第四十話 英雄譚
椅子ごと振り返ったヴィルさんと僕は相対する。
「まさかこんなところにいるなんて思いませんでしたよ」
「ここはこの都市で一番見晴らしがいいからね。特等席で見ていたかったんだ。ここが魔属に侵され、滅ぼされ、奴らの巣窟になっていく様をね」
いつもと変わらぬ爽やか笑みだったが、それは僕らの知るヴィルさんではなかった。言葉に皮肉や比喩の色はなく、事実だけを叙述するかのような淡々としたものであった。同時に、それは本心からの言葉のようにも感じられた。
「教えてください。どうしてあんなことをしたのか」
「あんなこと、とは何のことだい?」
「言わないとわかりませんか!?なぜ勇者であるあなたがマーレのような人間に従い、同胞を裏切るような真似をしたんですか!?」
「ああ。そっちか。今更そんなことを聞いてどうする?首魁のマーレも擬似勇者たちもがこの手で始末した。施設も研究も白日の下に晒されるだろう。もうそんなことはどうでもいいじゃないか」
その物言いにひっかかるものはあったが、どうやらマーレを殺害したのはやはり彼のようだ。
「彼らの悪事を裁いたから、自分には罪はないと?そんなの都合が良すぎます」
マーレの所業が明るみになるまえに手を切った――大方そんな事情があったと想像していたが、彼はそれを否定した。
「誤解のないように言っておくが、ボクは自身の目的を果たす為に与していただけだ。マーレとはあくまで相互利益のために組んだだけで、奴の計画も反勇者思想も、どうでもいい」
「目的、ですか?」
「ああ。そのためならマーレだろうと悪魔だろうと、何とだって手を組むさ」
そう語る口調も眼差しも至って真剣であり、罪を逃れるために言っているようには見えなかった。
「僕らの知るあなたは、目的のために悪事に手を染める人ではなかったはずです。一体、何があなたを変えたんですか」
「言っただろ。勝手に抱いた幻想を押し付けられても困るんだよ」
ヴィルさんはのらりくらりとして、まともに答える様子を見せない。
だから僕は、遠回りせず直球を投げ込んだ。
「……ロマリアナでの作戦ですか?」
ヴィルさんは如実に表情を強張らせた。笑みは消え、鋭い眼差しで僕を睨んだ。
「なぜそう思う?」
「確証があったわけじゃありません。ただ、あなたが変わってしまった理由を知るには、過去を手掛かりにするしか無いと思いました。だから機関のデータベースを調べさせてもらいました」
「驚いたな。勇者のパーソナルデータは機密扱いだぞ?君はそんなことまで出来るんだな」
驚くヴィルさんを無視し、さらに告げる。
「あなたの行動はロマリアナの後から一変している。国連のミッションには一切従事せず、全て拒否している。勇者の責務を放棄したとして、クラス:マスターの資格剥奪すら検討されていた」
そこで言葉を区切り、ヴィルさんの反応を伺う。ヴィルさんは遠くを見るように目を細め、虚空を見つめていた。その表情は以前、ヴィルさんの従属について尋ねた時に見せた表情と似ていた。
「君等は、国連や勇者機関が清廉潔白の公正な組織で、与えられるミッションも世の平和のためだと、そんな風に思っているんだろう。無理もない、ボクもそうだったからな。だが、所詮は国連も機関も人間が動かす組織であることに変わりはない。その活動には思惑や意思が含まれる……ロマリアナでのミッションもそうだった」
ヴィルさんは口を開いた。それまでの飄々とした雰囲気は霧消し、重々しい語り口だった。
「ロマリアナの作戦に至る経緯は知っているね?」
「テロリストへの支援や国際法に反する兵器開発、民族浄化など国際社会で問題視されていたロマリアナへの国連軍によるPKOと軍事介入ですね。民兵らによる激しい抵抗で、多数の犠牲者が出たとか」
僕が簡潔に述べるとヴィルさんは頷いた。
