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Link's  作者: 黒砂糖デニーロ
第一章
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第八話 翔ぶが如く

 有翼魔属――ボルクリンガのような翅で低空を飛ぶものではなく、空を自在に飛翔する魔属をそう呼称する。前大戦から確認されるようになった新たなカテゴリの魔属の登場により、それまで人類唯一のアドバンテージであった航空戦力とそれによる戦略は全面的な見直しを余儀なくされてしまった。

 無数の群れを成すのは、全長が成人男性ほどのサイズの下級魔属『コ・ヴルヌ』。トンボを連想させる巨大な目を持つ頭部と体毛に覆われた細長い胴。頭の付け根辺りから伸びる、鋭い穂先を持つ細長い二本の触腕が特徴的なそいつは、その身を空中に浮かせるため、コウモリのような羽根を忙しなく羽ばたかせていた。

 そしてその群れの中央にいるのは中級種魔属『ヴルヌ』。名前からもわかるとおりコ・ヴルヌを統率する中級種だ。外観的な特徴もコ・ヴルヌのサイズアップといった感じだが、その体長は数メートルあり、翼を広げた横幅は十メートルに届く。さらに、ヴルヌの触腕は十本以上あり、それぞれが気味悪く蠢いている。

 有翼魔属に対して地上戦力で対抗する手段は限定される。それは白兵戦が基本の勇者も同じだ。

 すでに高空にまで舞い、こちらを見下ろすヴルヌ。対して、こちらには対空装備は皆無である。

 撃退する手立てがない以上、悔しいがここは逃げるしか無い。逃げる算段を立てようと、僕は周囲に目を走らせる。しかし、それよりも早くヴルヌは動いていた。

 空中で一回転したかと思うと、水平飛行で橋上を掠める低空スレスレを過ぎっていく。服を引き千切らんばかりの風圧が僕達を襲った。とっさにクロウが覆いかぶさるように僕を押さえていなかったら、今頃僕は谷底に落ちていた。

 そしてヴルヌは停めていたトレーラの側面に体を激突させた。

 巨大な質量弾に等しいヴルヌの体当たりは、十トン近い重量のトレーラーを軽々とふっ飛ばした。

「まずい!」

 僕らの目の前でトレーラーは横転したまま路面を滑り、高欄を突き破って頭から谷底へと落ちようとしていた。まだあの中には、昨日の襲撃で負傷した人たちが……!

「うぉおおおおおおお!」

 真っ先に駆け出したクロウはトレーラーに腕を伸ばしヘッドスライディングで飛びつく。

 空中でトレーラーの後部バンパーを掴み、もう片方の手は欄干を掴む。

 間一髪、彼の捨て身の行動で転落を阻止したが、重力の手は尚もクロウを谷底へと引きずり込もうと苦しめる。腕が引き千切れんばかりの痛みを必死にこらえ、クロウは四肢に全神経を集中させる。

 バンパーの軋む音が響く。クロウの怪力を持ってしても、この無理な姿勢でトレーラを片手で支えるのはやはり容易ではない。トレーラーが左右に揺れる度に欄干は徐々に曲がり、バンパーは汗で滑り、クロウの表情は苦痛に歪んでいく。

 と、クロウの隣から手が伸びる。浅黒いその手はクロウとは反対のバンパーを掴むと、落ちかけたトレーラーを支えて見せた。

 クロウは眼だけで横を見る。そこにいた人――ボブさんを見て驚いた表情を見せる。まさかクロウに匹敵する筋力を持っていたとは僕も想像だにしていなかった。

 二人の力でなんとか落下は防いだものの、これはまずい状況だ。二人の協力で少しずつ引き上げられてはいるが、時間を要するのは明白だ。身動きができない今、逃げるという選択肢を選ぶことはできない。

 無防備な二人に、これみよがしにコ・ヴルヌが殺到する。一体一体は大した脅威ではないが、群れで取り付かれては対処のしようがない。一度その触腕に絡められたら骨を砕かれるまで締め上げられるか、体毛の奥に隠れた鋭い牙と強靭な顎で啄まれ、ものの二、三分で全身を喰らい尽くされてしまう。

