16、光と影
長と俺たちは睨み合う。
長は、俺たちのことを睨みながら、ふいに白衣のポケットに手を入れた。
そして、ポケットから取り出したものを俺たちに見せる。
それを見た俺たちには、衝撃が走った。
彼が見せつけてきたのは、使い手の証だった。
俺は衝撃に目を見開きながら、それを見て考える。
なんだあれは?蛇……か?
それは、とぐろを巻いた蛇の形に見えた。
「01や02のような素晴らしい使い手を生み出すことができたのなら、自分自身もその力を欲しいと思うのが普通だろう?私は独自に研究し、自分自身が生み出した蛇の力を、自分自身に与えたのだ!」
長が高らかにそう言った。
……狂気だ。狂気を感じる。
俺はゴクリと息を呑みながら、沸々と怒りが湧いてくるのも感じた。
自分が使い手だというだけで、自分が力を持っているというだけで、どれほど傷つくのかを知らないくせに!
「一体どんな力なんだ」
俺はつい、彼に聞いてしまった。
長がククッと笑う。
「見たいか?いいだろう」
直後、長の体が光を放ち始めた。だんだんとその体が変形していく。
着ていた服がはち切れ、体がどんどん大きくなっていく。
やがて光が収まり、長の姿を確認できるようになった。
しかし、そこにいたのはもはやもう、人間ではなかった。
大蛇だ。
後ろにいた02が「ヒッ」と息を呑むのが聞こえた。
こいつに勝てなきゃ、01を助け出せないのに……。
俺は心の内の恐怖と絶望が広がっていくのを感じた。
勝てる気が、しない……。
長であった大蛇が、自分の尾を俺たちに向けて振り下ろす。
俺たちは散り散りに横に跳んで避ける。
相手の攻撃手段がこれだけなら、当たって潰されでもしない限り死なない。
だが、本当にそれだけか?そんな訳がない。
そう思っていると、大蛇の体が数箇所、ぶくぶくと膨らみ始めた。かと思えばそこから、新たな蛇の頭が生まれる。
増えた蛇の頭が、散り散りになった俺たちに向けて向かってくる。
噛みつこうとしてきた蛇を後ろに跳んで避けた。他のみんなも、まだ怪我は負っていないようだ。
チラリと視界の端に映った火花が、やけに疲弊しているように見えた。常にバチバチと電気を纏った状態で戦っている。いつもはこんなではなかったはずだ。
蛇が苦手なのか……?
だがもう他人の心配をできるような余裕はない。また蛇の頭が増えた。
一気に数匹の蛇が俺の方に向かってくる。俺はそれらに向けて火の玉を放った。案外簡単に、蛇の頭は千切れるようだ。
しかし蛇はまた再生する。千切れて蛇の頭が飛んだはずの箇所が再びぶくぶくと膨らみ、そこからまた蛇の頭が生えてきた。
こんなのキリがない……!
雄大の姿は見えないが、恐らく彼は今風がなくて力が使えないはずだ。火花はさっき見た通り、何故か疲れているようだ。澪の力は戦闘には使えないし、02の力はまだ分からない。
とにかく、俺のポテンシャルが今は一番のはずなんだ。
だが避けるので精一杯。分裂蛇ならまだしも、本体に攻撃できる余裕はない。
せめて分裂蛇を削ろう。そう思い、俺は目の前の蛇以外にも、火の玉を放った。
そうしているうちに徐々に分裂蛇の数が減り、周りを確認しやすくなった。
雄大は手にしていたハンディファンで、力を使えていた。どうやら風のない場所でも戦えるように、対策してあったことようだ。
そして02が、火花を守るようにしていたのが見えた。目を引いたのは頭の上の猫耳と指先の鋭い爪、それから長い尻尾。もしやあれが、彼女の力なのだろうか。
それで澪は……。澪の姿を探して辺りを見渡す。
しかし彼女は俺たちと同じ高さにはいないようだった。俺は少し目線を上げて彼女の姿を探す。
そして、それを見つけて思わず叫んだ。
「澪!」
彼女は一匹の分裂蛇に捕まり、首を絞められていた。
すかさず放った火の玉は、別の蛇に当たって弾ける。
澪の顔が苦しそうに歪む。雄大や火花もそれに気づきその蛇に向けて攻撃を放った。俺ももう一度火の玉を投げる。
一番近くにいた02も、その蛇に向かって飛びかかった。
だがそれよりも早く、何者かの攻撃が澪の首を絞める蛇の体を千切った。
「!?」
俺と雄大と火花の攻撃は、また別の蛇たちにダメージを与えた。意図せずだが、大蛇にもダメージが入ったようだ。
解放されて落ちていく澪を、02が受け止める。
一体誰が……。そう思っていた俺の耳に、誰かの声が届く。
「ギリギリセーフ」
声の主であり、さっきの攻撃をした人物が、軽やかに階段を下りてくる。
