第二十三話 痕跡
「おかえり。遅かったね……って、えぇぇぇぇぇ!どどどどど、どうしたの二人共!?」
出迎えた僕は、服のあちこちが焼け焦げ、額から血を流すギンを見てギョッとなる。
ギンの手当てをしながら、アーネストの部屋で謎の黒服と遭遇し、襲われたことを告げられた。
「ありゃ間違いなく軍人だったぜ」
「軍人?グリューの?」
大きく頷くクロウだけど、僕は腕を組み「う~ん」と首を傾げながら唸る。
「なんだレン?オレ様の見間違いだとでも言いたいのかよ?!あぁ?」
「別に疑ってはないけどさ。ただ、軍の人がそんな事をする理由がわからないよ」
少なくともグリュー軍は統制の取れた規律ある軍隊だ。何をしていたかは分からないが、警告なしで発泡してきた上に、建物に火を放つような真似はしないはずだ。
それでも納得行かないといった様子のクロウ。そこで僕はギンにも意見を求める。
「レンの疑問には俺も同感だ。訓練を受けた動きだが、ただの軍人とは思えなかった。どちらかというと……」
と、言葉途中で一人考えこんでしまう。
「まぁ二人が無事で良かったよ。今は考えても仕方ないし、その件は後でランス大佐に報告しておくよ。それで、証拠になりそうなものは何かあった?」
「それなんだが、その、一応こいつだけはなんとか持ち出せたんだが……」
ギンが急に身を縮こませ、恐る恐るその手にあるものを差し出す。
「パソコン?」
そのラップトップ型パソコンは何発もの銃弾を受けて穴だらけになっており、立ち上げることもできない状態だった。
「これはまた酷い有様だね」
「ち、違うぞ!それをやったのは俺じゃない!」
「いやいや。疑ってないからそんなに取り乱さないでいいよ」
珍しく慌てて取り繕うギンの姿につい苦笑いしてしまう。そもそもコンピューターが穴だらけになるなんて、機械に弱いとか以前の問題だから。
「でもさすがにこれはどうだろう……いやギン、そんな悲しい目でこっちを見ないでよ。ほら、クロウもニヤニヤしない」
「今回はオレ様悪くねぇよな?悪ィのはこいつだけだよな?な?な?なぁ!?」
「連帯責任だ。お前ら二人ともクビ」
「た、頼む!オレ様だけは許してやってくれ!根は真面目で気のいい陽気なナイスガイなんだ」
「見苦しいまでの自己擁護だね……」
三人が寸劇を演じているのを横目で見ながら、僕はコンピューターを軽く分解し、中を確認する。
ふむ。確かに銃弾による破損と熱で主要な部分はすべて駄目になっている。残念ながらコンピューターとして機能を復活させることは不可能だ。
「……でも大丈夫。なんとかなりそうだよ」
「え?クビは回避できたか?」
「いやいや、そっちじゃなくて」
「じゃ、じゃあやっぱクビなのか!?」
「えぇい、ややこしい!レン、話進めてくれ」
クロウの脛を蹴りあげながら言うアオイに促され、話を続ける。
「つまり、中のデータを取り出せるかもしれないってこと」
「本当か?こんな有様なのにか?」
「全部のデータの復旧は難しいけど、一部ならサルベージできそうだよ。そうだな、まずはこの回路をバイパスして――」
僕は壊れたパソコンのフレームを丁寧に解体し、規格に合うケーブルを何本か引っ張り出し、テキパキと自分のコンピューターと接続する。一応解説をしているものの、割と早い段階から誰も聞いていないのがわかったから早々にやめた。
「これでよしっと。それじゃ早速、中身を覗いてみようか」
表示される文字の羅列に、覗き込んでいたクロウなどは早速目をしばしばさせている。
その中に、国連や公式文書に使用されるテキストの拡張子を発見。日付もごく最近のものだ。
「これを見てみようか。ほとんど破損しちゃってるけど、修復ソフトを使えば見れそうだ」
言いながらキーボードを操作すると、画面にはまた違う文字の羅列が表示された。
「うん?レン、なんだか読みづらい」
「さすがに完全修復は難しいからね。ところどころ文字化けしちゃってるけど。前後の文脈から推測しながら読み進めてみよう」
日付。場所。遭遇した魔属の種族と数。状況と対処方法。それは、彼らが従事したミッションレポートであった。
するとこれは事前情報のあった、アーネストの従属の一人、キャサリンのものと見て間違いないだろう。
「このキャサリンって人はミッションごとに事細かな記録をつけていたみたい。さすが元連邦捜査局の情報分析官だ」
僕が感心していると、何気ない口調でクロウが疑問を口にした。
「分析官ねぇ。従属ってのは戦闘要員ばっかりじゃねぇのか」
「今は魔属退治だけが勇者の仕事じゃないからね。扱う案件が多岐に渡れば、腕っ節だけじゃない幅広い人材が必要になるんだよ」
