第十一話 新人戦開幕
一翔が入学してから3週間が経った。
1週間の仮入部期間を終え、正式に入部をした結瑚は部室で一翔と対峙している。
「やぁっ!!」
結瑚が右手に握ったゴム製の短刀は一翔の胸に向けて真っすぐ突く。風を切って直進する刃を握る腕に狙いを定め、一翔の手は結瑚の攻撃を弾きあげる。
舌打ちを撃ちながら結瑚は飛び上がり、左足を上げて顎に目掛けて蹴りを繰り出す。跳躍によって高さを稼いだ蹴り、顎に触れる寸前に一翔の掌が足先を捕らえ、蹴りは止められた。その瞬間、一翔の不敵な笑みが結瑚の視界に入り、結瑚に危機を知らせる電流が走る。
その直後に結瑚の足首は一翔の手に強く握られ、体ごと一翔に振り回された。そんな結瑚は、まるでタオルかなにかの様に軽々と宙を舞う。
「こんの、馬鹿力め……ッ!!」
結瑚が悪態をついた直後、一翔の手は離され結瑚は遠心力にまかせて放り投げられる。
飛ばした勢いをそのままに地面に叩きつけられ、その衝撃で怯んでるうちに畳みかけるという一翔の作戦。だが、結瑚は空中で大きく体を回し、足で着地。猫の様な身のこなしで一翔の投げを無傷に終わらせてしまった。
「へっへー、残念でした!!」
「体の柔らかいやっちゃな……」
ざまあみろと言わんばかりの楽し気な笑いを浮かべながら指をさしてくる結瑚を見て一翔は悔し気に舌打ちをする。
「よし、今日の練習はここまでッ!! 全員集まれッ!!」
部室中に響くハリのある鬼瓦の叫び声。それを聞いた途端に一翔と結瑚を含めた部員全員が練習の手を止め、鬼瓦の立つ部室中央に手を後ろにして整列する。
部活中の鬼瓦はいつも険しい顔つきで迫力があるが、今日はいつにもまして真剣な顔つきを見せており、その顔に部員達も緊張が走る。
「ついに明日の土日からヒヨッ子の一年生が腕を競い合う大会、新人戦予選が始まる。2年と3年には関係ない大会ではあるが、新人戦予選からさらに少し後に行われるインターハイ予選でも一年が出てくるからしっかり新米共の情報を盗んでおけ!!」
インターハイ予選―――
1年に1度行われる最大の高校スポーツの祭典。新人戦の予選は5月の上旬に行われるが、インターハイの予選は5月の下旬に行われる。
新人戦の本選は6月の下旬に始まり、インターハイの本選は7月の下旬なので時期的には何も問題なく1年生はインターハイの予選にも出られる。
その為、新人戦はインターハイ前に選手の情報を調べるために2年3年にとっては重要な下調べの場でもある。
「これから1年にはプリントを配る。大会の開催場所、集合時間等が書かれているからあとできっちり目を通しておくようにッ!!」
列の先頭に鬼瓦からプリントを渡され、1年生が立っている列の最後列へと順々にプリントが渡り一翔達一年生全員にプリントが手渡される。
「1年は今日はゆっくり休んで明日に備えろッ! 今日はこれにて解散ッ!」
鬼瓦の声に、部室全員は「お疲れさまでしたッ!!」と大きな声で叫びながら頭を下げ、皆が帰り支度を始めた。
◇
「いやぁ楽しみだね新人戦ッ!! どんな人が出てくるのかワックワクだねッ!!」
着替えと帰り支度を済ませた結瑚と一翔は駅へと向かいながら校門を歩いていた。結瑚は快活に笑いながら腕を振り回してる。結瑚程ではないが一翔も新人戦が楽しみなのか白い歯を見せながら笑っている。
「だな! 腕が鳴るってもんだぜ!」
「だよねだよね! バーって活躍して、ドドーンっとSFデビューしたいよね! ……あっ!!」
「なんだよ、忘れものでしたか?」
「違う違う!! せっかくの私たちのデビュー戦なんだからさ、ひぃちゃんや大和君も試合に呼ばないとって思って!! メール送らなきゃ!!」
制服のポケットから携帯を取り出す結瑚に一翔は一瞬、怪訝な顔になる。
一翔は思い出す。陽葵との電車の中でのやり取りで言ったあの一言を。
