1-6:思いやりのかたち
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声は正しく軍師に届いているだろうか。魔力の属性であるツカサには、精霊がどのようにして声を伝えるのか、その役目を担ってくれるのか確証はなく、不安でしかない。
ラングと居た時や、【魔獣騒動】でシェイからの回答を得た時、そっと耳に届いた事例を考えればそこに在るものなのだが、この世界の精霊と親しくないのでよくわからなかった。いっそ、ホムロルルやエンケポルの方が黒いスライムの関係もあり、肌で感じられている。
翌朝、一応、伝達竜でも返事をしたのはそのためだ。手紙の中に、精霊さんに悪く思われたくはないけど、不安なんだ、という一言を添えたので汲み取ってほしい。夕方頃、大丈夫だよ、わかった、と風に乗って声が聞こえ、やはりゾッとするものがあった。ツカサ自身が魔力の属性であることも理由ながら、大いなる力、逃げられない力が身の回りにある恐怖を再認識し、この怖さをよく覚えておこうと思った。
モニカたちにもヴァンたちが来る日程を伝え、ツカサもその日は自宅にいることを決めた。一度釘を刺されたことなので次はきちんとしたかった。そもそも家のことはシュレーンが、買い出しはクローネが行ってくれ、洗濯や掃除の合間に定期的にお茶を用意してくれる気遣いのある仕事ぶり、ツカサは夏休みをようやくのんびり過ごすことができていた。
ツカサは書斎で夏休み明けの教科課程を改めて考え直し、もう一人、二人、冒険者クラスを持てる冒険者がほしいと思った。実技の内容について、剣術科や騎士科、魔導士科で巻き取ってももらえているが、冒険者ギルドの決まり事、暗黙の了解、各地の特性、それに冒険者同士の争いと、教えなくてはならないことが幅広くあるため、一人で担うには大変なのだ。よって来年の募集はなし、今年の冒険者クラスはそのまま二年目に入る形だ。
秋には冒険者ギルドで実際に冒険者を見て、ギルド職員に聞いて、という校外学習も当然ながら組んだ。実際にそれを見なければわからないということを、ツカサはよくよく学んでいるのだ。美しい冠雪を頂いた山々を見せることはできないだろうが、憧れの奥に隠れた泥臭い現実を見せることはできる。【真夜中の梟】に助力を得られるかを尋ねるつもりで、取り上げられていない、会話のできる紙の通信魔道具をツカサは定期的に開き、ロナからの反応を待った。【快晴の蒼】も開くかと思ったが、彼らは反応がなかった。電話と違い、着信音が鳴らないので本当に開いてみないとわからないのだろう。
その連絡が繋がったのは、【空の騎士軍】が来るという前夜だった。
ダンジョン研修もあって、【真夜中の梟】からしてみればそんなに時間も経っていないのだが、ツカサにとってはキスク達との冒険もあり久々だ。開幕、ツカサは泣きそうな声で久しぶりだね、と言いロナが不思議そうな声で尋ねてきた。
『なんだか随分懐かしむようなことを言うね? 何かあった?』
「あぁ、いや、そうじゃないんだけど。連絡がつくのを待ってたからさ」
『ごめん、魔道具を開いてなくて。これ、開かないとお互いにわからないの不便だよね。なんて、すごく便利なものに文句を言うのは贅沢だけど』
「はは、そうだよね、いいんだ、急ぎじゃなかったしさ。ええと、【青壁のダンジョン】ってもう行ったんだっけ?」
ううん、まだだよ、少しゆっくりしてた、とロナから返事があり、そういえばダンジョン研修のあと、少しゆっくりすると聞いた気もした。ツカサにとっては嬉しい生存確認であり、以前の会話は一年近く前のことなので記憶は朧気だ。会話の齟齬が無いことにも胸を撫でおろした。
改めて連絡の意図を問われ、もしよければという前置きを置いて、学生の冒険者ギルド見学と冒険者の立ち居振る舞いについての校外学習に手を貸してくれないか、とツカサは依頼事項を話した。【真夜中の梟】は少しだけ唸っていた。快諾を得られると思っていたツカサはその数秒の唸り声をドキドキしながら待っていた。
『ツカサが生徒たちに教えたいことはわかる、けど、それ、僕たちは適任じゃないと思う』
「どうして? 理由を聞いてもいい?」
『いやさ、単純に俺ら【隣の大陸の冒険者】じゃん? 生徒たちが誰か大陸渡って来て向こうで活動するっつーなら、教える意味あると思うけどよ、この大陸で足りるなら来る奴いないだろ?』
『教えるなら、【この大陸の冒険者】の方がいいんじゃない? ってこと』
