第三十六話 僕の願い、アオイの望み
アオイが目を覚ましたと聞き、僕は駆け足でアオイの病室に飛び込んだ。
「アオイ!目が覚めた……って、えぇぇぇぇえ!なななな、何があったの!?」
ベッドがひっくり返り、壁に激突したのか軽くひしゃげている。シーツや枕も乱雑に床に転がっていて、まるで嵐でも起きたような有り様だった。
「さっきまでガーネットが見舞いに来てた」
「どう見ても見舞いの後には見えない惨状だよ!?どこの世界に病人のベッドひっくり返す見舞いがあるのさ!?」
「いや、私に言われても」
困り顔のアオイと、とりあえずベッドを元に戻す。
――マギ・ボクスによるサポートのおかげで伝導基盤はなんとか完成した。
その後の工程は少なく、程なくして聖剣は無事完成と相成った。
担い手のアオイが昏睡状態のため、彼女の生体情報から認識させることで半ば強制的に起動をさせることになった。
不安ではあったが起動した聖剣はプログラムに従い、無事に機能を果たした。
最悪の状況を脱し、こうしてアオイが目覚めたことを確認したことで僕はとても安堵した。
そこではたと気づく。
アオイになんて言おうか、何も考えていなかった。
とにかく剣を完成させ、アオイを救うことしか頭に無く、その後のことなんて考えてもいなかった。まさかいきなり「新しい剣ができた。さあこれで戦って」などとは言えない。
そもそも、僕はこの聖剣を渡すべきかどうかも、今更ながら迷っている。
当初の目的である、アオイの救命には成功した。だけど、アオイが今後戦うかは、また別の問題である。
アオイは肉体と同じ、いやそれ以上に心に傷を負ったはずだ。体は回復しても、心は斬られた直後と同じままなのだ。
その彼女に無理強いをして、戦わせる事がほんとうに正しいのか、僕にはわからない。
アオイが戦いたくないというなら、ここで旅を終えるのも選択肢の一つだろう。
でも、それはやっぱり解決策じゃない。僕は元のアオイに戻ってもらいたいんだ。
それに前線では今も、アオイの到着を待ちながらギンとクロウが戦っている。一刻も早く彼らの救援に向かわなくてはならない。
思考が堂々巡りを繰り返し、一向に答えを見いだせない。
そんな僕の内心を他所に、アオイはひしゃげたベットに腰掛けると髪を結いはじめた。そういえば、旧ガルスで髪留めを切られて向こう、アオイのトレードマークであるお下げ髪を見ていなかったことを思い出す。口にくわえたリボンを巻き終えると、顔をこちらに向けポスポスとベッドを掌で叩く。座れということらしい。
頷き、おずおずと横に座った僕の横顔を、アオイは大きな目でじっと見つめた。何も言わず、ただ見つめてくるアオイの視線がなんだかむず痒い。どうやら僕がなにか言い出すのを待っている様子だった。
それでも僕がまごついていると、「これ」とアオイが短く言う。彼女が指差す先にあるのは、ステーションユニットに収められた一振りの剣。
これこそが、僕の作った新たな聖剣だ。
「レンが作ったのか?」
「う、うん。そうなんだ。折れた[ベルカ]をベースにして新しく作り直したんだ」
言いながら僕は立ち上がり、ステーションユニットのパネルを操作する。ほどなくロックが解除され、スライドしながら前面にせり出した聖剣を取り出す。
「そうか……。これは僕が作ったのか」
改めて手に取り、まじまじと眺めながらそう漏らした。
「どうしたレン?もうボケちゃったか?」
「いやいや、そうじゃなくて。そういえば、聖剣は今までいくつか作ったけど、こんなにもアオイのことを思って作ったことはなかったなって思って。いつも[ベルカ]を超えるために、機能や性能ばかりにしか頭になかったからさ」
[ベルカ]への思い入れを覆すには、それ以上の高性能しか無いと思い込んでいた。
「子供の頃、アオイが勇者として戦うって言った時から、僕はずっと考えてきた。僕はアオイに何をしてあげられるかを」
聖剣の鞘を撫でながら、過ぎ去りし過去を振り返り、目を細める。
「クロウやギンみたいに、一緒になって戦うなんてできっこない。でも、戦うアオイの側で支えることならできる。それは僕にしかできないことだ。聖剣を作るのも、その一つに過ぎない」
そう。それは今までと、同じだ。
