第九話 勘違い
「お前ら盛り上がってっかーい!!?」
「イェアアアアアア!!!!」
明かりを消して真っ暗になったカラオケボックスの一室。壁に設置されたモニターの前でスポットライトの光を浴びながらマイクを片手に結瑚が興奮気味に叫び、大和もノリノリで叫び返す。
「今日は歌いまくるぞー!!!」
「おっしゃぁぁぁぁ!!!」
マイクを手に持っていない方の腕を円を描くように振り回す結瑚に大和も続く。
「テンション高ぇなぁ、おまえら……」
二人を落ち着かせるように一翔は部屋の入口付近につけられた証明のスイッチを入れる。
「当ったり前じゃんか! テンション低くしてたって楽しくないよ!! ね、ひぃちゃん!?」
「え!? あ、う、うん……そうだね」
部屋に入る前にドリンクバーから持ってきたジュースに口を着けていた陽葵は慌てた様子で結瑚の言葉に返事する。
「それじゃ、まずは私から歌わせてもらうよー!!」
結瑚は部屋の中央にある机に置かれたリモコンを手に取り、タッチパネルを操作する。しばらくすると軽快なリズムの曲が部屋の中に流れ始める。
「これ、どっかで聞いたような……」
「今、テレビでやってるドラマの主題歌だよ! この歌すっごく気に入っててさー! よーし! いくよー!」
リズムに合わせて結瑚は歌い始める。結瑚の明るい声は元の曲に絶妙にマッチしており、聞いている一翔も自然とリズムに乗って体を揺らし始め、気づいたときには彼女の歌に聞き入っていた。
「いいよーゆっこ! よっ! カラオケ名人!!」
両手を頭の上まで上げておだてる様にリズムに乗って手拍子する大和。
一翔と大和に同調するように陽葵まで胸の辺りまで手を上げて手拍子を始める。結瑚が一曲を歌い終わる頃には皆が聞き入って拍手をしていた。
「ゆっこ、歌うまいんだね」
「お見事!! いやー聞き惚れちゃったね!!」
「いや、まじで上手かった……」
「えへへ、どうもどうも!!」
三人の賞賛に結瑚は照れ臭そうに頭を撫でる。その後すぐにいつの間にか入れられていた次の歌が流れだすと、二本合ったマイクのもう一本を大和が握る。
「じゃ! 次は俺だな!」
「お前、あんだけ我妻の歌にノリノリだったのにいつ次の入れたんだよ」
「まぁまぁ、細かいことは気にしない」
大和が選んだ歌は誰もが知ってる国民的なアニメの主題歌だった。
「アニソンか、ちょっと意外だな。お前アニソンとかあんまり好きじゃないタイプだと思ってた」
「いやいや、誰でも知ってる歌って意味じゃぁこういうのも悪くないもんだぜ?」
大和は曲に合わせて歌いだす。大和も結瑚程ではないにせよ、なかなかに聞き入れるほどに美味い物だった。流石に誰でも知ってる歌だけあって、大和の歌声は元の歌と比べてうまく歌えてるかどうかもよく分かる。
「二人とも上手いもんだなぁ……」
「上手だったよ大和君!」
「イェイ! お粗末でした!!」
一曲が終わってから飛んでくる一翔と結瑚の感想に大和は親指を立てながら達成感に満ちた笑顔を向けた。
「さって、次は誰が入れた歌かな……って、あれ? 誰もまだ入れてないの?」
しばらく待っても次の歌は流れず、結瑚は三人の顔を見回す。大和も次に誰が歌うのかに期待していたのかがっかりしたように口を開ける。
「ったくしょうがねぇなぁ……じゃぁ邨上ちゃん。次はお前な」
「え? 俺か? ……まぁいいけどよ」
大和からの指名を受け、一翔はしばらく何を入れるか顎に手を当てて考える。10秒程経ってから一翔はリモコンを手に取り入力する。
部屋の中に流れ始めた曲はそれまで二人が歌っていたとはまるで違う曲調で、大和は口をあんぐりと一翔に質問を投げかける。
「……なぁ、これって演歌か?」
「おう。好きなんだよ演歌」
「し、渋いご趣味で……」
呆れたような苦笑いを浮かべる大和を気にすることもなく一翔は歌いだす。硬派な曲調は一翔のゴツい体つきと低い声に非常にマッチして二人とはまた違った魅力を引き出しており、それがまた大和の苦笑いを強くさせる。
「い、意外とうまいのね……」
「邨上君、強い”こぶし”持ってるもんねー」