声のした方を振り返り、その正体を見た俺は、彼の名を口にする。
「雅楽代さん!」
所長の友人であり、俺たちに所長と共に稽古をつけてくれた人でもあり、光の使い手である人物だ。
「久しぶり、かな?そうでもないか!今回はね、もう一人いるんだよ」
階段を降りて近づいてきた雅楽代さんが、俺たちに向けて笑いかける。
「サプライズゲスト、登場ー!」と元気に言いながら彼が手を向けた先で、そのもう一人がカツカツと階段を下りてくる。
その人物を見て、俺は恐怖心を思い出した。
所長のおつかいで道に迷っていた際に襲われ、あやうく影に飲み込まれそうになったことがある。その時、俺を襲った張本人だ。
影の組織の頂点に立つ、影の使い手、久世瑞貴。
「お前は……!」
雄大が声を上げた。あいつも会ったことがあるのか。
「ああ〜、落ち着いて。手出しはしないから。ね?」
そう聞いた雅楽代さんを、彼は無視する。それに対して不安そうな表情で、「え?しないよね?本当に大丈夫?」と言いながらも、雅楽代さんはこの状況を説明してくれた。
「協力者だよ。龍弥さんが言ってなかったかな?」
そういえば、所長がそんなことを言っていたような気がする。助っ人を用意していると。
「それが僕たちなんだ。火花ちゃんに連絡して入り口を開けてもらってここへ」
それを聞いて俺は納得する。火花が疲れていた理由が分かった。さっきのハッキングを使っていたのだろう。
そして、雅楽代さんが助っ人なことにも納得できる。以前会った時、所長は彼を信頼しているように見えたし、実際そうなのだろう。
しかし納得できないこともある。何故影の使い手も助っ人なのか。そういえば前に会った時、所長とは面識があるようだったが、一体どういった関係なのだろうか。
そんなことを考えているうちに、その背後で再び大蛇が動き出そうとした。
が、ピクリと動いたその瞬間に、影から現れた龍に噛みつかれる。
大蛇が悲鳴のような声を上げた。
「言っておくが」
その声に一切表情を変えず、影の使い手が口を開く。
「俺はお前たちに協力しているんじゃない。龍弥さんに協力しているんだ」
真顔でそう言われた。
……それって、どっちも同じじゃ……?
呆気に取られる俺たちを置いて、雅楽代さんが言った。
「まあまあ。こんな奴だけど、僕と龍弥さんが認める腕の持ち主だし、さっきも言った通り君たちには手出ししない約束だから。安心して」
「龍弥さんはいいが、お前に認められても別に……」
嫌そうな顔をした影の使い手に、雅楽代さんはムッとして言い返す。
「うるさいな、この陰険野郎」
それに対して影の使い手も、「あ?ふざけんな。いい加減髪切れ」などと返す。
憎まれ口を叩き合いながら、二人は睨み合う。
その後で俺たちの存在を思い出したかのようにパッと表情を変えてこちらを振り向いた雅楽代さんが、笑いながら言った。
「まあそんな感じで、こいつは僕らがなんとかするから、みんなは奥に進んで」
どんな感じ?とつい思ってしまったが、それはとてもありがたい。これで先に進める。
「みんな、行こう!ありがとうございます、お二人とも!」
俺はみんなに呼びかけて走り始める。みんなも俺の言葉に頷いて、俺の後をついてくる。
俺たちは大蛇の後ろを回って先を急ぐ。途中に来た攻撃も、あの二人が止めてくれた。
影の使い手と所長の関係は分からないが、とにかくあの二人なら長をなんとかしてくれるだろう。
俺たちは走って、研究施設の奥へと進んでいった。
蛇が二人に向けて威嚇する。
さっきよりさらに数を増やした分裂蛇が、二人にその首を伸ばす。
二人ともそれを華麗に避けて、それぞれの力で各々その首をはね飛ばす。
しかし何度千切られようが、蛇は再生する。
「もう、ムカつくなぁ!」
陽向が声を荒げて言った。
「小さい方じゃなくて本体を攻撃しなきゃなのかな?そもそも使い手本人はどこにいるわけ?」
睨みながら、共有のために自分の考えを呟く。
それを聞いた瑞貴が言った。
「足止めなんだから、別に倒す必要はないんじゃないか」
近づいてきてそう言った彼に、陽向が唸る。
「でもこのままじゃ、こっちの体力が削られる一方だ」
瑞貴はそれに心の中で、確かにな、と思った。
第一に、相手についてが全然分からない。
使い手本人の自我はあるのか。意思疎通は可能なのか。
今のところ分裂蛇はどんどん増えているが、限りはあるのか。
これが本気なのか、さらにまた上があるのか。
(やっぱりこういう時は、二人の力を合わせなきゃ!)
