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第5層 暴竜遭遇

「おい、もたもたすんな」


 クロックアが俺を呼ぶ。転送円スターゲイトには他のメンバーはすでに集まりいらついていた。

いや、初め41階層なんて行くんだからどこから行くのか指示しろよ、とは思っても口にはしない。

 後々知ったことだが20階層以降は、転送円スターゲイトを使わないと入れないんだそうだ。

俺が円に入るとあからさまな舌打ちが3回起こった。もう誰が舌打ちしたかすら確認する気にはならなかった。


「そうだ、これ持ちなさい。それくらいはF級(Fランク)でもできるわよね?」


 パーマ女が自分の手荷物と大きなバックパックを俺に持つように指示する。

まぁ、当然荷物持ち(キャリアー)だよな。でもこの手荷物は明らかに迷宮ダンジョンにはいらない物に見えた。

だがもう何も言いたくなかったので言われた通りにする。

せっかくの円盾ラウンドシールドが邪魔になる。


「よし、行くぞ。カスーンたちに追いつくぞ」


クロックアがそう言うと転送円スターゲイトが光を噴き上げ、俺たちは光の中に溶け込んだ。




「よし!!次が来るぞ。大鬼オーガタイプが4匹、ランナ、バルトア。魔法を準備を」


クロックアの指示によりフードの男(バルトア)毒吐き女(ランナ)が呪文の詠唱に入る。

クロックアとパーマ女は手際よく今しがたまで相手をしてたい蜥蜴人リザードマンタイプの止めを刺している。

さすがS級(Sランク)だった。

俺は言葉もないくらい感動して、最初の戦闘を見た時は年甲斐もなく興奮しすぎて、うっかりパーマ女を褒め言葉を連発してドン引きされてしまった。

だが本当に彼らの戦闘は華麗で無駄がなくそして高速スピーディだった。

俺が目指していた部隊行動パーティプレイがここにあった。

感動を追想している間に大鬼オーガタイプは斬り伏せられて戦闘は終了していた。

魔物モンスターたちの死体が静かに砂のように崩れ去り、結晶と彼らの身体の一部、つまり素材だけが残る。

俺はそれを素早く回収する。それくらいしか仕事がなかったからだ。すべて拾っている俺をみてパーマ女が


「なんかビンボくさいね。いい素材だけでいいのに」


 そう鼻で笑う。

だが俺からしてみれば見たこともないお宝だらけだった。

階層がこうも違えば得れる素材も格段に変わるのか。俺は冒険者としての喜びを何年ぶりかに味わっていた。


 広く奇襲されにくい場所だったので補給と休憩を取るためにS級の面々は腰を下ろす。

俺は警戒と地理の確認を買って出て少し彼らから離れる。


 階層が変わっても迷宮ダンジョン内の警戒の仕方は変わらない。いつどんなことが起こってもおかしくない、そういう場所だと思い警戒をする。

斥候スカウト技術スキルをそこそこ修めているので警戒は得意だった。【魔物感知】(モンスターアラート)は結構自信があり、今までも危険を回避、撃退してきた。

このあたりに魔物モンスターの気配はない。

周辺の道を少し歩き、トラップもチェックしてから戻ろうと踵を返した時、


「お、冒険者じゃねーか。ん?見ない顔だな」


 俺は声のした方向を素早く振り返る。剣に手をかけるのを忘れない。

だが、俺が振り返るより早く、剣の柄は足で抑えられ、頭を手で抑えられて這いつくばいにさせられる。

う、動けない・・・・。


「なんだぁ。こいつ。クソ弱えぇぇじゃねーか。A級(Aランク)かと思ったが違うな?てめぇ」


 ガラの悪い喋り方。なんとか顔を上げて相手の姿を見る。

まるで獣のような眼をした野性味あふれる男だった。眼を合わすだけで取って食われそうな殺意を感じる。

左頬に赤い竜を模した紋様タトゥーがある。

そんな紋様があると噂される人物を俺は知っていた。


「せ、せんぱい??先輩なんですか??」


 聞き覚えのある声が聞こえる。

そうか、やはりこいつが『紅き竜王』クリムゾンドラゴニウスのカースン・タケダ。

クロックアも相当な雰囲気を出しているがこいつは桁違いだった。どっちが強いのかは…俺には測れない。


「この人はF級(Fランク)の冒険者です」

そう言って飛び出してきたのはメーリィだった。


…え?

