3.彼女の身の上話
ニケの案内で古着屋に行ったら、店のおばちゃんにニケがさらわれてしまった。
ニケの身なりがあまりに貧相だったために、俺への代価の一部で彼女に服を用意すると言うのだ。
なまじ善意に基づく提案だけに、強く断ることもできず、俺は1時間近く待たされることになった。
「さあさあ、お兄さんに見せてあげなさい」
「う~、なんか、はじゅかしいでしゅぅ……」
そう言って出てきたのは、体をきれいにして、青いワンピースを身に着けたニケだった。
無造作に切られていた髪の毛も、すっきりとベリーショートに整えられ、美しい金色の輝きを放っている。
短くなった髪の上にピョコンと生えているケモ耳が、またユーモラスでかわいらしい。
顔や手足もきれいに洗われて、肌の白さが目立つ。
顔つきは幼いが、スッキリと整っており、ワインレッドの大きな瞳が、キラキラと輝いていた。
なぜか恥ずかしそうにモジモジとするニケを見て、俺は称賛の声を上げた。
「お~、かわいくなったな、ニケ。よく似合っているぞ」
「ほ、ほんとでしゅか?」
「もちろんさ。さっきまでとは、大違いだ。美人さんだな、ニケは」
「しょんなこと、いわれたの、ひしゃしぶり、でしゅ。う、うれしい、でしゅ……」
顔を赤くして恥じらうニケを見て、おばさんは満足そうな笑みを浮かべている。
「私も久しぶりに、いい仕事ができたよ。やっぱり女の子は磨きがいがあって、楽しいね」
「あ~、それなんですけど、ニケを受け入れてくれるところとか、ないですかね? 孤児院とか」
「う~ん、あいにくとこの町にはそういうの、無いんだよ。それにこの子、あんたに付いてくって言って、聞かないんだ。なんだったら、あたしが面倒みるっていうのにさ」
おばさんが顔をしかめながら、思わぬことを言う。
「えっ、ニケは俺に付いてくるつもりなのか? 俺はこの町に来たばかりで、まだ仕事もないんだぞ」
思わず問い質すと、ニケは必死な表情で訴える。
「だめ、でしゅか? タケしゃまは、いのちの、おんじんでしゅ。ろうじんじょくは、いのち、しゅくわれたら、いのちがけで、かえしゅでしゅ」
「いや、そんな大げさに考えなくてもいいんだけどな。ただ焼き串、おごっただけだろ?」
「……でも、タケしゃまいがい、だれも、たしゅけてくれなかった、でしゅ。あたし、あのまましんじゃうと、おもってたでしゅ……グスッ、ヒック、ヒック……ウエ~ン」
なぜか泣きだしたニケを、おばさんがあやす。
「ごめんねぇ。ニケちゃんがこんな風になってるなんて、わたし知らなくて……今日のところは、この子と一緒にいてやれないかい? 先のことはまた考えればいいさ。私もできるだけ、力になるからさ」
「う……分かりました。彼女としっかり、話してみます。また相談に乗ってください」
「ああ、今日のところは頼むよ。はいこれ、大銀貨3枚。これだけあれば、2,3日は楽に暮らせるだろうさ。その間によく考えておくれ」
「……はい」
フリースの代金を受け取ると、俺はニケと手をつないで、店を出た。
そのまま彼女の知る宿屋へ向かったが、ニケはとても嬉しそうだ。
さっきまでの泣き顔が嘘のように、ニコニコと笑いながら、尻尾をフリフリと揺らしている。
そんな彼女を見ていたら、俺もなんだか嬉しくなってきた。
先のことはまた考えればいい、そんな気がしてきたのだ。
やがてたどり着いた宿屋で、部屋の有無を確認すると、残念な答えが返ってくる。
「え、ひと部屋しか、空いてないんですか?」
「ああ、しかも1人部屋だから、同じベッドで寝るしかないぞ。まあ、子供と一緒なら、なんとかなるだろう」
「う~ん、仕方ないか……ニケはそれでいいか?」
「もんだい、ないでしゅ」
結局、2人で同じ部屋に泊まることにした。
ちなみに1泊で銀貨5枚で、さらに銀貨1枚でパンとシチューの夕食を買ってから、部屋に入る。
「へ~、けっこう広いんだな」
「でしゅね」
部屋は4畳半くらいの間取りで、ベッドに小さなテーブル、そしてイスがひとつあった。
とりあえずニケはベッドに座らせ、俺はイスに腰かけて夕食を食べる。
ちなみにニケは、大きな串焼きを5本もたいらげたくせに、旺盛な食欲を示していた。
「そういえばニケって、何歳なんだ? なんか育ちが遅いようなこと、言ってたけど」
「ハグハグ、ゴックン……10しゃい、でしゅ」
「10歳ぃ? どう見たって、5歳ぐらいにしか見えないぞ。狼人族って、そんなもんなのか?」
「ん~ん、ふつうは、ひとじょくと、あまりかわらない、でしゅ。だからニケは、いみご、いわれた、でしゅ」
またニケが悲しい顔をしたので、話を変えることにした。
「そ、そうか。まあ、大器晩成って言葉もあるし、気にすんなよ。ところでニケは、いつから独りで生きてきたんだ?」
「ハグハグ……はんとしぐらい、まえから、でしゅ」
「マジかよ……独りで半年も、生きられるもんなのか?」
「しゃいしょは、みんな、やしゃしかった、でしゅ……」
聞けば最初は、周囲の人に助けられ、それほど困らなかったそうだ。
もっぱら知り合いの店でお手伝いをして、食事や寝床を得ていたらしい。
