第二十五話 旧ガルス市街戦
なぜ勇者が勇者を襲うのか。
新たな事実と疑問に、僕はこの上なく混乱する。
そんな僕に追い打ちをかけるように、状況はさらに悪い方向へと転がる。
大気を連続して叩く爆音が聞こえてきたかと思うと、その僕らの頭上を無数の影が高速で過った。
反射的に顔を上げた僕の視界に映ったのは、空を舞う鋼鉄の蜂群。
「が、ガンシップ!?」
突如現れた武装ヘリの編隊に、吹き付けるダウンウォッシュに髪を乱されながら僕は戸惑いの声を上げた。
サンドブラウンに濃緑色の斑が入った色の機体は無骨で直線的だが、その分力強い印象を与える。機体の先端には大口径の機関砲が伸びている他に、両側面から生えているスタブウィングに吊るされた蜂の巣に似た穴の開いた円筒はロケットポッド。その横には空対地ミサイルまで積んでいる。まさにハリネズミのように武器を満載した、まさに空飛ぶ戦車だ。
その機体はベルウィング・エアクラフト社製軍用攻撃ヘリ『H-64D/A1 “ポリスティス・アドバンス”』。傑作機と名高い高機動武装ヘリ『ポリスティス』をベースに、システム系を一新した次世代機。特筆すべきは、その大半を高性能コンピューターで制御するコクピット周りだ。データリンクで戦場のあらゆるデータは編隊内で共有され常に更新される。主に単一での戦闘よりも編隊行動においてその真価は発揮される。また、火器管制の面においてもパイロットの負担を大幅に軽減。複座型が基本の武装ヘリでありながら、単座型を実現した稀な機体だ。
まだ先進国ですら配備数は少ない超高級機が十機もの編隊が今、アオイの上空を取り囲むように悠然とホバリングしている。
「やつらの増援というのは、コイツのことか……」
頭上を仰ぎながら僕は唸る。
勇者と思しき連中に〈L粒子〉を封じられた上、こんな兵器まで……考えうる限りの絶望的な状況というほかない。
『ホーネットリーダーよりフェイクリーダーへ。目標を補足した』
野太いダミ声でフェイクリーダーに答える、ヘリパイロットと思しき声。
『殺さないのは理解しているが、多少焼く分には構わんのだろ?』
『できるだけミディアムにな』
『俺ァ、ステーキはウェルダンと決めているんだがな……了解!』
呆れたようなフェイクリーダーの言葉に返すホーネットリーダーと呼ばれた男の声は、獲物をいたぶる愉悦の笑みを隠そうともしていなかった。
合図と同時に、十機のヘリが一斉に散開。まるで生き物の如き滑らかな動きでアオイを包囲にかかる。
「とにかく動くんだ!絶対に止まっちゃダメだ!」
僕の言葉に反応し、アオイは脱兎のごとく駆け出す。
大小のビルが立ち並ぶ大通りを駆け抜けるアオイの背後を、まさに兎を追う鷹の如く1機のヘリが迫る。
パイロットの首の動きに連動した機関砲の銃口がアオイに向くと同時に火を噴く。小火器の弾とは比較にならない大口径の銃弾が、路面のコンクリートを粉々に砕きながら地上のアオイを追い立てる。搭載された機関砲は厚さ二五ミリの重装甲をも突き破る。〈L粒子〉による回復ができない今、直撃すれば致命傷は免れない。
通り全体を所狭しと、右に左に飛ぶように大きくかつ素早い動きで機関袍の火線を撹乱する。本来なら最新式のコンピューターが対象の動きを瞬時に予測し、射撃を補正するはずだが、銃弾はアオイの残像ばかりを射抜く。〈L粒子〉を失っても、身体能力はそのままなのは不幸中の幸いであった。
『補正が間に合わないだと?!くそっ、化物が!』
傍受した無線回線から、悪態をつくパイロットの声が聞こえてくる。身体能力だけでヘリの機動を振り切り、ことごとく躱す勇者の挙動はパイロットの想像を越えるもののようだ。だが、最新鋭の武装ヘリを駆るパイロットの執念と意地が、アオイに主導権を握らせることを許さなかった。果敢に打ち続けられた弾丸の一発が、ついにアオイの身を捉えた。
