4-21:罠を仕掛ける
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確かにこの状況、ラングなら単独行動をするだろう。
見た目が紛うことなくツカサであっても、小さな疑問点や相違、違和感をそのままにするような人ではない。シュンがどういう状態でツカサの体にいるのかは不明なままだが、性格に違いもあれば、考え方も違う。一挙手一投足を比べればきっとラングなら指先に刺さった棘を放置はしまい。ツカサはラングの行動力を信じることにした。
それに、アルがこういう時に単独行動をしないのもわかる。ラングが疑い始めたら、アルはしっかりと寄り添うだろうと思えたからだ。そういう男だ。
となれば、ツカサたちはラングがどのような行動をするかに焦点を当てるべきだ。
「何を目的として移動をするか。心当たりはあるかね」
セルクスは立ち上がり、キッチンでお茶を淹れながら尋ねてきた。ツカサは少し考え込み、キスクを見上げた。
そういえば、ドルワフロに行ったってことは、キスクが向こうにいないって気づくよね。
「あぁ、うん、そうだと思う。ユキヒョウが呼ばれてるって慌てて戻ってきたから、洞窟に居た人たちに詳しいことも話さなかった」
ここにいるってわかったのも、ラングたちが戻った後だからショウリも伝えられてないはずだしね。
そう思う、とキスクがこっくりと頷く。ツカサは糸くずの腕で顎を撫でた。
だとしたら、言い訳はキスクを探しに行くっていうだろうし、実際にそうやって行動するはず。キスクたち、ここまでどうやって戻って来たの?
ええと、とキスクが思い出しながら話した。
洞窟には入った。そこでユキヒョウが女神の声を聞き、慌てて踵を返した。いったい何事かと洞窟を離れたところで事情を聴き、ユキヒョウの背に乗ってできるだけ人目に付かないように走った。大熊が作った地面の穴は塞がっていたので、城郭を頑張って駆け上がって中に戻り、ツカサたちと合流した。
ユキヒョウ、足跡って消した?
「なんでである? 我の足跡はかわいい肉球なのである!」
あぁ、消してないんだね。じゃあ、それを追ってきてくれるかもしれない、利用できそう。
「あぁ、えっと、どういうことだ?」
キスクの困惑には少し説明が必要だろう。ツカサは饒舌に話した。
ラングの追跡技術は精度が高いこと、必ずユキヒョウの足跡を見つけて、どこに行ったのか、どう移動したのかを把握すること。だとしたら城郭を駆け上がったところまで絶対に辿り着くこと。
ふふん、と胸を張るようにして語ったツカサの前に、セルクスがお茶を置いた。ティーソーサーに淹れてくれているので呑みやすそうだ。キスクとヴァーレクスの前にも置かれ、ふぅ、とセルクスはソファに座り直し、自分で淹れたお茶を呑んだ。キスクがテーブルに降ろしてくれたので金色の飴玉のようなセルクスの生命力の欠片を小脇に抱えてティーソーサーに近づいた。横にそれを置いて、ツカサは啜ったつもりだが、傍から見れば黒いスライムがぺちょ、と顔を突っ込む図にヴァーレクス以外の皆が溺れないかと見守った。紅茶だ、美味しい。
ありがとう、セルクス。美味しいよ。
「それはよかった。それで、ラングの追跡技術が素晴らしいことはよぅくわかったが、どうするのだ?」
いっそ、誘導するのはどうかなぁ。ここで待てれば一番いいんだけど、ラングはこの状況を知らないし、キスクと別行動するとなると、ここ、入れないもんな。
「あぁ、うん、確かに。でも、セルクス様がいるなら、セルクス様がラングをここに招けばいいんじゃないか?」
「いやぁ、鍵を渡してしまったのでね」
「えっ、鍵、ひとつだけェ……!? 嘘だろ……」
キスクは鍵を受け取っていた右手をまじまじと見て、そろりとセルクスへ差し出した。返したいらしい。苦笑を浮かべ、セルクスは首を振った。
「君が持っていなさい。きっとその方がよい。力が十全であれば鍵の複製など容易いのだがね、人というものは難しいものだ」
キスクはツカサを見遣り、ぽよん、と頷きを経てから手を戻した。ユキヒョウはキスクの膝の上に頭を乗せて、先ほどの足跡のことをブツブツ言っていた。残してきているのならそれを利用する方がいい気がした。ツカサとしてもあまり首都・レワーシェにこの体で居たくないと感じているのだ。アルが直感を信じて難を逃れてきたことを考えると、ツカサもそれに従いたいと思った。金色の欠片を子供の頃プレゼントされた大事なもののように腕に抱え、ツカサはぼやいた。
ユキヒョウの足跡でここに居るよ、って示すのもありかも。ユキヒョウはキスクと離れられないから、そこにキスクもいるってわかるだろうしね。ユキヒョウ、越えてきた城郭を一緒に越えに行くのはできる? その後戻ってもらうけど。