 飛び出した彼女の恰好をみて俺は唖然とした。

首に大きな首輪を付けられ胸元がほぼ隠れていないくらい開いた服、なんとか乳房を覆うように申し訳程度の金属鎧が付いていた。

それ以外は上半身は裸に近い。

腰回りも踊り子が巻くような薄手の腰巻一つ、スリットが深く入り動くだけで下着が見えている。

冒険者と言うより…酒場の娼婦と言った方がいい出で立ちだった。

その姿を見て、俺は一瞬カッとなった。

事情はもう聴く必要もなかった。

この下劣な男の仕業であろう。

俺の目に怒りの火が灯る。

それを獣のような男はすぐに察知して

威嚇するように下卑た笑みを浮かべる。


「なんだぁ?クズ野郎。俺に敵意を向けるたぁいい度胸だな」


 俺の頭の上に置かれた手に力がこもる。

苦痛で顔が歪む。頭蓋骨がその圧力でギリギリ鳴っているように聞こえる錯覚にとらわれる。

そのまま地べたに顔を埋められ窒息しそうなほど押さえつけられる。

俺は抗おうとするがまったくびくりともしない。


これが…現実。S級(Sランク)F級(Fランク)の現実だった。

俺は死を覚悟する。だが、一死報いたい。そう考えるが…なにもできない。


「もうやめてください。この人も別の部隊パーティできてるはずです。揉め事になりますよ!!」


 メーリィの必死の懇願が聞こえる。

それが癇に障ったのかカースンの手にさらに力が入る。

頭が…割れる…。掴んでいる指が肉にめり込み血が流れ出てくる。


「なんだ、てめぇ。奴隷の癖に俺に指図すんのかぁ?あ?」


 カースンが完全にキレ始める。


「私はなんでもしますから…この人は見逃してください。お願いします。お願いします」


 俺の横でメーリィが土下座をしてるのが分かる。

俺は情けなさと怒りと、痛みで頭の中が真っ赤になる。

 その時、別の声がして


「カースン、とりあえずそいつがどこの部隊パーティかだけ確認しよう。相手次第では部隊パーティごと潰せばいい」

潰すという言葉が気に入ったのか、カースンは手を緩め俺の頭を軽々と持ち上げて


「おい、てめーの部隊パーティはどこのどいつだ?」


血走った目で俺を見る。狂気と血に酔った目をしていた。


「ル、『月光の湾曲刀』(ルアルシミター)だっ…」


 なんとか告げると、カースンの目が一瞬で怒頂点に燃えたが狂気は去り、俺の頭から手を離して冷静さを取り戻したように舌打ちをする。


「ちっ、奴らも近くにいるのか…、おい、奴隷。そいつの傷を治せ、そしててめぇ、ここで俺たちに会ったことは絶対奴らには言うな。言えばこの奴隷をまず殺す。分かったな?」


地面にうずくまる俺を見下すように見てそう告げる。

俺はゆっくりと頭を上げてなにも言わず頷く。

血がダラダラと流れ出てくる。


 隣で頭を地面に擦りつけていたメーリィが頭を上げた。

俺を見て一瞬くしゃくしゃに破顔した後、飛びつくように俺に抱き着き


「ごめんなさい。ごめんなさい…」


泣きながら耳元で呟く。

俺は惨めでなにもできないF級(いくじなし)だった。

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