 上空から無防備な二人めがけ、一直線に殺到するコ・ヴルヌ。それらを迎えたのは、空を切る音と目にも留まらぬ幾条もの剣閃。

 動けない二人を守るように立ちはだかったギンは、正確無比な幾重もの斬撃でもって、迫り来るコ・ヴルヌを残らず叩き落とした。

 後続のコ・ヴルヌたちは急制動をかけ、ギンの手の届かぬ上空へ避難する。むざむざ間合いに入り自分たちの優位を捨てるような愚は犯さない。さすがのギンも空を飛ぶ魔属を追撃することは叶わず、しかし、間合いに入った魔属は一匹たりとも通さない気迫をコ・ヴルヌたちにぶつけた。

 と、滞空していた一体のコ・ヴルヌの身が爆ぜ、肉片が谷底へと落ちていく。遅れて、山間に轟音が木霊する。

 それも一度ではない。ヴルヌの頭が、羽が、細い体が消し飛ぶ。それと同じリズムで爆音が遅れて響く。

「アンバーから通信です。ギン様を援護するとのことです」

 通信機を耳に当てたトキワさんが告げる。やはり今のはアンバーさんによる狙撃だった。銃声も威力も先程と桁違いなのは、おそらくより対魔属用の大口径銃に替えたためだろう。

 次々とコ・ヴルヌが撃ち落とされていく。遠距離狙撃とは思えない正確な射撃だ。

 その時、空気がうねりながら上昇していくのを肌ではっきりと感じられた。はっと視線を上に向けると、一気に見上げる高さまで飛翔したヴルヌの姿が。

 ヴルヌは翼をたたみながら姿勢を一八〇度回転し、獲物を狩る鷹よろしく急降下をかける。

 先ほどトレーラーを軽々とふっ飛ばしたのを見てもわかる通り、奴の質量とスピードはただそれだけで脅威となる。この橋を粉砕して余りある威力になることは間違いない。

 アンバーさんの狙撃が頭部と翼に集中するも、しかし、頭部はわずかに肉片を飛ばすだけにとどまり、それもすぐに再生してしまう。翼に至っては直撃しても傷一つついていない。薄くて柔軟な見た目に反し、奴の翼は硬性と靱性という相反する性質を併せ持っている。翼は飛行のための器官であると同時に身を守る鎧でもあるのだ。

 ぐんぐんスピードを上げるヴルヌ。まさに路面に直撃するかと思われたその時、その軌道が、横からの衝撃で直角に折れ曲がる。

「せっかく面白くなってきたところでしたのに。野暮な邪魔が入ったものですわね」

 空中で[レジウスフラマ]を叩きつけたガーネットさんは、優雅に路面に着地すると、心底呆れた表情で言う。

「良かったな。あのまま戦っていたら私が勝ってた」

「ふん。減らず口を。安心したのはアオイさんではなくって?」

 自身の存在を無視されたことに腹を立てた――わけではなく、本能で勇者の存在を察知したヴルヌは山々に木霊するほどの咆哮を上げると、二人を標的に定め襲いかかる。

 安全圏である空中から、伸縮自在の触腕の先端を槍状に硬化させ、上空から乱撃を浴びせかける。一撃一撃が路面に深々と突き刺さる鋭さを秘めた刺突の雨を、アオイは巧みなフットワークで、ガーネットさんは[レジウスフラマ]を盾にしてそれぞれやり過ごす。

「チクチクとうざったいですわね!」

 言うやいなや、[レジウスフラマ]を横に寝かして構えたガーネットさんは、全身を使って大きく旋回しながら斬撃を繰り出した。遠心力の加わった一撃は、地面に突き刺さった触腕をまとめて刈り取った。尚、斬撃の圏内にいはアオイがいたのだが、一切お構いなしだ。慌てて飛び退ったアオイは、拳を上げて怒りを露わにした。

「危ないだろバカ野郎!当たったらどうすんだ!」

「そんな喚かなくても、入院費はちゃんと出して差し上げますわよ」

「おいレン!このバカを訴える準備をしてくれ!今すぐに!」

 アオイの抗議の声など適当にあしらい、ガーネットさんの視線は上空のヴルヌに固定されている。

 実戦経験豊富なガーネットさんは、この状況の不利をすでに理解していることだろう。頭を押さえられていることに苛立った様子でヴルヌを睨みつけ、反撃の糸口を見出そうとしているようだ。セヴレズを圧倒したガーネットさんであっても、地に足をつけたまま有翼魔属を相手にするのはやはり不利だ。

