、倒れた。


 いまは、その、何百倍。


「……それでも」


 私は、手を、離さない。


 一点に、集めない。


 束ねず、ばらしたまま。


 無数の流れに、それぞれの向きを、与えていく。


 欠落の、中へ。


 深く。


 広く。


「……っ、あ」


 鼻の奥に、鉄の味。


 膝が、崩れかける。


 だが。


 倒れる寸前。


 肩を、掴まれた。


 振り返る。


 ――セレナ、ではなかった。


 いつの間に。


 神殿兵を、振り切ったのか。


 カイルが。


 私を、支えていた。


「無理を、するな」


 低い声。


「無理を、しなきゃ、届かないの」


 私は、掠れた声で、返す。


「……なら」


 カイルは、私の肩を、掴んだまま。


「倒れる分は、俺が、支える。……お前は、前だけ、見てろ」


 その手の、強さ。


 それが。


 私の中の、最後の力を、引き出した。


「……ありがとう」


 私は、前を向く。


 欠落へ。


 残りの、すべての糸を。


 一気に。


 通す。


第50話まで読んでいただき、ありがとうございます。


再設計は、最大の山場を迎えました。


固定を抜き、分散を通す。

その「間」=支えがいちばん薄くなる瞬間に、欠落が暴れ、都が崩れ始めます。

大神官は「見よ、道連れにするつもりだ」と勝ち誇る。


けれど、セレナの命が尽きかけ、リシェルは無謀な賭けに出ます。

一本ずつではなく、残りのすべてを、一度に通す。

第一部・第18話の「村での賭け」の、何百倍の規模で。


倒れかけたリシェルを支えたのは、カイルでした。

「倒れる分は、俺が支える。お前は、前だけ見てろ」


次話、この賭けの結末が出ます。


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