「ゆっこ、それ小伏じゃなくて拳じゃ……?」
フォローのつもりだったのか、能天気な顔で言った結瑚の言葉は陽葵の冷静なツッコミに無駄にされる。
歌が終わった後、一翔は満足げな様子で席に座りこむ。
また次の歌が流れずに部屋のBGMが無くなり、結瑚が口を開く。
「あれ? また誰も歌入れてないの?」
「みたいだな。俺は邨上ちゃんと心山さんが終わってからにしようと思ってたんだけど」
「私も……ひぃちゃん、歌入れないの?」
大和と結瑚の視線が陽葵に集まる。それに対して陽葵は手を横に振りながら答える。
「いや、私は今日は聞き専でいいから。歌うのは三人でどうぞ」
「えー!? ひぃちゃんも歌おうよ!!」
「そうだよ。せっかく来たんだしさ」
「えーっと……でも……」
陽葵は大和と結瑚のいう事に困ったような顔になり、その様子を見た一翔は心配そうに口を開く。
「なんか歌いたくない理由があるのか?」
図星だったのか、一翔の質問に答えずに陽葵は俯く。
「え? そ、そうなのひぃちゃん?」
「そ、そうだったのか? ごめん! それなのに俺、無理にカラオケ誘ったりして……」
結瑚と大和は気まずそうな表情を浮かべる。それがきっかけなのか、黙りこくっていた陽葵はようやく顔を上げた。
「実は私、歌が下手なのよ」
「「「……へ?」」」
陽葵の深刻そうな態度にとても重苦しい理由があると思った三人にとってそれは意外な答えで、思わず間抜けな声が出る。
「なんだ、そんなことだったんだ。逆にびっくりしちゃったよー」
安堵の表情を浮かべながら結瑚は胸をなでおろし、大和は面白そうに笑いだす。
「あっははは! そんなの誰も気にしないから遠慮なく歌ってよ心山さん!」
「でも、本当にヘタクソで……みんなを不快にさせちゃうよ……」
二人の言葉に陽葵は未だに歌う様子を見せない。
自分に警戒してると分かっていても、どうせなら陽葵にも楽しんでほしいと思った一翔は大和に続く。
「大丈夫だって。誰も心山さんの歌を笑ったりしねぇし、歌ってくれよ」
一翔はなるべく嫌な印象を持たれないように微笑みかけながらマイクとリモコンを渡す。
「……わかった。それじゃぁ―――」
しばらく考え込んだ陽葵はマイクとリモコン受け取る。自分がこれを渡したら嫌がるかもと一翔は思っていたが、その時の陽葵の表情は一翔の予想に反して明るい物だった。それは自己紹介を済ませてから初めての表情で、今までずっと無愛想な顔を向けられていた一翔はドキッと胸を鳴らす。
陽葵はリモコンのタッチパネルに指を這わせた後、カラオケセットの本体に向けて歌う曲をリモコンで入力する。
数秒後に曲が流れだす。陽気な気分にさせる軽快な曲は誰もが知っている人気アイドルグループ、イブニング娘を代表する有名な曲だった。
「あ、これ知ってる!」
「俺も! イブニング娘とはいい趣味してるじゃんか心山さん! 俺、好きなんだよね、この曲」
二人の反応が照れ臭いのか、少し頬を赤らめる陽葵。今までとは全く違う彼女の様子に一翔は大きな手拍子で景気づけする。
曲はイントロが終わりに近づき、Aメロに備えて陽葵は大きく息を吸って目をつむる。
Aメロがついに始まり、彼女は口を開いて歌いだす―――
彼女の声は、とても綺麗だった―――だが、その歌声はその綺麗な声とは反対に、正しく不協和音としてしか三人の耳には聞こえなかった。
頭の奥にまで響くそれは段々と不快感から頭を割るような鈍い痛みに変わっていった
「あぁぁぁ……ちょ、な、なにこれ……」
「だ、誰か助けて……ッ!!!」
両手で耳を抑え、半泣きで足をじたばたと動かし悶え続ける結瑚。壁に爪を立てて苦悶の表情を浮かべる大和。さっきまでの楽しい空気が一変して地獄絵図と化した。
「ま、待ってくれ心山さん……ッ! ストップ! ストップッ!!」
頭に走る鈍痛に耐えながら絞り出すような声で一翔は叫ぶ。だが、心底楽しそうな顔をしながら歌い続ける陽葵の耳にそれは届かず、目を閉じたまま歌っている彼女には目の前にある惨状は映る訳もなかった。
約4分30秒、ようやく一曲を歌いきった彼女は目を開ける。その途端に彼女の顔は笑みが消え、焦りと動揺が入り混じった顔になっていく。
