第29層 愛剣を得る
「はぁ・・・・。ほんとーに、ごめんなさぁい。グスッ…」
メーリィは机に俯せて、ビール片手に半泣きであった。
これは悪い方によってるなぁと思いつつ、
「まぁそう落ち込むなって。初めての階層だったんだし、初めての稀魔物だ。みんな無事に帰還したんだから、それで良しとしよう」
さすがに2度死にかけたので少しセッキョーをかましたのだが、それがよくなかったのかその後の彼女は飲めば飲むほど落ち込んでいった。
「そうですよ。メーリィさん、命あっての物種なんですから。それにかっこよかったですよ」
そう言ってシズクも一緒になって煽てるが先ほどからあまり効果はない。
俺たちはいつもの酒場で迷宮からの帰還後のお疲れ会を開いていた。
あの後、きちんと10階層まで降りて『帰還扉』から帰還した。
これで次回から転送円が使えるようになったわけで、次の探索からは10階層から進めるようになる。
本来、転送円は軍団しか使用できないが、その件でデモントとの交渉の席を用意してもらえるように、マロールにお願いしておいた。
…これが軍団結成への足掛かりになるとよいのだが…
「今日はずいぶんとおじょうちゃんが荒れてるねぇ。ヘマをやらかしたの?」
酒と追加のつまみを持って赤髪の店主、エスタが現れる。
「エスタさぁぁん。わたしもう冒険者としてやっていく自信ないですぅぅぅぅ」
そう言ってエスタに抱き着くメーリィ。
こないだの一件でずいぶんとなついてしまってる。
「なんだ、それならうちで働きなよ。お給料弾んであげるよ。この立派なのがあったら稼ぎ放題だよ?」
そう言ってエスタはメーリィの豊満なお宝を両手で鷲掴みにしてにっこりと笑う。
「ヒィッ!!ちょっ、それは、や、やめてくださぁい~~」
メーリィがエスタの手から逃れようとしたが、背後を取られてさらにお宝を掴まれる。さすが俺の剣の師匠、逃れようと足掻くメーリィの力を上手く逸らして、逃さないように羽交い絞めにし続けた。
「せ、せんぱぁ~い。たすけてぇ~~」
必死に逃れようとするメーリィの助けを、俺はエスタに掴まれ揉み下されるお宝の動きを堪能するために聞いていなかった。
その横で両目を覆って恥ずかしがるシズク。
「た、助けた方がいいんじゃないですか?」
チラリと指の間から覗きながらシズクに言われて、やっと我に返り
「エスタ、そろそろ勘弁してやってくれ」
俺はカッコよく止めに入り、彼女を開放する。
「せんぱぁぁい」
半泣きでやっと解放されて俺に抱き着くメーリィ。
「十分堪能してから助けにはいってんじゃねーよ」
そう言って、お盆で俺の頭を小突いてから仕事に戻っていくエスタ。
「…アジェンドさん、鼻血は拭いた方がいいですよ」
小声でこっそりハンカチを渡してくれるシズク。
「おっと、すまない」
俺は素早くハンカチで鼻を隠す。
そんな俺をジト目で見上げるメーリィの、冷たい視線が突き刺さる。
「ずいぶんと楽しそうじゃないかね?私も混ぜてもらってもいいかい?」
そう色っぽい声で話かけてきた女性がいた。
俺は振り返りすこし驚く。
そこには眼鏡をかけたスラリと立つ女性が1人。
メヌエラがいた。
「…こんな場末の酒場に来ても大丈夫なのか?」
この酒場はF級からD級くらいの冒険者しかこない酒場だ。S級が顔をだしていい酒場ではない。
「なんだい?意外と小心者だな。大丈夫だよ。いくら私が美人で有名でも、普段はあまり声は掛けられないものさ」
そういって空いてる席に座る。
俺も席に座り直し、メーリィがメヌエラに敵対視線を送りながら俺の横に座る。
そんなメーリィを優しく見て微笑むメヌエラ。
「え、えーと、こちらの女性はアジェンドさんのお知り合いですか??」
シズクはメーリィの様子からおろおろしながら女性について俺に質問をしてきた。
「ああ、はじめまして。私はメヌエラ・トキトーだ。アジェンドの何番目かの愛人をしている者だ。仲良くしてくれ」
そう言ってにっこりとシズクに微笑みかける。
「あ、そ、そうなんですね。さすがアジェンドさん‥‥いろいろと…その…」
シズクがメーリィを見て口ごもる。
「信じるな。シズク。この人は…まぁ最近できた知り合いだ」
俺は少しお茶を濁す。ここでS級と言うのはちょっと偲ばれる。
「なんだ、連れない…。あの熱い夜はなかったことにするんだな…。私は少し悲しい…」
そう言ってしなを作ってしょんぼりする美人。俺は片手で顔を覆う。
それを見てさらにオロオロするシズク。俺の横で怒りで不機嫌に睨むメーリィ。
俺はこほんとわざとらしい咳ばらいをしてから
「冗談はさておき、よくここがわかったな?」
彼女とは知り合ってから俺の家以外では会ったことがない。いくら俺がほぼここで飲んでるとは言え、そのことは知らないはずだ。
そう聞くとメヌエラはいたずらっ子のような顔をして
「そりゃあ愛するあなたのことならなんでも知っているさ。毎日想っていればそれくらいはすぐ分かるようになる」
そう言ってからちょうど歩いている女給を捕まえて、飲み物を注文する。
俺は訝し気な顔をして
「ほんとのところは?」
「…精霊魔術には精霊を探知する魔法があるんだよ。君のいま使ってる剣は元々クロックアの剣だろう?。その剣は私の精霊が宿った鋼を使って造られているんだよ」
なるほど。俺は手元にある剣を見て納得をした。
「クロックアに返さなくていいのか?」
俺は返す気はないが聞いてみる。
メヌエラは少し悲しい表情をして
「彼にとってはそれはただの切れ味のいいだけの剣だよ。愛着を持たない男だからね。その点、君は大事にしてくれそうだからそのまま君が持っててくれていいと思ってる」
話している間に悲しい表情は優しい表情に変わる。
俺はなんとも言えない顔をして
「…まぁ、返せと言われても返さないけどな」
ここ最近の死線を何度も共にくぐり抜ければ、それなりに愛着が湧くものだ。いまさら引き渡す気にはなれなかった。
そんなおれの表情をみてびっくりするくらい穏やかな笑顔で
「ああ、大事にしてやってくれ」
そうメヌエラは嬉しそうに言った。
バカ話をしていたら長くなってしまいました。
メヌエラ登場です。作者は一番書いてて楽しいキャラとなりつつあります。
拾った剣をずっと使ってたのですがそのことを書いてなかったのでちょうどいい機会だなと愛剣となりました。
あと数話はクラン作りのための下準備回となりそうです。