 しかし、戦うしかない以上、危険だけどここは二人に賭けてみるしかない。

「ガーネットさん!」腹をくくり、僕は大声で呼びかける。ガーネットさんはチラリと一瞬だけ視線を送る。

「一瞬でいいので、奴を引きずり下ろしてほしい。できますか?」

「私に頼み事は高く付きますわよ?」

「お、お手柔らかに……そうしたらアオイは」

「わかってる。()()()()()()()()?」

 さすが勝手知ったる幼馴染。委細承知とばかりに頷く。

 その間に触腕の先を再生させたヴルヌは、再び安全圏から二人目掛けて刺突を繰りだそうと穂先を伸ばす。

 再び繰り出される刺突の雨を、ダンスと見紛うほどに華麗なステップで触腕を避け、受け流しながら触腕の一つに[レジウスフラマ]の刀身を絡め巻きつける。

「はァっ!」と、裂帛の気合とともに触腕を絡めた[レジウスフラマ]を両手で勢いよく引く。そのままヴルヌを引っ張り落とす算段だったようだが、ヴルヌは瞬時に触腕の伸縮を最大にしたため、それは失敗に終わる。

 急激に長さが伸び、ゆとりができたことで[レジウスフラマ]から開放された触腕を、ヴルヌは鞭のようにしならせてガーネットさんに叩きつけた。

 腹部に食らい、衝撃に後方へ吹っ飛ぶガーネットさん。倒れこそしなかったものの、身を裂かんばかりの痛みに、口の端から血とうめき声を漏らす。

 この好機を見逃さず、ヴルヌは翼を羽ばたかせながらさらに触腕を突き出す。

「ちょっと怯んだと見るや突っ込んでくるあたり、所詮は畜生ですわね。わかりやすくて助かりますわ」

 血に濡れる口で不敵な笑みを作る。

 同時に、足元を転がる()()を爪先で器用に蹴り上げた。目の前を回転する()()――[グリーム]の柄を片手で掴むと、刃を現出させ、ヴルヌ目掛けて投げつけた。

 触腕と交差し一直線に飛んでいった[グリーム]は、ヴルヌの眼球を焼きながら深々と突き刺さった。

 思わぬ飛び道具に悲鳴を上げながら空中で悶絶するヴルヌは、姿勢制御が疎かになり僅かに落下する。

 それを狙っていたのか、ガーネットさんは路面を駆けて跳躍。大きく振りかぶった[レジウスフラマ]を垂直に振り下ろした。

 斬撃は掲げられた翼によって阻まれてしまったが、衝撃までは殺せない。大質量による激しい衝撃は今だ前後不覚のヴルヌを路面へと叩きつける。痛みに路面をのたうち回ったヴルヌだが、その後慌てたように高度を取って避難した。