「腕っ節オンリーのオレ様たちにゃ耳の痛い話だな。なぁギンさんよ?」
「実際その通りなんだが、お前と同じ括りに扱われるのはなんだか釈然とせんな」
はははと苦笑いしながらも、僕の指はキーボードを叩き続け、さらにデータを抽出する。機関の指示により周辺地域における魔属討伐と調査を受けたアーネストたち。ガルスに到着した彼らは、ミッションに際し、現地に詳しい人間が加わった。しかし、この協力者の言動や行動に僅かながら不審な点が見受けられていたことが記されていた。
「どうやら身元調査の依頼をしたのはこの協力者のことみたいだね」
実際、ラーキンさんからもらった資料を見ても、協力者がいたような記述は見当たらない。これは詳しく調べる必要がありそうだ。尚、残念ながらこの協力者の項目はデータが破損し、有効な情報を読み取ることはできなかった。
さらに読み進める。周辺魔属の討伐こそ行なっているものの、地域調査については目立った成果が出ないまま記録は半月先まで続く。協力者の提言で次の地域に行く旨を最後に、記録は途切れていた。その日付は今から約一月前。つまり、機関が彼らと連絡が取れなくなった頃と一致する。
「断定はできないけど、何かしらの事件の可能性の方が高いと僕は思う」
ディスプレイを閉じ、僕は自分の考えを口にした。
正直、僕はこれを見る前まで、失踪の正体はブラインが関わっていたのでは思っていた。勇者たちは密かにこの近辺に根を下ろしていたブラインに遭遇してしまい、ことごとく餌食になったものと推測していた。
しかし、データにはそれを匂わせるような情報は何もない。アーネストやこの優秀な分析官なら、事前に上級種の痕跡や気配くらいは見出していて然るべきはずだ。
そして決定打は、ギンを襲った侵入者である。ギンがホテルで遭遇した相手は、明らかに何かの目的――恐らくは証拠隠滅のためにあの場にいた。全貌はまだ闇の中だけど、今回の勇者の失踪事件は偶発的なものではなく、何かしらの意思なり思惑が介在しているのは間違いない。
「その協力者とやらが何者か気になるな」
「ホテルの侵入者もね。ただ問題は、その両方共なんの手掛かりがないってことだ」
部屋が燃えてしまった以上、もうあそこから何かを見つけ出すのは僕らでは難しい。
するとアオイがおもむろに疑問を口にする。
「その協力者ってのは軍人だったのか?」
「さぁ、それはわからないけど……なんで?」
「私達は魔属退治のとき、レンはいつも軍と打ち合わせしてるだろ?」
僕は頷く。特定の地域での魔属討伐は、勇者個人のみで遂行することは難しい。そうでなくとも、他国内でよそ者が勝手にすることは心象が良くないのは、先日ラーキンさんに注意されたばかりだ。
最終的に戦闘を行うのが勇者だとしても、その事前段階や場合によってはミッション中にも、現地の軍に協力を求めるのが通例だ。
「アーネストも同じようなことをしてたなら、そいつは軍の人間かもって思っただけだ」
「なるほど!冴えてるよアオイ!」
僕は思わずアオイの両手を取り、ぶんぶんと上下に振り回す。僕のオーバーリアクションにアオイは当惑し、目を白黒させながら「う、うん?」と曖昧な反応を返す。
「おい。どういうことだよレン」
「いいかい?セオリー通りなら、アーネストはミッションにあたって十中八九、軍に協力を仰いでいるはずだ」
「なるほど。うまくすればその協力者が何者か知っている可能性もあるということか」
ギンの言葉に「その通り」と頷く。もしその協力者が軍から出向した人物かどうかを判別するだけでも、この事件を解明する糸口となるはずだ。
「じゃあ早速聞きに行くか?」
「うん。そうだね。とりあえずランス大佐を当たってみよう。ここを仕切っていた大佐なら、何か知っているかもしれない」
善は急げとばかりに、僕たちはランス大佐を探しに部屋を出る。
運良くホテルのロビーにてランス大佐を捕まえることができた僕達であったが、返って来た答えは予想外のものだった。
「この都市で活動している勇者は全員把握するようにしているが、そんな名前の勇者は聞いたことがないな」
「そんなはずはありません!彼は機関のミッションでここに訪れ、ひと月前まで活動していたのは間違いないんです!」
「我々を通さずに独自に行動していたということはないのか?」
「それもありえなくはないですが……」
キャサリンの記録にあった協力者とはてっきり軍関係の人間かと思っていた。でも、ランス大佐の反応を見るに軍とは無関係のようだ。
だとすると彼らが接触した協力者とは一体何者だったのだろうか?
