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異能に挑む剛腕拳士  作者: 英国紳士
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第十話 約束

 月曜日。放課後の学園の教室。

 誰もいなくなった教室で一翔は一人で机に座り、頬杖をついて神妙な顔をしていた。


「さてと……行かねぇとな」


◇


 時は遡り、大和達と買い物に行った時の事。

 一翔が叫び声をあげた後、歌えない陽葵を差し置いて三人で歌うのも彼女に悪いということでカラオケはお開きになった。

 4人はカラオケを出た後に、その埋め合わせとしてゲームセンターやウインドウショッピングを楽しみ、日が暮れ始めた頃に駅で解散となった。

 偶然にも一翔と陽葵が乗る電車の方面は同じで、二人は同じ電車に乗り、隣同士の席に座っていた。

 一翔は窓から移り変わっていく景色を眺め、陽葵は空いている車内に足をぷらぷらと伸ばしながら俯いていた。

 陽葵は自分の事を避けていると思っていた一翔は勘違いをしていたのが分かったが、二人きりになるとまだ何を話せばいいのか分からずに二人の間には奇妙な壁を一翔は感じていた。


「あのさ……」


二人の中にあった壁を最初に壊しに来たのは陽葵だった。突然話しかけられた一翔は少し声をどもらせる。


「あ、な、なに?」

「カラオケの時に言った事だけどさ……覚えてる?」

「えっと……俺に話を聞きたいとか言ってたあれか?」

「うん。私、アイドルやりたいって言ってたじゃない? だけど、私の魂刃の異能のせいで歌を歌うと皆が苦しんじゃって……一回諦めたんだ」


 車内にある広告、その中の一つのあるアイドルが書かれた物を陽葵は見つめる。


「やりたいこと、なりたいものが自分とは向いてないのに……どうしてそれでもやろうと思えるのかなって」


 陽葵は冷ややかで諦観の入った眼で一翔に問う。一翔には彼女の姿がひどく寂しいものに見えた。

 真剣に聞いてるんだと一翔にはわかった。だからこそ、一翔は頭の中で必死に言葉を選ぼうと頭をこねくり回す。

 しばらく間を空けて、一翔は口を開いた。


「―――諦めたくないからじゃねぇかな」


 いろいろ考えてみた。だが、細かい理屈をごちゃごちゃと並べると自分の本心から遠く様に一翔は感じた。だからこそ、単純な答えにたどり着いた。

 だが、その答えは陽葵には納得がいかなかったのか食い下がる様に一翔を睨む。


「そ、それでもさ! 異能が無いのにSFやろうとしてバカにされたんじゃないの!? 異能に苦しめられたんじゃないの? それでもやりたいの!?」


 陽葵の言うことは一翔にとって言われ飽きた事だ。だけど、彼女が何を言いたいのか全く見えてこない上に変にバカにされてる気がして、それが一翔の癪に障った。


「なんだよ急に……別にいいじゃねぇかよ、俺が何やろうとしたって。別に心山さんに迷惑かけるわけじゃねぇし……」

「そ、それはそうだけど……」


 陽葵は苦虫を噛み潰したような顔で言葉を詰まらせる。眉間に少しシワを寄せた一翔はそんな陽葵を睨み返すが、彼女の眼は同類を見る者の眼だった。


「―――仲間になってくれるかもと思ってた」


 絞り出すような、微かな声で陽葵は俯きながら呟いた。


「私と一緒で、君は異能のせいで苦しんでる人だと思ってた……けど、違うんだね」


 とても、とても残念そうに陽葵な声にようやく一翔は理解した。陽葵が何を求めていたのかを。

 心山陽葵は、同類が欲しかったのだ。一翔も自分のやりたいことが異能のせいでうまくいってない人間だと陽葵は思っていたのだ。

 そんな一翔なら、その苦しさを理解してくれるんじゃないかと思っていたんだ。

 一翔もそれが分からない訳じゃない。だが―――


「まぁ考えたことはあるよ。もし俺にも異能が使えたらってよ」


 一翔の言葉に反応して、無言で陽葵は顔を上げた。


「けどよ、自分に足りないものを数えて腐ってたってしょうがねぇじゃねぇかよ。速い球を投げられなくても強い野球のピッチャーとかもいるだろ?」


 先程の不機嫌さが混じった声ではなく、優しくゆっくり……なにかを諭すような声で一翔は言葉を続ける。


「速い球が投げられないなら変化球を覚えりゃいい。変化球もだめならコントロールを磨けばいい。自分に残されてる物で、何とかやっていきゃいいんだよ」


 一翔は拳を握る。一翔にとって、拳だけが自分に残されてる唯一の物だから。


「拳(コイツ)がそうだ。不幸中の幸いとでも言えばいいのか、俺には体を鍛える素質はあったみたいだ。だから、異能が無くても誰よりも拳(コイツ)を鍛え上げりゃぁ……《無能》の俺でも異能に挑めるかもしれねぇだろ?」