結瑚は大粒の涙をこぼして泣きわめき、不快感に耐えきれずに部屋を出ようとしていたのかドアに手をかけたまま床に倒れて口からは泡を吹いている大和、一翔に至ってはピクピクと震えながら机に突っ伏し、その拍子に倒れただろうジュースの入ったコップは倒れて床に水たまりを作っていた。
「あ……また、やっちゃった……」
両手で顔を覆いながら、彼女は心底落ち込んだ声で呟いた。
◇
30分程休憩を休んで、気分はまだ悪いがようやく三人は意識を回復させる。
「ご、ごめん皆……ッ!! 私、気づかずに一曲まるまる歌いきっちゃって……!!」
深々と頭を下げる陽葵に対して、ぐったりと椅子にもたれかける三人は絞り出すような声を出す。
「だ、大丈夫だよひぃちゃん……元々、歌ってってお願いしたのは私たちだし……」
「なかなか綺麗な歌声でしたぜ……」
「気にしてねぇから、顔上げてくれよ心山さん……」
三人の言葉を聞いて陽葵は顔を上げるが、その顔に無数の冷や汗を浮かんでいる。
「なんであんな風になったんだろうな……歌声自体はほんとに綺麗だったのに、なんでか頭が割れそうになって……」
「あ、それは―――」
うわ言の様に呟く大和の声に陽葵は反応する。
突然、陽葵の眼前の空間に光を帯びた穴が開く。
「魂穴……?」
一翔は目を見開く。
魂穴…………人間が魂刃を取り出す時に開かれる空間の裂け目。全ての人類が魂穴を開く能力を10歳までに無意識で覚え、魂刃を現出させられるようになる。
陽葵は魂穴に手を差し入れ、抜き出す。その手には彼女の魂刃と思われる暗い紫色の宝石で装飾された青黒いマイクが握られている。
「これ、私の魂刃……セイレーンって言うの。その異能は《不協和音》。これに向けて発せられた声を聞いた人はその声を不快に感じて、いずれ苦しみながら倒れる……」
陽葵の表情がどんどん暗くなる。
「私、セイレーンの異能を制御しきれてなくて……歌を歌うと展開してない状態でも異能が発動しちゃうの」
「あぁ、だから歌うのを嫌がってたのか……」
一翔の言ってたことに大和と結瑚は「成程」と掠れた声で相槌を打つ。その様子を見て陽葵はもう一度頭を下げた。
「ほんとごめん……その、私さ……昔はアイドルになるのが夢だったの。でも、こんな異能のせいでアイドルを諦めてたんだ……」
頭を上げて自分の過去を語る陽葵。彼女の視線は三人に向けてではなく、一翔一人に向かっていた。
「君が異能を持ってないのにSF部に入るって結瑚から聞いてさ。君のことが気になってたんだ……」
「え?」
結瑚の予想外の言葉に一翔は間の抜けた声を出す。
「なんで、異能が無いってハンデがあるのに異能を使って戦うSF部に入るのか知りたくって……私も、この”要らない異能”でやりたいことにハンデ抱えてるからさ」
「え、ちょ、ちょっと待って!!」
陽葵の言葉を聞いて一翔は具合の悪さなんて吹っ飛んだ。その言葉が嘘じゃないのなら、彼女がアスマ屋を出た後にずっと一翔を見続けていた理由は……。
「心山さんが俺に対して無愛想だったのは、俺の事を避けてたとかじゃないの?」
「え? ち、ちがうよ?」
少し狼狽えながらもはっきりと答えた陽葵に一翔は口を大きく開けて呆然とする。
「私、人見知りで無愛想なのは元からで……アスマ屋を出た時にいろいろと話を聞きたくて話しかけようかと思ってたんだけど、君は異能が無いのを気にしてるかもと思ったら、なんて話を切り出せばいいのかわかんなくて……」
陽葵は決して一翔を警戒して避けていたわけではなかった。彼女は本当にただ一翔に話しかけたいけど、どう話しかけたらいいのか分からないから結瑚や大和よりも余計に無愛想になってただけだったのだ。
全身から力が抜けた一翔は机に突っ伏す。そのまま二人の間にしばらくの沈黙が流れた後に突然一翔は勢いよく顔を上げ―――
「―――俺の勘違いだったのかよぉぉぉぉ!!?」
「えッ!? な、なに? 何の話?」
心の中で思ったことを渾身の大声で叫ぶ一翔に、陽葵はびくりと肩を震わせて、怯え交じりの様子で慌てることしかできなかった。