「できるのである。そのくらいの距離なら、ここにキスクを置いていけるのである」
「ええと、留守番? 一人で?」
キスクが寂しそうに眉尻を下げ、迷子になった子供のような顔をした。すぐ戻るのである、とその顔に頭突きを喰らわせるユキヒョウに笑い、時間をかけないで行動することにした。
紅茶を呑み切り、後片付けはしておく、とキスクが言ってくれたことに甘え、移動をする一行は身支度を整えた。ツカサはヴァーレクスの手のひらがよかったが、まぁ、まぁ、と言いながらセルクスの手に持ち上げられてしまった。藍色の眼は相変わらずにんまりと微笑むばかりでその考えを読ませない。隠し事と嘘はごめんだよ、と文句を言おうとしたところでドアがノックされた。少々身構えたものの、聞こえた声にホッと息をつく。
「おい、いるか?」
「ショウリだ」
鍵を持つキスクが立ち上がって扉を開いた。荷物を持ったショウリの後ろには周囲を警戒する娘・テルマがおり、二人で中に入ってきた。テルマは中の明るさと綺麗さに驚き、目を素早く動かして確認していた。潜む者がいないか、戦うにはどうしたらいいかを見ているのだとツカサにはわかった。ヴァーレクスはじろりとショウリとテルマを見た後、ゆっくりと立ち上がって席を辞し、ダイニングの方で座った。椅子が足りないと判断したのだろう。もしくは関わり合いたくないと考えたか。後者のような気がした。
ショウリはそのヴァーレクスに眉を顰め、眺めてからソファに来て座った。キスクの隣だ。
「あぁ、ええと、どうしたんだ?」
「どうしたんだ、じゃねぇよ。騒がせるだけ騒がせてどっか消えやがって。あの後ルシリュたちは随分大変だったんだぜ」
「あぁ、うん、ごめん。どうなったんだ?」
キスクが頬を掻きながら問えば、テルマが話してくれた。
「キスク殿が【神子】として認知され始めた。膝をついて忠誠を示したことで、ルシリュ殿たちは人々に詰めかけられ、居場所を問われていた。突然消えたから……」
あぁ、やはりあの霧、人々にはそう見えたのだ。セルクスが道を示した先も一本道だったので距離感や見え方がどうかと思っていたが、予想通りだ。
ルシリュは詰めかけられた際に短い演説をしたらしい。元々守護騎士の取りまとめであったり、民にその姿を見せていた者として話すことは苦手ではないという。兜の下が女性であることを未だ隠しながら、低く朗々とした声でルシリュは言った。
今、神殿で【神子】として腰掛けている男は偽物であり、時を経てようやく本物の【神子】が現れた。守護騎士は【真なる神子】のしもべとして反旗を翻す。だが、今はまだ時ではない。変わらない毎日を過ごすことが準備に繋がる。秘せよ、任せておくのだ。
いい演説だと思った。神殿という場所に対して警戒心を煽り、余計な真似をするなという釘も刺されている。手出しはするな、足手纏いだ、と伝えるよりも断然いい。それに、秘密にしておけ、という言葉は人間の口を軽くさせる。これで民間には守護騎士が悪漢を成敗する姿により安堵感が、【真なる神子】の登場が期待感を持たせ、ひと時の安寧を得られるだろう。
「それで、キスクがどうしたいのかをルシリュは話してぇとよ。この場所、あんまり知られたくねぇだろうし、俺とテルマで迎えに来たんだ」
「ありがとう、ちょうど、先生と別行動が決まったところだったから心強い」
「ツカサ、どっか行くのか?」
テーブルの上で綺麗な光る球を抱えて座り込んでいるツカサを覗き込み、ショウリは笑いを堪えてか口端に力を入れていた。笑ったら顔面にタックルを決める気でいたがよしとする。ツカサはキスクの声を借りて、ラングと合流するんだ、とざっくり方針を伝えた。ショウリは少し考えた後、口を開いた。
「俺が持ってる分は、今いるか? もしかしたら俺が戻れないかもしれないことは、もうテルタにもニテロにも伝えてある」
まだ、大丈夫。この後、ラングと合流するまで、俺は眠ることになるからさ。その間は消耗が押さえられるっていうから。近くはあるけど……今じゃない。
「……そうかよ」
ショウリにつつかれ、ぽよん、とツカサが揺れた。それからショウリは持ってきていた包みを開いてキスクに差し出した。渡されたものを開いてキスクが呟く。
「灰色のマントだ」
ツカサが着けているものよりは薄く、丈が少し長めのものだ。ツカサは糸くずの腕を持ち上げてパチパチと拍手した。ショウリはふふん、と胸を張った。
「できる商人の先見の明ってやつだぜ? 特権階級の奴らがお前の特徴をいろいろ話してるからな、パッと目に入る情報を揃えてやらなくっちゃだろ?」
おぉ、さすが!