何かをやろうと突っ走るアオイ。時に壁にぶち当たったり、時に失敗して泣いて、そして笑って喜んで――
僕はその後ろから必死に追いつきながら、アオイが立ち止まったらその隣で考える。そして一緒に泣いて、喜びを分かち合った。
「今、僕は正直、これを君に渡すべきか、まだ迷ってる。アオイはあんなひどい目に遭った。つらい思いをした。これを託して、またアオイがつらい思いをするくらいならいっそ……」
「ストップだ、レン」
重々しく言う僕の言葉を遮り、しかし優しい口調でアオイは言った。
「レンの言いたいことはわかるし、気持ちはすごく嬉しい。でも、それじゃダメだ」
「アオイ……」
「確かに、痛いことも、悲しいことも、もう嫌だ。できることなら、もう二度とごめんだ。でも、私は勇者だ。戦わなくちゃいけない」
そんなの関係ない!思わず出かけた言葉。しかし、
「あの時の、故郷を、親しい人を失う悲しみを、他の誰にもさせたくない」
幼い頃立てた誓いを、アオイは口にした。
それは、僕ら二人が立てた誓いでもある。
「私は弱いし、一人じゃ何もできない。でもレンが、レンたちがいてくれるなら、私は戦える」
だから、僕の言いかけた言葉は喉の奥に消えてしまった。
真っ直ぐ僕と目線を合わせながらアオイは、一片の迷いすら無い清々しい表情で言い切る。
「私は、戦う。だからこれからも全力で頼りにするぞ、レン」
――僕は何を迷っていたのだろう。
彼女はそう言うに決まっていた。だから僕は聖剣を作ったんだ。アオイは必ず立ち直ると信じて。
不器用だし、向こう見ずだけど、どこまでもまっすぐで、そんなアオイだから僕は今日まで一緒にいたんじゃないか。
僕の悩みは、まったくの杞憂だった。
「……わかったよ、アオイ。僕の剣、受け取って」
そう返し、僕は剣を差し出すと、アオイは頷いてしっかりと受け取ってくれた。
期待を込めた目で、鞘から剣を抜いたアオイだったけど、その剣を見たとたんに表情を凍りつかせ、絶句してしまう。
無理もない。柄と備えられたマテリアルドライブは[ベルカ]の頃と大きな違いはない。しかし、鍔元から刀身にかけてはまったくの別物になっていた。
刀身はろくに磨かれておらず、表面は地肌がむき出し。それどころか内部の各種伝達系や伝導基盤が剥き出しになっており、誰が見ても、これが勇者専用兵器である聖剣だとは思えないだろう。
「……私は悔しい。レンを傷つけずにどうやってこれを突き返せばいいのか、言葉が思いつかない」
「いやいやいや!言いたいことはわかるから、突き返さないで!なんか気を遣わせちゃってごめんねぇ!」
本気で涙まで流し始めたアオイを慌ててフォローする。
確かに見た目はあまり良くはないけど、そもそも外観を飾る必要はない。最終的にこれを形作るのはアオイなのだから。
彼女の再起の意思を持って、この聖剣は完成する。
「この剣を持ったまま、少しでいいから[ベルカ]の時の要領で〈L粒子〉を発動させてみてくれないかい?」
未だ僕の剣を使うことに難色を示すアオイにそう促す。訝るように首を傾げながらもアオイは剣に意識を向けて能力を発動する。
瞬間、剣はまばゆい光を放ちはじめる。
「おいレン!?これ大丈夫なのか!?」
「安心して。これはこの剣がアオイに反応しているんだよ」
不安げなアオイを安心させるように言う。
この反応は、この聖剣の起動プロセスであり、アオイを持ち手の認識した証だ。同時に、この剣を完成させる最終ステップでもある。
剣はプログラムに従って命を吹き込まれる。流れこむ潜在力は伝導基盤の回路を巡り、構成素材の分子レベルにまで浸透していく。
同時に、発生した〈L粒子〉が周囲を漂ったのも一瞬。淡い光を放つ粒子は、吸い寄せられるように刀身へと纏わる。
光は脈動するように明滅し、そして一際強い光を放った。
「これは……!」
光が収まった時、アオイの手にあった剣はその姿を一変させていた。
剣身こそ[ベルカ]より小振りになってはいるが、一部の歪みもなく真っ直ぐ伸び、表面には一部の曇りすら見当たらない。
まるで彼女の本質を体現するかのような美しい諸刃の細い剣がそこにあった。
「よし。概ね想定通りだ。どうだい、アオイ。気に入ってもらえたかな?」
「お、おぉ……」と驚きに呆然とした息を漏らしながらアオイは聖剣を凝視している。