「独裁者を国際法廷の場に引きずり出すためのミッション……まぁ実際のところは、思わぬ反撃で及び腰になり、かといって今更後には引けない連中の、苦肉の策だな。でもそれは別に構わなかった」
そこまで言って、ヴィルさんは険しい表情で奥歯を噛みしめた。
「だが国連軍の立てた作戦は支援もろくに無く、敵地のど真ん中にボクらを放り込むに等しい、勇者であることだけを当てにした杜撰極まりない作戦だった。しかも大義名分のため殺傷は厳禁ときた。それでも、ボクらはミッションに赴いた。“虐げられた無辜の民を解放するため”という、掲げられた"正義"を信じて」
そのミッションを受諾する決断に至るまでに多くの葛藤があったであろうことを、その表情が物語っていた。
「なんとか独裁者の確保には成功したが、迎えのヘリが回収ポイント到達前に民兵に堕とされてしまった。敵の真っ只中で取り残されてしまったボクたちは、自力で首都を脱出しなければならなくなった。大挙して押し寄せる民兵に追われながら、ボクらはひたすら第二回収ポイント目指した。今まで数えきれない数の魔属を相手にしてきたが、あの時ほど恐ろしいと感じたことはなかった。殺意を持った人間の集団というのは魔属群とは比較にならないほど恐ろしいものだと知ったよ」
それを聞いた僕の脳裏にはフェイクリーダーの姿が過る。人間の持つ殺意が恐ろしいという言い分は、実感を伴って理解できた。無数の殺意で溢れかえる中を逃げまわる恐怖たるや、想像もしたくない。
「回収ポイントまであと少しの所でボクらは包囲されてしまった。その窮地を脱するために仲間たちが囮になり、ボクを逃してくれた。後から救出できる見込みなんてないのに、彼らは作戦の成功をボクに託したんだ……。彼らの勇敢な戦いのおかげでボクは回収ポイントまで辿り着くことができた。でも、彼らは民兵たちに捕らえられ、そして殺された。自分と同じ人間に、暴力を一身に受けて無残な姿にされた。その光景を目の当たりにしたボクの心中を、君に想像できるか?」
「でも、作戦は成功した。ヴィルさんたちが命がけで戦ったから独裁者は裁かれ、あの国に平和がもたらされた。あなたは……あなたたちは英雄だ」
ボクの投げかけに、「だったらどれほど良かったか」と、ヴィルさんは頭を振る。
「それからしばらくは仲間を失ったショックで立ち直れなかった。でも、せめて自分たちの戦いが、仲間たちの犠牲が無駄ではなかったと確認するために、ボクは再びロマリアナの地に向かった。でも、そこで見たのは、独裁から開放された幸せな国ではなかった」
「どういうことですか?」
「そもそもこのPKOは、ロマリアナ国内の豊富な天然資源を狙った大国どもの思惑による、打算的なものだった。現に統治者のいなくなったあの国はされるがまま大国に搾取され、無政府状態が今も続いている。民族同士の対立も勃発し、治安は悪化の一途だ」
「そんな、そんなこと、報道ではまったく……」
と、愚かしい事を言っていることに気づき、口を噤む。報道が全てを語るわけではないし、真実だけを報じるわけでもない。バイアスをかけ真実を隠されることも往々にしてあるのだ。
「その国民に言われたよ。なんてことをしてくれたんだ。お前のせいだ。勇者ならなんとかしろ、と。命をかけて戦い、仲間を失ったボクに石を投げつけながら」
筆舌に尽くしがたい彼の凄絶な過去に、ただただ圧倒されるしかなかった。
信じた正義が正義ではなく、命をかけて救ったと思った相手から罵られる心境は、察するに余りある。
何より、正義を信じて死んでいった仲間たちをを思うと、胸が張り裂けそうになる。もしクロウやギン、アオイがそうであったなら、僕は正気を保っていられるだろうか。
「誰が言い出したんだろうな。“救国の英雄”だなんて……英雄、英雄、英雄と!そんなふうに囃される度に、ボクは吐き気すら催していた!」
