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二十一

 音のいなくなった画面を啓介は呆然としながら眺めていた。

 体調が悪くなったのか? 何も言わずにいなくなるっていうのは……。俺に愛想を尽かしたのか? 思いつく限りの原因を挙げてみたが、どれもピンとこない。


「おん!」


 押し殺した声でディスプレイに叫ぶ。


「どうしたんだよ……」


 相変わらず何の反応もしないカラオケ画面に、啓介は力なく言った。やっとまた会えたってのに、どうしてすぐにこんなことになってしまうんだ。


「おん……」

「おと、静かにして」


 スピーカーから少女の声が、PVの曲に合わせて流れてきた。まぎれもない、音の声だ。


「いきなりどうし――」

「すぐに何か曲を送信して」


 相変わらず姿を見せないまま、音はせっぱつまったように言った。


「いいから、早く!」


 口調に鬼気迫るものを感じて、啓介はすぐさま送信ボタンを押した。適当に選んだ曲のメロディーにまじって、音の声がかすかに聞こえてきた。


「もしかしたら、誰かに見られたかもしれない」

「え?」


 啓介は言われて慌てて扉のほうに首をねじった。扉の上半分についた窓からは、何の姿も確認できない。マイクを手に持ったまま扉に忍び寄り、窓に額をくっつけてそっと外の様子をうかがった。


「どう? 誰かいた?」

「いいや、別に誰もいないよ……」


 せわしなく目を動かして確認するが、誰かが潜んでいるような気配はない。


「そう……」


 音はしばらく黙り込んでいたが、意を決したような表情でもう一度画面に姿を現した。なんだ、ちゃんと戻って来られるんだ。啓介は少しほっとして音に笑顔を見せる。


「気のせいか、店員が一瞬通っただけじゃない?」

「いいえ、部屋の中を見ていた……気がする」


 音の様子はただごとではなさそうだった。顔を真っ青にして手を必死に握り合わせている。啓介も内心ではいささか慌てながらも、落ち着け、と自分に言い聞かせた。確かに音が見られる可能性を考えていなかったのは、浅はかなことだ。だが彼女の話から、見られていたのはせいぜい数秒……いや、廊下にはいなかったことを考えると二、三秒程度だろう。たったそれだけの時間で音の正体が見破れるものか、疑わしいものだ。もしかしたらトイレに立った客が、好奇心から部屋をのぞいただけかもしれない。それでもすぐに立ち去ったというのは、見た情報に満足したということだろう――すなわち、独りでカラオケボックスにいるさえない男子高校生を、だ。

 しかし、万が一彼女の存在を看破していたら。確認のためにもう一度ここに足を運ぶ可能性も十分にある。啓介がいないときならば音は画面上に戻ってくることはないが、もしも今戻ってくれば――


「おん、今日はもう、出てこないほうがいいかもしれない」


 戻ってくるかもしれないことを考えると、音の姿をこのまま画面に出しておくことは危険だった。啓介が相変わらず外の様子に警戒しながら注意すると、彼女はうつむいた。


「……そうだね」

「顔を突き合わせなくても、話ぐらいできるんだろう?」

「うん」


 啓介は、その悲しげな声音に画面を見た。音が寂しげに微笑んで、彼に手を振っていた。


「別に、永遠の別れとかじゃなくてちょっと姿が見えないだけだし」

「うん」


 啓介が手を振り返すと、音の姿は画面から掻き消えた。いや、啓介からは見えなくなっただけだ。音は実際まだ「そこ」にいるんだし、彼女からは啓介の様子が見えている。


「でも、見ていた人が戻って来るとしたら、啓介が歌を歌っていないとやっぱりおかしいと思う」


 せっかく会えたのに、少しだけしか彼女の顔を見られなかった。啓介がソファに座ってうなだれていると、音のそんな言葉が耳に入ってきた。


「いや、でも、練習しない人もいると――」

「やるでしょ?」

「……はい」


 彼女の気迫に押され、その日は歌の練習のために時間が費やされることになってしまった。

 言おう言おうと思っていた平山家の写真のことは、結局話せないままだったのだ。

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