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使い手たちの相談所  作者: 綴ミコト
第二章 犬猫編
19/25

15、時と花

 「うわぁ……」

 思わず小声で、そう口に出してしまう。

 入り口の辺りは薄暗くて明かりのない場所にある階段をひたすら降りていくだけだったが、その薄暗い場所を抜けた先には、近未来的な空間が広がっていた。

 ここが、研究施設……。

 長い長い階段があちらこちらにある。入り口は一つではなかったのかもしれない。

 下を見下ろすと、何人かの研究員と思われる人の姿がある。

 だが、俺たちは侵入してきたのだ。彼らは敵。いつ、どこから攻撃があるかも分からない。

 俺たちは階段を駆け降りていく。

 すると、俺たちに気づいた研究員たちが、ポケットから取り出した端末に向かって叫ぶ。

 「し、侵入者です!」

 「バレちった」

 雄大が小声で言った。

 まあそりゃバレるよな。階段駆け降りてたし。

 研究員たちは一斉に俺たちにスタンガンを向けてきた。

 ワイヤーが放たれる。それは、まだ階段の高い位置にいる俺たちにも届くほどの長さだった。

 しかしそれを見た火花が、ムッとした表情で叫びながら、前に手をかざす。

 「電気はアタシの特権だ!」

 すると、ワイヤーが纏っていた電流が操られて、持ち主たちの望まない方向へと飛んでいく。

 それを見た研究員たちは、慌てて逃げていった。どうやら、戦う気はないらしい。

 代わりに、この場において戦う気のある人間が、奥から出てきた。

 俺たちは身構える。通路を歩いて俺たちの方に向かってくるのは、この研究施設で長と呼ばれる人物だろう。

 その存在感と、02の怯えようが、それを証明していた。思わず後ずさった02の代わりに、俺や雄大が前に出る。

 「冥王星に協力を要請したのになぁ。同じ星の仲間として」

 その声は、前に電話越しで聞いた時の優しさはなく、低く、不機嫌な声だった。

 姿を見たのは初めてだ。背中まで伸びた長い黒髪に、白衣姿。頬が少しこけているのは、研究などに没頭して食事を疎かにしたせいなのだろうかと考えた。

 鋭い視線を俺たちに向け、彼が言った。

 「研究の邪魔をするものは、私の人生を、私の一番大切なものを壊そうとするものだ。邪魔なものは払い除けなければいけない。そうしなければ前には進めない」

 そう、重い口調で言った彼に、俺は考える。

 その言葉は正しいことのように聞こえた。俺だって、一番大切なものを壊そうとするものには牙を向くだろう。

 でも、こいつは間違っている。自分の人生を守りたいと思うなら、他の人の人生も尊重しようとは思えないのか。

 自分のために周りを蔑ろにしてまで突き進もうとするのは、やはり、正しいとは言えないと思う。

 「お前のその大事な研究で、何人の人生が壊された?自分の人生のためなら、何をしたっていいわけじゃない!」

 俺は長に向かってそう叫んでいた。

 俺たちと長の、鋭い視線が交差し、火花を散らしていた。


 同じ頃、相談所所長、白波龍弥は、まだ日が沈んだ暗い夜の道を走っていた。

 ちらほらと家や店は建っているが、その数は都会に比べてかなり少なく、少し奥へ行けば森が広がっている。そんな森とは反対方向に、彼は走っていた。

 彼は考える。相談所の相談員である子どもたちのことを。

 彼らは大丈夫だろうか。無事に施設に辿り着けたか。辿り着けたとしても、01の救出はそう簡単にはいかないだろう。

 ある程度の怪我なら澪が治せる。頼れる友も呼んでおいた。

 しかし、澪は水がなければ力が使えないし、その傷が重症であればあるほど必要な水は多くなる。もし、戦いが終わるまでに水がなくなってしまったら?

 助っ人として呼んだ友たちの到着は、おそらく子ども達より遅い。もし、研究施設の人間が想像よりはるかに強く、友が到着するより先に子どもたちが負けてしまったら?

 不安は絶えず、嫌な想像が次々と浮かんできてしまう。

 (どうか、彼らに勝利を。彼らが無事に帰れますように)

 彼は天に向かってそう願った。

 想いを馳せるのはここまでだ。ここからは、彼自身も無傷では帰れないような戦いが待っているかもしれない。

 さっきの襲撃があった道路から、最も近い路地裏に足を踏み入れる。

 進んでいくと、やがて人影が現れる。

 「やはり、来てくれるのではないかと思っていました」

 シルクハットのシルエットが目立つ、道化師のような格好の男。花の使い手、アレン。

 「待たせたかい?」

 龍弥はそう返した。


 アレンが手から出した蔓を握る。襲撃の際に伸びてきたものだ。

 長いものを狭い場所で振るうのは難しいが、アレンはそれを難なくこなし、的確に龍弥を狙っていく。

 だが、龍弥も負けていない。

 身動きの取りづらい路地裏の中、向かってくる蔓の攻撃をうまくかわしていく。

 一本の蔓では当てられないことを悟ったアレンが、蔓を一つ増やしてもう片方の手に握る。

 先ほどよりも確かに、攻撃の密度は上がった。が、それもギリギリで全てかわされてしまう。

 不服そうな顔をしたアレンは、パッと蔓を消した。

 「この攻撃では、いつまで経っても当たらない。なら、こちらはどうでしょう!」

 今度は花に手を持っている。切り花のように茎の途中で切られていて、その切り口が鋭く尖っている。

 アレンがそれを龍弥に向かって投げる。龍弥は横に避けた。

 しかし何故か、龍弥の頬を花が掠めた。

 龍弥は驚きに目を見張る。

 (何故だ?確実に避けたはず)

 地面を見ると、八本の花が落ちている。初めは一本だったはずなのに。

 (分裂……?)