「っぐぁぁぁ!」
跳躍から着地時のほんの僅かコンマ数秒の動きが停滞したタイミングを狙って放たれた弾丸はアオイの腰横のサイドアーマーに直撃。着箇所の装甲を弾き飛ばして、その下のアオイの骨盤と腿間の肉を食いちぎっていった。
衝撃に前のめりに吹っ飛ぶアオイ。倒れて動きを止めてしまえば最後、続く弾丸が全身をズタズタに引き裂くことは腰の惨状を見るまでもなく明らかだ。
だからアオイは無理に姿勢を立て直さない。勢いを殺さず自ら前方に身を投げ、地に着いた両腕をバネにして天地逆さのまま跳躍してみせた。
赤熱した弾丸が眼前で路面に穴を穿っても怯むことなく、宙高く浮いたアオイはそのまま空中で身を捻り、その絶妙なバランス感覚で姿勢を制御して鮮やかに着地。体勢を元に戻すと、武装ヘリが再び狙いを定める前に、身を反転させて再び銃弾から逃れる。
だが目に見えて動きが落ちたアオイに、銃弾は先程よりも近くまで追従しつつあった。破れたスカートの合間から垣間見えた血まみれの太ももを見て、もう少し弾丸が内側に当たっていたらと考えると、今さらながらゾッとする。
それでもアオイは気絶しそうな痛みをこらえて、身体に鞭打つ。平面的な動きでは追いつかれると察したのか、一際強く路面を蹴る。砲丸のごとく高く飛び、お下げ髪を激しく揺らす。そうしてアオイが着地したのはビルの壁面だった。
アオイは壁面と窓を下にすると軽快に疾駆し、大通りを立ち並ぶビルとビルの谷間を飛び越えて駆け抜ける。あまりに高速すぎるアクロバットな動きに、目で追っているこっちの上下感覚がおかしくなりそうだ。
その後ろを、銃弾が窓ガラスを次々と粉砕し、ガラス片を粉雪のように舞わせながら迫る。
埒が明かないと踏んだのか、ヘリは機体角度を微調整すると、今度はスタブウィングに吊るされたロケット弾を一斉に発射した。
ポッドから飛び出し、後部から噴煙を放出しながら次々と打ち出されるロケット弾は、放射状に広範囲にばら撒かれる。避けること適わず、爆発を全身に受けて四肢を散らされる、とパイロットは想像しただろう。
しかし、その予想をアオイはその身で打ち砕いた。
ここにきてアオイはさらに加速し、手負いの身のどこにそんな力を残していたのか、壁を蹴って高く飛躍する。アオイのつま先を焦がすように高速で過ぎっていったロケット弾は雑居ビルを粉々に砕き瓦礫の山へと変える。
一方、ビルを蹴って跳躍したアオイは、大通りの突き当たりに立つビルの壁面を下に両脚を強く着地。深く剣を突き立てて自身をその場に張り付かせ、爆煙でこちらを見失ったヘリを睨む。
「レン。あのヘリのエンジンはどこにある?」
ふと、出し抜けにアオイは無線の向こうからそう尋ねてきた。
「え、エンジンかい?それなら胴体の左右から飛び出てる箱みたいのがそれだけど……どうするつもりなの?」
「無論、墜とす」
当たり前だと言わんばかりのあまりに軽い口調で返され、僕は最初、聞き間違えかと思ったくらいだ。でも酷い傷を負っていながら、アオイの表情に怯んだ様子はまったく見られない。それどころか、隙あらば噛み付かんとする肉食獣のような獰猛さすら垣間見えた。
「ダメだアオイ!剣一本で敵うわけがないよ!逃げて!」
僕の必死の訴えは、ローター音にかき消される。
ローターの風圧で爆煙をかき消し、ヘリはアオイの姿を見つける。動きを止めたアオイを格好の標的とばかりに、武装ヘリはなんの躊躇いもなくミサイルを発射した。
だが、それは同時にアオイにとっても攻撃の絶好の好機でもあった。
ぐっと姿勢を低くし腰を落とすと、体のバネを一気に開放。勢いのまま[ベルカ]を引き抜きながら一気に跳躍した。