しかしある日、悪い奴に捕まって、奴隷にされかけてしまう。
その後は用心深くなって、特定の大人だけに頼るようにしたそうだ。
それだけならまだ良かったものの、貧民街の悪ガキに目を付けられたのがまずかった。
なぜか悪ガキどもは、ニケにつきまとい、彼女の仕事を邪魔するようになったそうだ。
おそらくニケだけが大人にちやほやされるのが、妬ましかったのではなかろうか。
そうなると大人も面倒になって、ニケとの交際を避けるようになってしまう。
例えば俺が串焼きを買った屋台のおっちゃんも、よく食い物をくれたのに、途中から態度が変わったそうだ。
おかげでゴミを漁って、路地裏で野宿するような生活を、ここしばらく続けていたらしい。
そしてもういよいよダメかと思っていたところへ、俺が出くわしたというのが、事の顛末だ。
「……そうか。ずいぶんと辛い思い、したんだな」
そう言ってまた彼女の頭を撫でると、ニケは嬉しそうに笑う。
「しょんなこと、ないでしゅ。こうやって、タケしゃまに、あえたから。だからあたし、かんしゃ、してるでしゅ」
まじめな顔でそんなことを言うニケを見て、俺も顔がほころぶ。
「フフッ、そうか。そういえば俺も、ニケを見つけた時、不思議な光を見たんだ。なんかこう、ニケの周りがキラキラ光ってさ。今思うとあれは、ニケを見つけろっていう、お告げみたいなもの、だったのかもしれないな」
「しょうでしゅ、タケしゃまとの、であいは、うんめい、だったでしゅ。あたしがタケしゃまに、つかえるよう、かみしゃま、みちびいたでしゅ」
「アハハ、それはどうかなぁ? まあ、ニケがもっと大きくなったら、何かお返し、してくれればいいから」
必死に運命を力説するニケに対し、やんわりと恩返しを断ると、彼女は不満そうな顔をする。
「う~、わかったでしゅ。だけどタケしゃま、これから、どうしゅるでしゅ?」
「ああ、それなんだけど、とりあえず冒険者をやろうと思う」
この世界の常識に照らし合わせると、俺にはそれぐらいしか選択肢が無かった。
今の俺のように、この世界に戸籍も伝手もない人間が暮らしていくには、冒険者ギルドに登録するのが手っとり早いのだ。
それで最低限の身分証明は手に入れられるし、日雇いの仕事なんかもある。
ただし冒険者稼業なんてのは、一般人からすればろくな仕事じゃない。
それは魔物を狩る狩人であり、迷宮から魔石を持ち帰る鉱夫であり、雑多な仕事も請け負う、なんでも屋みたいな職業だ。
当然、学歴や技能を持たない食い詰め者が多いので、その社会的地位は低い。
しかしそれはレベルの低い下っ端の話で、中には困難な仕事をこなす強者もいる。
高位の冒険者ともなれば、収入もそれなりだし、特権的な利益も享受できるようになるそうだ。
さすがにそこまでは望めなくとも、自衛手段はあった方がいい。
収入と自衛手段を得るために、俺は冒険者として、自分を鍛えようと考えていた。
するとそれを聞いたニケが、目を輝かす。
「しょれなら、ニケもいっしょに、やるでしゅ。ニケは、ふくぼうけんしゃしょう、もってるでしゅ」
そう言って彼女は、胸元からドッグタグのような物を取り出した。
縦3センチ、横2センチほどの、赤みを帯びたプレートにひもを通して、首から下げていたらしい。
「ええっ、ニケも冒険者なのか?」
「しぇいかくには、みならい、でしゅ。10しゃいから、みならいになって、15しゃいで、ぼうけんしゃ、なるでしゅ」
「ああ、なるほど。荷物持ちとかをしながら、仕事を学ぶみたいな感じか?」
「しょうでしゅ」
聞けばニケは、10歳になってすぐに見習い登録をし、両親と一緒に迷宮に潜っていたらしい。
3層まで潜って、いよいよ守護者を打倒する直前まで行ったそうだ。
守護者ってのは、重要階層の最後を守る、強力な魔物だ。
これを倒さないと、下の層へは行けないのだが、さすがに3人で突破する見込みはなく、両親は他のパーティーに入って、守護者に挑んだ。
しかしあいにくと勝利の女神は微笑まなかったらしく、後に冒険者証のみが回収され、両親の死亡が知らされたそうだ。
その話に及んで、またニケは泣きかけたが、すぐに涙を拭い、明るさを装う。
「だからニケも、いっしょに、めいきゅう、いくでしゅ」
「いや、ちょっと待てって。ニケみたいな子供を連れてくのは、気がひけるっていうか、幼児虐待みたいで、体裁が悪いっていうか……」
俺がグダグダと断る理由を述べていると、ニケはひどく悲しそうな顔をした。
「つれてって、くれない、でしゅか? またニケを、ひとりに、しゅるでしゅか?」
耳をペタンと伏せて、俺を見上げるその様は、まるで捨てられた子犬のようで、ひどく俺の心をえぐった。
普通に考えれば、彼女を迷宮になど、連れていくべきではないのだろう。
しかし彼女が経験者だというのなら、むしろ彼女から学べることもあるのではないか?
「……分かった。一緒に行こう。これからよろしくな、ニケ」
「あい、タケしゃま」
安堵に頬を緩めた彼女の笑顔は、やはりとてもかわいかった。
こうして俺は、この世界に来て早々に、小さな相棒を得た。
俺の勝利の女神を。