第二十二話 辺境伯の来所 その二
第二十二話 辺境伯の来所 その二
次に向かったのは隣の機織り小屋だ。
「それではご説明させていただきます。まず、糸を男巻きと女巻きに巻きます。巻いた物を機織りにセットします。織り終わったら男巻きに巻いていきます。女巻きの方は糸の状態のまま巻き取ってセットします」
作業は村長の娘のクリムフィーアとウスさんが担当している。ウスさんはいつもと変わらないが、クリムフィーアは酷く緊張している。今回はいつもより短く、百五十センチの長さだ。辺境伯はじっと作業を見つめている。見学は辺境伯の側近らしき人物と商人の三名だ。騎士達は直立不動で警備を行っている。
「今回は二刻ほどで織れる量で行います。綜絖と呼ぶ上下する二つの枠に糸をセットします。これで準備が完了です。横糸は飛び杼に巻いてあります。これを自動で移動させます。今回は新型の二号機を使用します。クリムフィーアさん、お願いします」
「は、はい」
クリムフィーアはガーフシャールから飛び杼を受け取ると、ペダルを踏む。かつんと音がして飛び杼が飛び、横糸を張る。とんとんと二階ほど筬で編み目を締める。クリムフィーアはリズム良く織っていく。
二号機は飛び杼を自動で飛ばす事が出来る。今後は筬を自動化したい。クランクとギアを駆使しないと難しいだろう。今後の課題だ。
辺境伯は食い入る様に機織りを見ている。
「おい、どうだ。ミゲル」
「は・・・恐ろしく早いですな・・・辺境伯様よりお声を掛けていただいたときは何かのご冗談かと思いました」
「気にするな。私もだ」
ミゲルと呼ばれた商人も機織りを驚きの表情で見ている。飛び杼の糸が無くなると、クリムフィーアはウスさんから巻き終わった飛び杼を受け取り、織り始める。
「いかがでしょうか?」
たっぷり二刻、織り続けると約百五十センチの布が出来上がった。ガーフシャールは布の出来映えをチェックする。第一号より目が揃っている。良い出来だと思う。
「出来ました。ご確認をお願いします」
ガーフシャールはデルーグリに手渡す。デルーグリは頷きながら辺境伯に手渡す。
「このサイズで銀貨五枚で卸させてください」
辺境伯は受け取ると、編み目を見つめる。
「フム・・・どうだ? ミゲル」
「は・・・では確認させていただきます・・・恐ろしい程目が揃っておりまする・・・一枚銀貨五枚で引き受けます。糸と輸送費はこちら持ちで構いません」
「よし、デルーグリ、我らは定期で糸を持ち込む。出来上がりの布を対価を支払って受け取ろう。良いな」
「は。ありがとうございます」
ここで、正式に辺境伯家と共同で紡績事業を営むことが決定した。ガーフシャールはほっと胸をなで下ろす。小さいが、産業革命の始まりだ。
「ガーフシャール、糸について言うことは無いか」
辺境伯がガーフシャールに言い放つ。
「は。糸の太さで布の厚みが変わります。染めた糸を持ち込んでいただければ色つきの布が出来るかと。太さを変える場合は最初は少量でお願いしたく。織れるか確認いたしますので」
「フム。わかった。ミゲル、考えておけ。デルーグリ、部屋を借りるぞ。食事は騎士の食事を貰う」
「姉さん、リシェリ、ご案内を」
「ではお部屋にご案内いたします。あの、本当に何も無くてですね・・・布団すら無いので・・・」
「気にするな。着任早々訪れる私が非常識なのだ・・・案内頼む」
リーゼロッテが陳謝する。本当に何もないのだった。まだ夏なので移動で使っていた毛布で寝ているのである。
辺境伯主従が去ると、デルーグリと商人のミゲル、村長親子が残った。ガルゴルゴフス族長を呼んできて貰う。隈取り化粧のガルゴルゴフスが入って来ると皆はぎょっとした。
「皆さんに紹介します。騎馬民族のミーケーリリル族ガルゴルゴフス族長です。馬を当家が買い上げ、食料その他を支給する事が決まりました。さしあたり四頭買い上げます。代金金貨二十枚、小麦と乾燥果物類、生活雑貨類をミゲルさんにご用意していただきたく」
「ミーケーリリル族・・・噂に聞いていました。この地を治めるデルーグリです。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ頼む。ここ三十年、山は乾燥が進み草が生えなくなった。食料を支給してくれる限り、コゾウに従う事にした」
デルーグリとガルゴルゴフスは握手をする。一方ではガーフシャールとミゲルが商談を始めている。
「小麦大袋でおいくらですか?」
「銀一枚ですな。金十だと百袋ご用意できますな」
「その価格は輸送費込みでお願い出来ますか? 金十分買うから」