「あ………あ……っ」


 迷いのない真っすぐな声で一翔ははっきりと言った。その声を聞いた陽葵は呆れてるのか驚いてるのか分からないような顔で間の抜けた声をあげる。


「心山さんもさ、そんなにアイドルやりてぇんなら諦めなきゃいいだろ。異能を制御できるようになればいいわけだし、歌がダメでもなにか別の事でアイドルをやっていけばいいじゃねぇか」

「え!? い、いや無理だよ! 異能の制御は何度も試してみたけどうまくいかなかったし!!」


 まるで電源を急に入れられた機械の様に陽葵は大慌てで手を横に振る。


「だから無理だったから諦めるって考えが駄目なんだよ! 本気でやりたいのならできるまでやるんだよ!! 10回挑戦して駄目だったとしても、11回目ならいけるかもしれねぇじゃねぇか! だってよ―――」


 白い歯を見せながら、一翔は満面の笑みで言葉を続ける。


「―――11回目の挑戦は、10回目の挑戦より絶対に成功に近づいてると思うぜ!!」


 一翔の中に今までの練習の日々が脳裏によぎる。

 一翔だって最初から筋肉モリモリだったわけでもなければ、体術だけで異能に勝てるほど強かったわけじゃない。最初はパンチ一つだって一翔はうまくできなかった。

 公園に生えた木を相手に何度も何度も拳を叩き続けてきた幼少期。うまく自分の体重を乗せられずに木を叩いた拳には軽い感触しか伝わってこなかった。

 どうしたら強いパンチが打てるのか分からずにガムシャラに木を殴り続けて、やがて拳の皮はズル剥けになった。手には血が滲み、鈍い痛みと熱が走る。拳を握ると痛みは更に強くなる。

 それでも歯を食いしばり、痛みで目に溜まる涙を拭いて木を殴り続けてきた。

 周りの子供から馬鹿にされても、それでもいつかはうまくできるようになると信じてやり続けて……何度も剥けた拳の皮が分厚くなった頃、一翔がイメージしていたような自分の全てをぶつける様なパンチがついに打てるようになった。


「だからよ、諦めんなって! そうやって諦めたのにズルズルと引きずる位アイドルになりたかったんだろ? だったらそれに背ぇ向けちゃ駄目だって!」


 一翔の言い回しは陳腐な物かもしれない。それでも、一翔は諦めなかったからこそ今がある。少なくとも、今の一翔には陽葵の様な迷いや後悔は微塵もなかった。

 陽葵は一瞬だけ、口元を緩ませた。その言葉に救われたかのように――――だが、またその目に寂しさが宿る。


「無理だよ……努力だけで本当に夢がかなえられるなら、この世に才能なんて言葉は生まれてないんだから」


 陽葵の夢に差した影はどうやら大きいらしい。そんな陽葵に半ば面倒くさそうに頭を掻く。


「あー……じゃぁあれだ! 努力だけでも意外と何とかなるって所を見せてやりゃぁいいんだろ!?」

「え?」

「今年の6月に高校ソウルファイト新人戦があるのは知ってるか?」

「えっと……高校1年生だけを対象にした全国大会だよね?」

「おうよ! 4月の終わり頃から県予選が始まる。予選で2位以上になれば全国の本選に出られるんだが……俺がその本選で優勝する! そしたらお前、もう一回アイドル目指せッ!!」

「え……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」


 車内に陽葵の叫びが響き渡り、乗客の視線が一翔と陽葵の二人に集まった。


「あ……ご、ごめんなさいッ!!」


 ついうっかり叫んでしまった陽葵が慌てて頭を下げるところを見て乗客の皆は陽葵から目を逸らした。それを確認した後に陽葵はため息をついて一翔に顔を再び向ける。


「そ、そんなの無理だよッ! 新人戦って、日本中の強い高校一年生が集まるんだよ!? それなのに異能を使えない君が優勝なんて無理―――」

「だからこそじゃねぇか」


 椅子に肘を乗せ、頬杖を突きながら一翔は不敵に笑った。


「無理と言われてるからこそ、証明できるんだろ? 諦めなきゃぁこの世に無理なんて無いんだってことがよ」


 一翔の自信満々な声に、陽葵は呆然と一翔の顔を見続けることしかできなかった。


◇


 時は戻って放課後の教室。

 今日からついに待ちに待った仮入部期間が始まる。準備は十全に済ませた一翔は教室を出る。


「やってみせるさ。新人戦優勝ッ!!!」


 誰に言ってるわけでもない、自分で自分に誓うために一翔は呟きながらSF部へと足を運んだ。

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