第6層 『最後に立つ男』
俺の頭の怪我をメーリィが【治癒】の魔法で治してくれる。痛みは残るが傷は癒えていく。
「‥‥これで大丈夫だと思います。…先輩ごめんなさい。」
彼女はもう一度謝る。
俺は…かける言葉もなかった。
なにか言おうと口を開いた時、
「おい!!奴隷!!さっさと来い!!」
カースンが苛立たし気にメーリィを呼ぶ。
メーリィはもう一度俺の目を見てから立ち上がり、小走りにカースンたちを追いかけて行った。
俺はその後ろ姿を見送ることしかできなかった。
その後、すぐに俺も部隊の元へ戻る。
パーマ女が俺の姿を見つけて
「遅いわよ。その辺で死んでるのかと思ってたわよ」
そう言って迷惑そうな顔をして大男に銀貨を渡していた。
どうやら死んでるか生きているかを賭けていたらしい。
「…すまない。ちょっとそこで扱けてしまって…頭を打ったので動けなかったんだ…」
俺はてきとーな嘘を並べる。
「ふーん。それじゃ移動しましょうか」
パーマ女はまったく興味を示さず、探索の再開を提案する。
俺は安堵する。詮索されれば、カースン達に遭遇したことがばれるのではないか?と危惧したのだった。だが彼らは俺に興味を持つことがなかった。だが
「なに?あなた、気持ち悪いわね。臭い便所の蛆虫が這ってるような顔をしてるわ」
突然、驚くほど美しい音色で恐ろしいほど下品な悪態が飛んできた。
俺は声の主を見る。一度も俺を見ることがなかった黒曜の瞳がまっすぐとこちらを射抜いていた。
「な、なにか?」
俺はたじろぐ。
一番関わりたくない相手が向こうから飛び込んできた。
美しい、まるでこの世のものと思えない無表情な色白の顔が、じっと動かずこちらを見ている。
「…その臭い口で知ってることを放りだしなさい。何か…見つけたわね?。腐れ脳みそブチ撒けられたくなかったらさっさとしなさい」
その美貌を一瞬で台無しにするような言動が飛び出す。
他のメンバーもランナが悪態をつき始めた地点で、俺に注目している。
俺は完全に冷汗をかいていた。
どうする?報告するか?だがそうなるとどうなる?
迷宮内での軍団闘争はご法度だ。
だがカースンのあの調子だと接敵すれば確実に戦闘になるだろう。
そうなると、メーリィの命は確実にないだろう。
あの男が躊躇するとは思えない。
俺は…どうすればっ!!
その時、
突然迷宮内が騒がしくなる。
魔物たちが一斉に吼え始めた。
いたるところで魔物の叫び声が上がり、迷宮内が雑音に巻かれる。
俺はあまりのうるささに耳を塞ぐ。
S級のメンバーたちも耳を塞ぎ周りを警戒し始めた。
これは…20階層以降になると起こると言われる危険状態。
『魔物暴走』
「くそっ!!馬鹿が罠に引っかかりやがったな。竜王の奴らかっ!!」
クロックアが急いで上着を脱ぐ。
大男がクロックアの身体に触れ、魔法を唱える。
クロックアの身体が鎧に覆われていく。
【神衣鎧】と呼ばれる上位魔法だ。他のメンバーも本気の戦闘態勢へ移行していく。
「おい。F級。ここからはテメーの面倒を見てる余裕はねぇ。しっかり付いてきて勝手に隠れろ!!」
クロックアが余裕のない表情で俺にそう告げる。
俺も急いで持っていた荷物を全部捨て、戦闘態勢を整える。
頭がガンガン痛むがそんなことを言ってる場合ではなかった。
「来るぞっ!!『脱出扉』を早く見つけないと全滅だ。走れっ!!」
全身鎧の男を先頭に全員が猛ダッシュを始める。一歩出遅れた俺は一気に置いて行かれる。
だが、すぐ追いついた。走り出してすぐ戦闘が始まったからだった。いきなり巨大な牛鬼タイプの大型の魔物が通路を塞いでいた。
S級たちは一気に畳みかけ大型とは言え、ものの3分で片付けそのまままた走り始める。
だがすぐに上位屍鬼タイプが猛ダッシュしながら突っ込んでくるのを、素早く魔法で打ち払う。がそれに混じり幽鬼タイプがスルスルと近接戦をしているクロックアたちに纏わりつく。