ハッとさせられた。ツカサは【金級冒険者】として【真夜中の梟】の助力を求めようとしていたが、大陸ごとに特色や差はある。ツカサもそれを知っている。確かに、生徒たちの多くはこの大陸で活動するだろう。よほど別の大陸に行きたいというのであれば、それは別途ツカサの経験を教えれば事足りる。事前に情報を得るための練習もできる。そうか、と考え込むツカサに対し、ロナは少し苦笑めいた声で言った。
『言いにくいけどね、ツカサはもっと近くにいる冒険者と交流をすべきだよ』
ぐっさりと刺さる言葉だった。【快晴の蒼】はこのスカイで最高峰に居る金級冒険者、【真夜中の梟】もまた腕のいい金級冒険者。つい、腕がいいから、友人だからと甘えてしまっていたが、ロナの言うことは一理も百理もある。灰色のマントの金級冒険者という知られ方をしているツカサは、情報収集はすれど確かにあまり冒険者同士の交流をしてこなかった。今後、冒険者クラスの教員として他の冒険者パーティへ依頼をするにしても、何も知らない相手より、多少知っている相手の方がいいに決まっている。
『僕たち【真夜中の梟】は、暫くは引き続きこの大陸でダンジョン攻略を楽しむけど、こうして来れることもわかった今、最終的には隣の大陸に戻るからね』
厳しい言葉であり、優しい思いやりだった。ツカサがオルト・リヴィアで冒険者として孤立しないようにロナは言いにくいことを言い、手を強く握り締めずに優しく手放した。友情という縛りでツカサを捕らえたりはせず、むしろ交流を広げるように背中を押されるのがわかり、通信魔道具を前にツカサは膝の上で拳を握り締めた。ツカサの沈黙に気まずくなったらしいマーシがまくし立てた。
『そりゃ、【快晴の蒼】なんてつえぇ奴らもダチだろうけどよ? あいつらはあいつらで自分の冒険してんだろうし、ほら、国のお偉方なんだろ? 忙しいっつってツカサの手伝いができないことだってザラだろうし』
「うん、確かにそうだね。甘えてたよ、ごめん」
『謝らないで。僕たちだって後輩を育てる練習をツカサの依頼でできているわけだし。ただ、今回はちょっと難しいと思う』
「うん、わかってる。ありがとう、ロナ、マーシ」
いいんだ、そうそう、と【真夜中の梟】の二人に明るく声を掛けられ、魔道具の向こうで恥ずかしかったり、申し訳なさそうだったり、複雑な表情をしている二人を思い浮かべてツカサは微笑んだ。
「いい友達に恵まれてるなぁ、俺」
『ツカサってそういうところホント偉いよな』
『うん、僕もそう思う』
「何が?」
こっちの話、と【真夜中の梟】に笑われ、なんだか落ち着かなくて尻の位置を直した。そこから少し雑談し、近々【青壁のダンジョン】に再度行ってくるよ、という【真夜中の梟】の報告を最後に通信を切った。ギシリと椅子に寄り掛かり、ツカサは机で大人しくしていたホムロルルを抱き上げ、膝に乗せて翼を撫でた。鷹はそれも大人しく受けていた。
「他の冒険者と交流ってどうすればいいんだろう。思い返してみれば、スヴェトロニアは慌てて駆け抜けちゃったようなものだし、こっちに来てからは基本的に【快晴の蒼】と過ごしてばっかりだし。……そういうの、明日聞いてみようかな」
こちらが聴取を受けるだけではなく、ついでに教えてもらおう。
「なんかよくわかんねぇが、お前も大変なんだなぁ、ツカサ」
「そうなんだよ。意外と忙しいの、先生だからね」
「そうかよ。ところで先生、書斎に俺の止まり木はまだか?」
「家中、木だらけにするつもり? 書斎は狭いから勘弁してよ」
翼を広げツカサの手を払われて抗議されたが、書斎はだめ、と譲らなかった。階段下のスペースなのだ、冗談抜きで狭いので止まり木は置きたくなかった。ホムロルルは今はラングの椅子の背もたれに止まり、くるりと首を横に向け、翼に埋めるようにして眠っている。キスクの世界では巣を作り、羽毛を混じらせていい寝床だったらしい。なんだか鶏みたいだなと思ったが、いずれそうしたスペースも作ってはあげたかった。ルフレンが許すなら隣に巣箱でも作るかと明日の自分に投げた。鷹がそもそも巣箱を利用するかどうかは知らないので、それは本人に聞きながらだ。それはそうとして真面目に仕事をしてしまい、やや疲れていた。
「とりあえず寝ようかな、もう日付も変わるし、みんな寝ちゃったしね」
「明日はその、なんだ、【快晴の蒼】? が来るんだろ?」
「そうなんだよね。時間わからないし早寝早起き」
