1-16:準備はいいですか
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ヴァーレクスとともに向かうダンジョンを確認した後、冒険者ギルドを後にして、荷物についてもいろいろと教えた。【微睡みの乙女】や学生に教えたことが徐々に磨き上げられ、教え方が上手くなってきたように感じた。
ヴァーレクスの腰にあるマジックバッグに入るだけの量の買い出しや、高級品を嗅ぎつけて買おうとするヴァーレクスの腕を引っ張って、もっとお手頃価格な店でハムを買わせたり、ツカサのお気に入りのベーカリーのパンをオススメしたりした。冒険者向けのパンなので日持ちすることを目的に多少硬いのだが、焼きたてを買っておけば時間停止機能付きならもちっとした食感を楽しめる。
「せっかくの時間停止機能付きなんだから、生かさなきゃ。あとね、稼ぐならそもそも必要最低限の準備費用で終わらせる方がいいよ。ダンジョンで稼いだお金、引く、準備に掛けたお金、イコール、純粋な稼ぎだからね。そこから俺への返済と再来年の家賃貯めて、そもそも日頃の食費とか雑費、生活にかかる費用を稼ぐって、本当に、大変なんだからね!」
ツカサが熱弁を振るえば、ヴァーレクスは面倒そうにしながらも出資者が誰であるのかを忘れておらず、一先ず言うことを聞いてくれた。
そうして準備をして、なんだかんだ一日使ってしまったので、翌日から【紫壁のダンジョン】へ行こうということになった。ヴァーレクスは準備が多いことに不満そうだったが、こういうことをラングは誰よりも率先的にやっていたと言えば、少し考え直したようだった。
ツカサがあれこれ口や手を出しているからこそ、弟子の役割、とヴァーレクスは思ってしまい、ラングが自らやると聞けば手練れだからこそ準備に余念がないという思考に切り替わるらしい。ラングを多く事例に出そうとツカサは心に誓った。
そうして、翌日、朝八時に冒険者ギルド入り口で集合した【異邦の旅人】は研修中の冒険者たちと鉢合わせることとなった。見慣れない色のローブ、眠そうな研究者の徹夜顔でそこにいた同僚にツカサは眉を顰めた。
「ゲオルギウス?」
「わぁ! おはようございます、ツカサ!」
大きく跳びはねて目を擦り、こちらに気づいて突然スキップをしながら寄ってくる男に、ツカサは二歩下がった。ホムロルルが兄心を出して翼を広げ、ピェー! と威嚇してくれたことに助けられ、ゲオルギウスはトリさん飼われたんですか、と広げていた腕を閉じた。
ツカサは周囲を見回し、そこにいた銀級冒険者と少年少女の姿に、冒険者ギルドが用意した研修だと気づいた。こういう時はその場で一番偉い人、銀級冒険者に声を掛けるべきだろう。ツカサはゲオルギウスを無視してそちらへにこりと笑いかけた。
「おはよう、冒険者ギルドの研修? ついに始まったんだ」
「あ、あぁ、おはよう【灰色の】。火竜の月から始まったんだ。【快晴の蒼】とあんたが進言した注意事項を、一応な」
「それでこの人数は大変そうだね。まさか、冒険者ギルドから派遣される教官って一人だけ?」
ツカサが数えるように視線を巡らせれば、そこにいるゲオルギウス含む十五名はそれぞれ姿勢を正した。
「いや、ダンジョンに行かない休養期間で、この研修に教官として参加してる奴は何人かいるよ。このクラスは俺が担当で、今日は俺のパーティメンバーも付き合ってくれるさ」
ツカサは、へぇ、と面白そうに頷いた。冒険者ギルド側も改善手段を模索しており、ツカサに便乗する形ではあるがしっかりとした研修を用意したい、とは聞いていた。それが形になったのだと思うと、冒険者ギルドの本気度も窺えるというものだ。
「頑張ってね」
「ありがとな。そっちはこれからダンジョンに?」
「ツカサ、そちらの方はどなたですか!?」
食い気味にゲオルギウスがずいっと身を寄せてきて仰け反ったツカサの背中がヴァーレクスに当たった。邪魔だというかのように押し退けられ、ツカサはムッとヴァーレクスを振り返った。それを無視してヴァーレクスがぬらりと前に出た。
「魔導士のにおいがしますねぇ」
「あ、私ですか? はい、そうです、魔導士です。イーグリス学園で魔導士科の教員をしておりまして、この度冒険者に……」
