第三幕 第九場
三台目のビデオカメラに記録されていた映像をすべて見終え、わたしの混乱はいや増すばかりだ。
「……このビデオカメラに残された映像は何?」
西村ユイが残したなぞのことば。死ぬことを示唆する発言、さらには自分の姉の子供についての秘密。
……わけがわからない。
なぜ死ぬ可能性があるとわかっていながら、夜中に外へと出かけた。そうせざるを得ない理由があったのだろうか。いったいユイに何が起きて、死んでしまったのだろうか?
……謎は深まるばかりだ。
そしてアキラ。まるでみんなを盗撮するかのような撮影行為。しかもそれを楽しんでいる節がある。さらには自分の母親が亡くなっているにもかかわらず、隠し撮りをつづける異常さ。不気味だ。いったいこの少年は何を考えている?
「……西村親子は何を考えている?」わたしは思わず頭を抱えてしまう。「何がしたい?」
わたしは三台目のビデオカメラに残された映像データーを見返す。犯人を特定できるような情報はなかった。そのかわり、西村親子の奇妙さを思い知らされた。
この親子には何かがある!
そういえばアキラは犯人に襲われたにもかかわらず、生きていることが不思議だった。もしや、この親子の奇妙な行動と何か関係があるのだろうか。もしもあるのだとすれば、それはいったいなんだというのか。
西村親子以外にも奇妙な人物がいる。痩身の男だ。遺言の話から、彼がママ先生と呼ばれる人物のもと、施設で育った孤児ではなかったことがわかる。思い返してみると、痩身の男とほかの人たちが思い出話をしているシーンはなかった。ビデオカメラに極端に映っていなかったことも、それが理由だろう。だとしたらなぜ痩身の男はこの島にいる? その理由は何?
人間関係がわかればわかるほど、よけいに意味がわからなくなる。絡まった糸をほどこうとして、よけいに絡まっていくような気分だ。理解が追いつかない。
「いったいこの島で何が起きている?」わたしは自分がそうつぶやくのを聞いた。「なんのために殺人鬼は人を殺している?」
依然として容疑者は四人の生存者。傷の男、長髪の男、入れ墨の女、金髪の女。
「犯人はだれ?」
いままでの情報から犯人を特定しようとするも、やはり決め手に欠ける。犯人ではないと断定できるのはアキラだけだが、協力を求めるのは無理だ。それどころかアキラの異常性を知ったいま、かかわるのは危険だ、とわたしの本能が警告している。あの少年には近づかないほうがいい。まともじゃないから。
早く犯人を特定しなければならない。時間がかかるほど、ほかの生存者の生存率が低くなる。自分も含めて。
だが現時点では犯人はわからない。極度の緊張と焦りから、わたしは苛立ちをにじませた顔つきになる。
そんなときだった、物音が聞こえてきたのは。
はっとしたわたしは身構えると、すぐに耳をすました。広間のそばにある階段から、きしるような音が聞こえてくる。どうやらだれかが階段をのぼってきているようで、相手はなるべく音を立てないように、慎重に一歩ずつゆっくりとのぼっている様子だ。
「まずい」
いま生存者と接触するにはあまりにもリスクが大きい。最悪の場合、相手が殺人鬼だったらそこで自分はお終いだ。
心臓が早鐘を打つなか、わたしは隠れていた物陰から出ると、見つからないよう身を低くして移動を開始した。なるべく足音を立てないよう慎重に進む。手に抱えている三台のビデオカメラが重荷に感じたが、これを手放すわけにはいかない。わたしが犯人ではない証拠なのだから。
わたしは広間を出ると、階段から離れるべく廊下を進む。めざすは反対側にあるもうひとつの階段だ。そこから階段をおりて洋館から一旦脱出しよう。自分以外のだれかが洋館にいるとわかった以上、ここに留まるのは危険だ。
いますぐにでも走り去りたい、はやる気持ちを抑えながら、静かに廊下を進んでいく。物音を立てるな、と自分にきびしく言い聞かせて。
やがて廊下の中ほどに差しかかると、背後が気になりはじめた。もしかすると、だれかに見られているかもしれない。そう考えると恐怖が込みあげてきた。もしも後ろに拳銃を持った殺人鬼がいたとしら。
わたしは思わず足を止めて、後ろを振り返った。だがそこにだれもいない。
安堵のため息をついたその瞬間、背後から突然ドアを勢いよく開く音が響いた。驚いたわたしが顔を向けるよりも先に、後頭部に衝撃が走った。ビデオカメラを手落としながら床に倒れると、そこでわたしの意識は闇へと落ちていった。