 驚いて、思わず敵から目を逸らしてしまっていた彼に、アレンが再び花を投げてくる。

 不意打ちだ。速いスピードで向かってくる、しかも分裂する花は龍弥でも避けられない。

 パチンと音がした。


 向かってくる花がまた八本に分裂している。しかし今彼の目には、鮮やかな色をしていたはずの花たちは、白と黒にしか見えない。

 空中に静止している花。勝利を確信したような顔をしているわけでもなく、ただじっと龍弥が立っていた位置を見つめる敵。

 彼以外の全てが静止し、白と黒になった世界。

 花に触れてみる。見えない何かで固定されたようにびくともしない。花弁を千切ることすらできない。

 龍弥の時の力はこれといった制限もなく、無限に使える。力を使い過ぎたからといって何か不都合が起こることもない。指を鳴らすことで時を止め、また指を鳴らすことで再び時を流れさせられる。

 かわりに、周りは何も動かない。動かせない。絶対にだ。どんなに力を込めても少しずらすことすらできず、落ちているものを拾うことすらできない。

 それが、時の力。

 龍弥は今立っていた場所を移動し、アレンの背後に回る。

 そして、再びパチンと指を鳴らした。


 また時は流れ出し、花は壁に向かって飛んでいく。

 時が流れ出した瞬間、龍弥はアレンの首に手刀を叩き込む、つもりだった。

 しかしアレンは時が流れ出した瞬間にかがみ、それを避けた。まるで、攻撃が来ることを分かっていたように。

 「やっぱりか。分かってましたよ。どうやったって時を止められれば当たらない」

 彼がそう言った、その直後だった。

 ドクン、と龍弥の心臓がなった。

 「でも、すでに当たった攻撃は、どうしようもないですよねぇ」

 ニヤリ、とアレンが笑う。

 龍弥は一度俯き、また顔を上げる。

 その額には、汗が……

 ーー浮かんでいるわけでもなく、ただ彼はどこか申し訳なさそうな顔をしていた。

 おずおずという様子で口を開き、彼は言った。

 「自信満々なところ申し訳ないのだけれど、私、毒には耐性があってね。効かないんだ……」

 「なっ……!?」

 アレンは、ひどく衝撃を受けた顔をした。


 「そう、なのか……」

 「そうなんです」

 アレンは困惑する。

 そしてふと我に返り、考えた。

 己の目的は相談所の所長である龍弥を殺すことだった。だが彼の時の力は素晴らしく、簡単に殺すことができないことは予想済みだった。

 せめて彼に関する情報を手に入れ、今後に活かせればと思っていた。実際、彼は毒に耐性があるという情報を手に入れることができた。

 では、相手の目的は?

 自分と同じように殺しが目的なわけではない。それは明確だ。おそらく、彼は武器の類を持っていない。

 視察か?それなら納得がいくかもしれない。

 だが彼の方が優勢かもしれない状況の今、敵の頭を視察だけして逃すだろうか。それに、さっきの手刀……。

 (……そうか、彼の目的は!)

 そんなことを考えているアレンの耳に、パチンという音が届いた。


 アレンはもう一度バッとかがむ。彼の首があった位置を龍弥の手刀が切り、風の音がした。

 アレンはさっきより少し反応が遅れ、龍弥の手刀に当たった帽子が飛んでいった。

 (やっぱり、すごい反射神経だ)

 龍弥はそう思った。

 アレンは考える。

 おそらくは警察に突き出すつもりだったのだろう、と。石の使い手、泉琥太郎の時のように。

 危なかった。アレンの背筋に冷や汗が流れる。

 (まだ捕まるわけにはいかない。約束を果たしてもらっていないのだから)

 残念そうな顔をする龍弥に向けて、アレンは言った。

 「今回は退きます。またお会いしましょう。毒の効かない使い手さん」

 そう言い残して、アレンは路地裏から消えた。

 残された龍弥の心臓が再び、ドクンと音を立てる。

 花に切られた頬の傷口から、皮膚に忌々しい模様が広がっていく。

 龍弥は少し震えた手で胸ポケットを探り、解毒剤を取り出した。

 「ちゃんと騙せたよね。あの様子じゃ」

 そう小声で呟き、口に薬を放り込んだ。

 (本当は、毒が効かないなんて嘘なんだけどね。ある程度の耐性はあるけど。それでも徐々に毒は回ってくるし、平気なフリができるのも少しの間だけだ)

 だが、毒が効かないという嘘を信じさせることで、今後あちらは毒による攻撃を仕掛けてこなくなるはずだ。彼ほど警戒心のある人物なら、子どもたちの方にも警戒して毒を使わなくなるかもしれない。

 そうなってくれればいい。そう思いながら、口の中の薬をごくりと飲み込む。

 (さて、みんなは大丈夫かな……)

 順調ならば、彼らはもう着いているはずだ。ちゃんと入り口のロックを解除できただろうか。火花は教えたハッキングをうまく使えるようになっただろうか。口頭でコツになるかもしれないものを教えることしかできなかったので、心配だ。

 無事に入れても、そこからが本当の戦いだ。長は必ず出てくる。01を守り、あわよくばこちらを倒して02を取り戻すために。

 薬が効いてきたら、自分も子どもたちの元に向かうつもりではある。しかしその前に彼らが死んでしまったら。

 (せめてその前に彼らが、到着してくれればいいのだけれど)

 龍弥が呼んだ助っ人。彼らもそろそろ到着する頃のはずだ。彼らのことを考えていると、懐かしい思い出が脳裏をよぎる。

 (あの二人ならきっと、子どもたちの助けになる。……頼んだよ、二人とも)

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