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Link's  作者: 黒砂糖デニーロ
第一章
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第七話 凛として

 次の瞬間、二人の間を一陣の突風が吹き抜けた。少なくとも僕にはそうとしか見えなかった。

「――魔弾、か。大仰な名前の割に随分と姑息な事をするじゃないか。クラス:ネクストが聞いて呆れる」

 粉塵舞う鉄橋の上で彼――ギンは静かに言った。どういうわけか彼は、アオイからも、ガーネットさんからも離れた場所で背を向け、木刀を振り下ろした姿勢だった。

 皮肉めいたギンの口調に、ガーネットさんは不愉快そうに軽く鼻を鳴らす。

「ギン。どういうことなの?」

「これだ」

 足元に落ちた何かを拾い上げたギンは、こちらに向けてそれを弾く。

「痛ェ!」

 鼻をほじっていたクロウの額に命中する。例によってギャーギャーと喚き始めるクロウを無視して、僕はそれを拾い上げ、まじまじと見つめる。

「これは……銃弾?」

「そういうことだ。魔弾の正体は能力でも何でもない。ただの狙撃だ。この橋の向こう、あそこに狙撃手がいる」

 ギンは橋の向こう、山の中腹を木刀の先で指し示した。

「初弾から違和感があった。お前の指の合図と弾丸のタイミングにほんの僅かなラグがあったし、そうかと思えばお前の意思とは関係なしに弾丸が放たれていた。何よりおかしかったのは、その弾丸の角度だ」

「ほぉ」と、トキワさんが短く感嘆の声をあげる。

「腕の合図の動きと弾丸の飛来する角度が全く合っていない事が不自然だった。だからずっと観察し続けたが、お前がどこにいようと弾丸は常に一定の角度から飛来してきた。その角度にお前とアオイが重なると自然に立ち位置を変えていたし、アオイと組み合っていた時、弾丸は一切飛んでこなかった。少なくとも、お前自身が放ったものじゃないと俺は確信した」

 簡単に言ってのけるけど、こんな闇夜の中で発射された銃弾なんて人の目で捉えるのは不可能だ。しかしギンはそれを見極めたばかりか、弾道の方角から狙撃手の居場所まで見切っていたのだ。恐るべき超人的な動体視力だ。

 驚くのはそれだけじゃない。

 ギンが差した狙撃手がいると思われる場所はおおよその目算でも軽く1㎞はある。大口径の対物(アンチマテリアル)ライフルならともかく、7㎜程度のごく普通のライフル弾で標的に当てるだけでも大変なことだ。激しく動きまわるアオイの脚を正確に射貫くとは、恐るべき狙撃能力である。

 ギンはただの狙撃と言うが、魔弾、という呼称もあながち大仰とは言い切れない。

「ご明察。魔弾の正体は従属の一人、アンバーによる狙撃ですわ」

 ガーネットさんは意外にもあっさりとその事実を認めた。

「アンバーは一流の傭兵で、ヴィンデル戦線で名を馳せた凄腕のスナイパーであります。ガーネット様の強い希望により、通常の三倍の契約金を条件に契約を結んだ、我々の仲間です」

「契約って!そこのボディーガードといい、お前ら仲間って意味わかってるか?」

 トキワさんの説明にクロウは呆れたように溜息をつく。

「ちょっと待ってください!だとしたらこれはもう決闘でもなんでもないじゃないですか!二対一なんて卑怯だ!」

「いえ。これは「能力覚醒」に関するハンディキャップです」

 いたって冷静にトキワさんは答える。

「能力の有無もハンディキャップの対象となります。アオイ様は能力覚醒しておられますがお嬢様は能力非覚醒であるため、従属一人の加勢が認められます」

「え!?ガーネットさんは能力非覚醒者だったんですか?」

 実は勇者は生まれつき"DEEP"を行使できるわけではない。自身の能力を覚醒させる必要があるのだが、その方法は一律に定められているものではない。

 家に伝わる秘伝の儀式などによって覚醒させる者もいれば、何の前触れもなくふとした拍子に目覚める者もいる。こればかりは努力でどうにかなるものではないのだ。

 尚、勇者機関は能力覚醒をクラス:マスターの絶対条件と定めている。非覚醒者でもネクストまで上り詰めることは可能だが、覚醒できずにネクストに長年留まり続ける勇者も少なからずいるという。

