第三十九話 ガルス絶対防衛戦
その揺れの正体を求め視線を彷徨わせ、遥か前方、クラウン山脈に視線が定まる。
切り立った天然の城壁とも言える峻険な山々の雄大さに見惚れていたわけではない。
山が、動いていた。
実際には、それがあまりに巨大すぎて、山の一部と錯覚してしまったのだ。
それは長い脚でクラウン山脈の山々をのっそりと踏み越えていく。
魔属であることは間違いないのだけれど、そのサイズが明らかに規格外であった。
魔属のデータベースを参照するまでもない。あんな巨体の魔属は、そう多くはない。
「おいレン。何だあれ。サイズがバグってるぞ」
いつの間に隣に戻ってきたアオイが困惑気味に尋ねてくる。
「あれは『ナーサリィ』……確認されている中では最大級の魔属だ。戦後、出現した例はないはずだよ」
虫に似た節足で平たい胴体を支え、その胴体から真上に伸びる首には玉葱型の頭部が乗っている。先の魔属大戦に初めて確認された超大型魔属で、あの巨体を誇ったブラインすらも比較対象足り得ない。
「さすがにあれに剣は通らなそうだな」
「剣どころじゃないよ。ヤツの肉体は砲撃クラスの火力でもびくともしない。それに、仮に通ったところで、ナーサリィは中級種だ」
「勇者以外には手が出せず、その勇者でも頑丈さに歯が立たない、ということか。それはたしかに厄介だな」
「でも本当に厄介なのはそこじゃないんだ。アイツの胴体には膨大な数の魔属が満載されていて、目標の戦場や都市に到達したらその抱えた魔属をばら撒くんだ。文字通りね」
強固な肉体に守られ、目的の場所に魔属群を送りこむ。さながら、魔属の強襲揚陸艇だ。
あの移動速度ならガルス到着に一時間もかからないだろう。しかもナーサリィの足元には無数の魔属が群がっており、山肌を蠢く影で覆い尽くしていた。そこにそれまで散り散りになっていた残存魔属たちも呼応するかのように合流する動きを見せていた。
「今の僕たちにあれを止める手立てはない……残念だけど、ここまでだ」
ようやく見えてきた希望の光は、ふたたび絶望によって上塗りされてしまった。
僕らの行いは、必死の努力も決意も、全て無駄に終わるのか……!
悲嘆に暮れていたその時、頭上から爆音と共に、髪をかき乱すほどの風圧が吹き下ろされる。何事かと顔を見上げると、そこには一機のヘリがホバリングをしていた。そしてそのヘリから人影が飛び出し、僕達の目の前に華麗に降り立った。
「パーティーに遅れてしまったかと気を揉みましたけど、メインディッシュはこれからのようで安心しましたわ」
颯爽と現れたのは、ガーネットさんだった。
その背後、いつもの定位置にトキワさんが静かに降り立ち、そしてその反対にはやはりボブさんが周囲を警戒するように油断なく視線を巡らせていた。
相変わらず戦場には似つかわしくない優雅さと物腰の彼女に、クロウとギンは露骨に顔をしかめ、アオイは胡乱な目を向ける。
「なんでお前の方が私より後から来るんだ。偉そうなこと言ってたくせに、今まで何してた」
「生憎とあなたと違って、私にはやるべき事がたくさんありましてよ」
「ンだよ、やることって」
クロウの疑問に、トキワさんが恭しく答える。
「お嬢様は自ら、我社が支援する国連議会議員に圧力をかけ、ガルス爆撃の再考をお願い申し上げておりました」
「圧力かけておいてお願いと言い切れる神経がすごいな。無論、悪い意味でだが」
「言ったでしょう。財力も力だと。そのおかげで、ガルスの爆撃が延期されたのだから感謝なさい」
「え!?そうなんですか!?そんなの初耳です」
「つい今しがたの話でございます。正確には爆撃の条件の再考とその間、最長二四時間の延期が臨時議会で決議されました。それを受け、国連軍は急遽、ガルス防衛及び魔属迎撃作戦を決定。国連軍と勇者の混成部隊がこちらに急行しております」
それはこの上ない朗報だった――ナーサリィが出現していなかったらの話だが。