「せめて彼らの足取りだけでも確認は取れませんか?」
「できればすぐにでも調べてやりたいが、いかんせんまだ解決せねばならん問題が山積みでな」
「なんだ。魔属どもに手こずってんのか?」
クロウの問いかけに、ランス大佐は首を横に振る。
「魔属の掃討は順調だ。だがそれ以外にもネスト化地域の排除や影響調査。さらには魔属の出現経緯の割り出しも急務で行われている」
「出現経緯、ですか?」
「そんなん、外から押し入ってきた以外に何かあるのか?」
クロウの意見は実に短絡的、とは一概には言えない。魔属による都市侵攻パターンのバリエーションなどそう多くはなく、大概は圧倒的な物量による強襲だ。僕もどこかの城壁が突破されたと思い込んでいて、今まで気にも留めていなかった。
「そう考えるのは普通だ。だが調べたところ、どの外壁も破られた様子がないんだ。早急に明らかにして対策を講じないことには市民を帰還させることもできん。だが、どうにも難航していてな」
「地下からの可能性は?魔属なら地下を掘り進むやつだっているだろ」
「それも無いんじゃないかな?地下を掘り進むっていうのは、実は結構わかりやすいものなんだよ。地盤や地脈の関係から通れる場所は限られてくるから、当然防備もしてるだろうし、もし地下から来たなら、もう割り出しは済んでいるはずだよ」
僕の説明に、ランス大佐もその通りだと頷く。
でも、確かに侵入経路が不明というのは不気味な話だ。仮に都市内の魔属を掃討し終えたとしても安心できない。そこからまた魔属が現れないとも限らないのだから。
「勇者の件は部下に調べさせておく。何かわかれば連絡しよう」
ランス大佐はそう言い残し、踵を返す。「お願いします」と告げる僕の横から、アオイが服の裾を軽く引いてきた。
「どうしようレン。行き詰まったぞ」
確かに、手掛かりはいくつか出てきたものの、次に繋がる糸口は途絶えてしまった。恐らくコンピュータ内のデータからこれ以上有益な情報が出てくるとは思えない。
こうなると、いよいよ現地調査も視野に入れなくてはいけない。アーネストが最後に消息を絶った場所を調べれば、もしかしたら何か出てくるかもしれないが、あまり気は進まない。
なにせまだこの地域が安全である保証はない。魔属にしても、魔属以外の何かにしても。そんなところにアオイを行かせるのは、できれば避けたい。
「あとはケイン君の情報だけが頼みの綱だ。彼が帰ってくるのを待とう」
僕がアオイに返すと歩き出していたランス大佐が振り返り、不思議そうに首を傾げた。
「なんだ。ケインは一緒じゃないのか?姿が見えんから、お前たちと一緒だと思っていたが」
その言葉に今度は僕が首を傾げる。
「え?外に逃げた魔属が集まってるから、偵察に行ってもらってるんじゃないんですか?」
「都市内の魔属とネストの対処で手一杯なんだ。そんな余裕あるわけがない。そんな報告は受けていないし、命令も出してないぞ」
「国連からの直接の指示のようでしたが?」
「国連といえど、現地の軍をないがしろにするようなことはできない。数少ない勇者を動かすなら尚更な。仮に何か指示があるなら、逐一報告が入ってくるようになっている」
言い切るランス大佐の言葉に嘘や偽りの様子はない。思わず顔を見合わせた僕たちの間には不穏な空気が漂い始める。
――魔属討伐を最後に消息を絶った勇者たち。
――軍にもその存在を知られず、ミッションに従事していたアーネスト。
――ケイン君たちに下された出所不明の命令。
何者かの意思で、ケイン君たちは都市を離れ、いや、おびき出された。
この地で消息を絶った勇者たちのように?
今まで茫洋として事件か事故かもわからないものが、ここにきて急速に像を結び始めた。
「レン!」
直感的に同じ結論に至ったのであろうアオイが叫ぶ。クロウとギンも表情を固くして頷くと、三人は駆け出しロビーを後にする。
「何かあったんだな?」
「確証はありません。ただ、これから何か起こるかもしれません」
僕たちの様子から漠然と何かを察したランス大佐。すると胸元から取り出したメモに何かを記し、それを僕に手渡してくる。
「非常用のコードだ。何かあったならここに連絡しろ。足が必要なら表に停めてある車を使え」
「ありがとうございます!」
ランス大佐にお礼を述べながら、僕は急いでホテルを後にする。




