逃げるんだよぉ
あーあ、空は吸い込まれそうなまでの青色で雲一つも無く、思わず目一杯深呼吸をしたくなる程にまで清々しいはずなのに。
「クソッタレ! ワイバーンが出やがった!」
「先頭の馬車が踏みつぶされたぞ!」
「緊急停止して迎え討つしかない!」
どうしてこうなった?
深呼吸どころか、今にも過呼吸に陥りそうな状況じゃないか。
あれか? 勝ったな、ってフラグ建てたからか? ちくしょう、僅かばかりの優越感にも浸らせないつもりか?
あぁ、ほら、せっかく集まってくれた冒険者達が次々と葬られていくよ。これ、もう、瓦解してるよね? マフィア討伐に行く前に、全滅しそうなんだけど。
「あわわわ、ヤバいヤバいよぉ、ワイバーンだよぉ」
俺の隣で情けない声を出しているガキを見て、ちょっと冷静になれた。
冷静になれただけで、状況は芳しくないのだが。
現状は、ワイバーンによる一方的な殺戮である。
まず、ワイバーンが先頭の馬車に着陸したことによって、洩れなく一台目が乗客と共に踏み潰され、続く二台目の馬車から降り出たガクブルの冒険者達が抵抗を試みるも、呆気なく全滅した。これで冒険者十二名及び二名の御者が葬られた。
……いや、あのワイバーン強すぎない? 前に遭った黒色の奴も大概だと思ったけれど、目の前の赤褐色をした奴はそれ以上に感じる。まあ、鑑定使えないから知らんけど。
「モネさんや、あのワイバーンはどれ程の強さで?」
知った所でどうしようもない事は、俺が一番良く分かってる。でも、知らないよりは知ってた方が良いって偉い人が言ってたし、敵の戦力を見極める事は重要であろう。どうか、黒色の奴よりも弱い事を祈る。
「あれは、まあまあな強さ。けれど、私には及ばない」
ふんす、とドヤってる羽虫を尻目に、俺は絶望した。
まあまあな強さ? 自尊心の塊みたいな羽虫が認める程の? 今までの付き合いで、そんな事を言ったのは初めてじゃないか? つまり、前に遭った黒いワイバーンよりも上、と。おいおいおい、死んだわ俺。
「おいっ! 俺達は参戦するが、アンタ達はどうする!?」
目の前のフルプレートの男が、俺とガキに向けて声を張り上げる。
俺とガキはお互いに顔を見合わせ、示し合わせたようにコクリと頷いた。
「すみません、私達では足を引っ張る事になるかと思いますので、ここで皆様のご武運を祈らせて下さい」
俺とガキは仰々しく祈るように両手を組み合わせた。
「……正直に言えば、ちっとでも戦力になってくれる事を期待したんだが、まあ、無理にとは言えねえよな」
そう言って苦笑いする男とその仲間達からは、明らかに死相が浮かんでいた。そしてそれは、恐らく俺達にも……。
ねぇ、逃げない? 何で馬鹿正直に挑むのさ? 勝てないだろうよ、あんな化け物。そうだよ、逃げるんだよ! 死ぬよりはマシな選択だろ?
俺がチラチラと後ろを窺っている様子で察したのか、或いは前方に死の気配を感じ取ったのか、フルプレートの男は軽く首を振る。
「俺達は逃げない。けれど、お前さん達が逃げるのには反対しねぇよ。なぁ、お前ら! ちょっとばかしワイバーン狩りと洒落込もうぜ!」
うおおお! と、喫煙者パーティーが気合いを入れている。互いの胸を叩き合い、挙句にはスクラムを組み出し、咆哮を上げる。
スポ根漫画かな? そんな様子を冷めた目で見つめた俺は、一つ溜め息をついた。
……よし、逃げよう。
そう決心した俺は、荷台から降りようとする。が、降りられなかった。
【逃げられません】
目の前が暗転したかと思えば、見慣れたようで見慣れない告知。そう、これはいつも死んだ後に見せつけられる【DEAD END】と同じ仕様。だが、文言が違う。
逃げられません? いやいや、ふざけちゃいかんでしょ。俺は逃げるんだよ!
【逃げられません】
「クソが! FU◯K! ふざけんなよ!」
「タロウ、いきなり怒髪天。情緒大丈夫?」
羽虫がうるせぇなコイツ、みたいな顔で俺を睨んでくる。
「モネ! どうなってんの!? 逃げられないんだけど?? そちらさんの仕様がバグってない?」
「バグってるのはタロウの頭。とりあえず、理由の説明を求める」
俺は現状を報告し、この理不尽についての謝罪や精神的苦痛による賠償なども述べた。
「ちょっと黙って。今、確認する」
そう言って、目を瞑る羽虫。冷たくない? あ、いつも通りか。
「確認した。これは正当な仕様。よって、こちらに非はない」
「なるほど〜ってなるか! 逃げられないって何だよ! これまでも散々逃げてきましたけど? 何で今回はダメなんですかぁ?」
「そういう段階になった、と聞いた」
「誰にだよ! あ、主ってやつだろ!? 説明を求める! 説明されるまで、俺は引かんぞ!」
羽虫がうんざりするように溜め息を吐く。その姿は、まるでクレーマーを押し付けられた可哀想な私といった様子であり、俺の神経をさらに逆撫でさせた。
「責任者を呼べ! お前のような下っ端じゃ話しにならん!」
下っ端呼ばわりされた羽虫から、バチバチっと火花が弾ける。
あ、ヤバい。煽りすぎた。殺されるかも。無表情な所が余計に怖い。
「な、なぁ〜んちゃって! 冗談ですやん、モネさんが優秀なのは俺が一番分かってますって。だから、主の方にお礼をお伝えしたいなぁって考えましてね。それに、成果報告というのは本人よりも第三者が伝える事でより一層信憑性が増すんですよ。もしかしたら、ボーナスなんか貰えるかもしれませんね。どうです? 以前のように呼び出してはくれませんか?」
矢継ぎ早に言葉を並べて、必死に羽虫を褒め称える。もちろん嘘だが、満更でもない顔の羽虫にほっとする。良かった、アホな子で。
「ボーナス、無かったら死刑【CODE:00001】」
物騒な言葉と共に、世界が静止した。