「でも、国連勇者部隊が向かっているとしても、間違いなくナーサリィがガルスに到達する方が早いと思います。残念ですが――」
「つまりそれまでにあのデカイのを何とかすればいいんだな」
そう断言したのは我らが勇者、アオイだった。
「いやいやいや。気持ちはわかるけど、さすがに無理だよ」
「ん?私はなんかおかしなこと言ったか?」
「いいえ。勇者としては、至極真っ当なことをおっしゃってますわ。ようやく心構えが身についてきたみたいね」
そんなアオイのガーネットさんが同調し始め、僕の困惑に拍車が掛かる。
「えっと、一応聞きますけど、ガーネットさんもあれとやり合う気で?」
「無論ですわ。勇者が魔属を前にして、戦う以外の選択肢がありまして?」
物を投げれば地面に落ちる、くらい当然のことのようにのたまう。
どうやらこの場の勇者二人は微塵も怖じけることなく、戦う気のようだ。果たしてどの程度状況を理解しているのか……
いや、理解した上でも意思は変わらないだろう。そう言う目だ。
そしてその意志は他の面々にも燃え移っていた。
「ったく。勇者ってのはどいつも身の程知らずだぜ。まぁそういうの、オレ様は嫌いじゃないけどな」
そう言ってクロウはチェーンソーを肩に担ぎ、不敵な笑みを浮かべた。
「クロウまでそんなこと言い出して……さっきまでボロボロだったじゃない」
「何言ってやがる。これからが本番だ。『春だ!一番!クロウ様血祭り』の開催だァ!」
それはなんとも心踊らないお祭りだ。
「いいんですかトキワさん?さすがにガーネットさんでも危険ですよ」
「例えどんな無茶な事でも主が望むのであれば、それを止めるのではなく、叶えるために最善をつくすのが執事の勤めにございます」
非常識な面々の説得は諦めて良識人と思われるトキワさんに投げかけるも、なぜか執事としての心構えを説かれてしまった。そのプロ意識は素晴らしいとは思うけど、今はご遠慮願いたい。
その隣のボブさんに至ってはムッツリ顔で口を引結んだままで、僕の方を見てすらいない。返事をしてくれるかすら怪しい。
「どうやら少数派みたいだぞ、レン?」
皮肉げな笑みを浮かべて言うギン。言う通り、すでに場は臨戦態勢となっており、僕だけ異論を唱えている構図だ。
暗に「腹をくくれ」と、彼は言いたいのだろう。
「ああ、もう!わかったよ!どうせこうなると思ったよ!もう!」
半ばヤケクソ気味に僕も覚悟を決める。ギンは労うように僕の肩を叩いてくれるのが、僅かの慰めにもならない。
アオイがやると決めたなら、それを叶えるのが僕の役目……つくづく損な役割だ。
覚悟を決め、胃の痛みを無視しながら目の前の課題に思考を巡らせていると、
「よし。それじゃ全員であのデカブツを叩く。いいな!」
「待って待って!ちょっとストップ!」
勝手に仕切りだした挙げ句飛び出そうとするアオイの目の前を遮り、僕は身を挺して制動する。
「ンだよレン。さっきから待てだの何だの文句ばっか言いやがって」
「空気読め、レン」
「そりゃ言うよ!僕の話聞いてたよね?何その腕力でゴリ押しみたいな作戦!?」
「腕力の何がいけねぇんだ!オレ様に喧嘩売ってんのか!?」
「クロウはちょっと黙っててくれるかな!……いいかい?作戦も無しに全員で正面からぶつかったって埒が明かないよ」
こればかりはさすがに看過できない。危険な難題に挑むのなら、最低限の勝算を持って挑むべきだ。
「さっきも言ったように、生半可な攻撃はナーサリィには通じないし、あいつがガルスに近づくだけでも終わりだ。可能な限り一撃で潰したい。そして今、それができるのはアオイだけだ」
先程の一撃を目の当たりにしていたクロウとギンは納得した様子だ。それを知らないガーネットさんもまずは最後まで耳を傾けてくれるようだ。