「実力を試したがる性質を感じますねぇ、そういう魔導士も多く斬ってきましたが、お前は一際うるさそうだ」
ぬぅっとヴァーレクスの腕が背中のタルワールの柄を掴んだ。ツカサは咄嗟にその腕にしがみついた。
「待って! ご法度! だめ! もう冒険者なんだから、街中で問題起こしちゃダメ!」
「だが、冒険者同士の争いにギルドは不介入なのだろう」
「そうだけど! それはダンジョンとかの話で! ともかくこいつはまだ冒険者じゃないからダメ! 冒険者でも本来はダメ! 問題を起こさない努力をして!? 進んで斬ろうとするのはダメ!」
ヴァーレクスは舌打ちを零し、腕にしがみついているツカサを軽く腕を振って、投げ飛ばした。投げられた先でトントン、と何度か踵をついて勢いを殺し、戻ってきたツカサは盛大に溜息をついた。
「ゲオルギウスがその判定に入るとは思わなかったけど、やめてよ? 一応、俺の同僚なんだから」
「一応じゃありません! 同僚です! それでこの方なんなんですか?」
「俺のパーティメンバーで師匠。これから一緒にダンジョンに行くんだ。これで失礼するよ、頑張ってね」
「あんたもな」
銀級冒険者にそう返され、ツカサは苦笑を返した。興が削がれ、ヴァーレクスはさっさと本題に入った。
「【紫壁のダンジョン】なる場所はどちらの方角だ」
「東、乗合馬車に乗って移動しよう」
「面倒だ。あれは案外遠回りだろう」
長身の男はゆっくりと空を見上げ、冒険者ギルドの壁を確認すると、置いてあった木箱を踏み、壁を掴んでぐんと上に登り、あっという間に五階はある冒険者ギルドの屋根へ上がっていった。ツカサは目元を覆い頭が痛むのを押さえ、ホムロルルを腕に置いてから空へ投げた。ピェーという鷹の鳴き声に交じってツカサの声も零れた。
「なんか蛇といるようになってから身体能力上がってない? もとから恵まれた体はしてるけど、加護かな、精霊だもんな……」
ツカサはトントンと装備を落ち着かせてから同じように木箱をジャンプ台にして跳び、あの世界で【ラング】とともに壁を越えたように、風魔法を踏みながら、壁を撫でながら駆け上がった。ひらりと灰色のマントが屋根の向こうに消えてから、銀級冒険者が呆然とそれを見上げていた少年少女に言った。
「あれが、【金級冒険者】の一端だ。礼儀正しい奴が多いけど、やっぱどこかおかしいんだよ。普通はあんなことできない。いいか、壁を登るなんて真似するなよ。あれは、ダメなやつだからな」
ごくりと皆が揃って空を見ていた。その中でゲオルギウスだけが腕を組んで唸っていた。
「ツカサのお兄さんって師匠でもあるんですよね? ですが黒い仮面を着けていて顔が見えないとも聞きました。あの人はその仮面を外した兄? 旅に出ていたのでは? うひょう! 気になります!」
大興奮のゲオルギウスを宥める者はおらず、その後の依頼中、ゲオルギウスは気もそぞろでかなり叱られることになったのは言うまでもない。
――東門に早々に辿り着いたツカサとヴァーレクスは手続きを経て一時外出の記録をつけ、イーグリスを出た。ラングとアルとも歩いたことのない道を、まさかこの男と歩くことになろうとは。直近で歩いた道が土の中、逃亡の足、そして黒い命の泉へと辿り着いたことを思うと、随分と空気は違う。
空はまだ少し眠たげではあるが、高くて青い。そしてさぁっと抜けていく風の心地よさがある。木々は散らばっていて見通しがよく、遠くに薄っすらと森があるような場所だ。これをずっと東へ行けば【紫壁のダンジョン】。きっと、木々が紫なのだろう。ツカサは大きな歩幅でこちらのことを考えずに歩いていくヴァーレクスに少し歩を速めた。
「無事に出られてよかったね、入門記録もちゃんとついてて安心したよ」
「アズリアの都市でも記録はつけている。そのくらいは私も知っている。お前は私をなんだと思っているのだ」
「うーん、案外、世間知らず?」
じろりと睨まれ、ツカサはふふん、と笑った。
「ヴァーレクスがダンジョンに興味ないのはなんかわかるけど、上に立つ者として、とか、組織とは、とか、そういうのは知っててさ、なんか知識偏ってるよね」
エフェールム邸でヴァーレクスから初めて手ほどきを受けた際、ツカサはそうした知識を雑談として教えられてきた。貴族の面倒臭さを一番教えてくれたのはヴァーレクスなのだ。以前、奴隷紋のあった時に聞こうとして憤怒の形相で睨まれたことを思い出しながら、ツカサはヴァーレクスへ改めて問い掛けてみた。