 自信に満ち溢れた雰囲気からガーネットさんは覚醒済みだと思い込んでいた。

「って、いやいや。そうだとしても、そんなハンディキャップがあるなんて聞いてませんよ!」

「はい。アオイ様の意思で省略した上、双方共にそれを合意されましたので」

 うっ……。そういえばそうだった。

「これもルールの範囲内。何か文句でもあるのかしら?」

「おいレン。お前はあれでもアイツが立派な勇者だっていうのか?」

「まぁルールを確認しないで了承したのは事実だし、責めることはできないかなぁ……」

 資格持ちのトキワさんが言う以上、少なくともルール上は有効なんだろう。やや卑怯な気はするけど。

「やいコラ!そんな金に物を言わせるような戦い方しやがって、恥ずかしくないのか!」

「何を言い出すかと思えば……」やれやれと行った様子でため息を吐いたガーネットさんは、びしっとクロウを指さし堂々とした口調で言い放つ。

「財力も力よ!」

「とても勇者の言うことじゃねぇな!」

 堂々と言い切ったガーネットさんの言葉に、さすがのクロウもツッコまずにはいられなかった。

「仮に狙撃とわかったところで、アオイさんの状況は何も変わりませんわ。あなたはそこで地に這いつくばるのよ」

「汚ぇぞ!正々堂々と戦いやがれ!」

 クロウは責めるが、「好きに言えばいい」と一笑に付す。

「構わん。やらせてやれ」

 と、ギンが一言。ガーネットさんは笑みを収め、目線を向ける。

「最初に言ったな。ランクが下位の者は、従属一人の加勢が認められると。そっちも同じことをしているんだ。今から俺が参加しても問題は無かろう?」

 意外だったのか、僅かな間を置いて「ルール上、問題はございません」トキワさんは頷く。

「私も構いませんわ。下郎の一人や二人、加わったところで物の数ではありませんわ」

「いや、お前たちの戦いに介入する気はない。俺はただ、無粋な横槍を断つだけだ」

 ギンはガーネットさんを一瞥すらせず、ただ前方の一点を見据えたまま告げた。

「まぐれで一発受け止めたくらいで、随分と大きな口を――」

「まぐれかどうか、試してみるか?」

 低い声で、再び彼女の言葉を制する。その言葉はガーネットさんと同時に、遠く彼方にいる狙撃手にも向けられていた。

「ぎ、ギン?そんな大見栄切って大丈夫なの?ライフル弾だよ?」

「ライフル弾程度なら、いくらでもはたき落としてやるさ」

 僕にではなく、狙撃手がいるであろう方向に向けて木刀の切っ先を向け、ギンは気丈にも言い放った。

 瞬間、背筋に氷を放り込まれたような感覚を覚える。今まで存在を隠していた狙撃手が、殺気を向けたのだ。ギンの一言は、こんな距離からでも殺気を感じるほどに狙撃手の挟持を刺激させたようだ。