「確実に仕留めるために、できるだけ接近したい。でもそうなると足元の魔属群が厄介だ。今のアオイに魔属群を相手にする余裕はない。そこで、みんなはアオイがまっすぐナーサリィのもとに辿りつけるよう道を切り開いてほしい」
死の淵から回復したばかりの今のアオイは万全の状態とは程遠い。できるだけ消耗は抑えておきたい。
……それに、事と次第によってはこの後が控えている。
「そして最も大きな懸念があります」
僕はそう前置きをする。この上まだなにかあるのかと、全員が怪訝な顔をしていた。
「過去の例を鑑みれば間違いなく、あれを統率している上級種が近くにいるはずだ」
「上級種が!?」
「あれほど巨大なナーサリィを正確に誘導し、ばら撒いた後の魔属群を統率するための司令塔が必要だからね。だから――」
そこで僕はガーネットさんの方を向く。
「ガーネットさんはその上級種を探し出し、これを撃破して欲しい。そうすれば、ナーサリの動きを鈍らせることができるはずです。未確認の上級種相手に難しいと思いますが、ガーネットさんだけが頼りです。お願いできますか?」
「仕方ありませんわね。私はオードブルで我慢いたしますわ」
こんな状況すら楽しむかのように言ってのけ、笑みを浮かながら唇を舐めた。その仕草には妖艶さと肉食獣の獰猛さが見て取れた。
先のブライン戦を鑑みるまでもなく、上級種を単身で相手取ることは非常にリスクが高い。そんな上級種を前菜扱いとは、任せる側としては心強い限りだ。
「あとの細かな指示はその場に合わせて無線で知らせるけど、これでいいかい?」
僕はみんなの顔を見回しながら尋ねるけど、誰も異論はないようだ。
「さて、それじゃいっちょ暴れてやるかな」
クロウが拳を打ち付ける。六人はアオイを中心として凛然と立ち並ぶ。大群を目の前にして一つも怯んだ様子もなく威風堂々とした彼らの背中を見ていると先程の絶望感が嘘のように吹き飛ぶ。
「厳しい戦いだけど、勝機はある。だからみんな……負けないで!」
かつてない戦いに身を投じようとする彼らの背中を見て、何か言わずにはいられなかった僕は、とっさにそう言葉をかけていた。
「当然ですわ」「お気遣い、感謝いたします」と返すガーネットさんとトキワさん。
ただ無言で静かに頷くギンとボブさん。
「ん」「おう!」と短い返事で返すアオイとクロウ。
ここ一番の僕の言葉に、それぞれ返してくれる。返し方はそれぞれ違うけど、返す表情には皆笑顔を浮かべていた。こんな頼りない僕の言葉でも、少しでも彼らの後押しになってくれれば嬉しい。
さて、残る問題は、どこから攻めるかだ。
闇雲に突き進んでも成功の可能性は低い。この魔属の群れを真正面から抜けるのは容易ではない。少しでも魔属の密度が少ない道を選ぶ必要があるが、すでに魔属たちはかなり近くまで接近してきている。あまり悠長に調べている余裕はない。ディスプレイ上のデータに目を走らせ、分析し、思考をフル回転させる。
と、その時だった。
「活路は我々がこじ開ける。そこから切り込め!」
レシーバーから飛び込んでくる声。
直後、腹腔に響く重たい轟音と、空を引き裂くような甲高い飛翔音が重なって轟いたのも一瞬。次の瞬間には、前方の魔属の群れの一角が、紅蓮の炎に包まれ、爆風で吹っ飛んでいた。
「え?な、何?」
慌てふためく僕を他所に、それを号令にアオイ以外の全員が一斉に駆け出す。
「大丈夫だ、レン」と、落ち着かせるように肩を叩きながら、アオイは僕の背後を指さす。
つられて振り返った僕は、その光景に圧倒された。
クラウン基地を背に、整然と並ぶは鉄獅子の群れ――戦車部隊が雄々しく砲身を持ち上げ、耳を聾するほどの爆音と共に砲弾を魔属の群れの中に撃ち込んでいく。
その戦車隊上空を超え、僕たちの頭上を爆音が抜ける。それは無数の武装ヘリ編隊。大量に火器を搭載したヘリ部隊がローター音を響かせながら一糸乱れぬ編隊を組み、匍匐飛行で僕らの頭上を通りすぎてゆくと、腹に抱えたありったけの火器を魔属の頭上に浴びせかけていく。
