48 マティアスside3
最初、俺は学院でシャロンがモアを虐めていると報告が上がっても信じられなかった。
影からの報告後も半信半疑ながら彼女がモアに近づかないようにするには、と考えていた。どうにも自分の中で幼馴染だから、という甘えがあった。
俺が送迎したり、昼食を一緒に取る時には猫を被り、俺が居ない時に文句を言ったり物を隠したりしているようだ。
小さな事でなぜ対象として影がリストに挙げたのかといえば、今度の王宮で開催されるお茶会で他の令嬢に毒を盛り、モアに罪を擦り付け、殺人者に仕立て上げようと計画しているのを掴んだからだ。
俺はシャロンと一緒にいる令嬢達一人一人に聞き取りをして脅しておいた。
そして当日のお茶会。
勿論モアは参加しなかった。事前に俺がこの事を報告したためだ。殺人犯にされるのを分かって許す王家ではない。
シャロン・ツヴァイルは何も知らぬまま毒を持ってお茶会に参加した。居るはずのモアが居ない事に不思議がっていたようだ。
そして俺は脅した一人の令嬢に毒を飲ませた。
毒を飲んだ令嬢は途端に苦しみはじめる。令嬢は咳き込むと同時に吐血した。周囲からは驚きと悲鳴が上がった。現場は騒然となったのは言うまでもない。
これは俺が王家に依頼して予め用意していた特別な毒。シャロンは毒を飲ませていないのだが、動揺し、取り乱している。
お茶会の場は騒然となっていたが、倒れた令嬢の向かいにいたシャロンの挙動不審な様子に他の参加者達はシャロンに視線を向けた。
「私じゃないわ!これは嵌められたのよ!!」
そう言っていたが、毒をドレスのポケットに忍ばせていたため、そのまま貴族牢へ収監されていった。
毒を飲んだ令嬢はすぐに解毒剤を飲んだ。微量だった事もあり、すぐに回復した。毒を飲んだ彼女も、他に脅していた令嬢達もこれで王家に歯向かう事はないだろうな。
そして俺は最後にシャロンの居る貴族牢へと足を運んだ。貴族牢は一般牢とは違い、明かり取りの窓やベッドなど質素だが環境は整えられている。俺は他の騎士と共に牢の前に立った。シャロンは俺に気づいたようで走り寄って鉄格子を叩く。
「マティアス!助けて!私は嵌められたのっ!貴方しかいない。助けてちょうだい」
「……何故、君はモア・コルネイユ男爵令嬢を虐めていたんだ?」
「?苛めてなんていないわ。私は何もやっていないもの」
「俺の前だけでは、な。君には失望したよ」
鉄格子越しに泥だらけになったハンカチや香水、万年筆等を見せた。
「そ、それは、たまたまよ!」
シャロンは一瞬ビクリとするがあくまで自分は悪くないと言いたげだ。
「それに持っていた毒。あれを取り巻きの令嬢に黙って飲ませるつもりだったんだろう?」
持っていた小瓶をチラつかせる。
「そ、それはっ」
「なぁ、何故こんな事をしたんだ?」
シャロンは一瞬グッと苦虫を噛み潰したような顔をした後、震えだした。
「だって、だって。マティアスは私の物なの!私は貴方と結婚したかった。婚約者からようやくマティアスを引き離す事に成功したのにっ。ずっとマティアスのよき理解者として次に選ばれるのは私だったのよ!
なのにっ、なんなの?アイツのせいよ。ぽっとでの女!アイツがマティアスを横取りした!邪魔なのよ!」
シャロンはキーキーと騒ぎ愚痴を溢し始めた。止め処なく出てくる言葉。いつも笑って側にいた彼女とは違う。俺は今になって彼女の本性を知ったような気がする。
元婚約者が『真実の愛だ』と言って俺と婚約破棄をしたのにもシャロンが絡んでいた。彼女が元婚約者の好みの令息をわざわざ宛てがったらしい。
俺はそれを聞いても何にも感じなかったが。
けれど彼女のモアに対する言葉に怒りが湧いてきた。
「一つだけ教えておく。モア嬢が俺を選んだのではない。俺がモア嬢の側に居たいと願い、熾烈な争奪戦の末、側にいる権利を得た。ただそれだけだ。彼女は王位継承権を持つ人間。そして俺が恋慕している唯一の人だ。その人間を陥れようとした罪は重い。お前の事を許す事は一生ない。じゃあな」
俺はそう言って貴族牢を後にする。後ろから「マティアス、マティアス」と名を叫ぶ声が聞こえたような気もしたが、残念な事だ。
彼女は多数の貴族の目の前で失態を犯した。
持っていた毒。自白。もう貴族として存在するのは不可能だろう。
俺の身近だと思っていた人物でもこうだ。より一層気を引き締めていかないとな。
そうして王太后になんとか及第点を貰い、モアに求婚した。嬉しくて嬉しくてこの時の事をあまり覚えていないほどだ。
婚約者に決定した後、モアが何故王太后に保護されていたのか本当の理由を聞いた。王家一族しか知らない話。『時戻り』というものを彼女はしたのだと。そのためラオワーダから逃げてきたのだ。
それは口に出すのを憚られる内容だった。
モアはどれほど辛い人生を歩んで来たんだろうか。