 少なくとも、狙撃手はアオイではなくギンに狙いを定めたのは確かだ。

 かくして、広大な距離を開け、対峙する剣士と狙撃手。

 ギンの雰囲気に圧され、周囲は静寂に包まれる。限界まで張り詰めた緊張の糸は、僕らに僅かの呼吸すらも躊躇わせる。

 きっかけはなんだっただろうか。

 わずかに風が吹いたか、木の葉同士がこすれ合ったのか、鳥が小枝から羽ばたいた音か。

 極限の緊張の糸を切るきっかけはそんな些細なことで十分だった。

 それは、音もなく始まった。恐らくサプレッサーが装着されているのであろう。発砲音は全く聞こえない。

 しかし、ギンは飛翔するそれを確かに感知していた。

 軌跡すら霞んで見えない太刀筋は、一呼吸の間に十重二十重と重ねられていく。

 傍目には剣舞を舞っているようにしか見えないが、彼が動くたびに銃弾を打ち据える硬質な音が連続して山間に木霊する。

 その姿には優雅さすら感じ、戦いの趨勢も忘れて思わず見惚れてしまっていた。

 ほんの数秒のことだろうか。ごく短時間に全てが終わっていた。

 雨のような激しい狙撃は唐突に終わると、ギンも動きを止める。遅れて、潰れた銃弾が硬い路面に落ちる音が鈴の音のような軽やかに響く。

 そしてギンにはたったの一発も当たった様子は見られない。文句なしに、ギンの勝ちだ。

「もう終わりか?遠慮なく、気が済むまで撃ってくるといい」

 息も乱さず、優越感に酔うこともなく、ただ冷静にそう告げるギン。

 どこまでも勇ましく、威風堂々とした頼れる男だ。幼い頃からそれは少しも変わりはしない。

 長い、静寂。

 そして狙撃手はさらなる弾丸でもって答えた。

 ただ、先ほどと異なるのは、ギンの前方の路面に銃弾が集中していた。

 最初はなんの意図があるのかわからなかったけど、その弾痕を見るに至り、すぐに理解した。

 ――そこには、ハートに弓が刺さっている絵が器用に弾痕で描かれていた。

「惚れたね」

「惚れましたな」

「惚れたな」

「惚れましたわね」

 示し合わせたかのようにその場のほぼ全員が同時にそう口走り、「ハッ?」と素っ頓狂な声を上げて振り返るギン。銃弾を受け止めても眉一つ動かさなかったギンが、目を見開いて驚いていた。

「これってそういう意味なのか!?「次は心臓を射抜く」という宣言ってことはないのか?」

「……いえ、間違いございません。今しがた、恋慕の情を抱いた旨を伝えてほしいとアンバーより通信がありました」

耳に装着した無線レシーバーを押さえながらトキワさん。

「アンバーは現在、婚活中ですので。良い相手には積極的にアプローチしているのです」

「姿も見せないで婚活ってできるものなの?」

百発百中の凄腕スナイパーも、色々大変なご時世のようだ。

そんな外野を他所に、「むぅ……」とギンは複雑な表情で唸る。どうしたらいいのか、反応に困っているようだ。

「銃弾を受け止めただけじゃなく、逆に相手の心を射抜いちゃうなんて。さすがギンだね」

「うまいこと言ったみたいな顔をするな。第一、顔も姿も分からんやつに惚れられてもな。正直怖いぞ」

 いつもは何事にも動じず冷静に返すギンが今はたじたじだ。こんなギンの姿は長い付き合いの僕達でもそう見られるものじゃない。

 すると、後ろから怒号が響く。

「納得いかねぇよ!なんでいつもいつもコイツばっかり!」

 そこには、恥も外聞もなく嫉妬する親友の姿があった。

「だいたい、オレ様だってそんくらいできるぞ!」

「いや、さすがにクロウには無理だって」

 僕は親友のみっともない姿が見ていられないこともあって、慌てて宥める。だが、クロウは聞く耳を持たない。何かとギンと張り合うクロウは、こういう所で差を付けられたくないのだろう。

「うっさい!オラァ!撃ってこい!」

 叫びながら身構えるクロウ。ギンの時とは違う殺気、というか苛立ちを滲ませた狙撃手は、クロウに容赦なく弾丸を浴びせた。

 クロウは気合の雄叫びをあげながら正拳突きの連打を繰り出すが、銃弾には一切かすりもしない。

「せい!痛っ!やっ!痛っ!はっ!痛っ!とぅ!痛っ!ふん!痛っ!どぅりやぁぁぁぁぁぁぁ!痛ぁいっ!」

 気合の入りまくった掛け声とは裏腹に、次々と命中していく銃弾。

 そして銃撃も止み、正拳突きをした態勢のまま、静止するクロウ。結局、ギンとは対照的に全弾命中し、共通点といえば、足元には銃弾が落ちていることぐらいだ。全ての弾丸を非殺傷のプラスチック弾にしてくれたのは、せめてもの情けだろう。

「だいたい、コソコソ隠れてるのが卑怯なんだよ!男なら堂々と姿見せろやオラァ!」

 涙目になりながらも、もはや狙撃手の根本を否定して無理やり自分の土俵に引きずり込もうとするクロウ。言いたいことは分かるけど、だったら最初からギンの真似なんかしないでほしい。