ミサイルに向かって。
ミサイルを躱すのではなく立ち向かっていくという予想外の彼女の行動に驚かされるが、何もアオイはやぶれかぶれになったわけではないことをすぐに知る。
ビルから飛び立ち、滑空するアオイは一発目のミサイルを下にして空中ですれ違う。狙いを外したミサイルは老朽化したビルに激突。凄まじい衝撃と炎で崩れ落ちていく。
一方、生じた爆風を背に、空中でさらに加速したアオイ。その目の前にはすでに二発目のミサイルが迫っていた。
マッハ1で迫る空対地ミサイルを、姿勢を絶妙に傾けて紙一重、これをやり過ごす。
そしてさらに驚くことに、アオイはそのミサイルを踏み台にしてみせた。
ミサイル上部を強く蹴ってさらに高く宙を舞うアオイは、すでにヘリと同じ高さにまで達していた。
ミサイルを足蹴にし、身一つで向かってくる人間を目の当たりにして虚を突かれたのだろうか。パイロットの反応が遅れ、慌てて逃れようと機体を傾けるも時すでに遅し。アオイは胴体から伸びるスタブウィングに取り付いていた。
後ろに溜めるように構えた剣が、暮れつつある陽の光を反射させる。
赤銅色の剣閃が煌く。
一繋がりの甲高い音が廃都に響き渡り、エンジンブロックが真一文字に切り裂かれる。エンジンまわりは分厚い装甲板に包まれているが[ベルカ]は装甲ごと、エンジンを切り裂いていた。
〈L粒子〉がなくとも、対魔属兵器である聖剣は通常の刀剣とは比較にならない切れ味を誇る。勇者が振るえば、強固な装甲であろうと切り裂くことも不可能ではない。
アオイはすぐさま飛び離れる。その背でエンジンが爆発し、爆風がアオイのお下げ髪を激しく揺らした。
エンジンの爆発による衝撃とアオイの跳躍で大きく傾き不安定になったヘリは必死に体勢を戻そうとするも、横に流された機体はビルの壁面に激突。押し潰され、ひしゃげながら落下していく。そして地面に激突したとき、燃料か火器かが爆発し、大地を震わせながら炎の花を咲かせる。
アオイは宣言通り、武装ヘリを落としてみせた。
だが、余韻にひたっている暇はない。息つく暇も与えず、再び地面に降り立ったアオイに十字砲火が出迎える。
『功を焦りおって……各員、油断するな!生身とは言え相手は勇者だ!深追いせずに連携を取りながら攻めろ。高度を保ちつつ追い込め!』
ヘリの撃墜はかえって彼らから慢心を拭い、油断から生じる隙を消す結果を招いてしまった。ホーネットリーダーが大声で命令をするとヘリの群れは二機一組になって大空を散開し、アオイを包囲。それぞれが攻撃を仕掛ける。
連携の取れた多角的な方向からの攻撃に、アオイはたまらず路地へと逃げ込むが、複雑な通りをヘリならではの小回りを利かせた機動力で追尾し、もしくは先回りする。
常に互いをフォローするよう連携を徹底しているため、もう先程のような奇襲も通用しないだろう。
何より、もう一つの脅威も未だ健在であることを忘れてはいけない。
逃げながらも攻めこむ隙を伺うアオイ。ビルの内部に駆け込んで追跡を振り切ると、そのまま内部を通り抜け反対側の大通りに出る。そこには一機のヘリが背を向けていた。旋回する前に素早くビルの壁面を蹴り、高く跳躍して一気に肉薄する――
『二度もやらせるかよ!』
その声はアオイの真横から。ビルの窓ガラスを突き破って飛び出してきた女の黒服――フェイク1が、上から叩き落すような回し蹴りを浴びせかける。
空中とは思えない重い一撃。
脇腹に直撃を受け、頭から急降下していく。その軌道の先には、剣を横に流して構えるフェイクリーダーが待ち受けていた。空中で回避行動はできない。タイミングを合わせて放たれた一撃に対し、アオイは剣を垂直に立てて防ぐ。