「はっ!!」
だがクロックアの気合いで【神衣鎧】が光り辺りの幽鬼を一瞬で吹き飛ばす。
まさに激戦だった。
戦い、走りを繰り返し1時間近く経過していた…。
大型の百足鬼にやや苦戦をして、やっと倒した広間で少し足を止める部隊。
さすがのS級たちも疲労でしゃべる余裕すらなくなっていた。
通路には【魔法障壁】と呼ばれる道具を使用し魔物が入れないようにしているが先ほどからどんどん豚鬼タイプが詰め寄ってきている。
そろそろ移動しなければ挟み撃ちにされるだろうと言おうとした矢先
「これは無理ね。無理。むりむりむりーーーっ!!」
パーマ女がヒステリーを起こす。
誰もがそう感じていた。どこまで走っても『脱出扉』は見つからないのでは・・・と。
「決断の時よ。リーダー」
パーマ女は真顔で冷たく言い放ち、俺を見る。
「そうだな。このために面倒なのをつれてきたのだ」
初めて喋った中年の男が目を瞑りそう告げる。
大男が静かに立ち上がり、クロックアに近づいてく。他のメンバーも同じようにする。
ランナのみが最後まで動かなかったが
「ランナ、早く。どちらにせよあんたが来ないと話にならない」
そういうパーマの声で、瞑っていた目を開けて、みんなの元へ移動した。
俺には何のことだか分からなかった。
「お、おい。どうしたんだ?なにがどうなってる?」
クロックアが俺を見て、鼻で笑って
「じゃあな。F級。頑張って逃げろよ。ああ、もったいないけど装備は全部やるよ。大事に使ってくれ。特殊システム『最後に立つ男』起動!!」
そう叫ぶとS級のメンバーたちの周りが転送円を使った時と同じように光に包まれて……
ゴンッ、グワン、ガシャンという金属音だけが鳴り響き、消えてしまった…。
俺は呆然と立ち尽くす。
なんだ?これは??
思考がまとまらない。
置き去りにされた?どうして?どうやって?
そう悩む前に魔物の叫び声で我に返る。
ダメだ、ここにいたら死ぬ。
俺は持っていた円盾を捨て、あいつらの落としていった装備を確認する。まずは鎧が持っていた盾を手に取る。戦闘中薄く光っていた。たぶん魔法大楯だ。手に取ると自分が持っていた円盾より大きのに軽い。
そして奴らのポーチを漁り薬瓶をかき集める。だがこれはほとんど残っていなかった。それでも何本かを自分のポーチに移す。
そしてクロックアが持っていた剣を手に取り
後方を確認する。
【魔法障壁】は今にも砕けそうだった。
俺はすぐに反対側の道へと駆け出す。
この先に大物がいたらどちらにせよ終わりだ。
だが進める限りは進むしかない。諦めるもんか。おれは冒険者なのだから。吐きそうなくらい気持ち悪かったが俺は我慢して走る。
立ち止まれば追いつかれる。
その矢先、
「いやあああああああぁぁぁ。待って、おいていかないでぇぇぇぇ」
行く先で女性の悲鳴が聞こえた。
俺はすぐに誰の悲鳴か理解した。さらに足を速めて悲鳴の上がった場所へ飛び込む。
そこには虚空を見つめしゃがみ込んだメーリィがいた。その背後には鎌昆虫タイプが腕のカマを振り上げようとしている最中であった。
俺はありったけの力を振り絞って走る。
「ォォォオオオオオオオオオオオォォォォ」
雄叫びを上げながら盾を構え一気にメーリィの背後に飛び込んだ。
ガキィィィィン!
何とか鎌昆虫の一撃を間一髪でいなす。
両手で受けたが盾を持っていた右腕は皮膚が裂けて血が噴き出す。骨まで持っていかれたのが激痛ですぐに分かった。
たった一撃でこれかよ・・・
俺は泣きそうになる。だが声を張り上げて
「メーリィ!!!走るぞっ!!!立てぇぇぇぇぇ!!」
その叫びで振り返り、俺の姿を目視したメーリィの目に火が灯ったのを確認し、盾の前に閃光玉を放り投げた。
鎌昆虫の目の前で閃光玉がさく裂する。
「ギィィィィィ」
鎌昆虫が怯んだ所で俺たちは一目散に駆け出した。