陽向が少年のように輝いた目をしながら考える。
瑞貴はそんな彼を引き気味の目で見ていた。
そんな瑞貴の手を強引に取り、陽向は言った。
「僕たち二人の力を合わせるんだ!こういう時は大体、二人なら勝てる!」
それを聞いて瑞貴は内心で呆れる。
(こういう時は大体……)
そして、「嫌だ……」と本当に嫌そうな目で答えた。
とはいえ状況としては、協力が必要だ。それは瑞貴も分かっていた。
嫌だという意思と現実。瑞貴は「はぁ……」とため息を吐く。
「でもまあ、仕方ない。すごく嫌だけど」
最後の方を強調しつつも、協力の姿勢を見せる。
それを聞いた陽向がパァッと顔を輝かせる。
「君と協力なんて、いつぶりだろうね」
無邪気な、でもどこか懐かしむような思いが混じった声で、陽向が言った。
それを聞いた瑞貴は目を伏せる。
「それじゃあ行こうか」
陽向が光の弓矢を出して、立て続けに矢を放っていく。
蛇が次々と頭を千切られて、それを回復するまでの隙を見て、瑞貴の影の龍が本体の大蛇に噛みついた。
大蛇が叫び声を上げ、分裂蛇が引っ込む。
(やっぱり、本体を叩かれると弱いんだ!)
どうすればいいか分からなかった状況に、光が射した気がした。
このまま攻撃を重ねよう。そう思い二人が動いた時だった。
「あ」
瑞貴の足が陽向の服の裾を踏む。気づいた二人の声が重なった。
裾を踏んで滑った瑞貴、裾を踏まれてバランスを崩した陽向の両者が、その場ですっ転ぶ。
二人の頭の中で、何かのスイッチが入った。
「ふざけんな!」
再び重なった二人の声が、施設に響き渡る。
「僕の服の裾を踏むなんて!この服は神聖なものなんだぞ!その上、君のせいで転んだじゃないか!」
陽向が怒鳴る。
「はぁ?そんなのお前がその服を着てきたせいじゃないか。お前がそんなひらひらした服を着てるせいで、俺も転んだんだ!」
瑞貴も負けじと言い返す。
再び二人は睨み合う。
「大体、なんでお前動いたんだ!」
「それはお前もだろ!」
言い争いを始めた二人を、取り残された大蛇はしばらくポカンと見ていたが、今はチャンスであると考えて二人に攻撃を仕掛けた。
無数の蛇が素早く二人の元へと向かう。
大蛇は勝ちを確信した。この攻撃の速度と精度、重ねて不意打ち。
だがすぐに、それが間違いであったと気づく。
無数の蛇の攻撃は、一匹も届くことなく全て地に落ちた。
唖然とその光景を見る大蛇に向けて、陽向と瑞貴の二人が放った言葉はーー
「お前はちょっと黙ってろ!」
だった。
まっすぐに続く通路を、俺たちは走っていく。
「あの人たちは誰?」
走りながら、02が聞いてきた。
「所長の友人と……敵だったはずの味方?」
俺は曖昧ながらもそう答えた。
施設の中は人気がなかった。研究員たちは逃げたのか、それとも固まって俺たちに攻撃を仕掛けるつもりなのか。
しばらく走っていると、扉にぶつかった。
これを開けなければ、前には進めないようだ。他に道もない。
「火花、開けられるか?」
「やってみる」
俺の問いに、火花はそう応じて前に出る。
バチバチと火花の周りを電流が漂う。火花は難しい顔をしながら集中する。彼女の額に汗が浮かんだ。
しばらくした後、ガシャンという音がして、重そうな扉が開いていく。
「よかった。うまくいって」
火花が額の汗を拭いながら言った。
「おそらくこの先にも、こういう扉とかがたくさんある」
不安げに02は火花を見た。火花の体への負担を懸念しているのだろう。
火花のハッキング能力が、今回の任務では大いに役立つ。むしろ、彼女がいないと何もできない。火花が01救出の鍵を握っていると言っても過言ではない。
それ故に、火花の負担も大きい。
その場の全員の視線を受けた火花がケロリと笑った。
「大丈夫だ。戦いに回るのは無理かもしれないけど、その分こっちを頑張るから。アタシにしかできないことを、アタシは精一杯やる」
そういう火花が、とてもかっこよく見えた。
自分にしかできないことを、精一杯。
この戦いで戦力となれるのは俺と雄大だけかもしれない。02はどうなるか分からないが。
とにかく、俺らが頑張るしかない。
「進もう」
そう言って、俺たちは扉の先へと向かった。
影の使い手、久々の登場です。
来週はお休みです。次の投稿は一月六日になります。たぶん。