 無論、そんな挑発に乗るわけもなく、狙撃手はさらにクロウに銃弾をぶつける。

「イタッ!イ、イタッ!ちょっ、テメっ!このっ!痛い!すみません!ごめんなさい!」

 ついには反射的に謝ってしまったクロウ。そのあまりに無様すぎる哀れな親友の姿は涙すら誘う。

「しかし勇者のくせに、能力が使えないのか!?はぁ~、情けねぇなぁ!えぇ?」

 勝てないと踏んで、今度は矛先をガーネットさんに向ける。こうなるともはや負け惜しみの八つ当たりでしかない。

「散々偉そうなこと言って、当の自分が一番未熟なんじゃねぇか。とんだ笑い話だな!」

 並び立て、言葉を浴びせるクロウ。さすがにそれ以上は憚られると思い、僕が止めようとすると、それより先にその人――黒服のボブさんがずいっとクロウの前に出ると、サングラス越しに彼を睨みつけてきた。

「アン?んだよ?やろうってのか?あぁ?」

「……」

 二人は額がぶつかるほどの距離で睨み合う。殺伐とした雰囲気が漂い、今にも殴り合いを始めそうな勢いだ。

「わぁぁ!もうこれ以上面倒を増やさないでよ!」

 僕は慌てて二人の間に割って入る。

「今はアオイが戦ってるんだから、クロウは戦い禁止!静かにしてなさい!わかった?」

 指を立てて咎めるように僕が言うと、ちっと顔を歪めて舌打ちする。しかし、ボブさんから視線を外さず睨み続ける。ボブさんも譲らず、こちらはこちらで静かな戦いが繰り広げられていた。

 とりあえずこっちの暑苦しいのは放っておいて、僕はアオイたちの戦いに意識を戻す。

「お仲間は随分と不平不満を口にするのに、あなたは何も文句を言わないのね」

「あんな猿から人間に進化し損ねたようなやつと一緒にするな」

 毎度のことながら酷い言われようだなぁ……

「あら。ではあなたは特に不満はないと?」

「不満も何も、戦いってのはそういうもんだろ。戦う相手がどんなやつか事前にわかれば苦労しない。もし今、目の前にいるのがお前じゃなくて魔属だったら、泣き言をいちいち聞いちゃくれない」

