35.精霊の遠隔操作
精霊術について俺と口論した後、アルトゥリアスは独り静かに考え込んでいた。
そんな彼を横目に、俺は自身の魔法の改良を進めることにする。
「さて、アルトゥリアスのことは措いといて、俺の魔法も改良してみるよ」
「うむ、そうじゃな。しかしおぬし、よくあんなことを考えつくのう」
「俺が異世界から来たってのもあるけど、ニケのおかげもあるかな」
「ふえ、あたしのおかげ、でしゅか?」
俺の言葉に、彼女は不思議そうな顔をする。
そんなニケがかわいくて、また頭を撫でながら説明する。
「最初にニケが望んだから、日常的にガイアを呼ぶようになったんだ。おかげで俺も、彼女と仲良くなることができただろ? でなきゃ、さっきの術も成功してなかったからな」
「エヘヘ、タケしゃまの、やくにたてて、うれしいでしゅ」
ニケは嬉しそうにしながらも、またかわいいことを言ってくれる。
そんな彼女がとても愛しくて、さらにナデナデしてしまう。
もっとも、ガイアを顕現させるには、魔力を消費するのだから、迂闊だったと言えなくもない。
必要もないのに魔力を消耗するなんて、普通は愚かな行為なのだ。
しかし、おかげでガイアとの親和度が上がり、それが今回の発見につながるのだから、世の中は分からない。
いわゆる”ケガの功名”なのだが、それはニケに言わないでおこう。
「さてと。ガイアを目標の足元へ送ることで、そこで魔法を行使できることが分かった。じゃあそのうえで、どんなことができると思う?」
「そうじゃのう。例えば……敵の足を捕まえるとかは、どうじゃ?」
「ああ、それはいいね。足元の地面を変形させて、敵の足を捕らえられるかもしれない」
「うむ、そうじゃ。直接的な攻撃ではないが、敵の動きを阻害するのに役立つじゃろう」
「うんうん。まずはそれを練習してみようか。悪いけどガルバッド、そこの石の前に立ってもらえる?」
「おう、了解じゃ」
ガルバッドは快く10メートルほど移動し、ガイアのいる石の近くへ立つ。
そこで地面に手を当て、ガイアに指示を送ると、彼女がガルバッドの下へ移動するのが分かった。
「それじゃあ、軽く試すから、動かないでね」
「おう、いつでもよいぞ」
「よし、ガイア。ガルバッドの足を拘束するんだ」
すると少し遅れて、ガルバッドの足元が割れ、彼の足を包むように土が盛り上がった。
ただしその勢いは弱く、ほとんど拘束力はなさそうだ。
「どう? ガルバッド」
「うむ、とりあえず発動はしとるが、拘束力はほとんどないのう」
そう言って彼が足を上げると、土の拘束はボロボロと崩れ落ちる。
あれでは、敵をちょっと驚かせるくらいの効果しかないだろう。
「う~ん、最初から上手くはいかないか。ちょっといろいろ試してみるから、もう少し付き合ってよ」
「おう、儂は構わんぞ」
するとそれを見ていたアルトゥリアスが、近寄ってきて指示を出した。
「古代語を使いなさい、タケアキ」
「古代語? ああ、そうか。古代語には、魔法を強化する効果があるんだっけ」
今までも精霊術を覚えるときは、アルトゥリアスから古代語の呪文を教えてもらってきた。
なんでも古代語には事象の変化を促す効果があるらしく、魔法の効果をより大きくできるのだ。
「何かいい古代語はあるかな? 地面で拘束するような意味だけど」
「……それなら、『大地拘束』でよいでしょう。大地が拘束するという意味です」
「さすがはアルトゥリアス。じゃあ、『大地拘束』」
その言葉の効果は劇的だった。
ガルバッドの右足の下の地面が急に盛り上がって、ガッチリと拘束したのだ。
いきなり変化した術に、ガルバッドが驚きの声を上げる。
「うおっ、急に強くなったぞ。よほど力を入れんと、足が抜けんわい」
「うん、やっぱり古代語を入れると違うね。ところでアルトゥリアス。石の槍が下から突き上げるとしたら、どんな古代語になるかな?」
「石の槍が下から?……それならば、『石槍屹立』、でしょうか。石の槍が屹立するという意味ですが、まさかそんなことをやるつもりですか?」
試しに聞いてみたら、あっさりと教えてくれたものの、アルトゥリアスはいまだに離れた場所での精霊術に懐疑的なようだ。
そんな彼に見せるように、俺は地面に手を置き、古代語を唱えた。
『石槍屹立』
その途端、ガルバッドの1メートルほど横に、石の槍が突き出した。
それは鍾乳石のような、円錐形の石柱だ。
「おいっ、驚かせるんじゃないわい……しかしこれは、ヤバそうな術じゃのう」
「そうでしょ。さっきの拘束と組み合わせると、成功率は上がると思うんだよね」
「おっそろしいことを、平気で言うのう。しかしこれで、戦力は強化できそうじゃな」
「うん、とりあえずはね」
「タケしゃま、すごいでしゅ♪」
「♪」
俺がガルバッドに近寄ると、ガイアも地面から出てきた。
今回の功労者である彼女のために、魔力をまとわせた手で撫でてやる。
するとガイアは少しくすぐったそうにしながらも、嬉しそうにそれを受け入れる。
それを見ていたアルトゥリアスが、大きなため息を漏らした。
「ハァ……まったく、あなたという人は。これでは独りで悩んでいる私が、間抜けに見えるではありませんか」
「そんなことないって。アルトゥリアスにはアルトゥリアスなりの、価値観とか常識があるんだろ? それを即座に変えるのが難しいのは、分かるよ」
しかし彼は首を横に振りながら、自嘲気味に言った。
「ええ、まさにそれです。しかし、こうも立て続けに常識を打ち壊されては、常識の方を疑わざるを得ません。私を含めた全ての精霊術師は、精霊を神聖なものと決めつけ、一線を踏み越えようとしませんでした。それゆえに精霊術が停滞していたにも拘らず、そんなものだと決めつけていたのです」
わずかな間にアルトゥリアスは、自身の考え方を修正したようだ。
下手をすると数日は悩むんじゃないかと思っていたのだが、予想よりもずいぶん早い。
そんな彼に、ガルバッドがほがらかに話しかける。
「うむ、それでこそ”暴風”のアルトゥリアスじゃ。たしかおぬし、因習と伝統にこだわる故郷が嫌で、飛び出したんじゃろう? なのにタケアキを異端だ邪道だと非難しておっては、本末転倒ではないか。ここはひとつ、歩み寄ってはどうじゃ?」
「フフフ、耳が痛いですね。しかしここは潔く、負けを認めましょう。シェールと仲良くなる方法を、教えてもらえませんか? タケアキ」
そう言いながらアルトゥリアスは、右手をスッと差し出してきた。
俺は仲直りの握手に応じながら、にこやかに答える。
「もちろんだよ、アルトゥリアス。しょせん俺なんか、何も知らない門外漢だ。一緒に新しい精霊術を開発してもらえると、嬉しいな」
「それこそこちらの望むところです。今後もよろしくお願いしますね」
「ああ、よろしく」
するとニケが嬉しそうに話に加わる。
「なかなおりできて、よかったでしゅ」
上機嫌で尻尾をフリフリする彼女を見ていると、みんなの顔がほころぶ。
つくづく彼女の存在は貴重だと思う。
なんてったってニケは、俺の勝利の女神だからな。




