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異世界コンビニオーナーの辺境開拓記~エルフの魔法野菜と追放令嬢の天才経理で、寂れた村を最高の商業都市に変えます~  作者: 黒崎隼人


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第8話「忍び寄る影と黒い馬車」

 店舗の運営が軌道に乗り始めてから2ヶ月が経過した。

 村の風景は、以前の灰色の絶望から劇的な変化を遂げていた。

 人々がまとう衣服は少しずつ新しい布に張り替えられ、行き交う人々の足取りには確かな活力が宿っている。

 市場の広場にはサトルの店を中心とした小さな屋台が立ち並ぶようになり、周辺の村からも噂を聞きつけた人々が連日足を運んできた。

 彼らは自分の村で採れた特産品をサトルの店で買い取ってもらい、その銅貨で必要な物資や温かい惣菜を手に入れて帰っていく。

 サトルの店舗は単なる小売店という枠を超え、辺境の流通を統括する巨大なハブとしての機能を果たし始めていた。

 しかし、眩しい光が強くなればなるほど、そこに落ちる影もまた色濃くなるのが世の理だ。




 その日の昼下がり、乾いた風が砂埃を巻き上げる中、村の入り口に一台の黒い馬車が姿を現した。

 辺境には似つかわしくない、漆黒の塗料で磨き上げられた重厚な車体。

 車輪には金属の装飾が施され、泥道を走るたびに派手な音を立てている。

 馬車を引く二頭の馬は毛並みが良く、鼻から荒い息を吐きながら村の中心へと真っ直ぐに進んできた。

 店舗の入り口で商品を並べていたサトルは、その異質な気配にいち早く気づき、手を止めて目を細めた。

 馬車は店舗の目の前で荒々しく停車し、御者が跳ねるように降りてきて重い扉を開け放った。

 中から降りてきたのは、分厚い毛皮の外套を羽織り、腹の突き出た中年の男だった。

 彼の首元には悪趣味なほど大きな宝石が輝き、周囲の村人たちを値踏みするように細い目を動かしている。

 男の背後には、革鎧を着込み、腰に剣を下げた護衛らしき男が二人、無言で追従していた。


「ここが、王都の市場を騒がせているという辺境の店か。ずいぶんと……粗末な小屋だな」


 男は鼻で笑うように吐き捨て、泥除けのために靴の底を地面に強く打ち付けた。

 香水と脂の混ざった不快な匂いが、風に乗ってサトルの鼻を突く。

 サトルはエプロンの汚れを軽く払い、感情を一切表に出さずに男の前へと進み出た。


「いらっしゃいませ。当店に何かご用でしょうか」


「私が誰だか知らんのか。王都の商業ギルドで特務監査を任されている、バルドだ」


 男は尊大な態度で胸を張り、外套の奥から羊皮紙の巻物を取り出して見せつけた。

 そこには、王国の紋章と商業ギルドの印が赤々と押されている。


「貴様らが許可なく大規模な取引を行っているという報告を受けて、直々に視察に来てやったのだ。王都の相場を乱すような安売りは、ギルドの規約に対する重大な違反行為だぞ」


 バルドの言葉には、辺境の人間を見下す明確な悪意が込められていた。

 彼は店舗の中へと土足で踏み込み、陳列棚に並べられた野菜を無遠慮に指先で突いた。


「なるほど、物は悪くない。だが、この価格設定は異常だ。これでは王都の商人たちが商売あがったりだ。今日から、この店の商品の8割は我々ギルドが買い上げる。価格はこちらで指定する。残りの2割については、売り上げの半分をギルドへの上納金として納めること。それができなければ、この道を通るすべての行商人の通行許可を取り消す」


 それは交渉ではなく、一方的な略奪の宣告だった。

 周囲で様子を見ていた村人たちの顔に、再び古い恐怖の色が浮かび上がる。

 せっかく手に入れた希望の光が、王都という巨大な権力によって理不尽に踏みにじられようとしている。

 サトルが口を開きかけたその時、店舗の奥から氷のように冷たく、澄み切った声が響いた。


「商業ギルド法第14条第3項。辺境における独立した開拓村での商取引は、年間取引額が規定の金貨100枚を超えない限り、ギルドの管轄外と定められています」


 セシリアが、厚い帳簿を胸に抱いたまま静かに歩み出てきた。

 彼女の青い瞳は、バルドの傲慢な視線を真っ向から受け止め、微塵も揺らぐことがない。


「さらに、同法第22条。ギルドによる商品の強制買い上げは、国家の緊急事態、すなわち戦争や大規模な飢饉の場合にのみ、王家の特別な許可状をもってのみ執行可能とされています。バルド殿、あなたがお持ちのその羊皮紙に、陛下の直筆の署名はあるのでしょうか」


 バルドの顔から、余裕の笑みが引き剥がされるように消え去った。

 彼は顔を真っ赤に紅潮させ、目の前の若い女性を睨みつけた。


「貴様、何者だ! ただの村娘が、ギルドの法律を暗記しているだと?」


「私はこの店舗の共同経営者であり、法務と経理を担当しております」


 セシリアは一歩も引かず、姿勢をさらに真っ直ぐに伸ばした。

 その立ち振る舞いには、隠しきれない貴族としての品格が満ちあふれている。

 バルドはセシリアの顔を凝視し、やがて何かを思い出したように目を大きく見開いた。


「その金髪に、青い目……まさか、数ヶ月前に横領の罪で追放された、セシリア・フォン・エルバート公爵令嬢か! こんな辺境で泥にまみれて店番とはな。公爵家の面汚しが、私に説教を垂れるつもりか!」


 バルドの下品な声が、店舗の中に響き渡った。

 しかし、セシリアの表情は全く変わらなかった。

 彼女は帳簿をカウンターの上に静かに置き、冷ややかな視線でバルドを見下ろした。


「私が誰であろうと、法は法です。不当な要求に応じるつもりは一切ありません。お引き取りください。これ以上業務を妨害されるのであれば、辺境伯を通じて王宮へ正式な抗議文を送らせていただきます」


 バルドは奥歯を強く噛み締め、怒りで肩を震わせた。

 護衛の男たちが腰の剣に手をかけたが、バルドはそれを手で制した。

 この場で暴力沙汰を起こせば、彼自身の立場も危うくなるという計算が働いたのだろう。


「……吠えるがいい、落ちぶれた令嬢め。その生意気な口がいつまで叩けるか、見物だな」


 バルドは吐き捨てるように言い残し、背を向けて馬車へと乗り込んだ。

 車輪が泥を跳ね上げ、黒い馬車は来た時よりも乱暴な速度で村を去っていく。

 馬車の姿が見えなくなっても、店の中には重く不穏な空気が澱んだように残されていた。

 サトルはセシリアの方を向き、小さく息を吐いた。


「大丈夫か、セシリア。あんたの過去のことで、嫌な思いをさせたな」


「お気になさらず。あのような小悪党の言葉など、痛くも痒くもありません」


 彼女は平静を装っていたが、帳簿を握る手の指先がわずかに白くなっているのを、サトルは見逃さなかった。


「だが、奴はこれで引き下がるような男じゃない。強硬手段に出てくるはずだ」


 サトルの視線の先には、急速に分厚い雲に覆われ始めた灰色の空があった。

 冷たい風が一段と強さを増し、店舗の看板を不気味に揺らしている。

 王都の権力という巨大な嵐が、この小さな辺境の村に向かって確実に近づいていた。

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