ホムロルルを机に戻し、ツカサは伸びをしながら立ち上がった。くるりと振り返って丸見えの玄関と立て掛けてある扉が目に入った。
「……修理も早いところ来てほしいなぁ」
防音魔法障壁はあれど、扉が開けっ放しなので自分の姿は丸見えだ。それもあり【真夜中の梟】との通信も夜遅くになってしまった。ツカサはじりじりとヴァーレクスへ苛立ちを覚えていた。あの男、いったいどこへ行ったのだろう。ツカサは書斎を出て、電気のスイッチを切るようにしてトーチを消した。
翌日、よく晴れた快晴の空だった。
どんよりしているよりは気持ちいいが、これはこれで嵐の前の静けさを感じさせた。とはいえ、ここ一年近く、灰色の雪雲を眺め続けていたのでこの高くて澄んだ空は目を細め、深呼吸させる清廉さがあった。東の城郭に沿って家があるので太陽はまだ当たらないが、ツカサはこの涼しさだって嫌いじゃない。朝陽に頼らなくても定刻で目が覚めるようになったことだって、ツカサの鍛錬がひとつ形になった証拠だ。
早朝の鍛錬を済ませ水魔法で汗を流し、ツカサはタオルで拭った。毎朝の鍛錬を面白そうに眺めていたホムロルルはついに飽きたのか、今朝はちょっくら飛んでくるぜ、と言い不在だ。いつ【快晴の蒼】が来るともわからないのにあの戦いの証明のひとつであるホムロルルの不在は心細い。
「ツカサ、朝ごはんできたよ!」
「ありがとう、今行く!」
窓から漂うパンの焼けるいい香り、厚切りのベーコンもあるだろう。そんないい匂いがしていたのでもうすぐだとは思っていたが、ちょうどよく鍛錬を終わらせられたらしい。ツカサは洗濯干しの方から家に入り、タオルを籠に放り込んで食卓へ向かった。ホムロルルは戻ってこなかった。
シュレーンとクローネは朝の出勤の際、朝市で朝食と昼食の食材を買ってきてくれる。フレッシュチーズがまだ乳白色の水に浸っていて、それが布で濾されてすぐに食べる贅沢も、ツヤツヤの野菜も、プリッとしたソーセージにジュワッと脂の滲む分厚いベーコンにと毎朝豪勢だ。あの世界ではこんな朝食はなかった。
そもそも妊婦であるモニカがよく食べることもあるし、ツカサとアーシェティアも食べる量が多いので人数分の買い出しは二人でも大変だろう。エレナは癒しの泉エリアの水を出すとよく食べるので、朝食の水をそれに替えさせてもらっている。二人とも無事に過ごしてほしい。とにかく、無事に。
「ツカサ殿、本当に学園のことが大変だったのだな?」
ふとアーシェティアに言われ目を瞬かせた。横からモニカが手を伸ばしてきてツカサの目元を拭い、泣いていたことに気づかされた。
「教科課程? 作るの大変かもしれないけど、一度全部忘れてゆっくりしたら? お散歩に出る時、あんまり遠くまでは行けないけど、一緒に行こう?」
「【快晴の蒼】だって向こうの都合に合わせすぎなくていいんじゃないかしら。貴方、少し情緒不安定よ?」
エレナも、シュレーンも、クローネも。心配そうに顔を覗き込まれ、ツカサは両手で目を拭い、笑った。
「そうだね、学園のことは少しの間忘れてみようかな。ごめん、たださ、もう少しなんだなって思うと感極まっちゃって」
「ふふ、ツカサって結構泣き虫だよね」
「涙腺が弱くて」
モニカに頬を撫でられ、ツカサはそっと顔をすり寄せ、それからその手を握りしめて笑った。
家族は守れた。命の女神は新生した。もう、生まれてくる子が黒く溶けることはないはずだ。けれど、今もまだツカサは夢の中のような心地がしていた。これは自分の見ている都合のいい夢なのではないか、と。この傷とリハビリは大変そうだとツカサは思い、両頬を叩いた。
「しっかりしなきゃね、近々、俺、パパになるんだから」
「ふふ、そうだね」
モニカと笑い合うその視界の端で、エレナが寂しそうに笑っていたことに視線をやれなかった。ラングの世界とはいつ繋がるのだろう。
朝食が済み、食休みを経て、エレナとモニカは少し散歩に行ってくるらしい。近くをゆっくりと歩くだけでアーシェティアとクローネもついていくというのでツカサはそれを門まで出て送り出した。
「ホムロルルはどこに行ったんだろう」
四面楚歌になりかねない来客、せめて一羽味方が欲しかった。
午後になり、ツカサはシュレーンを手伝い洗濯物を干していた。私の仕事です、とシュレーンは困った顔をしていたが、体を動かしていないと落ち着かないんだと言えば、諦めたように半分を任せてくれた。その際、洗濯物の干し方についてこだわりを聞くこともできて面白かった。タオルは叩いて伸ばすとしわになりにくいらしい。型崩れがしないように衣類の干し方もハンガーの種類を変えていたりと細かかった。