 その時、東の稜線から光が差し、橋上を照らし出した。

 朝日だ。

 顔をのぞかせた太陽の光が宵闇を払い、山間の空間に光が満ちていく。

 ヴルヌは気付いただろうか。

 橋の上に、アオイの姿がないことに。

 そしてヴルヌの見ただろう。昇り始めた太陽の中に、逆光で縁取られたシルエットを。

 今まさに剣を抜き放とうとするアオイの姿を。

 彼女はヴルヌが路面に落下した一瞬の隙に、ヴルヌの触腕の一本を掴んでいた。そうして触腕が収縮する力を利用し、高々と飛び上がったのだ。

 迎え撃とうとするヴルヌは触腕を伸ばすとするが、アオイの剣の方が速かった。

 黎明の光を反射しながら鞘から放たれた刃は、瞬時に粒子を纏って翻る。刃は側頭部から斜めに入り、頭頂部へ突き抜けていった。

 切り落とされた頭部が、血か脳漿か判別できない汚濁と共に谷底へ落ちていく。

 耳を劈く甲高い悲鳴を上げ、六本の腕をめちゃくちゃに振り回すヴルヌ。

 さらにアオイはヴルヌの体を蹴って離脱する同時に、置き土産とばかりに斬撃をお見舞いする。粒子斬撃は強固な翼を半分に断ち切った。

 ヴルヌは無我夢中で羽ばたかせて何とか空中に留まろうとするが、もはやそれを成すことは適わない。その身はすでに重力の腕に絡め取られ、緩やかに落下していく。

 雌雄は決した。完全にアオイたちの勝利だ。

 しかし、その後がまずかった。

 落下したヴルヌの体は路面に垂直に激突。すでに大穴が空き半壊状態の橋はその衝撃を受け止めることはできず、ついに中央部が完全に崩落してしまった。

 瓦礫とともにヴルヌも谷底へと落ちてゆく――かに思われた直前。最後の悪あがきか、助かろうとする一心からか、ヴルヌの触腕が伸びてガーネットさんの足に絡みついた。

 崩落から免れようと後退しかけた最悪のタイミングで絡め取られたガーネットさんはそれを振り払うことができず、ヴルヌと共に引きずり込まれてしまう。

「くっ……!往生際の悪い!」

 ガーネットさんは悪態をつきながら剣で腕を断ち切るが一瞬間に合わず、彼女は空中に身を投げ出されてしまった!

 絶体絶命の中にあって、それでもガーネットさんは冷静だ。共に落下するヴルヌを足場にして跳躍を試みた。

 巧みな力配分と靭やかなバランスによる跳躍は、不安定な空中にありながら信じられない程の上昇を見せた。直前に橋上で[レジウスフラマ]を手放していたのも正しい判断だった。

 その結果、精一杯伸ばされた指先が崩れ残った橋の突端をかろうじて引っ掛ける。その瞬間に全力を指先に込めたガーネットさん。人並み外れた握力で指先をコンクリートに抉りこませ、その身を強引に繋ぎ止めた。

 固唾を呑んで見守っていた僕らは安堵の息を吐く。

 と、彼女の力に耐え切れず掴んだ部分が砕けてしまった!

 ガーネットさんの体が再び谷底の闇に落下していく。伸ばされた腕の先で開かれた指は、虚しく空を掴むだけに終わる。

 悔しさからか、顔をわずかにしかめるガーネットさん。

 と、彼女の手首を、小さな手が掴んだ。

「面倒かけるな、バカ」

 それはアオイの手だった。彼女は粒子加速で滑り込み、間一髪でガーネットさんの危機を救った。

 ちなみに、上から顔を覗くアオイは、完全にドヤ顔だった。

「こいつは貸しにしてやる」

「あら?別に助けろと命令した覚えはなくってよ」

「手ェ放すぞ、このヤロウ」

「あなたが手を放すのと、そのお下げ髪を私が掴むの、どっちが速いか勝負します?」

「お前を突き落とせるなら、この髪は断ち切っても惜しくはない」

「いいから早く引き上げて!そんな危ない状況でまで喧嘩しないでよ、もう……」

 ほっとけばいつまでも続けそうな二人に、僕はがっくりと肩を落とす。



 突然の襲撃だったけど、トレーラーもクロウとボブさんの二人によって無事引き上げられた。中にいた負傷者にも大きな被害はなかったのは不幸中の幸いだった。

 事なきを得、みんなが落ち着きを取り戻した頃、アオイはガーネットさんに問いかけた。

「で、どうする。続きはここでやるのか」

「興が冷めました。勝負は保留としましょう。そもそも、今は輸送車の護衛が最優先ですもの」

「お前が先に勝負をふっかけてきたンだろ。ま、私はどっちでも構わんが」

「そう言いつつ、レンさんを取られなくて内心ではホッとしているのが丸わかりでしてよ?」

「よし立て。今すぐ続きやるぞ」

「二人共元気だねぇ……僕はもう止める気力もないよ」

 なんて言い合う二人だけど、少なくとも初対面時の刺々しさは互いに見られなかった。

「しかし、見事に分断されてしまいましたわね」

 ガーネットさんは抜け落ちた橋の中央を見てため息をつく。中央が崩落した橋は、もはや車両の通行は不可能だった。トレーラーは進行方向側にあるからいいものの、軽装甲車は橋の向こうに取り残されてしまっている。