『4月の終わり頃から県予選が始まる。予選で2位以上になれば全国の本選に出られるんだが……俺がその本選で優勝する! そしたらお前、もう一回アイドルを目指せッ!!』
一翔は約束した。あの約束は問答が面倒だったというのも多少はある。だが、それ以上に口で言っても陽葵の中にある劣等感や鬱屈とした気持ちをどうにかできるとは一翔は思わなかった。
陽葵の気持ちは一翔にも十分理解できる。今まで一体何度異能が使えない自分を恨んできたかわからない。だから自分の魂刃の異能が自分の夢を邪魔している陽葵の抱く気持ちがよく分かった。
だからこそ、一翔は彼女に見せてやりたくなったのだ―――
「見せてやるよ。諦めなきゃ、才能なんかねじ伏せられるってことを……」
一翔は笑う。これは自分だけの戦いじゃない。一人の少女の夢を後押しするための戦いでもある。
そんな事実が一翔を滾らせる。《無能》の自分にはとても難しいことだが、《無能》だからこそできる事に一翔の胸が熱くなるのだ。
◇
次の日の朝9時、大きな体育館。
一翔を含めた天峰学園SF部1年部員と県内の高校のSF部1年部員が一挙にあつまり、整列する。
皆の視線の先には壇上に上がった偉そうな風貌の中年男性がいる。その男の後ろには『ソウルファイト新人戦 予選大会開会式』と書かれた垂れ幕が下がっていた。
「えー、今年も新人戦の季節がやってまいりました。皆さん、今年も我々に手に汗握るような熱い勝負をお見せください!!」
整列する1年生全員が見せるギラギラした目に、どうやら大会の実行委員会の者らしい男は朗らかな笑みを浮かべる。
「ふふっ……どうやら、だらだらと長い話をする空気ではないようですね。皆さん、今すぐにでも戦いたいと目が言っている……よし! それでは、ただ今より高校ソウルファイト新人戦、予選大会の開催を宣言しますッ!!」
出場選手の意気込みを酌んでくれた男性は想像に開会式を終わらせてくれた。
そのすぐ後にトーナメント表が発表され、全員がそこに群がった。
一翔と結瑚もトーナメント表の前に立ち、トーナメント表に目を通す。
「えーっと……俺は何戦目から……おっ!」
トーナメント第一戦 【天峰学園1年 邨上一翔】VS【青雲高校1年 佐川敏行】
「1戦目からか! こりゃ腕が鳴るぜ!」
「私は3戦目からだ! 頑張ってね!」
「1戦目の開始は30分後か……急いでウォームアップ始めるか!!」
一翔はすぐさま自前の青色のトレーニングウェアに着替え。体育館の隅でストレッチとアップを始めた。
◇
「これより! 予選大会第1戦を始めますッ!!」
体育館中央に置かれた半径20メートルの円形のステージのど真ん中でレフェリーの叫び声が鳴り響く。
「選手の紹介を行います! 西、青雲高校1年……佐川敏行ッ!!」
レフェリーの紹介と共に西側にある階段を上ってステージに上がる茶髪の男。佐川も初の公式戦なのか、その顔と動きは緊張で固まっていた。
「佐川敏行の異能は《重力操作》!! 自身と自身が身に着けている物体にかかる重力を操作させます!!」
選手は開会式前に自分の魂刃と異能についての情報をスタッフに自己申告する。そして試合前には異能の情報を前もって開示するのがルールとなっている。
「つづいて、東から天峰学園一年……邨上一翔ッ!!」
自身の名を呼ばれた一翔もステージに上がる。黒いタンクトップと緑のミリタリーパンツといった姿だった。
「頑張れー!」
ステージ外から結瑚の応援の声が聞こえる。その隣には二人の見知った人間がいた。
「頑張れよー! 邨上ちゃーん!」
結瑚の隣で大和も応援してくれていた。その隣には無表情で一翔を見る陽葵の姿も見えた。
陽葵に向けて一翔は軽く手を振る。だが陽葵はそれをみても無反応だった。それをみて一翔は軽く苦笑いを浮かべる。
「勝つと思ってねぇのかね……ま、見てろって」
慢心してるわけではない。だが、一翔には負ける気がしなかった。
一翔がステージ中央に向かう途中でレフェリーが口を開く。