「って、ニテロ兄さんが言ったんだよね。用意してくれてたのも兄さんでさ」
ソファの背もたれ側からテルマがショウリの肩に手を置いて、顔を寄せて父親を揶揄った。殺伐としたテルマの顔ではなく、娘の顔だったことが印象的だ。ショウリは手柄の横取りが失敗して視線を泳がせていた。
ツカサはそれをいい関係だと思った。昔会ったことのあるショウリとはまったく違う様子に驚きもあった。そこに居る人を大事にして、まさか子育てまでしているとは思いもよらなかったし、揶揄われて苦笑を浮かべられるほど大人になっているとも思わなかった。あの戦いがショウリによい変化をもたらしたのだと思いたかった。いや、出会った人たちがよかったんだ。ポソミタキと、友人たちと、今周囲にいる人たちがショウリを作り上げ、ショウリが応えるように手を差し伸べて。
ラングとショウリと旅をしていたら、どんな光景が見られたのだろう。そんなことを考えた。
思案している間にキスクは灰色のマントを身に着け、ショウリやセルクスから軽い拍手を受けて照れを浮かべていた。
「で、ツカサが離れてる間大丈夫なのかよ? 見た感じ魔法だってまだ完璧ってわけじゃなさそうだろ」
お、さすが元々魔法でイキってた人は違うね。
「掘り返すよな! 黒歴史なんだっつの! で、どうなんだよ?」
それさ、今こうしてショウリが来てくれたのも何かの導きなんじゃないかなって思ってるんだよね。ショウリ、キスクに魔法教えられる? 今って使えるの?
ぽよ、とツカサが首を傾げれば、伝えたキスクも驚きながらショウリを見た。ここにも使える人がいたのか、という驚きと、なぜ戦いの場で前に出ないのか、という疑問だろう。ツカサはショウリの答えを待った。
ショウリは唇を尖らせてからぽつりと答えた。
「使える、けど、教え方なんてわからねぇよ。それに、これは前とは違う、扱い方が変わってんだよ。俺、ファンファルース……崖の街で、黒く溶けた命ってのをたぶん吸収してんだけどさ、魔力じゃなくて、そういう命を消費するようなもんになってて、魔法って言っていいのかすらわかんねぇんだよ」
命は莫大なエネルギーだ。なんとなく、ツカサはショウリが抱えた【命の女神の欠片】が、ショウリに命を使い方を覚えさせた可能性に気づいた。戦うための力に命そのものを扱わせる。それはもしかしたら、【今の命の女神】を倒すために抗った結果なのかもしれない。命も心もないとセルクスは言っていたが、本能はどうなのだろう。【命の女神】が【命の女神】を殺すために命を使う。なんとも忌々しい話だ。考えても答えはないが、この検討を一先ず心の中にしまい込んだ。
昔使ってた時の感覚で、わかればでいいから頼むよ。俺は俺の体を取り戻してからじゃないとキスク、倒れちゃうからさ。よろしくね。
「まぁ、そういうことなら。人に教えたことはねぇから期待しないでくれよ」
いい経験になると思うよ。
「来世があるなら生かすとするわ」
ショウリは軽い気持ちで言ったのだろうがテルマの表情は曇っている。それには気づかない辺り、シュンらしい鈍感さはあるようだ。それがハッとした顔になってテルマを見遣り、頭を撫でたのでポソミタキに指摘されたのだろう。きっといいコンビなのだ。
「さて、どうするのだね」
話を切り上げて次に促すセルクスの声にツカサは光る球をそっと空間収納にしまった。
キスクはショウリと一緒に行って、ルシリュたちと今後の話を進めて。ユキヒョウは城郭を越えるところまでは手伝ってほしいな。牡鹿は越えられないって言ってたしね。その後はわざと足跡をつけてもらって、戻る時は足跡をつけないで戻ってほしい。足跡の新旧、ラングは見極めるからさ。
「わかったのである!」
ショウリはキスクを頼むよ。
「はいはい」
ラングと合流したら、蛇と牡鹿にユキヒョウを探ってもらって、合流するよ。予定が変わったら、その時も連絡する。
「無線みたいな使い方だな、やっぱ離れててもわかるのは便利だよな。了解、わかった」
ええと、そしたら……。任せていいのかな。
ツカサはセルクスを見上げた。
「あぁ、ラングが後を辿れるようにして、待ち構えておこう。ヴァーレクス」
言葉はわからずとも名前の音は変わらない。ヴァーレクスはダイニングの椅子から立ち上がるとつまらなそうにセルクスへ近寄り、訝しんだ。リガーヴァルの言葉でセルクスが言う。
「その手に持った杖をツカサにそっと触れさせるのだ。そうすればマール・ネルが上手にやってくれるだろう」
「あの時も思いましたが、奇怪な杖ですねぇ」
フゥゥ、とマール・ネルは訴えるような声を上げたがヴァーレクスは気にも留めずに杖先をツカサに向けた。いや、持ち方、使い方、といろいろと言いたいことはあったが、どうにでもなれ。ツカサはぐりっと頬にマール・ネルを押し付けられ、やはり少し文句を言いたくなった。
その文句は零れることはなく、ツカサはプツンと意識を失った。