「少し遠回りになりますが、一度引き返して西から迂回するのがよろしいかと。この先の峠で合流できるはずです」

「いいですわ。では私とボブはあちらの護衛に回ります。トキワはこちらに残って誘導なさい」

「かしこまりました」と、トキワさんは恭しく頭を下げる。

 と、ガーネットさんはアオイに向く。

「そちらの車両の護衛はアオイさん。あなたに託しますわ」

 そのまっすぐな眼差しからは対等な存在に接する信頼を見て取れた。

「任せろ」という意志を込めてアオイは深く頷き返す。

 それを見て満足そうに一笑すると背を向け歩み出す。が、チラリと振り返り僕と目が合う。すると、なぜか勝ち誇ったように指を突き出し声高に言った。

「レンさん。いずれあなたは私のものになる。その日を楽しみにしているといいわ」

「は、はぁ……僕としては早めに諦めていただきたいのですが」

 後半の僕の言葉は聞こうともせずに駆け出すと大きく跳躍し、ワンピースの裾を激しくはためかせながら橋の向こう側へと飛び去って行ってしまった。

 ガーネットさんに続こうとするボブさんはふと足を止めると、

「Hey、クロウ」

 と、クロウに呼びかけた。振り返るクロウに、ボブさんは言葉を発すること無く、無言で親指をぐっと立てた。

 それを見たクロウも、ニヤリと笑みを作りながら親指を立て、橋向に跳ぶボブさんを見送る。

「ま、筋肉が紡いだ友情ってやつだな」

 うん、意味が分からない。

「しかし、素晴らしい戦いでした。不覚にも私、感涙しそうになりました」

 ガーネットさんを見送ったトキワさんはそんなことを口にした。

「ははは。いくらなんでも大袈裟ですよ。確かにすごい戦いでしたけど」

「いえいえ。お嬢様にとっては非常に有意義な一戦でした。私の知る限り、お嬢様がこれほど誰かを認めたことはございません」

 笑う僕に、トキワさんはいたって真面目な口調で言う。

「口先だけの凡夫か、力を誇示したいだけの下劣な輩が蔓延る昨今にあって、自身を高貴であると定義するお嬢様は、他の勇者に対して厳しいのです」

「ああ、今ならわかる気がします。出会うなりアオイに厳しく当たったのも、自分に厳しい責務を課すからこそなんでしょう」

「さすがでございます」と、トキワさん。

「刃を交えることで、相手が見えてくることは往々にしてございます。全力でぶつかり、また肩を並べて共闘することでアオイ様を知り、勇者としてお認めになられた。そうでなければあのお嬢様が、例え分断されようとも自社の物資や社員を託すなどまずありえません」

「そういうものなんですか……」

 僕にはよくわからなかったけど「そういうものでございます」と返すトキワさんの心から嬉しそうな表情を見ると納得してしまう。

「どうかこれからも、お嬢様とお付き合いください」

 アオイの手を取り恭しく頭をさげるトキワさんに、アオイは戸惑いながらも「お、おぅ」と頷く。

 すると今度はなぜか僕の方まで歩み寄り、同じように手を取り頭を下げてきた。

「そしてレン様。どうかお嬢様とのこと、前向きにご検討ください」

「ですから移籍する意思は僕には……」

 断る僕に、「いえ、そのことについてではございません」とトキワさんが首を横に振って否定する。では一体何のことを指しているのか理解できずにいると、トキワさんはとんでもないことを口にした。

「お嬢様は、レン様を異性として大変好意を持たれました」

 いたって平静に告げられたその言葉の意味を理解するのに、数秒の時間を要した。

 結果、理解できなかった。

「いやいやいやいやいや。何言ってるんですか?え、どのタイミングでそういう話になりました?」

「表面上ではわかりにくいでしょうが、お嬢様がお生まれになってから今日まで世話役としてお側に仕えてきた私の目に狂いはございません」

「そういうものなんですか……って納得できませんよ!」

 まったく理解できないといった様子の僕を見て「ふむ」と何か思案しながら顎鬚を撫でると、おもむろに語りだす。

「お嬢様は物心ついた頃から今に至るまで、我々ですら目の届かぬところで並々ならぬ努力を積み重ねてきました。力を持つ高貴なものの義務を果たす者として相応しい力を得るために。そして、常にその義務を遂行してきました」