 さも当然とばかりないたって冷静な物言いに、ガーネットさんは軽く眉を吊り上げて驚いた表情を作る。

「さっきお前が言ったことも、正しい。魔属から人を守るのが勇者だ。家族を殺された人に、疲れてたから守れませんでしたなんて言い訳、できないし、したくない」

 ガーネットさんが現れてから、彼女の厳しい物言いにアオイはほとんど言い返しはしなかった。勝ち気なアオイを知っている身としては不思議だったけど、聞けば納得だ。

 自分と同じ悲劇を繰り返させないために戦うアオイ。だから戦いに関しては己に厳しい。

「だからといってレンはやらん!レンは私のだ!」と、さっきまでの冷静さはどこへやら。敵意も露わに切っ先を向けるアオイ。一方、ガーネットさんはというと、

「……ふふっ」

 と、小さく笑った。その笑みの含むところはわからないが、少なくとも嘲ったりバカにする類のものではなかった。

「今まで決闘で負かせた相手は皆、女々しい恨み事や的外れな非難をする輩ばかりでしたけど、どうやらあなたは違うようですわね」

 そう言うと、何を思ったか彼女は両手の聖剣をあっさりと投げ捨てた。

「あなたには純粋な実力でぶつかりたくなりましたわ。ボブ。あれを出しなさい」

 何があってもガーネットさん優先なのか、クロウと睨み合いをしていたクロウからあっさり視線を外すと、またもケースから一本の剣を取り出す。

 現れたのは、鉄塊の如き大剣。先ほどとはうって変わり、両手で抱えるように運ばれ、恭しく差し出された剣をガーネットさんは片手で掴む。

 鈍く光る赤黒い表面は鍛えられたばかりの鉄のよう。無骨、と言えば聞こえはいいがお世辞にも美しいデザインとは言えず、担い手であるガーネットさんとは対照的だった。

「やはりこれが一番手に馴染みますわね」

 言いながら、身の丈を超える剣をガーネットさんは軽々と一振りする。ただそれだけで、風圧がアオイの髪を激しく揺らした。

「あれはVGS-001[レジウスフラマ]。ガーネット様用に開発された専用聖剣(フルオーダー)です」

 訳知り顔でそんな解説を述べたのはアーヴィングさんだった。

「へぇ。よくご存知ですね」

「あれの開発には、私も関わっていましたので」

「開発にって、それはどういう……?」

「あ。言ってませんでしたっけ?私もレンさんと同じ、聖剣鍛冶師スミス・デザイナーなんですよ」

「えぇぇぇぇぇぇぇ!」

 驚愕のあまり僕は素っ頓狂な声を上げてしまう。

「ガーネット様のパーソナルデータを元に、我々のチームが総力を上げて作り上げた逸品なんです。将来ガーネット様が能力を発現することを見越し、素材は耐熱性に重点を置きつつ――」

 僕の驚きにもさして触れること無く、楽しそうに聖剣を説明する。まぁ自分の作品を語りたい気持ちは十二分にわかるので、今は言いたいこと聞きたいことを呑み込み、アーヴィングさんの説明に耳を傾けつつ二人に視線を戻す。

「生憎と()()()()特別なギミックは無いから、安心なさい」

 持ち上げるだけでも一苦労しそうな剣をがしゃっと音を立てて正眼に構える。ただそれだけで、見るものを威圧する迫力があった。

「……先に言っておきます。もしあなたが負けても、あなたを侮辱したことは撤回します。あなたを一人の勇者と認めますわ」

 思いがけない発言にその場の全員が驚かされるが、当のアオイの表情に変化はない。

「その上でもう一度聞きますけど、降参する気はないかしら?」

「くどいぞ。私は自分の戦いから逃げない」

「良い返事ですわ。合格よ」

 その言葉と共に笑みを浮かべる。それは短いやりとりだったが、ガーネットさんの纏う雰囲気が大きく変わった。うまく表現できないが、戦いに臨む覇気は増大したのに、これまでのような排他的な刺々しい雰囲気は消え去ったように感じられる。

「あなたを私の初めての好敵手(ライバル)と認めます。光栄に思いなさい」

「そりゃどうも!」

 語尾は後方に流れて消える。一足でトップスピードに乗り、一気に間合いを詰めるアオイ。三つ編みにした後ろ髪が水平になり、激しく波打つ。

 対するガーネットさんも、強く踏み足を握りしめ、手にした[レジウスフラマ]を振り下ろしてアオイを迎え打つ。 

 二人は全力でぶつかり合う。激突の勢いは、衝撃波となって離れた僕達にまで達した。

 剣越しに僅かの合間睨み合った後、ガーネットさんは力でアオイを押し返す。アオイはそれに抗わず、受け流しながら間合いを取る。

 すかさずガーネットさんは突進して間合いを詰め、勢いを乗せた横薙ぎの一閃を薙ぐ。風圧すら纏った重撃だが、アオイはそれを冷静に見極め、地を這うような低い姿勢で掻い潜り、間合いに踏み込んできたガーネットさんの足元目掛け剣を振るう。

 とっさにガーネットさんはバックステップを踏んでそれを躱すが、踏み込んでいた右足はわずかに逃げ遅れ、膝のあたりを浅く斬られる。飛び散った血がパパパッと音を立て路面を濡らす。

 視線はアオイに据えたまま、昇ってくる痛覚だけで斬られたことを知覚したガーネットさんは舌打ちをするが、それでも尚攻めの姿勢を止めない。痛みを無視し、体ごと旋回しながら[レジウスフラマ]を横に薙ぐ。

 胴を貫く軌跡の斬撃を、アオイは跳躍して躱す。しかし、刀身は瞬時に引き戻されると、宙に浮くアオイ目掛けて素早く突き出される。

 足場のない空中で器用に身を捩ったアオイは、橋の主塔を蹴り、さらに高く跳ぶ。空中で身を捻ってガーネットさんの頭上を跳び越え、背後に着地すると同時に、逆袈裟の斬撃を放つ。

 完璧に決まったと思われたが、逆手に握った[レジウスフラマ]を背中に回しこれを防いで見せた。さらにすかさず後ろ回し蹴りを繰り出す。大きくスカートが翻り、固いブーツの踵がアオイの側頭部を打ち据えた。