地上と空中からの波状攻撃に、一丸となっていた魔属群がにわかに分裂を始めていた。
それを追う無数の車両。それは兵員を乗せた装甲車で、重火器で武装した兵士たちが分裂しかけた魔属群目掛けて攻撃を仕掛けていく。
もはや言うまでもない。彼らは、ガルスを守る兵。ランス大佐麾下のグリュー軍部隊だ。
「私も行ってくる。後は任せたぞ」
言うが早いか、アオイはそう言い残して駆け出し、みんなの後を追う。
「各機、突出しすぎるな。部隊はフォーメーションを崩さず、群れの引き付けての分散遅滞戦術に徹しろ!」
聞こえてきたのは、命令を飛ばす張り上げた声。その声の主は、アオイと入れ違いに現れると僕の乗る車の横に装甲車を停めた。
「ランス大佐!」
「この状況で軍人が引き篭っていたら、面目丸潰れだ」
いつものムッツリ顔で言うその口は、わずかに笑みを含んでいた。
「あの二人が残ると言い出したものだから、部下共が戻ると言って聞かなくってな。そうしたら今度はお前たちの登場だ。もう撤退どころじゃない。まったく、お前らはいつも状況をかき乱してくれる」
「ご迷惑をかけます」
そう言うランス大佐が、言葉とは裏腹な感情であることは表情を見れば一目瞭然であった。
「あんなの相手に我々がどう足掻いても無意味かもしれんが、お前たちがなんと言おうと参加させてもらうぞ」
「いえ、そんな!頼りにさせてもらいます」
この上ない頼もしい援軍の申し出に、僕は笑顔で応える。
「……地下でのマーレの話を、二人から聞いた」
ふと、ランス大佐が重々しく言う。
「俺も、今の国連が推し進める勇者制度には反対だ」
予想外の言葉に、僕はランス大佐を仰ぎ見る。でもそこには、マーレのような憎悪や負の感情は見受けられなかった。
その面にあったのは、悲哀と忸怩。
「お前は重責を背負う、と俺はあの子に言った。だが、本当はそんなもの、あんな子どもが背負うものじゃない。それを背負わせているのは結局、俺達大人なんだ。聞けば、勇者候補はまだ学校に通うような年齢から機関の命令で魔属と戦っているそうじゃないか。本来であれば子供を守るべき立場の大人たちが、勇者だの対魔属戦の切り札だなどと祭り上げて戦場に送り込むなど俺は反対だった。娘も、ちょうど彼女と同じくらいの年頃だから特に、な」
義憤を内包したランス大佐のその言葉に、僕はこの人の本質の一端を垣間見た気がした。
「だから私は勇者制度に反対だ。でも結果的に、お前たちは家族も都市も救ってくれた。もしお前たちがいなければ、上の連中や国連どもの"苦渋の決断"とやらによって妻と娘はシェルターの中で死んでいた」
「え!?じゃああの時、逃げ遅れた中に大佐の家族が?そんなこと一言も……」
言いかけ、はたと思い出す。
――兵の中には、まだ家族が中に取り残されている者も大勢いる。
ランス大佐は作戦前にそう言ったが、まさか当の本人もだったとは。
「少なくとも、家族を救ってくれたお前たちには俺は感謝している。それは部下たちも同じはずだ」
「後で本人に言ってやってください。きっと喜びますよ」
「そういうのは柄でもないんでな」
ランス大佐は照れを隠すように帽子を深々とかぶり直す。その様子がなんだか僕にはたまらなく可笑しく、思わず笑みがこぼれてしまう。
――マーレはまるで世界の総意かのごとく勇者を、アオイを否定するような言葉を吐いた。
けど、アオイの見せた勇気は無駄じゃなかったんだ。
だからアーヴィングさんやランス大佐、そしてガーネットさんはアオイの窮地に駆けつけ、全力で支えてくれた。
アオイは兵器なんかじゃない。人を救うことができる、真の意味での"勇者"だ。
「しかし、本当にあのデカブツを倒せるのか?」
「任せてください。アオイならきっとやれます」
問いかけてくるランス大佐に、僕はアオイに成り代わって自信満々にそう言い放った。
そしてみんなを支援するべく、戦場に意識を集中させる。