「敵いませんな・・・布もお世話になりますから、了承しましょう。本当は輸送費で金三は欲しい所ですが・・・どうしましょう、本日は五十袋ありますが・・・お聞きしていたのは騎士爵家様にお納めするとのことでしたが」
「デルーグリ様、半分はミーケーリリル族に渡しますがいいですか?」
「いいぞ。どうやら食料難のようだ。我が領に住む人間を飢えさせる訳にはいかんからな」
デルーグリはミーケーリリル族が馬の産出を行う部族だと理解したようである。
「恩に着る・・・早速麦を持って帰りたい」
「荷は隣の倉庫でいいですな? で、早速ですが倉庫をお借りして市を開かせていただきます。乾物と鉄製品、日用品を持ち込みましたので是非お買い上げしていただきたく存じます」
「あ、じゃあ小麦の費用は当家からお支払いします。残りの代金金十をお支払いしますね。小麦の他に必要なものがあれば買うチャンスですよ」
ガーフシャールは金貨十枚をガルゴルゴフスに手渡す。
「すまぬ・・・恩に着るぞ」
「小麦だけでなく、乾燥果物を仕入れた方がいいですよ。果物には健康になる働きがあって、病気の人が減るかもしれませんね」
「そうなのか? 杏を乾燥させて食しているんだが、めっきり採れなくなったのだ」
「あの、ガーフシャール様、お話しが」
ミゲルはガーフシャールを誘って倉庫から出る。ミゲルは三十代半ばの痩身の男で、笑顔の下に狡猾さを秘めている。
「なんです?」
「面妖な化粧の者どもは馬を飼育してるので?」
「そのようです。当家に適時卸して貰う事になりました。調教して軍馬にします」
「余裕があればお売りいただきたく」
「一頭幾らです?」
「そうですね。騎士団長が騎乗出来る軍馬は金五十、王族だと金百でしょうか。荷駄馬だと金十です。仕入れが金五でしょうから、無調教でも金十で買わせて頂きます。王国では馬の仕入れ先が殆どなくて困っているのです。荷駄馬同士の子を買いあさっている状況です。金五で仕入れが出来るなど羨ましい。荷駄馬にも困っている状況です」
「恐ろしく高いですね・・・わかりました。今回だけ二頭お譲りします。当家は騎馬軍団を創設するので、基本はそうそう譲れなんいです」
「大変助かります! では私は市の準備をしますので!」
ミゲルが立ち去ったあと、一刻ほどで倉庫は仮の店になった。乾燥果物、ナッツ類、豆類などの食料、刃物、古着、木工製品、村の人が買えるのかわからない貴金属や宝石も並んでいる。安めのブローチなどの銀細工もが並んでいる。
倉庫は話を聞きつけた村人でごった返した。刃物や古着が人気で、チラホラと銀細工を買う人もいた。小金を得ている村長の娘クリムフィーアはほくほく顔でブローチを買っていた。ブローチを同年代の女の子に見せると、クリムフィーアは羨望の眼差しを独り占めにしている。
驚いたのはミーケーリリル族だ。五十名でやって来て、買い漁って行った。金十を皆に配分したらしい。小麦二十袋も馬に積んで持って帰った。
ミーケーリリル族は全員が隈取り化粧をしているのかと思ったが、誰もしていなかった。出陣の時の戦いの化粧なのかもしれない。リシェリは必死で食料を買い込み、リーゼロッテはじっくりと貴金属を眺めている。
楽しそうに買い物をする風景を眺めていたら、村長が近づいて来た。ガーフシャールと村長を見つけたデルーグリもやって来る。
「商人を連れて来て良かったな。盗賊退治の褒美として商人の派遣を頼んだのだ」
「ありがとうございます。村人も娯楽がありませんので良かったです」
村長が頭を下げる。
「取り急ぎあと何が必要だろう?」
「そうですね。ウスさんみたいな人が食える食堂と宿でしょうね。宿屋兼食堂でしょうか。店を常設にしたいです。鍛冶場も必要ですが、やはり宿兼食堂が急務ですね。誰かやりたい人がいればいいんですが」
「建物はあるのか?」
「大きめの空き家がありますので、大丈夫ですよ。市も私の倉庫でなく、村の倉庫を使えば良いですから」
宿屋兼食堂と自分で言って、ガーフシャールは遊郭で知り合ったギリーとカリールリーファを思い出した。頭から消したはずだったのだが、不意にカリールリーファの唇と舌の感触が艶めかしく思い出され、衝動が沸き起こった。
リーゼロッテの顔が浮かび、主人を抱きたいと思ってしまったこと、カリールリーファを抱きたいと思わなかったことに二重に自己嫌悪する。ガーフシャールの若い体の衝動は大きく、激しかった。
ガーフシャールは必死に押さえ、衝動を飲み込んだ。若すぎるガーフシャールの体は、あろうことか主人であるリーゼロッテが欲しいと、泣き叫ぶのだった。
レビューを戴きました。
ありがとうございます。大変嬉しいです。
コツコツと書いていきますので、今後もよろしくお願いいたします。