「そんな風にゃ見えないけどな」

 やはりまだ悪感情が拭えない様子のクロウが腐す。

「当然です。余人に努力やその痕跡を見せるような行為は同情を得体がための行為だと唾棄し、常に結果で示すことを信条としておられました……しかし、家柄と勇者という二つの高貴かつ優れた血筋を持つがゆえに、結果を残せば残すほど、お嬢様個人とその評価は乖離していきました。成功の評価はヴァーミリオン家という家柄に。失敗はお嬢様個人に。常に家柄になびいた過大評価か、嫉妬や妬みから来る偏った評価ばかり。無論、他者からの評価など歯牙にかけないどころか、今ではそれを利用する強かさすら身につけられましたが、理解されぬが故の孤独を、お嬢様自身も気付かずに抱えておられるように見受けられました」

「まぁそれは理解できますけど、それがどう――」

「まさにそこでございます」と、被せてくるトキワさん。

「レン様はそんなお嬢様を的確に見抜き、理解し、指摘されました。泰然としているようで、内面ではかなり面食らっているように見受けられました。等身大のご自分を見られ、認められたことに大層お喜びになられたのでしょう」

「買いかぶりです。仮にそうだとしても、それにしたって、い、いい、異性としての好意なんて、いくらなんでも飛躍しすぎですって」

「そんなことはございません。腕の立つ者、容姿が良い者など掃いて捨てるほどいますが、人の本質を見抜き、正しく評価できるレン様のような人は稀有です。レン様のその魅力に、お嬢様は強く惹かれたのでしょう」

 こちらの疑問にまったく淀みなく返され、逆に僕の方が言葉に詰まってしまう。

「長くお嬢様の側におりますが、あれほど殿方に心惹かれたお嬢様を、私は初めて見ました」

「僕にはそんな様子は微塵も見受けられないのですが」

「そこは生まれついてのヴァーミリオンの家系でございます。乙女や淑女のように誘うよりも、欲したものはその手で掴み取るのがお嬢様の信条のようです」

「なるほど。略奪愛ってやつか」

「うん、全く違うね。どこでどう覚えちゃったのかな?」

「違うのか!?」と心底驚くアオイ。

 まぁ確かに、ガーネットさんが頬を染めてはにかんだり、媚びながらすり寄るような姿は想像できない。まだ「お前は私のもの」と勝手に宣言し、連れ去ってしまう方が(どうかとは思うけど)合っているのは間違いない。

 とはいえ、その説明だけではガーネットさんが僕に好意を抱くことは、やっぱり理解できない。

「ほっほっほ。どうも歳を取るとお喋りになっていけませんな。今お話したこと、どうかお嬢様にはご内密に願います」

 僕はさらにトキワさんに問い質したかったけど、トキワさんは一礼するとこちらに背を向け、アーヴィングさんたちに指示を出し始めていた。

「よくわからんが、友人代表のスピーチは私に任せろ」

 肩を叩きながらどこまで本気なのかわからない事を言うアオイを、僕は恨めしく見つめるのだった。



 橋を後にし、山道を下りながら合流地点へ向かう僕達は、トレーラー上で周辺を警戒する。今のところ魔属の気配もなく順調だ。

「楽しそうだったね?」

 僕は横に立つアオイに軽く尋ねてみた。アオイがガーネットさんとの戦いの中で浮かべた表情の真意を確かめたかった。

「正直、少し楽しかった」

「ガーネットさんは好きになれそう?」

「アイツは変な奴だし、言葉通じないし、すっごい面倒な奴だ。この先、街で見かけても声はかけないレベル」

「酷い言われようだね」

「でも、悪い奴じゃないとは思う」

「……そっか。それは良かった」

 その感覚は、トキワさんの言うように剣を混じえた者にしかわからないのだろう。

 なんにせよ、僕は嬉しく思う。

 勇者の仕事は殺伐とした血生臭い世界だ。だから、僕達以外に気の通じ合う仲間ができることは素直に喜ばしい。まして、僕は勇者じゃない。彼女の苦悩や痛みは、僕には完全には理解してあげられない。これから先、二人が同じ勇者として心が通じ合える間柄になれるよう、内心で強く祈った。