「邨上一翔の異能……無しッ!! 異能は持っておりません!!」
「はぁ?」
佐川はレフェリーの言葉を聞いて間抜けな声をあげる。それに同調するように天峰学園の生徒以外の試合を見る者は動揺の様子を見せた。
「おいおい……異能が無しって、なんかの冗談か?」
「いや、事前申告とは違う異能を見せた場合反則負けになるし。冗談じゃないだろ」
「だよね……異能無しだなんて申告するメリットなんて何もないし、むしろデメリットしかないよ」
「異能無し……プッ!! さしずめ《無能》って所か?」
段々と観客たちの中に笑い声が聞こえ始める。それにのせられたように佐川の緊張してた顔に笑いが浮かぶ。
「異能無し……こりゃとんでもないラッキーだ。初戦はいただきだな」
手のひらを返したように余裕の表情を浮かべる佐川。一翔にとって予想通りの展開だった。
一翔と佐川がステージ中央で歩みを止める、そのすぐ後にレフェリーが叫んだ。
「それでは双方、魂刃を展開しなさいッ!」
レフェリーの声に二人は頷き、二人の前に魂穴が開かれる。
「さぁ行こう、星潰ッ!!」
「暴れるぞ、白銀ッ!!」
佐川の手には鈍い光を放つ黒い槌が握られ、一翔も白い手甲が着けられる。
「相手が降参の宣言をするか、相手を戦闘続行不可能にすれば勝ちだ。二人とも、フェアプレイを心掛けるように! いいね?」
レフェリーの言葉に一翔と佐川は「はい!」と同時に答える。
「よし、それでは―――始めッ!!」
レフェリーの叫びと共に試合開始のブザーが体育館に鳴り響く。それと同時に佐川は星潰を振り上げる。
「俺の星潰は重力操作の異能でどんなものも一発で砕くッ!! そんなチャチな魂刃で俺の星潰しを―――」
佐川の自信満々な声をあげる口はすぐに閉じられた。
一翔と佐川の距離は5メートル以上はあった。にもかかわらず、試合開始から一瞬で一翔は距離を詰め、拳が届くところにいた。
「な……ッ!!?」
予想外の速度で近づいた一翔に佐川は一瞬、狼狽えた。
その瞬間を一翔は見逃さない。
「壱の秘拳―――疾風」
佐川の顔面に衝撃が3つ走る。一体何が起きたのか、佐川は理解できなかった。
ただ、佐川の視界には左腕を突き出した一翔が映っていた。
「なん……だ……!!?」
「な、なんだ今の!!?」
ステージ外にいた大和にも何が起きてるのか分からず、驚愕の声をあげる。
「ジャブか」
後ろから聞こえた声に大和は振り向く。そこには火をつけていないタバコを銜えた鬼瓦がいた。
「ジャ、ジャブ?」
「ボクシングに使われるパンチだ。予備動作も少なく無駄のない素早いパンチで連射も効く……ただ、あいつのそれはとんでもない速さだな。3つのパンチがほとんど同時に繰り出されてる」
両腕を上げて攻撃の準備をしていた佐川は突然の攻撃に耐えきれず体勢を崩す。そのまま一翔は畳みかけるように右腕を振りかぶる。
「弐の秘拳―――迅雷ッ!!」
一翔の右ストレートが佐川の顔面を撃ちぬいた。その瞬間ステージに爆弾でも爆発したかのような強烈な音が響いた。それと同時に佐川はある物を感じる。まるで雷が落ちたように身体中に走る衝撃を。
そのまま佐川は倒れ伏せる。うめき声一つ上げずに倒れた佐川には倒れる気配はなかった。
時間にして5秒。たった5秒の間に起きた出来事を見た多くの者は口を大きく開けて驚きの声をあげていた。
「う……うそ……?」
ずっと無表情だった陽葵も動揺を隠せずに唇を震わせる。釜野との苦戦ぶりを見ていた結瑚と鬼瓦も同様だった。
「……おい、レフェリー」
何が起きたのか理解できてないのか、佐川が倒れても棒立ちしていたレフェリーに一翔が声をかける。それに反応したレフェリーはハッとした顔で一翔に向けて手を向けて叫ぶ。
「そ、そこまで! 勝者、邨上一翔ッ!!!」
誰もが信じられないと言った面持ちをする中、一翔は誇らしげに両腕を天井に向けて上げ、握りこぶしを作った。