第42話 【番外編】固定された王都 ~婚約破棄した王太子と聖女の、その後~
王都は、静かだった。
あまりに、静かだった。
風は吹かず、水は澄み、季節は乱れない。
すべてが、あるべき場所に固定されている。
聖女セレナの力によって。
玉座の間で、アルトリウスは窓の外を眺めていた。
完璧な王都。
一点の乱れもない、理想の秩序。
それは、彼が望んだものだったはずだ。
「……殿下」
背後で、セレナが膝をつく。
白銀の髪は、以前より、わずかに色を失っていた。
「中枢の固定を、もう一段、強めました。これで、東の綻びは止まります」
「……ご苦労」
短く、応える。
だが、アルトリウスは知っていた。
「止める」たびに、彼女の命が削れていることを。
固定とは、力で押さえつけること。
押さえれば押さえるほど、別の場所が軋む。
もぐら叩きのように。
際限なく。
「セレナ」
「はい」
「東の次は、どこが綻ぶ」
彼女は、答えなかった。
答えられなかった、というほうが、正しい。
固定の力では、「次」を予測できない。
ただ、出たものを、潰すだけ。
――もし。
アルトリウスは、ふと思う。
もし、彼女がいたら。
リシェルなら、綻びが出る前に「どこが綻ぶか」を言い当てただろう。
そして、潰すのではなく、流して逃がしただろう。
あの夜会で、自分が切り捨てた女。
「役目を終えたのか」と問うた、あの目。
いま思えば、あれは、すがる目ではなかった。
最後まで、この国の仕組みを案じる、為政者の目だった。
「殿下」
セレナが、震える声で言った。
「西から、報告が。辺境ヴァレントで……止まった水が、動き出していると」
アルトリウスの指が、わずかに止まる。
「動き出した? 誰が、動かした」
「それが……名指しは、避けられておりますが」
セレナは、唇を噛んだ。
「“切り捨てずに、全体を流す”やり方だと。私には……できない、方法です」
固定する者には、流すことはできない。
その逆も、また。
アルトリウスは、長く息を吐いた。
彼女を追い出したのは、自分だ。
聖女がいれば足りる、と判断したのも。
その判断の代償が、いま、毎晩削れていくセレナの命と、
際限なく綻び続ける、この「完璧な」王都だった。
「……戻ってこい、とは言えんな」
ぽつりと、零れた。
謝罪でも、未練でもない。
ただ、事実の確認だった。
自分には、その資格がない。
窓の外、固定された空は、一片の雲もなく晴れている。
美しく。
息苦しいほどに。
そして、どこか――
死んだように、動かなかった。
番外編、その一。
外した側=王都の「その後」を、王都の視点から描きました。
懇願も、復縁もありません。
ただ、固定には固定の限界があり、
リシェルの選んだ「流す」やり方の正しさが、
外した側の軋みとして、静かに証明されていきます。
次話は、辺境側の「その後」を。