「〈L粒子〉の特性の一つである物質化を利用して剣を形成させたんだ。[ベルカ]の頃、いつも粒子で鎧を作っていたでしょ?あれと一緒の原理だよ」
物質化すら可能とする〈L粒子〉の特性を利用し、聖剣を構成する。
それは剣身としてだけでなく、内部の回路や構成部材にまで至る。だから、基礎となるフレームベース以外、この聖剣に必要な要素は多くない。この短時間で完成まで漕ぎ着けたのは、この機能を織り込んでいたからだ。
説明をするも、あまり良くわかっていなさそうな様子のアオイは、適当に相槌を打ちながら握り心地や取り回しなどを確認していた。
「よくわからんが、なんかすごいのはわかった」
「うん。ほぼ何もわかってないね。いやまぁ、いいんだけどさ」
「それで、これがこの聖剣の機能なのか?」
「いや、ここまではあくまで起動プロセス。機能は別にあるんだけど、それは調整をしながら追々説明するよ」
そう言って僕はベッドから立ち上がる。
そして、アオイに手を差し出した。
「さぁ、行こうアオイ。みんなが待ってる」
「ああ!」
アオイは迷わず手を取り、勇ましい声で応えた。
凛々しくて頼もしい、僕の知る勇者アオイだった。
聖剣調整の合間に、目覚めたばかりで状況を把握していないアオイへの説明を兼ね、アーヴィングさんからこれまでの経緯と現在の戦況を聞くことになった。
「国連は再三にわたりガルスからの退避勧告をしてきましたが、先ほど、魔属群が都市内に到達し次第、爆撃を行うという最後通告を送って来ました」
当然、今回はマーレの差し金ではない。差し迫った危機を鑑みれば、国連側の対応は至極当然のものだ。
魔属領からの侵撃は、第一陣の対処如何によってその後を大きく左右する。まとまった規模を都市に入れてしまえばネスト化、ひいては魔属大戦を引き起こしてしまう。
都市一つの犠牲で人類滅亡の危機を回避できるのなら、国連はその決断に迷いはしない。
「それで、今魔属はどのあたりまで来ているんですか?」
「今入った情報では、魔属群体はついにガルスから約一〇〇キロ圏内にまで到達したそうです」
「一〇〇キロ……ですか?」
僕がそれを聞いて感じたのは「意外に遅い」だった。
すでに魔属の侵攻が確認されてから間もなく二日が経過しようとしている。当初の推測どおりであれば、すでにガルスの目と鼻の先にまで迫っているはずだった。
疑問はもっともだと、アーヴィングさん頷きつつ補足してくれる。
「命令により国連軍は撤退しましたが、ランス大佐指揮下の部隊は今も尚戦闘中です。目下、遅滞戦闘に徹しているのが功を奏し、当初の予定よりも侵攻は遅れている……というのもありますが、彼らの善戦が大きく働いているようです。二人に勇気づけられ、士気を高めていることに一役買っている、とのことです」
彼ら、とは言うまでもない。
クロウとギンだ。
彼らは言葉に偽りなく、本当に魔属を押しとどめているようだ。
――僕にはわかる。
二人は、僕とアオイが戻ってくるのを信じているのだと。僕との交わした約束が、二人に不屈の闘志を与えているのだ。
「へぇ。そんなやつがいるのか。どこのどいつか知らないけど、偉いやつもいたもんだ」
「いやいやいや。なんで気付かないのさ。この二人ってのはアオイさんの従属ですよ?」
「従属……?あ、これクロウとギンか!どうりで姿が見えないと思った」
「今の今までいないことにすら気付いてなかったんだ……」
もはやまったくいつもの調子を取り戻したアオイは、本気なのか冗談のかわからないことを口走る。
「現在は戦闘と後退を繰り返し、魔属群の足止めに終止しています。ガルスに最も近いクラウン基地を拠点としていますが、ここが落ちれば次はガルスです。実質的に、ここが最終防衛線になるでしょう」
「最終防衛線……」
魔属群の進行速度を考えると、時間的猶予はあまりない。
アオイは再起し、戦うための新たな剣も得ることができた。
彼らが粘り、耐え続けたおかげで生み出した僅かな希望を、無駄にするわけにはいかない。
モニターの地図上、横に横断する山脈付近に交戦中を示す赤い印が点滅している。
僕はその赤い印を通して、遠い戦地にいる勇敢な友の無事を祈った。
クロウ。ギン。すぐに行くから、あともう少しだけがんばって……!