怨嗟に昂る声が、部屋中に木霊した。彼の内心を示すように部屋の空気が震えた。
「つまり、あなたの目的は復讐ですか?仲間を奪った国連や、利益に走った大国への」
「復讐か……何度その衝動に駆られたことか。でも、それでは何も変わらないし、理想と責務に殉じた仲間たちに背くことになる。ボクは最愛の人と約束したんだ。多くの人々と世界を救うと」
遠くを見つめる眼差しでそう言う彼の表情は、在りし日を思い返すような、それでいて見る者の胸を締め付けるような悲哀に満ちたものだった。
しかし、その表情は瞬きの間にいかき消され、背筋が寒くなるほどの無表情だけが後に残った。
「だが、その彼女が死んでからずっと考えていた。彼女らを無残に殺した世界に救う価値などあるかと。彼らを死に追いやったのは、民兵でも国連でもない――それは人々の意思。人の総意だ」
「人の、総意?」大仰な物言いに訝しむ僕に、「そんな難しい話じゃない」と彼は言う。
「世界中の人間が、それどころか当の勇者までもが思っている。“勇者は戦わなければならない”“なぜなら人より強いのだから”“特別なのだから”……そんな無形の意志がボクらを戦場に送り、流血と犠牲を強要する。それに疑問を抱くことすら無い。マーレは勇者を"類人兵器"と呼んだが、あれは過激な反勇者主義者だけの思想じゃない。程度の差はあれど、人々が無意識に抱いている共通認識なんだ」
「そんなことはない!人はそんな単純で愚かじゃない!」
それが感情的な希望であることは自覚していたが、それでもそう反論せずにはいられなかった。
脳裏に浮かぶ、アオイを救うべく奔走してくれた人々の表情。彼らは誰一人として、アオイをそんな風には思っていなかったはずだ。
しかしヴィルさんは肩を吊り上げて苦笑を浮かべ、まともに取り合わない。
「そういう問題じゃないんだ、レン君。これは人の無意識であり、その無意識を前提にこの世界の仕組みは成り立っていることが問題なんだ。脅威と立ち向かう者と庇護される者――この構図が人々から奪ったんだ。戦いを忌避する感覚や、力以外で問題解決を模索する努力を。そして、血を流すのが自分たちでなければ、人は声高に正義の戦いを求め、犠牲を美化する」
馬鹿げている、と断じるには実感がありすぎた。
人間より強靭で魔属を殺す力を持つ異能者――"勇者は戦う為の存在"という認識は、悪意なく人類皆が持っていることだろう。
勇者機関や、勇者法などもその認識が出発点になっている。力を持つ勇者を、力なき大衆がコントロールするために作られた。
だが、それはコントロールする側に正しい判断ができて初めて機能するものだ。
無知蒙昧、あるいは打算や私利私欲によって判断が下された時、歪みはじめる。
ヴィルさんらがロマリアナに送り込まれたように。
それを省みるどころか、ヴィルさんを英雄と持て囃し続けるなら、今後同じような悲劇はいくらでも起こり得るだろう。
「勇者を都合のいい暴力装置としかみなさないこの世界を、歪だとは思わないか?安全なところから、たまたま特別な力を持って生まれただけの同じ人間を戦場に送り込むことは異常じゃないか?」
それについて深く思慮してしまい、ヴィルさんのその投げかけに返す言葉がすぐには思いつかなかった。それを同意と判断したヴィルさんはさらに続ける。
「ボクは勇者であることをやめることはできない。彼女との約束も捨てることはできない。ならば、世界の方を変えるしかない。この世界を、人々を救うに値するものに」
聞こえはいいが、それが真っ当な方法でないことは明らかだ。
そうでなければ、彼はこんなところにいないし、僕たちが対立することもなかったはずだ。
「答えになっていません。あなたがマーレと行ってきた所業が、世界を良くするとはとても思えない。むしろ真逆じゃないですか!」
ヴィルさんの過去と目的まではなんとか理解できた。しかし、それと彼の行いがどうつながるのか、僕には皆目見当もつかない。