激突する刃と刃が火花を散らす。体躯で勝るフェイクリーダーはその豪腕でアオイを受け止めた剣ごと押し飛ばす。
軽々と吹き飛ばされ地面を跳ねるアオイに、コンクリートの路面をも抉る弾丸の機銃掃射が襲う。
とっさに転がりながらトラックの影に身を隠すも、毎分六五〇発の機銃掃射に晒されたトラックが激しく跳ね、あっという間に鉄屑の破片と化した。
矢も盾もたまらず、アオイはビル間の細道に逃げ込む。
「くそっ……」
「アオイ!大丈夫かい!?傷は!?」
僕は無線越しに問いかける。
「血はなんとか止まったけど……」
小さなビルに身を隠したアオイ。ふと足を止め苦しげに顔をしかめた。
どうやら出血こそ、持ち前の自然治癒力で止まったものの、抉り取られたような傷口まで塞ぐには至らない。
〈L粒子〉さえ使えたならこんな傷、一瞬で治るのに……
できればここで傷と体力の回復を待ちたいところだが、奴らは僅かな暇すらも与えはしなかった。
通りに面した窓から外の様子を伺おうとしたアオイは唐突に身を引き、その場を離れる。
爆音。
その衝撃は窓を、壁ごと粉々に打ち砕いた。
フェイク3の狙撃だ。老朽化しているとはいえ壁面を吹き飛ばす威力はヘリの機関砲よりもはるかに高い。幸い、連射はできないようだが、もはやどんな兵器を用いているのか想像もできない。
遠くに聞こえる発射音と肌に感じた僅かな空気の変化を敏感に察知し、なんとか躱したアオイ。第二射から逃れるため慌ててビルを飛び出すも、通りの両サイドからヘリ編隊が挟撃してくる。まんまと燻り出されてしまった形だ。
やはり能力を封じられた生身のアオイ一人でこの戦力を相手にするには荷が重すぎる。アオイを助けるべく必死に考えを巡らせるが、度重なるロケットと機銃掃射の爆音、そしてアオイの悲鳴が焦燥を募らせ、思考は一向にまとまらない。
(せめて……せめてもう少し時間があればなんとかできるのに……!)
降り注ぐロケット弾の雨をなんとか潜り抜け、一機のヘリの真下を駆け抜ける。そうして飛び込むようにビルの影に隠れ、爆発をギリギリ回避。そのまま路地裏を駆け抜ける。
しかし、その動きは完全に読まれていた。路地裏から表通りにアオイが飛び出ると、その先に待ち構えていたヘリがロケット弾をすでに発射していた!
すぐにそれに気づき、全力で路地に引き返すアオイだったが、後から追従してきたフェイク1の突き蹴りが肩口に突き刺さり、表通りへと押し出されてしまう。
舌打ちする暇すら無く、アオイは持ち前のバランス感覚でなんとか転倒することだけは防ぎ、ロケット弾から逃れようと駆け出す。
しかし、踏みとどまった無理な姿勢からの駆け出しはスピードが出ない。
飛来するロケットは彼女のすぐ後方に着弾。地面に突き刺さったミサイルは、瞬時にして激しい爆炎へと変わり、アオイに襲いかかった。
「グアァぁぁぁぁぁぁ!」
悲鳴を上げながら、アオイの小さな体が激しい爆風に吹き飛ばされる。
高く宙を舞い、そして地面に叩きつけられる。爆炎が衣服の一部を燃やし、その下の皮膚を焼いていた。特に背中は爛れるほどの無惨な火傷を晒していた。
地面に顔を擦りつけて倒れ伏すアオイ。
動きが止まったアオイに、飢えたハイエナの群れがごとく、ヘリの群れが集中する。
「まずい……!立って、アオイ!逃げるんだ!」
「僕が助けに行きます!」
「ダメよ、ケイン!まだ立ち上がることしかできないでしょ!?」
飛び出そうとするケイン君の肩を強く掴み押さえ付けるヒルダさん。
アオイは激痛に喘ぎを漏らし、それでも必死に体を動かそうとするが、その動きは悲しいまでに鈍い。
そんなアオイに機関砲の銃口が一斉に向けられる。ようやく立ち上がり、地面を蹴るアオイに狙いを定め、無慈悲な銃弾が放たれる――