「おや、石鹸のいい香りだね」
洗濯物干しを覗くように金糸がひょっこりと現れて揺れた。そこにいたのは冒険者のヴァンだった。ぐっと体に緊張が走り、ツカサは止まった息を無理矢理吸った。
「ヴァン」
「あはは、そんなに緊張しなくてもいいじゃないか。久しぶりだね、ツカサ」
穏やかな笑顔、柔らかい声、透明な水晶のような水色の瞳に敵意はなく、優しく細められていた。ツカサの横でシュレーンは綺麗なお辞儀をしてツカサの二歩後ろへ下がった。ヴァンはそれをちらりと見てからツカサへ視線を戻し、ゆっくりと近づいてきた。
「シュレーンとクローネはどうだい?」
「よくやってくれてるよ。紹介してくれてありがとう、ヴァン」
「いいとも、君の協力への礼だからね。それはそうと、使用人、いや、お手伝いさんは家の者が許さなければ声を発することも、場を辞することをもできないよ、ツカサ」
「え? そうなの? シュレーン、好きにしていいよ……?」
「旦那様、そこは楽にしなさいか、許すでよいのですよ。ありがとうございます」
次からはそうしようと思った。シュレーンは立ち位置は変えずにヴァンの顔を見遣り、改めて礼を取った。
「ヴァン様、とてもよい職場をご紹介いただきありがとうございました。シュレーンとクローネはアルブランドー家に忠誠を誓います」
「青き空の祝福を。家主を一晩借り受ける、奥方によろしく伝えておいてくれるかな。お祝いは明日、家主の返却とともに改めて伺うよ」
「空を渡る風の歌を。承知いたしました」
二人は同じように胸に手を当てて礼をし、それで会話は終わったらしい。祝詞のような今のやり取りの意味を知りたかった。シュレーンは空になった籠を持って家の中へ戻っていった。ぱたりと扉が閉じ、二人きりになってからヴァンが声を潜めた。
「ツカサ、場所を変えよう。脅すような書き方はしたけけれど、それは事態の深刻さを知ってほしかったからだ」
「情報漏洩、そんなにまずいことになってるの?」
うん、ヴァンは眉間を揉み、そのまま口元に手をやって言葉が続いた。
「僕らに関してはまずいことなんてひとつもないのだけれど、どうせ話そうとしても話せないから気をつける必要はない、という緩い認識の人々も当然ながらいるんだ。お家のこと、自身の役職のこと、人間というのは悲しいことに、秘密を暴きたがる生きものだからね」
その内容はどんなものなのか、と問うわけにはいかなかった。そうした秘密を知りたい気持ちもあれば、知れば逃げられなくなるというのも今は知っているので知りたくなかった。ツカサはそっか、と一言返すだけに努めた。ヴァンは手を外し、にこりと微笑んだ。試されたな。
「早速だけど移動しよう。エフェールム邸で部屋を借りる手筈になってるんだ。セルクスが目を覚ましたらしくてね」
「起きたの!? でも、ヴァンがなんでそれを……精霊?」
「正解。あの人がたとえヒトになっていようとも、精霊にとっては見て見ぬふりはできない存在なんだ」
歩き出したヴァンの後を少し追って、ツカサは気づいたように素早く玄関から入って灰色のマントを手にした。シュレーンへ行ってきます、と声を掛けて返事を待つ前に門で待つヴァンに並んだ。ゆっくりと歩きながらヴァンは話してくれた。風が独特の動きをしているので潜められたヴァンの声はツカサにしか聞こえないだろう。
「精霊にはわかるんだよ、権能を手放していたとしても、器は彼であるとね」
「そういうものなんだ。今回のことで痛感したけど、俺は本当に理に疎くて、そういうのがわからないんだよね」
「ふぅん、今回のこと、ね」
言葉の端々から既に尋問が始まっている空気だった。そういう立場で、そういう人だと知ってはいてもドキリとするものはある。ヴァンに軽く腕を引かれ路地裏へ入った。
「さっさと話した方がよさそうだね。移動は任せてもらうよ」
「え? うわぁ!」
風圧がどうのではない、姿のない誰かに腕や足を掴まれ、胴を支えられ、風を伴いながら空へ出た。ツカサは空という逃げ場のない移動手段でエフェールム邸へ連行された。
いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。
前回は眠い時にあとがきを書いたので酷いものでしたが、本日は大丈夫です。
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