「目的を叶える手段として、ボクにはマーレの魔属研究が必要だった。それだけの話さ」
「魔属の研究が?」
「世界を変えると言ったが、そんなのは勇者でも不可能だ。この世界の仕組みは磐石になってしまった。もはやどんな人間にも変えることはできない……人間にはな」
最後の一言に含みをもたせた言い方に、薄ら寒いものを感じてわずかに身を強張らせる。
「皮肉な話だが人類の天敵である魔属だけが、この世界をリセットさせることが出来る。人類社会を根こそぎ解体する……つまり、魔属大戦の誘発さ」
「魔属、大戦ですって……?」
「上位種を含む魔属群を刺激することで、その意志は魔属間のネットワークを伝う。それを魔属領まで伝播させればいい。そうすれば魔属領の魔属たちが活性化し、生きた人間を求めて飛び出してくる。シンプルだが、これが最も魔属大戦発生の要因となっていると、マーレの研究でわかった」
「馬鹿げてる。魔属大戦を人為的に起こすなんて、できるはずがない。不可能だ」
「果たしてそうかな?現に先日、ガルスはその危機に瀕していたじゃないか。もう忘れたのかい?」
彼の語る言葉からある予感が頭をよぎり、そして戦慄した。
「まさか……ガルスに魔属を、ブラインを解き放ったのはヴィルさんなんですか?」
僕の問いかけに、彼は狂気じみた笑みでもって答えた。
「ネスト化する都市の規模とそこから魔属領の距離……この相関が重要なんだ。効率的に、かつ確実に魔属領を刺激し魔属大戦を誘発するにはね。その点においてガルスはこの上ない好条件を備えていた」
マーレはあの地下施設で予期せぬことが起きたと言っていた。管理体制や魔属への認識が甘かったが故の事故だと僕は思っていた。
だが、違う。
ヴィルさんが意図的に放ったのだ。
人の住まう都市に、魔属を。
「マーレは以前からあの地下で魔属研究を行っていた。もともと魔属のサンプル個体は多数保管されていたし、ネスト化に至る条件もわかっていた。しかし、やはりどうしても上級種の存在が欠かせなかった。そこに、どこで手に入れたのか非活性化された上級種魔属、つまりブラインが運び込まれてきた。この絶好の機会に、ボクはためらうこと無く計画を実行したというわけだ。マーレは事態解決より証拠隠滅に動くことは容易に想像できたし、滞在していた有力勇者はあらかた拉致済みだった。阻むものは何もなく、目的は果たされると確信していた」
ヴィルさんは喜々として自分の計画を語る。
人の暮らす都市に平然と魔属を放つことに呵責もなく、同じ勇者すら嘲るような言葉を吐く彼が、僕らの恩人だとは思えない。
あの日僕らを救い、アオイに勇者としての道を示したヴィルさんと、今、目の前にいる男が同一人物だとは思いたくなかった。
「しかし君たちの存在は完全に誤算だったよ。君たち程度の実力では、アレは撃破できないと予想していたんだがな」
「そうだ。結局あなたの目論見はアオイたちに完全に潰された。だから、どさくさに紛れてマーレと手を切り、追求を逃れようとした。違いますか?」
「完全に?潰された?とんでもない!確かにブラインを使った計画は失敗したが、終わってなどいない。君たちもついさっきまで目の当たりにしていただろう?魔属領から現れたあの魔属群を」
狂信的な目で勝ち誇るかのような彼の物言いには、不快感すら覚えた。それはあまりに突飛な発言で、願望や妄言の類にしか聞こえなかった。
「まさか、偶然現れたの魔属は神か何かがあなたに味方して遣わしたとでも?そんな馬鹿げた――」
「神などこの世にいるものか」
唐突に彼は冷たい口調で吐き捨てる。その気迫は、思わず続きの言葉を飲み込むほどであった。
それも一瞬の出来事で、彼はすぐに笑みを取り戻すと、親指で背後のガラス窓を指差す。