「そういうお前はどうなんだ、レン」

 と、楽しげに言ってきたのは、意外にもギンだった。

「何が?」と問いかける僕に、ギンは悪戯めいた表情を作る。

「とぼけるなよ。あの女勇者、お前に気があるそうじゃないか」

 からかうような言葉に、僕は苦笑いを浮かべる。先ほどのトキワさんの言葉を思い返してみるも、異性に好かれた経験など皆無の僕には未だに信じられない。大企業の社長令嬢が、ある日突然僕に惚れるなんて、どんなフィクションだ。今どきの漫画ならご都合主義すぎてボツになるレベルだ。

「まさか。そんな事ありえないよ。きっと何かの間違いだって」

「こういうのを逆玉の輿っていうんだろ?あんなご令嬢の心を射止めるなんてさすがだな、色男。将来は安泰だな」

 さっきの仕返しのつもりか、ここぞとばかりにからかってくる。

「やめてよもうっ!こっちはなんでそうなったのか未だに理解できてないんだから」

 自慢じゃないが、僕は異性に好まれる要素なんか一つもない。背も低いし、童顔だし、腕っ節も強くもない。性格も自分でも情けないくらい女々しくて男らしいとは程遠い。特にギンみたいな完璧人間と行動を共にしてすると、軽く劣等感すら覚えてしまう。

「何言ってるんだ。レンはすごくいいやつだぞ」

 ぐっ詰め寄って力説するアオイ。間近でそう言われると、こそばゆい気分になる。

「少なくとも、私は好きだぞ」

 真剣な表情でそう言われ、僕はドキッとしてしまう。動揺が気取られないよう、何か言おうとするがうまく返す言葉が思いつかず、自分でもよくわからない声が漏れるだけだった。

 そんな僕とは対照的に、明確な意思を大音声で伝える声が後ろから。

「なんだなんだ、こいつらばっかよ!」

 ……我が親友、クロウだった。

 さっきから妙に静かだと思っていたら、よくわからない嫉妬の鬼と化し、僕とギンにがなりたてる。

「さぞ嬉しいだろ?女にモテてホントは小躍りしたい気分だろ!?山に向かって「俺はモテるぞー!」って叫んで、返ってくる山びこを聞いてうっとりしたいんだろ?!なぁ!」

「いや、どれだけ浮かれてもそんな頭の悪いことしないよ……」

「なんだよ。じゃあテメェら二人とも、気分良くないのかよ?」

「まぁねぇ。第一、惚れられたって言われても実感ないし、正直僕は困惑気味だよ」

「俺に至っては顔も姿も、そもそもよく考えたら性別すら謎だからな。むしろ恐怖すら感じる」

 僕とギンはそれぞれ正直な意見を述べるが、それはクロウの嫉妬の火にガソリンを撒いただけのようだった。

「出た出た!その上からの目線!富めるものならではの意見でございますな!そのモテ成分、いらないなら俺にくれよ!むしろください!お願いします!」

「何キレながら情けないこと言ってるんだよ」

「ここまでくると思わず、すまん、と謝ってしまいそうになるから不思議だな」

 もはや呆れるしか無い僕とギン。しかし、クロウの負の感情はまだ収まる気配はない。

「学生の頃に女どもから『生物兵器』ってあだ名で呼ばれてた奴の気持ちがわかるか?」

「え?そうなのか?」

「あ。ギンは知らないよね。一時期、クラスの女子からそう呼ばれてたんだ」

「その話なら私も知ってる。「筋肉がキショい、キモい、グロい」という理由から付けられたんだとか。大変納得だ。むしろ納得しかない」

「てっきりこの無敵の強さを褒められてるものと、卒業するまで勘違いしていたオレ様がポジティブな馬鹿みたいじゃねぇか」

「みたいというか、ポジティブな馬鹿そのものだな」

 下手に慰めたりしないのは彼なりの武士の情け、だと思いたい。

 一方、あまりに見かねたアオイはクロウに声をかけてくれる。

「なぁに。お前だって見どころはあるぞ。もう少し筋肉落として、体も小さくして、頭も良くなって、性格も変えて、顔も大幅に整形すればきっとモテるぞ」

「オレ様の原型ほぼねぇじゃねぇか!全否定か!」

 喧々諤々としながらも、僕たちは目前に迫ったガルスへと急ぐのだった――

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