12.君に出会うまで(王国編5)
「でも変ね」
筆頭公爵令嬢は、小首を傾げた。
「『第二王子殿下は、婚約者候補の令嬢達とのお茶会に積極的だ』って、聞いたんだけど」
「誰から!?」
第二王子殿下が、がばっと顔を上げた。
「宮中の噂よ? それにしては婚約者が決まらないと、お父様も……」
「フォートナム公爵まで!?」
確かに第二王子の婚姻相手も、政治的な関心事の一つではあると思うが……
己の見合いの様子が、厳格な公爵の口から語られているというのは(しかも何の進展もないのは)、気恥ずかしいものがあった。
「そりゃ茶会には参加したよ! 母上が主催しているんだ、出席は義務だろう?」
「え、待って。じゃあ、つまり妃殿下が主催するお茶会には、毎回必ず出席していたの?」
怪訝そうなアリュシアーデの言葉に、セルリアンも怪訝そうな顔になった。
「彼女らは、僕の婚約者候補として招かれているんだから、僕が出席しない方がおかしくないか?」
「理屈はそうだけど……」
アリュシアーデは、複雑そうな顔になり、おずおずと口を開いた。
「それはおそらく、一応声を掛けただけで、途中までは、妃殿下が選ぶ手筈だったんじゃないかしら? だって、そうじゃなければ、貴方、歳の近い高位令嬢全員と会うことに……」
それがなにか?という顔の幼馴染を見て、アリュシアーデは全てを悟った。
「会ったのね、全員に……。積極的って言われても仕方ないわよ、それは」
「そんな……なるの?」
「なるわね」
きっぱりと幼馴染が断じたのを、セルリアンは呆然とした思いで聞いた。
それにしても……と、アリュシアーデは違和感を感じていた。
頭はとてもいいのに、宮中のちょっとした事に疎いのはらしいが、常に勉強や職務に忙しく、婚約者なんて『誰でもいい』というこの相手が、なぜそこまでしたのか?
(彼なら、適当な理由を作って、茶会から遠ざかる事が可能だったろうに)
周囲もそう感じたから、噂になったのだろう。
「ねぇ、セルリアン」
「うん?」
「もしかして、貴方、誰かを探していたんじゃない?」
セルリアンの青の瞳が、大きく開かれた。
「……誰かって、誰を?」
戸惑っているような口調は、まるで自分自身に尋ねているようだった。
「私は知らないけど、貴方に心当たりはないの?」
「……ないな」
それが本当か嘘か、アリュシアーデには分からなかった。
「そう、残念ね」
「残念なのか?」
アリュシアーデは、ふふふと笑った。
「残念よ、第二王子が、密かに探している令嬢がいるなんて、素敵じゃない」
「無責任な」
「そうね。結局、見つからなかったみたいだしね」
その言葉を聞いたセルリアンが、一瞬、とても傷ついたように見えて、アリュシアーデはあわてて謝った。
「ごめんなさい!」
「え? なにが」
セルリアンはもう、いつもの柔和な表情に戻っていた。
見間違いだったのかもしれない。
でも……
「いつか見つかるといいわね」
「婚約者? そのうち決まるよ」
他人事のように言う彼に、そうじゃないとは言いづらく彼女も頷いた。
「そうね」
誰かを探していたんじゃないか?と問われて、
思い出す相手は――いた。
幼い時に会った少女、まだ幼女だったけど……
あの後、セルリアンは少し調べた。
あそこまで入り込める場所に部屋があったのは、高級女官で間違いなかった。
女官長と、副女官長、あと……
「あぁ、そういえば殿下方の先生、フィデル夫人にお客様がいらしてましたね」
無邪気さを装って、『ねぇ、みんなにもお客さまって来るの?』と尋ねると、5歳の第二王子に副女官長は微笑んで答えてくれた。
奥向きに仕える女官は、未婚か、何らかの理由で夫と別れた女性達だった。
フィデル夫人は、一度他家へ嫁いだが、夫の死によって実家に戻った後、王宮勤めになった。
離縁した訳ではないので、『フィデル夫人』と呼ぶのは正しくはないのかもしれないが、皆、彼女の実家のフィデル伯爵家の名称で呼んでいた。
(フィデル夫人への客なら、伯爵家の人かも知れない)
フィデル伯爵家は、代々著名な学者を輩出してきた家系で、夫人も帝国語を始め近隣諸国の言葉を話し、訳す事の出来る才媛だった。
兄も自分も帝国語の基本は、夫人から教わった。
教え方は分かりやすく有能な先生だったが、夫人はとても厳格な女性で、王子達と自分との垣根をきっちり引く人だった。
授業中の私語や、授業後のお茶などには、一切付き合ってはもらえなかった。
セルリアンは、『あの子』の事を聞きたくてうずうずしていたが、結局最後まで聞けず仕舞いで授業は終り、夫人は伯爵家に戻ってしまった。
だが、伯爵所縁の女子なら、この先出会えるかもしれないという希望は、ほのかに胸に残っていた。
会えば、きっと分かると思っていた。
だから……王妃主催の茶会に招かれた貴族令嬢の中に、あの子はいなかったのだ。
忘れていたから、期待していたわけではない。
(ただ思い出してしまったから、残念に思っただけだ)
少し感傷に浸って、セルリアンは頭を切り替えた。
今は己の情緒より、『帝国からの手紙』が問題だった。
…一般的に高位令嬢は、伯爵家以上の家(侯爵家、公爵家)の令嬢を指します。
…フィデル伯爵家は、クリスタの祖母の実家です。
…クリスタの祖母は、子爵家に嫁ぎ、その娘も子爵家に嫁ぎました。