「君たちが必死になってようやく駆逐したあの魔属群。あれらはどうして魔属領から出てきた?なぜ今、このタイミングなのか不思議には思わなかったか?偶然だと、本気で思うか?」
彼の言わんとすることに、たっぷりと数秒の時間を要した。
それこそあり得ないと思う一方で、このタイミングでなんの予兆も原因なく魔属領から魔属が出てくる理由が他に思いつかない。
「ボクとしても賭けだったが、結果ボクは獲得するに至った。より確実な方法を。もはやマーレの研究も、上級種も、もういらない!ボクはボク一人で世界を変えうる手段を手に入れたんだ!」
先程以上に凄絶な笑みを浮かべ、彼は高らかにそう宣言した。
妄言などではない。まして、願望などではない。
彼は手に入れたのだ。
魔属領から魔属の大群を誘引する術を。
一体どうやって……いや、今それはどうでもいい。
「動機はわかりました。全く理解できないでもない。でも、なんで魔属、いや、魔属大戦なんですか?その先に待っているのは滅亡だ。それでは世界を変えるどころか、終わらせてしまう」
「なら教えてくれ。世界をどうやったら変えられる?歪んでしまった人々の意識を根底から変える方法があるというなら、今すぐ示してくれ」
「それは……しかし、だからといって、そんなやり方が正しいわけがない。魔属大戦を引き起こして、あなたの望む世界になると本気で思っているんですか!?」
思わず語調を荒げる僕に、あくまで平静に語るヴィルさん。
「君は知っているか?かつて、ある軍事国家が先の魔属大戦で壊滅的な打撃を受けた。しかしその惨禍を経て、今では世界有数の平和主義国と変わったそうだ。政治体制の変革や戦後教育を経て、その国民たちの思考もアップグレードされたんだ。全てが焼き尽くされたゼロからリスタート。まさにスクラップ・アンド・ビルドだ。もっと視点を広げれば、国連の誕生や勇者機関の設立もそうだろう。そして人々の意識もまた、時代に合わせて変化していく……魔属大戦はその都度、人類社会を大きく変化させていると、頭のいい君ならわかるはずだ」
「確かに魔属大戦はパラダイムシフトを促す可能性があるかもしれませんが、それは全て結果論です。意図したものじゃない。それに、それは数多の犠牲の上に成し得たことだ」
「そのとおりだ。人は犠牲と悲劇から学び、進歩できる唯一の生物だ。だから魔属大戦はうってつけなんだ。確かに、きっと多くの犠牲が出るだろう。悲劇が生まれるだろう。そうして人は悔い改める。戦いとは自分たちのすぐ身近にあり、けして無関係ではないと。そして自分たちを庇護し、戦ってくれる者たちに敬意を払う。平和とは一人ひとりの努力で紡ぐものなのだと思い知るだろう。それが世界を変えることに繋がるんだ」
そして締めくくりとばかりに拳を胸に当て、まっすぐに僕を見据えて言った。
「そうして救うに値する世界になった時、死んでいった仲間たちは報われる。ボクも勇者として、人類の剣となって誇り高く戦うことができる。そう確信しているんだ」
人類の行く末を憂い、崇高な目的を誇るように高らかに語ると、理解を求めるような眼差しを僕に向けた。
――正直、彼の言い分は、まったくわからないでもない。
その考えに至った経緯にも同情できるし、筋が通っているようにも聞こえる。
だが、僕は確かに見た。
輝く瞳の奥に、淀みのような昏い色を。
「……詭弁だ」
だから僕は、思わずそうつぶやいていた。
「結局あなたは死んでいった仲間たちの無念を晴らすための……いや、自分の怒りをぶつける大義名分がほしいだけだ」
「……なんだって?」
僅かだが苛立ち混じりの声で返す。
「あなたはその犠牲こそが目的なんだ。それを世界だなんだと耳障りの良い言葉で自分を騙しているんだ」
仲間たちとの約束や使命と復讐の葛藤は本当だろう。
しかし、その天秤は復讐の側に傾いてしまった。
それを正当化するために、整合性のある理由で取り繕ったに過ぎない。