 アオイは横っ飛びに吹っ飛び、路面を転がる。金槌で打たれたような衝撃にすぐに立ち上がることができなかった。

 その隙を見逃さず、ガーネットさんは[レジウスフラマ]を振り下ろす。

 空気すら圧し潰しながら迫る[レジウスフラマ]を、アオイは体のバネを使って身を起こし、間一髪これを躱す。背後で[レジウスフラマ]が路面を抉り、コンクリートの破片を巻き上げた。

 凄まじく、強い。

 その実力はここまでで十分理解したつもりだったが、得物が変わっただけで水を得た魚の如し。身の丈を越える大剣をガーネットさんはまるでナイフのように軽々と、自在に操り振り回す。先程の[Λ(ラムダ)]と明らかに技も身のこなしもキレが如実に違っていた。

 勇者の戦闘は、聖剣とのマッチングは蔑ろにできない重要な要素である。科学的なデータに基づいて設計された専用聖剣(フルオーダー)は伊達じゃない。

 起き上がったアオイに、ガーネットさんはさらに十字を描く二連撃を放つ。力だけでなくスピードも乗っており、これを回避するのは難しいはずだが、アオイは水平の一撃目をスウェーで紙一重躱し、続く逆落しの二撃目を踊るように鮮やかなステップで間合いの内に踏み込んで回避する。

 風圧で髪をかき乱されながら、アオイはカウンターのタイミングで剣を突き入れる。剣を振り抜いた状態の隙をガーネットさんには躱す姿勢にない。とっさに右腕を翳してそれを防ぐと、ガントレットの表面に火花を散らしながら剣身は昇り、切っ先が彼女の肩に突き刺さる。

 さすがのガーネットさんも逃れるべく、大きく後方に跳躍し間合いを取る。それでも[レジウスフラマ]を突き出し牽制を忘れないのはさすがだ。

 もはや、苛烈極まる二人の戦いに誰も介入することはできなかった。ただ息を呑み、戦いの行く末を見守るだけだ。

 どれほどの回数を切り結んだだろうか。

 間合いをひらき、静かに対峙した二人。アオイは肩で息をし、剣を持つ片手をだらりと下げる。すでにガーネットさんの全力の太刀筋を受け、左腕はまともに動かない様子だ。一方ガーネットさんも優雅な立ち振舞こそ崩さないものの、息を荒げている。ワンピースドレスのそこかしこが裂け、鮮血の朱が濡らしている。

 気付けば、二人とも小さな笑みを浮かべていた。

(楽しんでいる……?)

 腕を競い合える好敵手に出会えた喜びか、気高い相手の魂を称える笑みなのか。それは当人たちにしかわからない。

「体力の消耗から判断して、次の一太刀を持って試合終了といたしましょう」

 トキワさんは審判として互いの体を気遣い、そう判断した。言われるまでもなく次で決着が着くことは誰もが予感していた。

 二の太刀はない。次の一撃で雌雄が決する。

 おそらく、当の本人たちこそそれを確信しているだろう。

 長い、静寂。

 互いに言葉はない。事ここに至っては、どんな言葉も無粋だ。

 語るべき言葉は、すべて刃に乗せてぶつけた。

 二人は互いに視線を絡め合う。お互いの一挙手一投足、僅かな表情の変化にまで神経を張り巡らす。

 果たして、示し合わせたかの如く二人は同時に路面を蹴った。

 体内のエネルギーは来たる一瞬のために燃焼し、爆発する。

 お互いに後ろに剣を引き、渾身の力で振り抜く――

 が、その刃は放たれなかった。

 激突の直前、二人の間の路面が突如、激しい轟音と共に爆散した。巻き上がる粉塵と飛び散るコンクリート片の雨の中、橋の路面の一部が崩れ落ちた。

 二人のどちらの仕業でもない。僕には何かわからなかったが、橋の下から何かが飛び出したように見えた。

 それはアオイたちも同様なのだったみたいだ。二人は同時に空を仰ぎ見る。

「あれは……有翼魔属!」

 そこにいたのは、巨大な翼を羽ばたかせ空を跳ぶ魔属が!

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