第一話:古竜の少女の名は
「暇じゃ~」
ルペンハイル山脈の奥地、清水湧き出る洞窟のほとりで、一人の少女が伸びをしながら太陽の日差しを浴びていた。
少女は古竜だった。本体は洞窟の奥でひっそりと眠っている。
卓越した魔法の業によって、魔力の体を構築し、そこに意識を映して活動しているのだ。
古竜には夢があった。
それは世の巨悪に立ち向かう勇者・英雄が、竜の叡智を求めて古竜の元を訪れること。
そうして古竜の眠りを覚まし、古の叡智を手にした勇者・英雄が、世で偉業をなして人々に記憶されるのだ。
なんと麗しいことではないか。
勇者や英雄と共に語り継がれる竜になりたかった。
しかし、待てど暮らせど、誰ひとり訪れやしない。
「なんで勇者も英雄も、わしに会いに来ないんじゃろうなー」
そうすれば、絶世の美女の姿となって、もてなしてやるものを。
3万年の間に蓄えた、魔法の品や金銀財宝をお土産に送り出してやってもいい。
そのためには、古の叡智を求めて、勇者や英雄が古竜の待つ洞窟へ訪れるイベントが必要だった。
「来ないのー」
古竜は考えを巡らせた。
久しぶりに人界に出て、噂でも流したらどうか。
いやいや、ここが古竜のねぐらと知れて、不躾な人間に御山を荒らされるのも面白くない。
「だめじゃー。これでは、待てど暮らせど誰も来ん」
古竜の少女は頭を掻いて、ねぐらの洞窟を振り返った。
「じゃが、そこをなんとか」
古竜は知恵を絞った。
――そうじゃ、わしのお眼鏡に叶う勇者や英雄にだったら、直接教えてもいいかもしれん。
この魔力の体で人界に降りて、世界を旅して周り、これはと思う者に打ち明けてはどうじゃろう。
うむ、悪くない考えじゃ。
「ここは一つ、わしから出向くとするか」
そうと決まれば話は早い。
もうどれほど待ったか分からない。
こうなったら、自分から出向いてやる。
古竜の少女はそう思い立ち、ねぐらの奥へと赴いた。
――さて、なにを持っていこうかのう。
溜め込んだ金銀財宝、魔法の品などがこれでもかと積まれた山。
少女はそこに体を突っ込んで、物色を始める。
「今どきの人間は、何を求めておるのかのう。金に名誉に地位に色。なにが欲しいんじゃろうなー」
財宝の山の端が崩れ、金銀がシャリシャリと音を立てた。
さらに奥の方に手を突っ込みながら、少女は次々と宝物を品定めしていく。
「賢者には古の魔法を。聖女には竜の涙を。勇者には試練を。英雄には魔法の剣を。わしにかかれば、何でも与えてやるぞ」
人が欲しがりそうな、大抵のものは与えることが出来る。
与えられぬものも、あるがのう。
少女は魔法の鞄を引っ張り出して、そこにめぼしい品を入れることにした。
金じゃろう。銀じゃろう。宝石じゃろう。
魔法の品もちょっと持っていこう。
霊薬もあるぞ。どれ、少し持っていこう。
剣はいらん。いざとなれば魔法がある。
杖くらいは持っていったほうが格好がつくじゃろう。
目ぼしいものを見繕い、ふと古竜の少女は自分の見てくれが気になった。
「どうじゃろう。この姿で大丈夫じゃろうか」
今は、あどけなさの残る、うら若き乙女の姿。
英雄色を好むという。もっと色っぽいほうがいいだろうか。
「このままいくか」
姿は後でも変えられると思い、古竜は乙女の姿でいくことにした。
服は、青を基調としたオーバーチュニック。
町娘にしては華やか、姫にしては控えめといったところ。
なかなかおしゃれな自信がある。
魔法の鞄を肩に掛け、気分はすでにお出かけモードだ。
いかん、美貌に目がくらんだ痴れ者に襲われるかもしれん。
来たら百発百中返り討ちじゃが、いたずらに人の子を傷つけるのもよくない。
厄介事を避けるために、ローブくらいは羽織っていこうか。
濃緑の、刺繍と金の縁取りが美しい一品がある。
古竜はあれこれ思案しながら、洞窟の奥をほじくり返して人界に降りる準備を進めた。
荷造りを終えると、荷物は魔法の鞄一つにすっぽりと収まる程度だった。
どれ、いざ往かん。
まずはなんと名乗ろうかのう。
真の名を名乗るわけにはいかんからのう。
『イリア』
これでいこう。わしはイリアじゃ。
待っていろよ、まだ見ぬ麗しの勇者に英雄殿よ。