「断じて違う。仲間たちへの誓いもあるし、それだけではない。この先ボクらのような悲劇を繰り返さないためでもある。そうだ、これはアオイ君のような若い勇者の未来のためでも――」
「言うに事欠いて、アオイのような勇者のためですって?そのアオイを殺そうとしたのはどこの誰だ!」
語調を荒げて、彼の言葉を封じる。
言い訳のための正義感など、どう言葉で飾ろうともこの程度だ。容易くボロを出す。
人の真意は言葉ではなく、行動に表れる。
ここまで彼が行ってきた事を鑑みれば、その言葉はとても信用などできない。
「結局あなたは手段のために目的を選んでるに過ぎない。自分の非道な行いに、もっともらしい理由を貼り付けて誤魔化してるだけだ。“大義に犠牲はつきもの”と曰ったマーレと同じ……いや、それ以下だ」
突きつけられた言葉に、ここまで饒舌だったヴィルさんが一転して押し黙る。
沈黙が僕たちの間に鎮座する。彼が考えを改めてくれるよう、内心では祈る思いであった。
それが、僕が一人でここに来た目的なのだから。
「ま、君のような子供に理解してもらえるとは期待していないよ」
しかし、そんな望みを彼は鼻で笑い飛ばす。これ以上語ることはないとばかりに、露骨に態度が変わったのがわかった。
残念だが、もはやこれ以上、こちらの言葉は届かないだろう。
「さ、聞かれたことには答えた。他に用がなければお引取り願おう。生憎とボクは忙しい」
「いいえ。もう終わりです。ガルスでのあなたの計画は全て失敗に終わりました。大人しく投降してください」
ならばせめて、もうこれ以上誰も傷付くこと無く、事を収めたかった。例え無駄とわかっていたとしても。
「言っただろ?ボクは確実な方法を得たと。まさか、ナーサリィを撃破したくらいで終わったとでも思っているのかい?」
「間もなく国連軍の援軍が到着します。魔属が殲滅されるのは時間の問題です」
「わかっていないようだな。ボクがここにいる限り、無尽蔵に魔属を引き出すことができるんだ。その国連軍の援軍とやらはどこまでもつかな?」
嘲笑混じりではあるが、その物言いは確信に満ちていた。
「好きなだけ抵抗すればいいさ。数多の人間の屍を踏み躙り、魔属群はこのガルスに到達する。今度はブラインの時とは規模が違うからな。ネスト化はあっという間に完了するだろうな。めでたく、魔属大戦のはじまりさ」
僕の予感は正しかった。
彼は人々の変革も、まして若き勇者の未来など微塵も考えていない。
そんなものを志しているには、あまりに歪んだ言葉と笑みだった。
やはり、ここで止めなくてはいけない。
この狂ってしまった、哀れな勇者を。
「それを僕が黙って見ていると思いますか?」
「君にしては随分馬鹿げたことを言うんだな。君に見ている以外、何ができるんだい?非力で脆弱な君に」
僕は押し黙り、見下した態度のヴィルさんを睨んだ。その眼差しが気に食わないのか、ヴィルさんの表情から笑みが消える。
「君はもう少し利口だと思っていたんだがな。とんだ見込み違いだったな」
受けただけで卒倒しそうな鋭い殺意を向けられても、僕はその場を動こうとはしなかった。全身から冷や汗が吹き出しても震える両脚を踏ん張り、真向から抗う。
「目的を知った以上、絶対にあなたを止めます。僕は……勇者アオイの従属です」
「ああそうかい。それじゃあ……死ぬまでほざいてろ」
最後の言葉は目の前から。
ヴィルさんは瞬きの間に、眼前に迫っていた。
あまりの速さに身動き一つ取れない僕の首に、ヴィルさんの聖剣[イーター]の切っ先が迫る――
その時、けたたましい音を上げ側面の総ガラス窓が一斉に砕けた。
夕焼けの陽光を反射して煌めくガラス欠片を纏いながら、ヴィルさん目がけて凄まじい速度で突進してくる小さな影。
僕の目の前に現れたのは、剣を構えたアオイだった。