「ヴァーレクス、どんな人生を送ってきたの?」
ヴァーレクスの足が一度止まり、ツカサも合わせて足を止めた。【紫壁のダンジョン】へ丁寧に敷かれた石畳の道の途中、早朝、たまたま誰もいない時間。ヴァーレクスはゆっくりと青にも近い深い紫の瞳でツカサを見遣った。それを色の違う両目で受け止めて、ツカサは言葉を待った。ヴァーレクスはじっとツカサを見つめたまま、やがてふいと視線を逸らして歩き始めた。
「小僧には関係のないことだ」
「えぇ、そんなことないよ!」
そう言いながらしつこく問うのはやめ、ツカサは短い距離を走るようにしてヴァーレクスに追いついた。話題を変えてやった。
「エンケポル、イーグリスはどう? リガーヴァルはどう?」
「いい場所だよねぇ、理が絶え間なく歌ってるみたいだよぉ」
ぬるっと出てきた蛇の動きにヴァーレクスが舌打ちを零し、掴んだ蛇をツカサの肩へ落としてきた。落ちないように軽く首に巻かれた尻尾に慣れず、どきりとした。首は急所だ、そのまま絞められたりはしないだろうが気にはなる。片方の肩にホムロルル、もう片方に蛇といった珍獣使いの姿でツカサは歩いた。
ホムロルルもエンケポルもこの世界の理とは仲良くできそうだという。キスクの世界は最後の最後、精霊、土地神が新しく生まれる状態になった。けれどそれはゆっくりと元通りになるもので、急激に改善はされないだろうとホムロルルが言った。エンケポルもまた同意見らしく、頑張ってほしいよねぇ、と他人事のような感想があった。
事実、別の世界に来ている時点でこの二匹は部外者なのだ。
「ぼくたち移住者みたいなものだから、居場所を分けてもらってる感じなんだよねぇ。でも、何があったのかって、精霊同士だから意思疎通が簡単なんだよぉ。大変だったねぇ、って労ってくれるヒトだちでよかったよねぇ」
「オレ様なんかは鷹だけどよ、エンケポルは元土地神、精霊のままこっちに来てるからだな」
「あぁ、そっか、ちょっと違うんだっけ」
「でもさぁ、ホムロルルもあんまり変わってなくなぁい?」
エンケポルの言葉にツカサとホムロルルが首を傾げた。
「だってさぁ、ぼくより先に、ホムロルル、すごいの飲んでるよねぇ?」
「すごいの?」
ツカサが問い返せばエンケポルはこっくりと頷いた。
「ぼくが呑んだのは小瓶、舐めたのは内側に残った分だったけどさぁ、ホムロルルはぼくより量を飲んでるよねぇ?」
足が止まった。ホムロルルの鉤爪がツカサの肩に食い込んだ気がした。ラングが飲ませた? いや、あの時はそんな余裕があっただろうか。ホムロルルに問い掛けようとしたが、そちらはそちらで記憶にないらしく首を傾げ、ツカサのこめかみとぶつかった。もしかしたら、あの小瓶の持ち主であったアルが、あの爆発の時にホムロルルに飲ませた可能性が出てきた。ラングの心臓になった竜の心臓は理の属性、理の属性そのものであるホムロルルには、さぞやよく効いただろう。次の手紙の返事では尋ねてみようと思った。
会話の間中、ヴァーレクスは一切止まらず距離が空いていたのでツカサは走りながら尋ねた。
「エンケポル、量を飲んでるってどういうこと? それってやっぱり量によって効能違うの?」
「ぇえ? ううーん、しらなぁい」
「だめだ、こいつ、こういう時は役に立たねぇんだった」
「ひどくなぁい?」
肩と頭の上で鷹と蛇がぎゃあぎゃあやり始めた。ツカサはエンケポルを掴まえて追いついたヴァーレクスの肩へ戻した。
「返すよ」
「要らん」
「ペリエヴァッテェ、そう言わずにぃ」
「オレ様はちっと飛んでくるぜ」
ツカサの肩を踏んづけてホムロルルが大空へ飛びあがり、気持ちよさそうに翼を広げるのを見て、ツカサは渇いた笑いを零した。
「みんな自由なんだからなぁ」
いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。
さて、本当ならこちらに合わせて【戦闘狂は円舞曲を望む】も更新するはずが、時間が……。
もう少し体調がよくなってからにします!
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