11.君に出会うまで(王国編4)
セルリアンは、現在の情報を集めると同時に、王国と帝国の歴史や、国法の条文等を改めて調べ直した。
その結果、やはり帝国が切り札として出して来るのは、国境付近の鉱山と確信できた。
百年の昔、その山を欲しいが為に、帝国が王国との間にあった国を滅ぼした、といういわく付きの鉱山だ。
その戦には、王国も参戦しており、国力や当時の政治状況から、不承不承、鉱山を帝国領として認めざるを得なかったという経緯がある。
この鉱山を条件に出されれば、王国は頷かざるを得なくなるが……
(ただ、手に入れた経緯を考えれば、帝国としても手放し難い筈だ)
お家の事情は分かったが、そこまでして、皇女を王国に嫁がせたいものだろうか?
セルリアンには納得し難かった。
だが答えは、意外な方向から、意外な人物が持ってきた。
帝国との交渉が、まだまだ難航している中、兄経由で、アリュシアーデから、話したいことがあるとセルリアンに連絡が入った。
『今、僕が彼女と、直接会う訳にはいかなから、会ってきてくれ』
アリュシアーデが、本当に話したいのは兄とだろう。
だが、渦中の王太子と現婚約者が会うのは、結果はどうあれ帝国と交渉に入ってしまった以上、国内的にもよろしくなかった。
第二王子だからといって、堂々と公爵邸を訪ねる訳にもいかないので、目立たない馬車を仕立てて会いに行くと、アリュシアーデは意外に元気そうだった。
ほっとしたのと、幼馴染の気安さで本音が口を付いて出た。
「……正直、病人みたいになっているかと思ってた」
「本当に正直ね……でも実際、少し前まではそんな感じだったわ」
彼女の後ろに控えている、顔見知りの侍女も、深く頷いていた。
よくよく見ると、アリュシアーデの美しく整った顔は、立太子式の日よりも少し細くなっている気がした。
降ってわいたような、己の婚約者への強引な婚姻申し込み。
しかも相手は、大国の皇女。
国中で、彼女が一番、理不尽を嘆いていい筈だ。
「最初は、断ってもらえると思っていたの……でも、お父様が、断るのは難しいかもしれないって」
アリュシアーデの父であるフォートナム公爵は、帝国との交渉についての話し合いで、城に日参している。
国の重鎮でもある公爵は、この度の帝国の申し入れを不快に思いつつも、あくまで政治として捉えていると聞いている。
「その後は、何で私がこんな目に……って、悲劇のヒロインを気取って泣いたわ」
「……その資格はあるよ」
「有難う……でね」
アリュシアーデは、言葉を切って、侍女に手振りで後ろに下がるように指示した。
侍女は素直に、ドアの近くまで、声が聴こえないであろう距離まで下がった。
それでも声をひそめたアリュシアーデは、セルリアンに告げた。
「でね、毎日、帝国を恨んで、帝国の皇女殿下を恨めしく思ってたら……」
彼女は懐から一通の手紙を取り出した。
「そのお相手から、お手紙をいただいたの」
セルリアンは、最初何を言われたのか分からなかった。
「は?」
「だから、帝国の御方からの手紙よ」
「はぁ?」
目の前にかざされた白い封筒に、セルリアンの目が釘付けになった。
幼い時から、怜悧な子供だった第二王子の、驚き戸惑った様子に、アリュシアーデは楽しそうに笑う。
「貴方のそんな表情、私初めてだわ」
「ちょっと、待って……何? その手紙は本当に……!?」
「いろいろあって……本物だと思うわ」
ある日突然、『ベアトリス皇女の使者』だと名乗る人物が現れ、手紙を持ってきたという。
「この屋敷に!?」
仮にも公爵家。
王侯貴族の使者が訪ねて来ても不思議はないが、帝国からとなると話は全く別だった。
公爵令嬢は口元に指を当て、静かに、とセルリアンを窘めた。
「……そんな話、王宮にも来てないぞ」
「窓から入ったって」
「!」
「そちらに報告どころか、お父様も知らない話だし……彼女の姿も、私以外誰も見てないわ」
「彼女!? 女性が来たのか……窓から……?」
様々な常識が、頭の中でがらがら崩れたセルリアンだった。
「私も、コレがなければ、夢でも見たのだと思う所だわ」
アリュシアーデは手にした封筒を、セルリアンに差し出した。
「……読んでいいのか?」
「私から頼みます。……貴方の知恵を借りたくて呼んだのよ」
セルリアンは封筒を受け取ると、逸る心を抑えて、まずその裏表を調べた。
滑らかな手触りと純白の紙に、浮き上がる繊細な草花の紋様。
間違いなく高級品で、その辺の貴族が使用できる物ではなかった。
宛名と差出人の名前はなかった。
中に入っていた便箋は3枚。
ほのかに優しく甘い、花の香りが漂った。
読み終わったらしいセルリアンが、片手で額を覆うのを、アリュシアーデは苦笑を浮かべて見ていた。
だが、彼はすぐに気を取り直したのか、顔を上げ、ぽつぽつと所見を語った。
「……帝国語でなく、王国語で書かれているから、却って分かるんだが、これを書いたのが帝国の人間である事は、おそらく間違いない」
「分かるの?」
「あぁ、『*r』の字にクセがあるんだ」
両国の歴史を学び、帝国からの書類を何度か見たことのある、セルリアンだから分かるものだった。
「両国語とも元になっているのは、ロードサイト文字だ」
文化の発祥地であるロードサイトの古代文字は、この大陸のあらゆる民族の言語の基礎になっている。
「そこから分かれ、各土壌の元、発展させたときに、風土上の観点からと民族性の……」
セルリアンは、アリュシアーデの無言の微笑みに気づいて、言葉を切りかえた。
「……つまり、暖かい場所と寒い場所では、発音しやすい言葉が違ったということだ」
「分かりやすいわ、有難う。……ねぇ、貴方に婚約者が出来ないのが不思議だったけど、もしかして候補の令嬢達にも今みたいな話を?」
セルリアンは両手で頭を抱えた。
「……そこまでの会話が成立してない。まだ、挨拶と不毛な褒め言葉以外、口にしてないよ」
「そうなんだ……ごめんなさい」
「もう、誰でもいいのに……」
思わず漏らしてしまった弱音を、一つ上の幼馴染は咎めず、口元をほころばせた。
「あのね、誰でもいいってことは、誰でもダメってことなのよ、セルリアン」
昔のように、彼の名を呼ぶ彼女は、とてもよく知っているのに、別人のように見えた。
兄もそうだが、恋をしているだけで、誰も彼も自分より大人に見えてしまうのはズルいなぁ、とセルリアンは内省した。
…まだまだ修行が足りない第二王子殿下です。




