二十
「お、おじゃまします……」
姉にせっつかれたせいで、結局カラオケに来ることになってしまった。まだ気まずい思いは残っていたものの、音に会いたい気持ちも強かった。なにより平山家の少女とあの写真については、音と何らかの関係があるはずだ。もしかしたら、話を聞いた音が何かを思い出すかもしれない。
そんなわけで、啓介は五○三の部屋にいる。
前回の経験から、店員が飲みものを持ってきて出て行くまで、あいさつ以外の言葉を発しないと啓介は決めていた。だから、いつもと同じ男性店員が入ってきたときも体をこわばらせたまま顔をうつむけていたのだが、男性店員もなにも言わないまま出て行ってしまった。情緒不安定な客を刺激しないほうがいいという判断だったのかもしれない。啓介にはむしろ、そちらのほうがありがたかった。
「こんにちは、おんじさん」
店員がいなくなったことを確認して、ディスプレイに向かって言葉を発する。しばらく来なかったから怒ってる、なんてことはないよな。何の反応も示さない画面に不安を覚えながら、彼は考えた。
「おんじ……?」
少しだけ声のボリュームを大きくしてみる。出てこなかったら、俺はどうすればいいんだろう。誰もいないカラオケルームの中で、「おんじ、おんじ」と連呼する男子高校生。想像するだけで辛いものがある。
幸い、そんな惨めなことになる前に彼女は現れてくれた。画面が白く光ったかと思うと、次の瞬間には怒ったような、困ったような顔をした音が両手を画面に押しつけていた。
「もう、すぐに来るんだろうなって思ったら、ずーっと来ないんだもの! 心配したんだよ!」
「ご、ごめん。なんか色々あってさ」
「もう来てくれないかと思った」
すねたように口をとがらせて彼女は言う。
「おとが来てくれなかったら、また一人ぼっちになっちゃう」
「ごめん……」
どうしてもっとはやく来なかったんだろう。音の悲しげな顔を見て、啓介は心から悔やんだ。誰ともコミュニケーションをとれずにたった一人でここにいるというのが、どれだけ辛いものか。
「でも、わたしも好みを押し付けすぎちゃったかもしれないし。ごめんなさい」
深々と頭を下げる音に、啓介は首を横に振った。
「ずっと来なかった俺が悪いんだ」
「その反省をいかして、ずっと考えていたんだけど……」
音がゆっくりと顔を上げ、まっすぐに啓介を見据えた。
「やっぱり、啓介が好きな曲を歌ったほうがいいと思うんだ。楽しんで歌ったほうが見ていて気持ちがいいし」
部屋に来る客を見て、何か悟ったのだろうか。音は真面目にうなずいてみせる。
「でもな……俺、特に歌なんて聞かないし」
「それじゃ、宿題ね!」
「しゅ、宿題?」
「うん!」
音が張りきったように力強く肯定した。
「今度来るときまでに好きな曲を選んできて。それを練習しようよ」
「やっぱりみんなが知ってる曲のほうがいいのか?」
「そうだね。そっちのほうが盛り上がるし」
むしろ盛り上がらないほうがいいんだけど。
とにかく何か探してみてよ! と音に言われるままに通信機でランキング上位の曲を漁りだした。なんか、女性ボーカルの曲ばっかりだな。どうしようか。
音に相談してみようと、啓介はひょいと頭を上げ、息を呑んだ。
「お、おん……?」
ついさっきまで目の前のスクリーンで微笑んでいた音が、消えていた。こんなことは一度もなかった。別れの言葉も言わずにいなくなってしまうなんて。
「おん?」
音のいた画面には、ただアーティストのPVが流れているだけだった。彼女は、跡形もなく消えてしまったのだ。




